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右ニ剣、左ニ銃ヲ  作者: 明日今日
第三幕 忌み人
12/19

(5)

 日が暮れてから、事情聴取もそこそこにヒューロ達は解放された。拘束されると想定していたのだが……レオーネの率いる執行官達の対応に困惑する。

 泳がされているのだろうか、二人はそれを察しているのか、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 カタリーネの家に戻っても続くと思われたが――

「一応、解決したように装うつもりなのね。呆れる。この解決なら角は立たないし」

 ヴァシリーサがリビングに入るなり、椅子に身体を投げ出すように座り、冷笑する。胸が揺れたのが服の上からでも分かった。薄着なので尚更。

 それを見て、ちょっと元気になる男の性が悲しい。

「殺せたらそれでよし。駄目なら今の展開。抜け目がないと言うか、権謀術数に長けてるのは当たり前と言うか」

 パトリツィアも椅子に着きながら、げんなりしていた。騎士団にいた頃のゴタゴタを思い出しているのだろうか。

 玄関を開けて、奥へ引き下がっていたカタリーネが姿を現す。トレイには陶器製のマグが四つ載っていた。

「お疲れのようですね。……殺したくなかったのではないのですか? 司教様も一応、神に仕える身ですから」

 持っていたマグをパトリツィアとヴァシリーサに渡す。

「はい。ヒューロさんも立っていないで座って下さい」

 マグを渡された。中身はスープで湯気が昇っている。持っているだけでも熱い。

 ヒューロはマグをテーブルに置き、椅子に、背もたれに身体を預けるように座った。

「それと、これ。多分、今回の真相に辿り着く《鍵》」

 足を動かして捻挫の具合を確かめながら、ポケットから魚人間に渡されたカードキーを出す。

「何これ?」

「説明してもらわないと分からないわ」

 パトリツィアもヴァシリーサにも分からなかったらしい。

「これはこんな形をした《鍵》なんだ。簡単に言うと磁気パターンをこれに記憶させて、ドアの開閉をするんだ。名称はカードキー」

 ヒューロの説明に二人は頷いて理解したことを示すが二人は本当に理解してないと思った。対象的にカタリーネはどこか遠い目をしていた。

「じゃあ、これがこの都市の重要区画への鍵か」

「少なくとも、この都市の上層部の人間しか入れない場所なのは確かね」

 ヴァシリーサがカードキー本体に興味を示し、パトリツィアは事件の中心が見えてきたことに関心を寄せているように見えた。

「言っておくけど、磁石とかに近付けると壊れるから注意してくれ」

 その言葉にヴァシリーサがカードキーを触ろうとして、自分の手を見る。磁気なんて見える訳もないが――重要な物だと分かるから対応が慎重なのだろう。

「……簡単には壊れないとは思うけど、一応、気をつけて」

 その言葉にヴァシリーサは安心したのか、カードキーを触って、マジマジと観察している。

「これは……恐らく地下区画に使用している物だと思います。あの人が生きていた頃に見た気がします」

 沈黙していたカタリーネが口を挟む。やっぱり、彼女にも関わりがあったようだ。

「そこは警備体制は?」

「表向きには閉鎖されたと言われています。十年前には使っていたようなことをテオが言っていましたが」

 パトリツィアの問いにカタリーネは思い耽るように虚空を見る。

「テオさんはグレゴリオの元にいた時になくなったんですか?」

 ヒューロはわざと彼女が突っかかるように聞く。余り、良い気分ではない。

「いいえ。殺されたんです」

 一瞬、カタリーネの目に殺意と受け取れる黒い光が宿ったような気がする。

「あんた、査察団の失踪事件も当局が騒いでるキメラもこのアトラスでさえも、内心、どうでも良くて、本当の依頼は自分の男の敵が討ちたいだけなんでしょう」

 カードキーと睨めっこしていたヴァシリーサが鋭い言葉を投げかけた。

 それにカタリーネは虚空を見つめる。

「リーサ。さすがにそこに口を挟むのは」

「何よ。こっちは命賭けてるんだからそれくらい教えて欲しいわね。馬鹿パトがどう思うか知らないし知る気もないけど、復讐したいならすればいい。自らは否定しない。

 でも、あんたの業はあんたで背負いなさいよ。あんたが焼き尽くす……あんた自身すらも灰にする復讐の劫火を」

 何とも言えない複雑な表情を浮かべるパトリツィアにヴァシリーサが誰とも視線を合わせずに自分の考えを淡々と述べる。

「男の人は女に惚れられたら死んではいけないんです。絶対に」

 問いには答えずにカタリーネは独り言を呟いて奥へ向かおうとする。

 ヴァシリーサがその態度に怒りを露わにして口を開こうとした時に喪服の女はこっちを振り向いた。

「……思い出しました。確か、テオが持ち出した資料に仕事用の地図がありました。捨てていないのでこの家に残っている筈です。それを持ってきます。しばらくお待ち下さい」

 月明かりに照らされたカタリーネの顔は幽霊のように真っ白の、いや、白を通り越して、青に見えた。血が通っていないかの如く。

 再び、背を向けて、彼女は奥へと姿を消した。

「やっぱり……予感的中か」

 ヴァシリーサが自嘲にも似た声色で独り言を呟く。その声はやや擦れていた。

「いつ、気付いたのか知らないけど、あの言い方は」

「最初よ。見た瞬間から分かった。嫌な話よ」

 パトリツィアにそう答えた後、ヴァシリーサがカードキーをこっちに差し出した。

 ヒューロはそれを受け取ってポケットの中にしまい込む。

「どうして、分かるの」

「同じ目をした人がいたから。まあ、普通にある身勝手な話。そいつは復讐を遂げて想いのまま、炎の中に消えた。残された人間の気持ちなんて知りもしないで」

 ヴァシリーサは声を出すのを堪えていた。だが口元は笑うように歪んでいる。

 斜に構えなければ、耐えられなかったのかもしれないが、さすがにカタリーネに聞かれたくなかったのか、大きな声は出さなかった。

 身の上話をしたことはあっても聞いたことはなかったので驚いた。

「……何。ただの伝聞。自らが味わった訳じゃない。そんな顔をしなくてもいい。だって、自らの姉弟子の話だから」

 こっちを見た後、錬金銃士は微かに頬を紅潮させながら、怒った。

 感情を制御できる訳ではないので無茶言わないで欲しいがヒューロには照れ隠しに反論する気はなかった。……滅多に見れない物を指摘してやぶ蛇にしたくなかった。



 カタリーネから地図を渡され、入り口を現在の地図と照らし合わせて確認し、今は使われていない水路から地下中央区画へと向かう。

 失踪者達が人目につかない箇所に潜り込んだ可能性を考慮しての行動だ。

 マンホールから中央区画に繋がる道があると言うのも構造上の不備だとも思わなくもないがいざと言う時の脱出口なのかもしれない。

 ヒューロはともかくパトリツィアとヴァシリーサの二人が文句を言わないかが心配だったが、黙って、奥を目指して歩いている。

 暗闇はヴァシリーサが持っている薬で対応したが、何度飲んでもあの吐き気を催す味には慣れない。いや、慣れたくない。

「湿気だらけの場所だけど大丈夫なのか?」

「気を使ってくれてありがとう。ここで銃が撃てなければ、何の為の錬金銃士か分からないから」

 ヴァシリーサは通路を苦にもせず笑って応じる。

「あの、自分も女なんですけど……心配してもらえますか」

 先頭を歩くパトリツィアが恨み節のように呟く。拗ねているようだ。

「頼りにしてる。こういう場所でも大丈夫なんだろう」

 少し笑いながら、ヒューロは慰めの言葉をかける。

「……え。うん。大丈夫。狭いところでの戦い方でも一番だったから」

 急にパトリツィアの声色が変わった。喜んでいるらしいが、褒め言葉に受け取られるのも――微妙に困るんだが。いや、そう装ってるだけか。ここで安心したら、後が怖い。風呂上りの時に怒らせているし――思いつきを口にしてみる。

「……パト。言い忘れてけど、生真面目な性格とパトの太股って魅力的だと思う」

「……この美脚線には自信がある。サイハイソックス履いてた時に目が違うと思った」

 小声だがパトリツィアが嬉しそうにはしゃぐ。勿論、世辞ではないので恥ずかしい。

「今、ズボンだから見れないじゃない」

 ヴァシリーサがツッコミを入れる。

「じゃあ、脱ぐ。今度から長いの止めて、ショートパンツにサイハイソックスにする」

 パトリツィアの機嫌が良くなる前とは対照的に後ろの視線と空気が凍りついていくの感じる。ここら辺で話を切らなければ――

「無事に帰れたら、楽しみにしておくよ」

「ほら、聞いた? 聞いた?」

「アホ! 馬鹿言ってないで前を警戒して」

 代わりにヴァシリーサの対応は冷たい。あちらを立てれば、こちらが立たず。

「急に通路の感じが変わった」

 パトリツィアが声を上げる。

 先程までとは違い、視野が広がっていく。水路と言うよりは浄水場のような剥き出しの金属で作られた通路に変化した。

 耐食性に優れた金属を使用しているのだろうか。湿気に晒されているのにも関わらず、腐食したような形跡がない。だが、コケが生えてるのは頻繁に使われてないことを示していた。

 閉鎖空間による圧迫感はなくなったが狭い通路の上にいる状況は変わっていない。

 厄介なことに歩く度に金属床のせいで音が響く。

 できる限り音を出さないようにして歩くがどうしても足音がしてしまう。

「確かに仰々しい警備は必要ないわね」

 ヴァシリーサは眼下に見える貯水池にも気を配りながら、周囲を警戒する。流れがある為に貯水池と呼ぶには語弊があるが、ここに落ちたら、どこまで流されるのだろうか。

 その結果を想像したくない。下手をすれば、陸に流れ着くことなく深海に沈むか、魚の餌だ。

「浄水施設であって、中央区画への入り口なんてないのか」

 ヒューロがぼやいた瞬間、何かが視界の端に動いた。そこに何かがいると分かったのは姿が見えたからではない。金属床が出す音のお陰だ。

 音がなければ、物体として認識しなかっただろう。

「何かいる」

 パトリツィアが腰の右に差していた細長い刀身の剣を鞘から引き抜き、現れた何かに対して剣先を向ける。まるでフェンシングのような構えだった。

 レイピアと呼ぶには若干、太いように思える。

 こちらに気がついたのか、こっちへとゆっくりと向き直る。オギュスティーヌに似ていた――いや、双子と呼んで差し支えがないくらいに。

「どうして、ここに? 貴方達はここに入ってはいけなかった」

 少女は姫としての服装ではなく、身体の線が浮き出る灰色のボディースーツみたいな物を着込んでいた。色が黒ならアサシンと見間違えそうになる。

「オギュスティーヌ? どうして、ここにいるの?」

 パトリツィアが問うが相手は答えない。

「姫様なら、男三人でも容易に誘い出せた訳か」

 ヒューロはタリスマンの安全装置を解除し、いつでも戦える準備をする。

「貴方達は早々に立ち去るべきだったのでしょうね。自身の為には」

 言うと同時に天井から金属トカゲがオギュスティーヌを護るように現れる。

「オギュスティーヌとは違うのね。微妙に人間とは違う匂いがする」

 ヴァシリーサがヒューロと位置を代わるように前へ出て、リボルバーを向ける。

「一々説明するのも煩わしいので似て非なる者と申しておきましょうか」

 姫と呼ばれる少女と同じ顔の人物はつまらなそうに告げた。そして、こちらを指し示す。

「任せます」

 その言葉を命令と取ったのか、金属トカゲは床を蹴って、こちらに襲いかかる。

 狭い通路で人数の多さが活かせない。

 金属トカゲは足場が悪いにも関わらず、地を這うような姿勢にも関わらず、俊敏な動きで襲いかかってきた。跳躍して襲ってこないのはヴァシリーサの銃撃を警戒しているからだろう。

 パトリツィアが迎撃の為に突っ込んでいく。位置関係でよく見えないが驚異的に硬い相手だろうと一度の攻防で剣を折られるようなことはないようだ。

 不意にヴァシリーサがこっちを振り向く。慌てて、リボルバーを構えようとする。

 ヒューロは反射的に屈んで射線を確保する。同時に上から発砲音と火薬とは違う匂いが漂う。

 後ろを確認しようとして、振り向いた瞬間に後ろから後頭部に柔らかい感触がする。これはヴァシリーサの胸か。

 目の前には金属トカゲがもう一体、銃撃を受けながらも立っている。ダメージを受けているのもの、まだ戦う力を残しているように見えた。

 左胸の周辺が凍りついていることから錬金術で凍結させたのか、弾丸に液体窒素に類する物を使ったのか。

「御免。撃った反動で滑った。仕留めるから台座代わりになって動かないで」

 感触が消えて、押され、ヒューロは金属床に手を着く。ヌメヌメして気持ち悪い。

 リボルバーが顔の傍を通って、肩にヴァシリーサの腕が置かれる。呼吸音がする。

 考える間もなく引き金が引かれた。振動はあったが発砲音はまったくしない。聴覚が一時的に麻痺したのか。

 放たれた弾丸は金属トカゲに命中と同時にその身体が急激に朽ち、床に倒れ、波打つように痙攣している。

 数秒後、音が戻った。

「……耳が痛くない。ちゃんと聞こえてるし、火薬の匂いもしない」

 ヒューロの肩から重みが消えて、体が軽くなる。

「ちょっと、錬金銃士として本気出しただけ。向こうも本気出してるわね」

 その言葉に立ち上がって、パトリツィアの方を見た。

 彼女も金属トカゲを圧倒していた細身の剣だけではなく、ロングソードを左手で使い、攻撃を捌きながら、一瞬の隙を見逃さないで相手の顎から脳天へと突き刺す。その証拠に金属トカゲの頭頂部からは細身の切っ先がはみ出ていた。

 金属トカゲは鉄柵に倒れるがその体重を支えられる訳もなく、細身の剣を抜かれ、重力に引かれるままに貯水池へと転落していく。

「ヒューロ。大丈夫」

 穏やかな声でパトリツィアが聞く。その後姿はとても凛々しく見えた。と同時にその高潔さが酷く不安に駆られた。

 同時にパトリツィアの姿が突然、消える。声をかけようとした瞬間、妙な浮遊感に襲われる。

 落下してる。左手を後ろにやると同時に手を強く握り返された。ヴァシリーサの手だ。

 次の瞬間、水の中に叩きつけられ、上を見るとパトリツィアが水面近くを器用に鎧を着けたまま泳いでいた。更にその上の通路で少女が笑っていた。

 ヴァシリーサを引っ張り上げながら、ヒューロは流されながらも水面に浮上し、パトリツィアの手を掴んだ。

 だが、水の流れは急激にヒューロ達を押し流す。

 魚の餌コースだ。そう思った瞬間、水流に飲み込まれた。

 ヒューロがいた世界とやらのことを思い出せない。自分に関する出来事は何一つ。

 代わりに走馬灯のように過ぎった思い出は自身の所有権を持つパトリツィアとヴァシリーサのことだった。けれど、間もなく、蒼の中で意識を失った。

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