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序幕 消失す

3日に1回くらいの頻度で更新していく予定です

  序幕 消失す


 世界が回転した。海が急激に迫ってくる。どうして……こうなったか。崖から足を滑らせて落ちた。確かに落ちようと考えた。

 しかし、こんな結末は望んでいない。少年の手足が空を泳ぐ。何も掴むこともできず、何にも触れることなく海に向かって、体は垂直に飲み込まれようとしていた。

 理由を知らない連中は思春期のつまらない悩みだと笑うだろう。世界から消えたかった。

 こんな汚い世界を見たいと思わなかった。また、感じたいとも考えなかった。今は全身で世界に繋ぎ止められ、虚空に投げ出された代償を支払う。

 自分の終わりは自分で決める筈だった。足場が崩れて、転落では最後としては冴えない結果になりそうだった。

 男として海面に叩きつけられる瞬間は瞼を閉じずに見届けてやろう。

 白い光に包まれたかと認識すると同時に目の前がホワイトアウトした。五感が消えていくように薄れていく。よく言う死後の世界への入り口なのだろう。



 気がついたら、芝生の上に横たわっていた。理屈は分からない。

 体を起こして確かめると周りは日本のコンクリートジャングルとは思えない草原と中世のように見える舗装されてすらいないお粗末な街道。

 不思議の国のアリスか、或いはオズの魔法使いの始まりか。いや、あの高さで落下したのだから無事な訳がない。痛みを感じないと言うことは死んだ……天国や地獄にしては何だか、妙な景色。

 遠くから何やら馬に乗った一団がこちらに向かってくる。地獄の鬼? 死神? いや、西洋の悪魔にしては人にしか見ない。

 その一団は盗賊や山賊のような風貌だった。少年は立ち上がって、荒くれ者達と対峙する。

 自殺と見做されて死神のご登場なのだろうか。思案の最中に頭に後ろから衝撃がきた。


 後頭部の痛みで意識を取り戻すと荒縄で手足を縛り上げられていた。周りには髭面に浅黒い肌の男達。風呂に入っていないのか、体臭が匂う。

 死後の世界ではないのか。いや、それとも、行いが悪くて地獄行きなのだろうか。宗教観はともかく痛みを感じるのも――ひょっとして、実は生きてて単純に捕まっただけなのか。だとしたら、かなり危険な状態ではないのか。

 少年は慌てて、自分の置かれている状況を確かめようとする。けれど、相手に悟られないように確認するには無理があった。

 気絶しているふりをして機会を窺うべきなのだろうか。

 小汚い男達が何やら喋っているが意味が理解できない。

 英語とも日本語ともに違う。勿論、その他諸々の言語と比較しても。自分のいた世界とはまるで違うと思う。命乞いにも言葉が分からないのでは会話すらできない。

 身なりが整っていたから金持ちとでも思われたのだろうか。

 手の感触から腕時計を剥ぎ取られそうになった瞬間、声と銃声が連続して聞こえた。中世に見えるこの時代には相応しくない音。

 咄嗟に姿勢を崩し、音源を確かめる。 

 一人はサンディブロンドでセミロング。釣り目で菫色の瞳を持った少女が変わった形のリボルバーを構えて立っていた。北欧系のようにも見えるが白いカッターシャツにパンツルックにブーツ。これでテンガロンハットでも被っていれば、悪徳保安官に見えた。

 もう一人はアッシュブロンドのロングヘアで切れ長目に紅蓮の瞳。胸部を覆う鎧にロングソードを振り回す――まさに騎士としか形容するに相応しい少女。

 非常に対照的な二人組だった。

 荒くれ者達は御し易いと思ったのか、騎士の方に襲いかかる。

 少女騎士は彼らに対して圧倒的な強さを見せつけ、殺陣を演じるかのように次々と斬り伏せていく。彼女の周囲には倒れた男達が血を流し、雑草を赤く染め、人生に幕を下ろす。

「馬鹿パト! ただ働きする必要ないでしょう!」

 リボルバーを持った少女が怒りの形相で連れと思しき少女に向けて怒鳴った。幸いにも少年にも聞き取れた。日本語に近い。意味も理解できた。ただ、アクセントやイントネーションが微妙に違う。関西弁と関東弁のように微妙なズレ。

「リーサ! 不義を見逃す気はないわ!」

「正義で飯は食べられない!」

 二人の少女は罵りあいながらも男達を簡単に返り討ちにしていく。明らかに強さの次元が違う。

 天の助けと言うのだろうか。このまま、大人しくしていれば助かる筈……だが、髪の毛を掴まれ、無理やり上半身を起こされた。――喉に冷たい金属の感触が突きつけられる。

 男が怒鳴り声で叫ぶ。何を言ってるか分からないが言葉が分からなくても人質にされて、盾にされたのは考えなくても分かる。

 正面に荒くれ者達を打ち倒した二人の少女がこちらを見る。

「どうする? 助けるの?」

「助けるに決まってるじゃないの。一応、流界者(るかいしゃ)か確認しないといけないし」

 値踏みするように聞く保安官に対して騎士が怒ったように言い返す。

「自らには彼がお金を持ってそうには見えない。良家の坊ちゃんで財布の紐は婦人が握ってる」

 地獄だろうと中世だろうと何だろうと無償の善意など期待すべきではない。

 それにしても、「自ら」が一人称だと言うのは違和感を感じる。

「見捨てても貴方が嫌いな……ただ働きよ」

「その時は男を殺してから落ちてる物を拾っていくだけ。たったそれだけよ。元騎士様」

 状況は思った以上に最悪だった。騎士の方はともかく保安官は助けてくれる気はないらしい。

「いいだろう。君達二人に私の命を預けよう」

 ハッタリで吼えてみせる。二人の瞳が大きく見開かれた。彼女達は喋っていた言葉をを理解できないと思っていたらしい。

 だからこそ二人はその言葉で罵り合っていたのだろう。

「テメェ。喋れたのか?」

 男が喚くと同時に少女保安官が引き金を引くと同時にリボルバーの先端が火を噴いた。

 同時に右の太股に痛みと熱を帯びる。確かめるまでもない。目の前の少女に撃たれたのだ。

 本当にツキに恵まれていない。

「人質を殺すなんて、お前達、イカレてやがる」

 死んだと思ったのか、男が掴んでいた髪を離し、迫ってくる騎士に斬りかかる。

 しかし、戦闘は一瞬で終わった。男は少女に触れることすら許されず、一刀の元に斬って伏せられた。

 小さい頃に見た時代劇のようにパッと血の噴水を再現し、茶色に焦げた地面へと崩れ落ちた。

 間も置かずに保安官風な少女が目の前に立っていた。相変わらず、値踏みするような視線で見ている。

 太股の傷を見れば、掠っただけで血は既に止まり始めていた。

「和徒語なら金持ちじゃないわね。……それは」

 銃を持った少女は少年の手首に嵌められた腕時計を見ながら、顔を綻ばせる。

「助けた代金」

「ちょっと! リーサ! 人助けはタダでしょう。それに怪我させた分で帳消しでしょう」

 腕時計を奪おうとしたリーサと呼ばれる少女を騎士が止めた。

 彼女は剣で少年の手足を縛っていた荒縄を切って、地面に剣を突き刺す。そして、ズボンから取り出したハンカチを切り裂き、出血していた箇所に巻きつけ、包帯代わりにする。

錬金銃士(アルケミックガンナー)として面白い話でも聞けるなら別だけど……彼、技術者には見えない。今、興味があるのはこの」

 売り込まなければ、ここに置き去りにされるだけだ。不敵な笑みを浮かべて声をかける。

「腕時計だけ、か? リボルバーのお嬢さん」

 少女が驚きの様子でこちらを見た。

「自らはヴァシリーサ・アレクサンドロフ。みんなは呼び難いのか、リーサと呼んでる。錬金銃士と呼ばれる錬金術と言う名の科学を駆使して生活の糧にする銃士よ。こっちの馬鹿騎士様はパトリツィア・グラヴィーナ」

「誰が馬鹿騎士よ! それにパトって呼ぶのは貴方だけです。この拝金主義者!」

 パトリツィアと呼ばれた少女が突っかかるがヴァシリーサは年上らしき少女を制するように手で遮る。

 ヴァシリーサは無視して――

「貴方の名前は?」

 菫色の瞳が少年を見据えた。

「あれ……出てこない」

「冗談でしょう。さっきのハッタリと言い、もっと巧くやりなさいな」

 真正面から怒りの声を浴びせられるが、少年には答えが返せない。水を掴むような感じで要領を得ない。

「本当に記憶がないのかもしれないじゃない。綺麗な黒髪に薄い青の瞳。この一帯では見ない感じの人ね。……んん?」

 パトリツィアが少年の頭部に触れた。鈍い痛みが走る。

「大きなタンコブね。これが原因かもね」

「一応、根拠はあるのね。それで名前は? 思い出せないなら適当に考えて」

「まず、治療が必要か判断するのが先でしょ。……それに当たったみたい」

 パトリツィアが意味不明な言葉を口走る。そして少年の目の前に人差し指を立て左右に動かす。脳にダメージがあるか調べてるようだ。一応、大丈夫なようねと告げて、ヴァシリーサの隣に下がる。

「陣貝浩嗣……ヒロツグ・ジンカイ」

 戸惑いながら名乗った。自分の名前だと認識しているのに内から込み上げてくる違和感。

「その和徒語(わとご)、言いにくい。舌噛みそう」

「同感。ヒューロと呼ばせてもらう」

 聞き慣れない単語が気にかかって、自分の呼び名が決定してしまったことに関心が払えない。

「和徒語? 日本語じゃないのか? ジャパンって言ったら通じる?」

「ん? それは何処の話? 聞いたことない単語ね。薬剤か何かの名前? ……その表情だと違うか。逆に聞くけど、今、正式年号で何年か分かる?」

 二人が顔を見合わせ、ヴァシリーサが問いかける。何故かその態度が引っかかった。

「考えるまでもなく分からない」

 ヒューロはかぶりを振る。ジェスチャーが通じていればいいが。

「他に思い出せない? 自分のことは?」

 パトリツィアの問いに対して、再び、かぶりを振った。

「記憶喪失前の知識はあるみたいね。逆向性健忘ね」

「考えるのは後にすべきでしょう。どうせ、保護する気なんでしょう。この近くの支部まで連れていけば?」

 ヴァシリーサの皮肉にパトリツィアは答えずに手を差し出した。

「ありがとう、パト。迷惑かけてすまない、リーサ」

「ええ。迷惑ね。ヒューロ、自らにその珍しいのくれたら帳消しにするわ」

 差し出された手を取って起き上がったヒューロにヴァシリーサは冷ややかな視線を注ぐ。

「とにかく、支部まで連れていくから詳しい話はそこで伺いましょう。流界者ならルール上、どちらかに権利があるし」

 パトリツィアがヴァシリーサの行動を中断させ、街道に向かって歩き出した。

「権利? 流界者?」

 立っているとヴァシリーサが質問には答えず、後に続いて。と先に行くように促す。ヒューロは前後を二人の少女に挟まれる形で街へと向かった。


 後で知ったことだが流界者を見つけた場合、発見者に保護する義務と流界者の知識などの管理権が発生すると言う所有権ルールがあるらしい。――とある組織の中だけのローカルルールらしい。自らの勢力を拡大する為の。

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