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エピローグ -1人の寓話研究者の戯言-

 吟遊詩人の紡ぐ物語ではこのあと魔法使いは王国を追放され、竜の刻印に蝕まれ狂いながら死を迎えるという。そしてこの王国も魔法使いの寿命と同じくして一年以内に滅んでいるという。身分違いの欲望は身を滅ぼすという暗喩だろうか、大いなる力は気を狂わせるという警告だろうか。はたまた約束は守らなければならないという単なる寓話だろうか。この物語からはいくつかの意味合いを読み取ることができよう。道話とはそういうものだ。

 しかし、私は吟遊詩人の語る物語のこの終わりには、無理があるような気がしてならない。この魔法使いはこれだけ理不尽に刃を向けられ、なお逆らうことはしなかったのか。彼の力は竜の刻印が刻まれていてもなお転移や読心の力を使えたのであり、偉大なる(悪魔的な)力が衰えているようには到底思えない。

そしてこの不死の体をもつ怪物をどうやって倒すことができるだろう。また、この後に王国を追放されるというのもこの場で仕留めようと企てる王族たちの様子からして不自然である。ここで逃がせばいずれ復讐にくる恐怖に悩まされることは明白であり、そのためにも竜との戦いで弱った彼を(微弱ながらも)王国の全勢力をもってこれを打ち倒そうと試みたのである。

 では、魔法使いはこの後どうしたのであろうか。私はこう推理する。

まず前提として、文脈をみるに魔法使いには全知全能ともいえるような力が備わっていたとみるべきである。だからこそ人間として生きたいがために自らに枷を課していた彼が、竜との戦いのあとにはその力を微塵も隠すことをしなかった。彼は「心を読んでわかっているぞ」とも言った。これは物語前半の彼からは到底考えられない台詞である。魔法使いはもはや人間世界で暮らすためのルールを捨てたものだと考えられる。

 となると魔法使いはこのとき自由に魔法が使えたとみるのが相当だろう。そしてそれは「人の心を操ること」も可能であったことは、彼が読心をいとも当然の能力として扱っていることからも推測できる。そう、この場を切り抜けるにはもはやそれほどのことをしなくてはならないはずだ。

ひとつの事実として、この王国はこのときから一年以内に滅んでいるが、それが彼の寿命と重なるのは決して偶然ではないように思われるし、寓話上の整合性を合わせるものでもないだろう。彼が操っていた人たちの糸が途切れたためか、もしくは死の間際に彼が呪いを残していったのか。その原因は定かではないが、少なくとも彼がこの王国に影響を及ぼしたとみるほうが私には自然に思われる。

さて、もうひとつのこの物語を解読するためのキーワードが「竜の刻印」である。魔法使いは竜の死に際にこの刻印を受けているが、果たしてこれは死の呪いであったのだろうか。これは自らが「竜になる」呪いなのではないだろうか。

 これを読んだ者はなにを突拍子もないことを、と思っているかもしれない。しかし、私はそうは思わない。この物語に登場する竜はどこからきたのだろう。隣国の王がいうようにあまりにも突然の来訪である。そしてそのタイミングも完璧である。そして壁画の竜は『偉大なる力をもつ魔法使いしか封印を破れない』ということも加味すると、この竜はやはり魔法使いの差し金であるとみるのが相当だろう。

ただ、それは物語でいう現在の時間軸の魔法使いではない。吟遊詩人の物語であったこの台詞を覚えているだろうか。

「魔法使いの偉大なる力を持ってすれば未来を変えることすら可能であるはず」という台詞である。そして、そのことは「王だけでなく民のみなも確信していることである」と。

 このことを素直に解釈すれば魔法使いは時間に介入する術を持っていたのではないか。そのなかでしかし魔法使いの未来は、竜の刻印によって封じられている。人としての寿命を迎えようとしている。だから、魔法使いは過去に介入したのではないか。そう考えるのは飛躍しすぎであろうか。

 何より私が疑問に思うのは、この魔法使いの敵となる相手などこの魔法使いをおいてほかには存在しないのではないかということである。それは例え伝説上の竜が相手でも同じことである。

 竜がなぜこれほどの力を持っていたのか。それこそが私が「魔法使い=竜」の方程式を組み立てる理由である。この魔法使いと同等の力を持つ者は恐らく後にも先にもこの魔法使いだけなのである。そして私は確信している、この魔法使いは狂った末に「過去に赴き、自らが竜と化し王国を滅ぼした」のだと。そして彼はもう一度同じ未来を繰り返そうとしているのである。この竜は、壁画の竜などではなく、魔法使い自身の未来の姿である。あるいは壁画の竜とは魔法使いの成れの果てを記録したものである。

 読者のなかには数千年前の王族も竜を倒す力を持っていただろう、と批判する者がいるだろうし、それももっともなことである。魔法使いと同様の力を持つとみられる者は過去にもいたらしいと語られる。もし太古の王族が竜を壁画に封印していれば、難しく考えずともそれで解決するのだ。だから、この論はあくまで推察の域をでない。

 だが、私はあえてその異見に対して、こう唱える。「その王族こそが未来から送り込まれた魔法使いと姫の子孫なのではないか」と。どうだろう、この論はやはり支持を得ないだろうか。それとも幸運にも竜を倒す力を持つ者の登場が、竜の出現とまたもやタイミングよく重なっているというのも偶然の力なのだろうか。

 そもそも彼はどこからきたのか。その出自は物語上では全く明らかになっていない。なぜ彼が偉大なる力をもっているのだろう、それを解読する情報も与えられていないのである。未来の魔法使いが過去に赴き、現在の魔法使いのために細工を施したということは考えられないであろうか。これらのことはなにも確たる証拠はない。タイムパラドクスの問題も生じている。ただあるのは「偉大なる力をもつ魔法使いは唯一の存在である」という私の思い込みである。そして、そのような者は例え悲劇だろうと、もう一度同じ未来を歩むことは後悔しないであろうという私の願望である。

 そう、私はこの話を聞いたとき彼に幸せになってほしいと思ったのだ。未来を視ることができる力をもつ者が、人間が憧れるであろう全ての力を持つ彼が、もう一度同じ道を辿ることになっても後悔しないで欲しいと願っているのである。


    こうして彼のことを書き連ねる私のことも、それを読む者の姿も、

    きっと彼には視えているであろう

    この文章を、偉大なる力を持つ貴方に捧げる


                                   了

最後までお読みいただきありがとうございました。次に連載する作品はもっと明るいものにする予定ですので、読んでいただければ恐悦至極にて存じます。

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