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 そして魔法使いは隣国の王宮に現れた。約束を果たすためである。傷つきながらも、もはや血さえ流れていないその身体は果たして人と呼べるのか。人々はその魔法使いの様子に恐怖し、慄いた。しかし、誰がどう思おうとも関係ない。彼には姫さえいればよい。

 しかして王の御前に姫はいない。いるのは格調高い椅子でふんぞり返っている隣国の王と女王、そしてその隣に憎き王子とわが王がいる。さらに、周りを大量の兵士と魔導師が囲んでいる。

「王よ、姫は?」魔法使いは懇願するように尋ねる。その声は震えている。

「おお、偉大なる力をもつ者よ。して、竜はどうした。」隣国の王が尋ねる。

「無事討伐し、これで永遠に蘇ることはないでしょう。」魔法使いは答える。

「うむ、それは素晴らしいことだ。私は竜というものをみたことがないが、息子の話やこの友人の憂いを聞き、避難する民の姿を見てなんと恐ろしい怪物だろうと怖れていたのだ。しかし、倒すことができたのならよかった。これは隣国の王としても褒美を与えねばなるまい。何が欲しい。」

「私は何もいりませぬ。姫と契りを交わすことができればそれだけで本望です。」

「ふむ、それは先ほど我が友人であり、そなたの主人である王にも伝え聞いた。しかし、残念ながら姫はすでに我が息子と婚姻を交わした身、他の者ではいかんのか?美しい女子ならわが国にもたくさんおる。どうだ?」

魔法使いはかつての主を見ながら言う。

「これは約束を反故にする、ということですか?」

王はこれに負けじとムッとにらみ返す。卑しくもすでに妻となる身を奪おうする方がおかしいのだ、と内心で思っている。

隣国の王が目でかつての主を制し、言う。

「いやそういうつもりもないが、姫の幸せも考えて欲しいといっているのだ。主のために身を尽くし、命を賭して戦ってくれた貴殿ならわかるだろう?」

「わかりませぬ。約束は約束だ。」と魔法使いは応酬する。もはや彼らが聞く耳を持たないことは心の内を読めばわかる。しかし、それでも魔法使いはいうのであった。

「さあ、姫を。姫なら私がこの命を賭けてまであの邪悪なる竜と戦った意味をわかってくださるはず。さあ、姫を。」

隣国の王はそれを受け、いう。

「ふむ、姫は民も国も失い心労で体調が芳しくなくてな。そうだ、貴殿もたいそう疲れていることだろう。どうだ、一晩休んでは?それで冷静になれることもあろう。」

「結構だ。疲労など大したことではない。私のことを姫に話していないことは貴様らの心を読んでわかっている。王よ、姫はどこだ?今が約束を果たすときだ。」語気を強めて魔法使いは言った。彼が王の前で声を荒げることなど初めてだった。

それを聞いた王の側近が前に出て言う。

「なんと無礼な口の聞き方だ。いかに竜を倒したと者と雖も陛下の御前であるぞ!わきまえよ!」どうやらこの国の兵士長らしい。いまにも襲い掛かってきそうな勢いだ。この者も隣国の王に手で制される。このやりとりは予定通りの芝居であったようだ。

 「ふむ、疲れていない、とな?先ほどから聞いているとなんだかあの竜は貴殿のために存在したかのようだ。そう、まるで自分の力を誇示し、姫を奪い去るための計画が立てられていたかのようだ。いやなに、心を読めるのであればわかっているだろう。そう、私は今そなたを疑っている。壁画に封印された竜を蘇らせたのはそなたかと。竜の復活などできるのは偉大なる力をもつ魔法使いだけであろうと。この平和な世の中に突然、だ。そしてあまりにも狙ったような機会に襲ってくるものだ。数千年に一度の危機が!そなたが城から追い出されている間に。そして姫と王子の婚姻式の最後の夜に!……あまりにも重なりすぎている。これは偶然だろうか?私には姫を奪うタイミングはここしかない!……とすら思える。どうだろう?偉大なる魔法使い殿よ?」

 魔法使いは目を瞑り俯き震えている。

 「竜と命がけで戦った男に対する仕打ちがこれか。その疑心の気持ちが本心だというのが何よりたちが悪い。竜と本気で戦っていたことなどすぐにわかることだろう。そしてその疑念をもっていたとしても、何より貴様らの心が下賎の者に姫を渡せるものかといっているのが丸分かりだ。人間とはかくも浅ましいものなのか。」彼の最後の言葉は誰に向けたものでもなく空に向けて放られた。

騒ぎを聞きつけた姫が王座の間への扉を開く。兵士たちは彼女が近づくことがないようにと手に持つ槍を重ねて通せんぼする。姫は事態を完全には飲み込めていないが、責め立てられているのがかの王宮魔導師だということはわかった。姫は事実を知らなければと強く思ったが、王たちに真実を告げる心はないようだ。

 隣国の王は静かに魔法使いの方に揃えた指を向けた。その瞬間大量の魔術が魔法使いに放たれ、それとほぼ同時に槍や剣を持つ兵士たちが突進してきた。

 魔法使いはその全ての攻撃を受け止め、避けることをしなかった。彼の身体にいくら傷を作っても、どれだけ突き刺しても、その身体から血が流れることはなかった。

彼はいつのまにか微笑みをたたえていた。その笑みは悪魔が浮かべるそれのように見えた。王子は最初に抱いた嫌悪感の正体を見た気がした。彼は悪魔だ。邪悪なる力をもつ悪魔だ。

 魔法使いはどれだけの攻撃を受けても全てを許した。なぜなら彼にはすべてがわかっていたからだ。王たちが自分を認めないことも、姫にこの願いが届かないであろうことも。何故ならあの時の姫の自室で、彼女の頬をつたう涙の意味を魔法使いは気づいていたからである。その心を読まずとも。

 魔法使いは死なない、竜の呪いで死んだとしても、彼らの攻撃では決して死なない。彼は笑って受け止め続ける。凶刃の刃を、狂いながら。魔法使いは誰よりも恐れた、自らの死ねない体を。そして魔法使いは何よりも怖れた、その後ろ姿を見る王女の顔が恐怖に滲むことを。


(吟遊詩人の唄が遠ざかっていく。どうやら次の街を目指し、流浪の旅を続けていくようだ。) 


                                      Fin.     


吟遊詩人の物語ここで一幕閉じることとなります。ご愛読ありがとうございました。

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