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先に短編小説としてもあげましたが、自分が読みにくかったので分割させてもらいました。
その魔法使いは偉大なる力を持っていた。(吟遊詩人はその言葉を語り口に唄いだした。)
その魔法使いは偉大なる力を持っていた。彼が剣を振りかざせば巨大な業火が敵を襲い、その火は一片の跡形も残さず、全て燃やし尽くすまで消えなかった。彼が弓を引けば雷撃の矢が敵を貫き、その雷は自らの意志を持ち、さらなる敵を求めその身朽ちるまで進撃した。杖に祈りを捧げれば聖なる光が空から降り注ぎ、世にも恐ろしき邪なる敵をも退けた。しかし……しかし彼にはそんな敵はいなかった。
そう、その魔法使いには敵はいなかった。それは魔法使いにとってだけではない。現代には彼の力に見合う世界を滅ぶすような敵など存在していなかった。彼の偉大なる力は発揮されることなく燻り、偉大なる力は強大すぎるがゆえにその行き場を失っていた。
偉大なる力を持つと人はそれを妬むものだ。それが人間の本質だ。力を持つ彼は妬まれ、恐れられ、忌み嫌われた。住む場所も追いやられた。魔法使いはしかし、彼らを恨まなかった。何故なら彼自身が自分の力をなによりも恐れていたからだ。
彼はその優れた才で一度は王宮魔導師の地位を授かっていたが、家臣たちの策略ですぐにそれも剥奪された。家臣たちは、やがて我等の地位まで脅かされるぞと恐怖したのだ。一度は快く地位を授けた王も、いやむしろ懇願すらしてきた王が、家臣たちの入れ知恵に唆されると魔法使いを邪な目でみるようになった。彼を悪魔の生まれ変わりだとも内心では思うようになった。
しかし、口にだすのは憚られた。彼は自分から迎え入れた負い目というものをいっぱしの人並みには持っていたからだ。もちろん、そのような王の機微を魔法使いは気づいていた。魔法で心を読むまでもなく、彼が生きてきた間ずっと浴びせられつづけたその嫌らしい目つきを見間違うはずもなかった。
彼は初め心より歓迎してくれていた王がそのような目で自分を見ることに少なからず落胆した。それでもやはり彼は王を恨まなかった。むしろ、一時でも彼のことを好いてくれていたことに感謝していた。たとえそれが彼ではなく彼の力を気に入っていたのだとしても。彼は恩を感じ、それを忘れなかった。
地位を奪うときに王は言った、
「わが王国に敵はいない。数千年前ならいざ知れず、現代ではそなたの強大な魔法も生かしようがない。そなたもそれではつまらぬだろう。休暇を与える。静養して参れ。」と。
魔法使いはそれに
「王の末葉に至るまでのご配慮恐悦至極にて存します。王の広き心、ありがたく頂戴致したく思います。」とだけ答えた。
彼は顔を上げ王の顔を拝見したが、王はその目に恐れ耐え切れず視線をそらした。王国内一の権力を持つ王の心持ちは傷つけられ、魔法使いを恐れる気持ちも同居して、魔法使い憎しの感情の種がこのとき芽をだしたのである。彼は王宮から追い出された後、王が再び彼のことを呼び戻すつもりがないと気づいたが、丁重に、礼儀を欠かさずその場を後にした。
彼はその偉大なる能力で未来を予知することも他人の心を読むことも容易く行えたが、それをしなかった。彼は人間として生きたかったからだ。しかし、力を使わずとも彼は王宮だけでなく、いずれこの国からも追放されるであろうことを悟っていた。既に与えられていた住む場も追いやられ、1人森の中で慎ましく暮らしていたのにも関わらず、鳥たちが彼の悪評を一日と空かず運んできていたからだ。
彼のことを見たことすらないのに魔法使い憎し、と唱える人より、会話を交わし笑いあえていた人に恐れられていたことのほうが彼にとってはよほど辛かった。しかし、彼はそれも仕方のないことだと割り切っていた。
だが、そんな魔法使いにも1人だけ恐れられるのを良しとしない相手がいた。王の娘、この王国の姫である。この姫はたいへん器量がよく、姫が舞踏会に参加したときなどは貴族たちがこぞってその美貌を本心から褒めちぎり、願わくは姫と契りを交わしたいとも思った。王国の民衆は普段では姫の姿を見ることすら叶わなかったが、式典に姿を見せたときには皆が見惚れ、その中にはポツリと天女の生まれ変わりだと呟く者もいた。
また、姫はその器量に相応しいだけの性格も持ち、臣下にも民衆にも心遣いを欠かさなかった。訓練で傷ついた兵士がいれば胸のうちより心配し、自らの手で傷薬を処方した。式典でしか姿を見せられず民と関わることができないことを嘆かわしく思い、週に一度祈祷日の際に、民衆のなかで選ばれた者が謁見する場も設けた。
姫はこの国を誰よりも慮り、そしてその気持ちに値するだけの評判もあった。時には他国から姫を見たいがために訪れるものもあった。関わる者の誰もが姫を愛でたし、それは王宮魔導師であったときに、その献身的な姿を何度も拝見したことのある魔法使いもまた例外ではなかった。いや、彼はその誰よりも姫を愛していた。
王からは決して近づくべからずとのお触れも内密にでたが、忍んで彼は姫に魔法をご覧いただく機会を伺っていた。そして機会は一度だけ叶い、姫は魔法使いの至大な魔法を褒め称えた。
しかし、魔法使いは秘めたる恋慕が届かないことを知っていた。姫には生まれたときからの許婚がいた。隣国の王子である。
この王子は姫に負けずの美男子との評判であり、また英気にも溢れ、なによりこの男も姫が国を思う気持ちと同様に自身の祖国を愛していた。両者の婚姻には国民の支持も高く、この二人ならば、と微笑を浮かべながら口にする人も少なくなかった。二人が結びつけば両国共にさらに発展することは間違いなく、国の行く末を憂う者は1人としていなかった。
その気持ちは魔法使いとて同様であった。王子に醜く嫉妬する黒い気持ちがないといえば嘘になるが、何よりも姫の気持ちを考えればそれが一番のはずであることも理解していた。人から嫌われる者と結ばれるよりも、王子と結ばれたほうが国も安泰であることは間違いがない。
国を想う姫にはなによりそれが幸せのはずである。姫が幸せになることを願うだけが自分にできる精一杯である。この恋路が結ばれることがなくとも、この王子が相手ならばと、諦めもつき、ある種晴れやかな気分でもあった。