もし粉ジュースを異世界の人(王様)が見たら
「リサさんのお店、無事にグランドオープンを迎えたようですね」
ルーは黄色い嘴をパクパクさせて言った。先ほど東方の町までラクトアのおつかいで赴き、どういう風習だか皆目検討つかないが、大きな鉢植えの花を届けてきた。その花というのはラクト様曰く異世界の花だそうで白い蝶々が茎にくっついているような形をしている。そして『祝開店 リサの店 氷の美魔女ラクトアより』と看板がぶっ刺されていた。ルーは、『美魔女』は意味が違うんじゃないかなぁと思ったが、ラクトアに羽根をむしられてはたまらないので、黙っておくことにした。
「ところでラクトア様、何を召し上がっていらっしゃるんですか」
「んー? うふふ、これはね、ジュース」
「はぅ! ラクトア様が仰ると一気にいかがわしく聞こえるのはどうしてでしょうね」
「むしるわよ」
「ゾゾッ!」
ラクトアが手にしているのは、およそジュースに見えないもの。銀色の小袋に異世界フルーツの絵が描かれている。ちなみにラクトアが今持っているのは、紫色の球体がいくつも寄せ集まった果物の絵だ。
「喉が渇いていらしたのなら果物をお絞り致しますのに」
ルーは分かりにくいが頬を膨らませた。
口は悪く、いつも一言多いと評判の使い魔ルーだが、実は心底ラクトア様を尊敬していたりする。だからラクトア様のパンツの洗濯だって食事のお世話だって苦にならない。
「アタシが搾って飲みたいものは、別にあるんだけどねぇ」
ラクトアは意味深長な流し目をちらりとルーに送り、赤い唇をペロリと舐めた。
「ゾゾゾッ!」
「ルー、あんた人間の姿にもなれるだろう。どうして嫌がるんだい?」
「……ご命令とあらば致しますけどね、あの姿はあんまり好きじゃないっていうか」
いつものルーらしくなく歯切れが悪い。ふうん、とラクトアは葡萄の粉ジュースを溶かしたゴブレットを傾けた。
「せっかく一番の美少年にしてやったのに、つまらないやつだね。まあいいわ。たくさん取り寄せたから王にもおすそわけしておやり」
魔女たちに色の含んだ視線を向けられるなら美少年なんて望んでいない。微少年くらいにしておいてくれればいいのに。
ラクトアの興味が他に移ったことに安堵したルーは、言い付け通りに小箱をヒレのような翼で持ち上げ、ペタリペタリと部屋を出ていった。
◇◇◇
「なに? ラクトアから貢ぎ物が届いたと!?」
王様は侍従の報告を聞いて相好を崩した。
「待っておった! どれ、今度はオセイボか? それともオチュウゲンか!?」
「そのどれでもないようで」
侍従は箱に何も書かれていないのを確め、当惑しながら答えた。
「よいよい。開けてみよ。白い腸か黒い腸か。ワシは黒い腸のタイヤキがよいがのう」
待ちかねた王は侍従から箱を取り上げ、自ら箱の梱包を解いた。
しかし、中を覗くなり落胆した。
「な、なんということじゃ。金の魚が入っておらぬ」
「左様でございますね」
「この薄い銀の板はなんじゃ。なにやら絵が描かれているようだが」
「私が察するに、これは異国の貨幣ではございませんでしょうか」
「貨幣か」
「はい。恐らくこの銀の板は金属を加工したもの。このような薄さに引き延ばし、なおかつこのような精緻な絵を描く。舌を巻くような技術ではございませんか。しかも見たこともない、おそらく植物がかの国にはたわわに実っており、それを合わせることにより国力を外国に見せつけておるのです」
「なるほどな。そちの言い分、一理ある。褒めてつかわすぞ」
「ははっ、ありがたき幸せ」
王はその銀の板をひねくりまわし検分した。まるで写真のような絵画ひとつとっても素晴らしい。
「やや! こんなところに瑕疵があるようだが」
王が銀の板の切れているところを指でひねると、銀の板は約20分の1くらいの場所で引きちぎれた。いや、引きちぎったのではあるが、その切り口は熟練の騎士が剣で斬ったように鮮やかに真っ直ぐ、真っ二つ。
「うわっ、粉が! なんじゃ、銀の板と思っていたものは、金属でできた袋であったか。ラクトアがどこの国からこれを手にいれたが知らんが、この国とは争いたくないものよ」
「王様! お気をつけ下さいませ! 火薬の類いかも知れませぬ」
「いや、ちょっと待て。これを見よ」
王の足元には、小さな黒い虫が粉の粒を顎で挟んで巣へ持ち帰ろうとしている。
「このような虫が巣に持ち帰ろうとするものが火薬であろうはずがない。それにこの甘い匂い」
「なりませぬ! 毒味をさせますので、しばしお待ちを!」
侍従は王の足元に屈みこみ、甘い匂いする粉を紙に取り、慎重に包んだ。
「ただちに王宮研究所にて成分分析をして参りますゆえ」
「うむ、任せた」
王は足早に退出していく侍従の背中を見ながら、唾液で湿らせた小指の先に粉を少し取り舌先で舐めて「これは○○だ!」と言ってみたかったのう、と少し寂しく思った。
「で、結果は」
「はい。毒味役が分析しましたところ、この粉の正体は主に砂糖、それから酸味を感じるもの、果実の匂いをつけるもの、果実らしい色をつける色粉と判明いたしました。29人の毒味役それぞれに違う植物の絵が書かれたものを試させましたが、全て感じる味が違うとのこと。体調を崩したり中毒を起こしたものもおりませんでした。不思議なのは、味は異なるのに見た目は全て白い粉ということです」
「うむ」
「ただ……」
「なんじゃ」
「この粉は非常に甘く、このまま食するには適さないかと」
「ワシは甘いのは得意じゃ」
「いえ、想像をこえる甘さでございます」
「貴重な砂糖を存分に使った粉。途方もない技術が使われた銀の板状の袋に大切に封印されており、高名な画家が描いたであろう植物の絵。ラクトアはワシに何を伝えようとしておるのかのう」
「……毒味役が申しあげることには、オレンジ色の果実の絵がオススメだとか」
王はオレンジ色の果実の絵が描かれた銀の袋の封印を破くと、中の白い粉をじっと見た。
「ラクトアには済まないが、ワシは国民の為にも意図の分からぬものを口にするわけにはいかんのじゃ」
「ご立派でございます!」
感涙する侍従の前で、王はゴブレットの中に粉を捨てた。するとどうしたことでしょう。いままで白かった粉が、鮮やかなオレンジ色に生まれ変わったのです!
南国を思わせるような甘酸っぱい香りが、ゴブレットを中心に広がり、王も侍従も側近も、御機嫌伺いに登城していた貴族も騎士たちさえ一斉に喉を鳴らし魅了されたのでした。
「い、いけません」
「じゃが、しかし……毒はなかったのだ」
「ですが……」
ゴクリ。
「美味い!! 酒ではないところが惜しいといえば惜しいが、なんという美味さ!! よ、よし、次はこの青い果実の絵のものを試して見ようではないか!」
◇◇◇
「王様、気に入ってくれたようですね。って、ラクトア様!?」
「なんだい?」
「お次は何を召し上がっていらっしゃるんです!?」
「んふふ。これかい? これは一口アイスだよ。バニラ味の外側はパリッとしたチョコレートをコーティング。ほら、星形とハート形は滅多にお目にかかることのできない貴重なものなのさ」
「あーー! あーー! ずるい! 6個も入ってるなら1つ食べさせて下さいよ。今日はラクトア様のおつかいで二ヶ所も回ってきたのに! ちょっとくらい労ってくれても!」
「ふふふ、そういうと思って今回は特別にルーにも一箱用意していたのさ」
「わーー! ありがとうございます!!」
「あーーー! 貴重な形のが入ってない~~!」