18話
そろそろ物語が動き出します。
声の発生源を辿り、そちらに目を向けると、見知らぬ男性が立っていた。清潔感のある短めの髪型に、整った顔立ち。今年のトレンドを取り入れた、のかは流行りに疎い私には判別つきかねるが、短パン、半袖とラフな出で立ち。初対面で大変失礼だが、女性関係に浮薄そうな印象を抱く。誰?
「あっ、三谷くん」と反応を示したあっちゃんは、パッと私の手を離した。
まるで私達の関係をこの男性に露呈するのを忌避したかのように。
「こんなとこで会うなんて、奇遇だな」
私のことなど目に入っていないかのように、男性があっちゃんに話しかける。
「うん、そうだね。今日は一人?」
「いや、男友達と一緒。今、トイレ行ってる」
そこでやっと私の存在に気付いたみたいで、私と男性の目線がぶつかる。
「もしかして、椎名の友達?」
問われたあっちゃんは、一考も挟まず、
「うん。そう友達」
私との関係性に嘘を織り交ぜた。えっ?と私は思わず目を剥く。
多分だけど、私達の愛の空間に無遠慮に足を踏み入れてきた、この男性は大学の友達なのだろう。その友達に私と付き合っているのを知られたくないのはわからんでもない。私だって知り合いと遭遇し、あっちゃんとの関係を問われた場合、『この人は恋人なのだ!』とは声を大にしての公言は出来ないかもしれない。でも、あっちゃんなら胸を張って、平然と毅然と悠然と『彼女なんだ』と言い切ってくれるんじゃないかって思ってた。
しかし、その願いはいとも簡単に打ち砕かれた。みっちゃんとお別れした切なさも相まってか、泣きそうになる。う~、とあっちゃんに視線で訴えてみるも、気付いてもくれない。
「へぇそうなんだ。…じゃあ俺、そろそろ行くわ」
「うん。また大学で」とあっちゃんは男性の遠ざかる様子を見送る。
その表情に、僅かに喜色が含まれていた気がしたけど、気のせいだと思いたい。
男性の後ろ姿が見えなくなったのを見計らって、私は口を開く。
「あっちゃん、私とカップルだって、あの人に知られたくなかったんだ」
自分でも驚くぐらいの、冷淡な口調だった。
「…別にそんな事ないけど。でもわざわざ言う程の事じゃないかなって」
「あっそ」そっぽを向いて、頬を膨らます。
「そんな事で怒んなよ。璃子は子供だなぁ」
「子供だもんっ」
実際には20歳という世間一般だと大人に属する年齢である。
「わかったよ。今日は何でもお願いを聞いてやるから、機嫌直せ」
あっちゃんは私の膨張している頬をムニムニ揉みほぐしてきた。
「じゃあチューして」
私の願望を聞いた途端、「あぁ?」とあっちゃんは眉根を顰めた。
「なんでそんな事…」
「だって何でもお願い聞いてくれるんでしょ?だったらチューしてよ」
これ見よがしに唇を突き出して、強請ってみる。
自分で衆目に晒されるのを嫌がってた癖に、都合が良すぎるとは理解している。でも、私があっちゃんにどれだけ愛されているのか試したかったのだ。
あっちゃんは「ふう」と露骨なため息を漏らすと、スっと私に顔を寄せ、
「外でやるのはこれっきりだからな」
そう一言残すと、チュッと唇を重ねてくれた。
舌を挿入しない、尚且つ短いキスだったけど、「ぐへへ」もう私の機嫌は修復されているのだった。