16話
今日1日災難続きで、その怒りを執筆に吐き出しました。
『心配したじゃないの!今どこいんのっ!?』
受話口から耳を劈くような怒声が鼓膜をいたぶる。案の定あっちゃんの怒りの臨界点は限界をとうに突破していた。スッゴい怒ってるぜ。
でもそれだけ心配していてくれたことに、不躾ながらも嬉しく思ってしまった。
「実は看過できない事態に見舞われているの」
『看過できない事態って何よ?』と怒気を孕んだ声音で詰問される。
「それは――」軽い耳鳴りに苛まれつつも私は、事の顛末をあっちゃんに伝えた。
『…そんなの迷子センターに任せたらいいじゃないの』
私の説明を聞いて、あっちゃんが簡潔に一言。
「………」
確かにそうだ!
何故か私が見つけてあげなくちゃっていう強迫観念的な思想が、念頭に刻まれていた。
こんな大勢の人達で溢れている店内で、一人の人物を見つけ出すのはかなり困難であり、例えるなら、え~……適切な比喩が思いつかない。
まぁそれはいいとして、何よりみっちゃんママも既に迷子センターへ向かっているかもしれないしね。そうだ。そうに違いない。
「ありがとう、あっちゃん。恩に着るぜ」
『え?あっ、ちょっ』
あっちゃんが何かを言おうとしていたけど、構わず通話を途絶させた。
それにしても自分の馬鹿さ加減をこんなところで痛感するなんて、思ってもみなかった。でもこれで難航していた状況に光明が差したというものだ。
「おわったよぉ~」
用を済ませたみっちゃんが個室から飛び出てきた。
衛生上を考慮し、バシャバシャ手を洗浄しているみっちゃんに、
「ちゃんと一人で出来た?」
「うん。ばっちし」と口角を上げ、OKサインを小さな手で形作る。
ぐっ!改めてその愛らしさに心臓を鷲掴みにされる。
そして、みっちゃんと手を繋ぎ、無駄に甘ったるい匂いが蔓延するトイレを出る。消臭のために芳香剤を設置している事はわかるけど、どうにもこの匂いを好きになれないんだな。
「みっちゃん、お姉ちゃん良い作戦思いついちゃった」
「いいさくせん?」
「迷子センターでママを呼び出して貰うの。そしたら直ぐにママが駆けつけてくるよ」
「ホントに!?」驚喜の混じった笑みを私に向ける。
「うん。ホント」と肯定して、エスカレーター近くに備え付けてある店内マップを確認。えっと……あった。迷子センターは三階にあるみたい。
三階へ上がり、迷子センターに向かう途中、みっちゃんが唐突に、「あっ!」と驚く。
「どうかした?」
「ママだっ!?」
掴んでいた私の手を離すと、みっちゃんは一目散に脇目も振らず走った。
「あっちょっと!」私は一瞬、あまりの急展開で呆気に取られていたが、みっちゃんの後を追いかける。
「ママぁ~!」叫ぶと、迷子センター付近に立っていた女性に抱きつく。どうやらあの人がママらしい。見つかってよかった。
「あっ美羽どこ行ってたの!いっぱい探したんだからね!」
「あのね、みうもりっちゃんと一緒にママを探してたの」
「りっちゃんって誰?」
「あのおねぇちゃん」とみっちゃんが私を指差す。
「どうも」私は頭を下げて、微笑む。
「そうだったんですか。どうもご迷惑おかけして申し訳ございませんでした」
みっちゃんママが畏まったように頭を下げた。
「いえいえ、迷惑だなんてとても」謙虚さの片鱗を覗かせつつ、手を振って否定する。実際、迷惑なんて毫末も思っていなくて、私はみっちゃんといるのが楽しかったのだ。
「よかったね、みっちゃん。ママ見つかって」としゃがんで、みっちゃんに笑いかけると、頭を撫でる。
「うん!」
それは、これまでにないくらい大仰な首肯だった。
「それじゃあ私達はこれで失礼します。本当にありがとうございました」
改めて深く低頭するみっちゃんママ。そんなにお礼を言われたら、こっちが恐縮してしまう。
「ほら、美羽。お姉ちゃんにバイバイは?」
みっちゃんママのその一言で私の心中が、悲愁に打ちひしがれる。そうだ、もうみっちゃんとは会えないんだ、と理解した瞬間、目頭が熱を帯びていく。
「りっちゃん、バイバイ」
みっちゃんも悲しいという感情を抱いてくれているのか、切なげな表情だ。
「うん。バイバイ」今できる精一杯の微笑みを形成して、破裂しそうな感情を押し込める。
そして、二人は私に背を向け遠ざかっていくのを見送る。
ヤバイ。泣きそう。二人と距離が離れていく都度、視界が段々ぼやけて、波打つ。下唇を噛み締め、なんとか流れ出そうなになるのを意地で牽制する。
「これっ」
後頭部に小突かれた衝撃を受け、反射的に背後を振り向くとそこには――
「あっ、あっちゃん」がいた。
刹那、私の涙腺の一糸は切断された。




