それは遠き戦いの丘で
キャンパスの一角、芝生のみの広場は公園と呼ぶには質素だが、広さに関しては十分だった。中には思い思いにシートを広げて昼食をとったり、ベンチに座り休息をとる者もいる。
二人もまた、例外ではない。
「人目に付くのは苦手でな。今後は気をつけて欲しい」
先に口を開いたのは、意外にも晶だった。
「あ、ああ。すまなかった」
ベンチに座り、温かいお茶の缶を手の中で転がす。暖かくなりつつあるからか、あまり売れないホットは熱すぎるくらいに暖められていた。
そしてまた二人は黙っていた。
ゆっくりと、涼しい風が吹き抜けていく。晶の長い黒髪がなびき、自然と目がいってしまう。
意を決し、優が口を開く。
「あの……」
「ちなみに」
制するかのように強引に割り込む晶の言葉。
「野球はもうやらない」
「え……」
晶から発せられたその言葉は、これから告げようとするする全てを否定する事に等しかった。が、優はなぜ野球を嫌うかは理解できた。
――南風に、日に焼けたマウンド
――戸惑いと軽蔑の混ざった視線
――観客席から飛び交う罵詈雑言
――決して相容れはしない形と器
――閉ざされた、栄光に輝く未来
もし自分が同じ立場なら、二度と立ち直る事はできないだろう。
それでも彼女は立ち上がった。ただ、野球と向き合える程ではなかっただけの話。
「それは――」
自然と、口が動く。
言葉は流れるような頭を過ぎていく。
「まだ、野球が好きだからだろ。本当に嫌いなら、自分からそんなことは言わない。そうやって遠ざけて、逃げ続けて――おまえは今、楽しいか?」
そして、最後に。
「――笑えよ。まだ、笑えるなら。あの自信の固まりみたいな不敵で極上の笑みを、また見せてくれよ」
全てを話終えた。ただ思いつくままに話したせいか、文法なんてバラバラだし要点がいまいち掴めない。自分でそう思うのだから間違いない。
そして晶を見る。晶はただ驚いたように目を丸くして固まっていた。そして気づいたように言う。
「そうか。お前、あの時のか」
彼女の頭の中に、甲子園の光景が浮かぶ。
ふっ、と目を瞑り、ゆっくり話し出す。
「あの試合。今でもはっきり思い出せる。三振を奪い奪い、最後は運悪く大物怪物。あんな悪夢そうそう見られないぞ。だから負けまいと本気になった。真剣になった。なのに笑っちまってさ。そして――」
晶は天を仰ぐ。左腕は光を遮るように額に乗せる。
「――お前まで、笑っていやがった」
さわさわと木を揺らす風。最後の呟きは、そのせいかうまく聞き取れなかった。
「あの頃は楽しかったのに、俺は」
手に持つ缶は、既にぬるくなっていた。
「なんでこんなこと、してるんだよ……」