終わらない甲子園
とあるお国のとある町。特に変わったようなところのない、いたって普通の私立大学。
そこに一つ、ひっそりとした部活があった。それもまた、変わったところのないただの野球部。
だけど二つだけ、たった二つだけ違いがあった。それは――
――軟式だという事と、熱い情熱。
HIT WILD PITCHING!〜第一部〜
少年――三神優には悩みがあった。
それは就職ではなく学力でもなく、若さ故の過ちでもなく。
しかし、彼にとってはそれら以上に重要な事だった。それは、
部員不足
彼の所属する若波学園軟式野球部は、先日の練習試合にてエースが肩を壊すというアクシデントに見まわれた。元から人数が少なく、リリーフすらまともにいない。つまり、いくら部員がいても、エース不在では試合どころかまともな打撃練習すらできないのだ。
しかし、素人を勧誘したところでろくに球が投げられるはずがない。
葉桜が輝く5月、まだ戦果も上げないうちに……こんなに早く終わってしまうのか――
――そんなこと考えたのが、30分前。
優は今、キャンパスを走り回っていた。
「おい、アブねぇぞ!」
「すいません!」
道行く人にぶつかりそうになりつつも、一向に足を止める気配は無い。
何故なら、今の彼の頭の中は「二年前」の風景しか映っていなかったのだから。
焼きつける太陽、ざわめく観衆、土に染み込んでも終わりの無い汗。
そして、弓のようにしなる躯に、矢のような鋭い球。
其将戦神也――
その戦神――「甲子園の天使」は、夏の風物詩とも言える甲子園の決勝、延長戦裏15回に現れた最強の抑え。しかし、天使は二度と現れず、その1回限りしか舞い降りて来なかった。
(いた――!)
学園内を走り回り、目当ての人物を見つける事ができた。
更に加速する優。その彼の手には、一枚の紙切れと写真。写真には、黒髪でロングヘアの少女。野球のユニフォームを着ている。
紙切れの方には殴り書きの名前が一つ。その名の持ち主は、美しい水晶が如く輝きを放つ。
そして、その名は――
「――近藤晶!」
大きな声が、学園に響き渡る。。
そして振り向く、一人の美少女。
そこにはまだ、当時の空気だった。
マウンドの上、自信溢れる笑み。
強者の交わす、目線での会話。
「呼んだか?」
彼の直感が告げる。
二年前のあの日の続きが――あと一球という所で終わってしまった、あの日の続きが始まる、と。