逆ハー女と路傍の石 後編
異世界のミコ様が大学時代のお話。
「あっ!」
会社に戻ると入り口でセンパイが躓いた。
というか、何も無い所で躓くと言う事は足かバランスを司る器官に異常があるんじゃなかろうか。
「おっと。」
私がセンパイをいろんな意味で心配していると通りすがりの男性がセンパイを受け止めていた。何か最近ドラマで見た中堅どころな俳優に似ているガッシリした体型のイケメンだ。
「あ、ありがとう。」
「いやいや、君の為ならコレ位大した事じゃないさ。」
おおっと、イケメンの言葉にセンパイは驚いて目を見開いている。流石の私もこんなに寒いセリフをリアルで吐く男性がいたという事に驚きを隠せない。
「姿が見えなかったけど、お使い?あ、そこのクッキー美味いんだよね。」
「ハイ。特別な取引先用に、奮発したんです。」
残念ながら、奮発したのは課長である。お菓子代は領収証を貰っているので経費で落ちるかもしれないが、お釣りは私のお駄賃になる予定だ。
男性はセンパイの方を向いていて完全に二人の世界となっている。新人の私は少し離れて口を閉じる事にした。喋らなくていいなら、会話に参加しないのが私のスタンスだ。無視していただいて大いに結構である。
「有名だよね、ココ。」
「時間があれば、別の店にしたかったんですけど。」
「へえ。詳しいんだ、スイーツ。」
「そ、そんなコトないですっ。」
頬が赤くなったセンパイを見て、今の会話のドコに照れるポイントがあったのか私は真剣に考えた。
うーむ。スイーツと普通に言われるとちょっと照れるかもしれない。(笑)があれば別だが。
「今度教えてよ。メール、なかなかくれないから、ちょっと寂しいんだよね。」
「あ、ゴ、ごめんなさい。忙しいかと思って。」
二人は知り合いだったらしいが、ちゃっかり部署用のクッキーも購入していた私にはどうでもいいことだった。
メールをする相手位私にもいるので、いちいちリア充めっと羨ましがったりしないのである。
それよりも早くココを立ち去りたい。
規定以上の仕事をこなし終えている私は、残り少ない時間はクッキーをむさぼり食う予定なのだ。
「センパイ、私先に行きますね。」
クッキーの誘惑に負け、声を掛けて歩き出すと私のジャケットが引っ張られた。振り向くとセンパイが意外と力強く裾を摘んでいる。やめろ、伸びるだろと私は早速オーラで自己主張を試してみた。
「し白河さん、待って。あの、仕事に戻るから。」
残念、私のオーラは通じなかったようだ。そうオーラの道は一日にあらず。修行を誓った私は伸び続けているジャケットの為にも足を止めた。
「またね。メール待ってるから!」
センパイ越しに私を睨んでいたイケメンは先輩が振り返ると笑顔で手を振った。
邪魔をするなと言いたいのかもしれないが、仕事の邪魔をしているのはイケメンの方である。
「企画の人で、わたしの同期なの。」
聞いてもいないのに、センパイがイケメンの情報をくれた。仕方ないので、今後は企画イケメンと呼んであげようと思う。
「同期でも有望株なのよ。すぐ抜擢されて。」
企画イケメンのスゴさをセンパイが語るのを右から左に流す。そんなコトよりいかに自分の分のクッキーを大目に確保するか、の方が大事なのだ。
部署に帰ると課長が待ち構えていた。どうやら特別な取引先とやらが、もう来ているらしい。
打ち合わせが済んだらお菓子を持ってこいとセンパイに指示して課長はまたどこかに行ってしまった。課長は途中から打ち合わせに参加するならいいが、そうでなければいつもドコで何をしているのやら。
「課長からでーす。」
部署の皆にクッキーを配る。企画イケメンの言う通り結構有名な店だったようで、皆口々にクッキーを褒めてくる。とりあえず真面目で好印象な私は、店がセンパイのチョイスであることを明かした。センパイの功績を奪うわけにはいかないのである。だが、途端に「あぁ。」とトーンが下がる女性陣。センパイの悪印象はクッキーの功績をあっさり打ち消すモノだったらしい。
私はクッキー以上の功績が思いつかなかったので、センパイの擁護は早々に諦め自分の席に戻った。
向かいではセンパイが真剣な顔で電話機を見つめていた。打ち合わせ終了の内線を待つ大変なお仕事をしているのだ。邪魔をしないでおこう。
私は大目に確保できたクッキーを齧った。部長からと思わしき書類が増えていたが無視した。
ルルル、部署内の電話機が鳴った。
女性陣の一人がニヤつきながら自分の電話機に手を伸ばしたが、おっとりしてそうなセンパイが一瞬早く電話に出た。
「ハイ、かしこまりました。」
内線に丁寧に対応して席を立つセンパイを見ていたら、その後ろでお局様が不審な動きをしているのが見えた。
必死に『それは横に置いといて』のジェスチャーをしている。
私はどう見ても『横に置いといて』なジェスチャーを繰り返すお局様に切なくなった為、仕方なくクッキーを口に押し込み、席を立った。
「白河さんも、手伝ってくれるの。」
嬉しそうなセンパイはお局様が付いていくよう指示した事など気付いてはいない。私は口に頬張ったクッキーのせいで喋れなかったので頷いて返事をする。
「お茶出し?白河さんもいるんだし、十分でしょ。それよりコッチの処理、まだなの?」
後ろでお局様が席を立とうとしていた女性陣を止める声が聞えた。
伝わらないジェスチャーの使い手であるお局様は、お茶を用意しに給湯室向かったセンパイをイビろうと企む女性陣を止めたかったようだ。
だからって私がセンパイに同行する必要は無かったんじゃないかなと思う。
※ ※ ※
クッキーを皿に並べるだけの簡単なお仕事なので、手伝うも何も無い。
こうすると見栄えがいいのだと披露するセンパイに殊勝な態度で頷いて、私はクッキーをお茶で流し込んだ。
会議室へ持って行くのはセンパイの役目なので、トイレついでに戻ると言っておいた。
社会人たるもの『報・連・相』は大事なのだ。
「ちょっと篭ってきますんで。数時間ほど。」
「あ、そうなの。もう、白河さんてば。ウフフ。」
報告しただけなのに、センパイはウケている。解せぬ。今の何が面白いというのか。それともココは一つ腹が痛い的な演技が必要だったのだろうか。
しかし別に痛くない腹を相談してもしょうがない。私は目的のクッキータイムを制覇したので、お次はトイレタイムという名のサボリに入る予定なのだ。
資料室という名の倉庫が近いトイレは実に広くてキレイである。給湯室近くのトイレは利用者が多いのでサボリには向かない為、私はわざわざコチラに来ていた。
通常トイレに行く場合、短時間で済まそうとするものだ。だが、私は『ウン○をしていた』勇者の称号も恐れない。
トイレになぜかある椅子に座ったり、完全に開かない窓の隙間から外を覗いたりとのんびりと時間を潰す。
ポケットに入れた携帯を見ると、メールを受信していた。
相手は我がメル友『うっかりサン』である。
うっかりサンとは、ある日恥ずかしいメールが送られて来たので、思わず送信先間違ってますよと返したのが始まりだ。彼か彼女か知らんが、かなりうっかりしている『うっかりサン』は私を知っているらしく、ちょうどいい機会だから友達になりたいと懇願してきたのだ。
だが、いきなり友達というのはちょっとハードルが高いなと思った私はメル友になろうと提案した。リアルは充実していたが、リア充ではない私としてはメル友ってリア充っぽいなと思ったのだ。
相手の名前は聞いてないので、そのまま『うっかりサン』で登録してある。
うっかりサンは行動範囲が被っているのか、どこそこで見かけたなどイチイチメールして来る位のメール好きだ。
「何を言ってるんですか。」
思ったより座り心地の良い椅子で返信内容を考えていると、なにやら廊下から声が聞えてきた。静かな廊下だから響いてるのかもしれないが、もうちょっと小さい声で話して欲しいものだ。
「お前がわざわざ声をかけてきたんだろう。」
「何の事ですか。」
「俺に興味が無いとは、面白い女だ。」
うわー、聞えてきた内容は二次元もビックリである。アレだ、所謂俺様というヤツだ。
廊下では『そうやって気を惹こうとしやがって』『違います』的な事が繰り返されている。
女性の声が聞き覚えがあるが、メンドウなのでこのまま聞いている事にする。まあ、きっと多分センパイだろう。資料室は会議室から遠い筈なのだが、彼女は迷子にでもなったのだろうか。
とりあえず、ヤバイ事にならなければ放置の方向で行こうと思う。もうお駄賃分は彼女のメンドウみてるからいいよね。私は料金分の働きしかしない人間なのだ。しかも割高。
「何してるんですか。」
俺様とセンパイの攻防に、救世主登場。まるで陳腐な恋愛小説的な展開に私の鳥肌は収まりそうもない。聞いてて恥ずかしい的な意味で。二次元の場合、この救世主はインテリイケメンになるだろうと私は乙女ゲームのパッケージまで妄想した。
「邪魔するな、白河。」
救世主は偶然にも私と同じ苗字らしい。ちなみに叔父さんも同じだが、会社の人が関係者と思わない程度には珍しい苗字ではない。
「皆さん、お待ちですよ。君も、仕事に戻りなさい。」
この神経質そうな声はどこかで聞いた事があるような気がしたが、他人を覚えられない私では本当に聞いた覚えがあるかどうかも怪しいものである。
「フン。またな、地味子。」
「地味子って・・・。し、失礼します!」
トイレの入り口を見ていたら、俺様の付けたあだ名に廊下をプンスコしながら予想通りセンパイが通り過ぎて行った。しかし地味子ってボキャブラリーが貧困なんだな、俺様。センパイは華やかではないが、別に地味じゃない。俺様は本当の地味を知らないらしい。
「御曹司の悪い癖が出ましたね。」
廊下ではまだ男たちが話している。私は『○痢でトイレに篭った』勇者にランクアップする事にした。
なんと俺様は御曹司だった。これまた陳腐な恋愛モノにありがちな設定である。私はこの乙女ゲームだか、恋愛小説だかの売り上げが心配になった。だが、エリート、課長、企画イケメンに次いで俺様。これでインテリが加われば完璧な布陣だ。消費者は定番を好むから陳腐な位がいいだろう、後はイラストレーターに掛かっているなと私は妄想した。
「仕事に支障はないようにするさ。」
「当たり前です。会長に言いつけますよ。」
「分かったよ。」
廊下では救世主に俺様が渋々返事をしている。言いつけますよっていい年こいて何やってんだかと少し呆れた。まあ仕事中に女に感けてる時点でロクな人間じゃないんだが。
私は男たちの声が聞えなくなっても、暫く待ってからトイレを出る事にする。そろそろ下痢どころか病気を疑われるレベルになりそうだが、メンドウそうな連中に遭遇しない為には仕方がない。
「うぉっ。」
だが、トイレを出た私の前に立ちはだかる影が。
「何してんですか。」
眼鏡をかけた男が女子トイレの前に立っていた。知らない男だったら、不審者で突き出すレベルだ。
「女子トイレの前に立つなよ。」
私が文句を言った相手は従兄弟だ。救世主の声に聞き覚えのあると思ったのは正解だったらしい。奴は嫌味たらしく眼鏡をクイと上げている。
「盗み聞きしてるらしい人影が見えたのでね。」
あんだけデカイ声で話せば盗み聞きする必要もないと思う。そして私は人影が見える程出入り口に近付いていない為、コイツは女子トイレを覗いたという事だなと断定した。
「叔父さんの会社と取引すると言うので付いてきたんです。」
従兄弟の勤める会社が特別な取引先だったようだ。別にどうでもいいので、フンフン頷いておく。
「貴女のような人をバイトに雇ったと言うので、心配になったんですよ。」
この従兄弟は何かと私を危険人物として扱う。私はむしろ女子トイレを除く不審者である従兄弟の方が危険だと思った。
「貴女は大人しく本家を継げばいい。世俗の事は分家に任せなさい。」
フフンと笑って、従兄弟は去っていった。相変わらず意味分からん従兄弟だ。
とりあえず、帰りにこのビルの警備員に女子トイレの前に立つ不審者について通報しておく事にした。
※ ※ ※
叔父さんに社長室に呼び出された私は、バイトをして何日たったのだろうと考えていた。
私は時間的な概念がおかしいのか、たまにそういった事が分からなくなる。
いつだか、そんな私に教授のゼミでよく遭遇していた男性が音声付時計を勧めてくれた事があった。その時計は設定すれば、今何日目かとか何月何日といったアナウンスをしてくれる優れものだった。そのときは要らないと思った私に変わって、青い顔をした教授が断ったのだが今となると貰っておけば良かったと思う。
そういえばあの彼はあれからゼミで見なくなったのだが、どうしたのだろう。
「君の信者がうるさいんだ。」
封筒を差し出した叔父さんがヘラリと笑った。叔父さんは表情も多彩だが、妄想力も多彩らしい。だが妄想は現実に口に出したら御仕舞いだと思う。
私は教祖になった覚えがないが、妄想に取り付かれた叔父さんに逆らうと面倒そうなので黙って封筒を受け取った。
「バイトどころか、就職してほしかったんだけど。彼らは敵に回したくないからね。」
叔父さんの妄想はやはり危険な域に達しているらしい。叔父さんは若い頃に起業したやり手だが、やはり若くしてトップに立つとストレスでおかしくなるようだ。
封筒の中身を見ると給料明細だった。気持ち色が付いている気がする。金額にニヤリとしたかったが、妄想に浸る叔父さんを刺激したくなかったので自重した。
「何か不穏な気配もするし、明日でバイトは終わりでいいからね。」
私は叔父さんの妄想に付き合って、明日でバイトが終る事を了承した。
とりあえず叔父さんの病状については祖父にでも連絡しておけばいいだろうと思った。
※ ※ ※
バイトの最終日、部長にいつもより多めに書類を横流しされた私はなぜか今イケメンに囲まれている。
チヤホヤ的なモノではなく、糾弾的な意味で。
イケメンたちはセンパイに振られたらしい。それをなんと、私のせいにしているのだ!
解せぬ。なぜ原因が私になるのだ。センパイはガールズラブ的な人だったのか?
「振られた訳じゃない!ちょっと距離を置いて欲しいと言われただけだ。」
「お前が俺らについて悪く言ったんじゃないのか。仕事の邪魔だとか。」
思ったけど、口に出してませんと正直に言ったら怒りを買いそうなので私は神妙な顔をしてみた。てか、コイツら今現在就業中にも関わらずこんな事してるからセンパイに嫌われたんじゃないだろうか。
「お前らコイツのせいにしすぎじゃないか。」
やりとりを黙って見ていた俺様御曹司が意外とマトモな事を言った。違う会社の御曹司がなぜコノ会社にいるのか不思議だったが、取引の打ち合わせ後だと言われて納得した。
「地味子に振られたからって、人のせいにするとは情けない男共だな。」
「だから振られたわけじゃないって・・・。」
「じゃあなんでアンタはココにいるんだよ!」
「女々しい男共に逆恨みされている女性を救う為だ。」
恥ずかしい事を言った自覚があるのか俺様御曹司は苦笑した。
「とにかく今は就業中だろう。仕事に戻れ。出ないと地味子に更に嫌われる事になるぞ。」
俺様御曹司に諭され、イケメンはションボリしながら仕事に戻った。
「このままココに居たら、アイツラに絡まれるぞ。転職でもするか?」
「今日で終わりなので、大丈夫です。」
「そうか、なら一安心だな。お前に何かあったら、信者に何されるかと思うと恐ろしくなってな。」
また出たよ、信者。俺様御曹司に私は教祖になった覚えがないと主張したが、何故か半笑いでスルーされた。御曹司の妄想も救いようのない所まで来ているようだったので、後で従兄弟にでも連絡しておこうと思った。勤め先の上司が可笑しくなったのでは、この先大変だろうしな。私は基本善良で親切な人間なのだ。
しかしこの短い期間で、社会人にもなるとストレスは半端じゃないと言う事を学べて良かった。
なんせ妄想にとり憑かれるレベルだ。路傍の石たる私では出世しないと思うが、半端な覚悟では社会人にはなれまい。私はもう少し学生の身分で頑張ろう。
うっかりサンから又うっかりメールが来ている。『仕返しは?』誰に送ろうとしたのか知らんが、間違えている旨と仕返しは良くないと返しておいた。私は基本善良で親切な人間なのだから。
こうしてミコ様は社会勉強を経て賢くなりました、とさ。
今回はどうにも話が上手く纏まらず、長くなりそうだったので色々カットしました。
以下は補足アレコレ。
ミコ様は叔父さんたちの妄想と勘違いしてますが、異世界に行かなくても崇拝されていたようで、アチコチで信者をゲットしてたりします。
信者の一人、うっかりサンとゼミの彼は実は同一人物です。異世界の神殿騎士たちみたいなタイプです。流石にSATUGAIはしませんがw
彼はストーカーみたい、ではなくミコ様のストーカーです。教授が気付いて、大学に通報。出入り禁止にされています。
従兄弟も実は信者の一人で、ミコ様に本家当主を継いでもらおうと画策しています。当主つっても仕事はなく名前だけなのですが、地位に付けてミコ様を祀り上げたいらしいです。取引がパーになると困る叔父さんは、それでバイトを辞めさせる事にしました。
もっと妹の出番とか、センパイを巡るイケメンたちの残念な戦いとかやりたかったのですが、どうも筆力が足りず申し訳ないです。