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枠外上部に記載  作者: 吾井 植緒
過去編
1/8

逆ハー女と路傍の石 前編

『祈るということ』番外編。ミコ様が大学時代のお話。

自分が興味ある分野に飽きを感じたのは、大学2年の秋だった。

否、教授に吹っかけられれば盛り上がる程度には興味があるが、1年の時の情熱は既に無い。

そろそろ潮時かもしれん。

薄々勘付いている教授がどっさり論文を要求して来たのでそれを片付けながら、これからについて考えてみる。


特に何も浮かばない。


「んじゃ、バイトしてみる?」


喧々囂々としているいつもの親族会に出て大学を辞めようかと呟けば、会社を経営する叔父が声を掛けてきた。

大学に集中しすぎたのだから、息抜きすれば又新鮮さが蘇るのではないかという事らしい。

提示された時給が良かったので少し心が動く。なんだかんだ言って人間は金に弱いのだ。


「お姉ちゃんがバイトって。」


妹が半笑いになるのを無視して、内容について聞く。

流石に外面を作成済みの私でも接客業が無理な事は自分がよく分かっているからだ。


「叔父さんの経営する会社位、興味持とうよ~。」


わざとらしく泣き崩れる叔父に外面の微笑みをしてやったら、真っ青になって震えていた。

妹の気持ち悪いという呟きに失礼な奴らだと思う。

私の表情筋は親族の前ではピクリとも動かないので、仕方の無い事かもしれないが。


バイトはデータ入力だった。


叔父に承知の返事をして、当主である祖父の許しを得て帰宅する。

何時間もかけて本家に行かなくてはいけない親族会は正直面倒なのだが、祖父を利用してこのマンションを購入した身なので仕方がないのだ。

祖父に買わせた株があんな風に化けるとは誰も思わないよなぁ。自分名義となった高級マンションを見上げながら、今更そんなコトを思った。

コンシェルジュとか言う綺麗系なお姉さんに、実家はどうでしたか?と聞かれて少し困る。

実家じゃなくて本家行ってましたとか言ったら、益々マンションを買える位の金持ちの家の子と思われんだろうなぁ。

叔父は社長で金持ちかもしれんが、父親は役所務めの公務員なんだが。


そういえば叔父は何の会社を経営しているのか。聞いたかもしれないが、忘れてしまった。行けば分かるだろう。


今流行りのIT企業。

それが叔父の経営する会社だった。

叔父の指定でスーツを着た私はある部署に配属された。表向きは派遣社員という事になっている。多少休んでも大学は問題ないのでフルタイム勤務だ。

この部署で事情を知ってるのは部長だけだそうだ。

確かに社長の親族がバイトで来たと知れれば、面倒な事になるだろう。

忙しいから、コネでも大歓迎だと部長は言った。社長の姪に媚びたのかと思いきや、猫の手ならぬ社長の姪の手も借りたい位忙しいのは本当だった。


研修中だというのに、私の机には大量の書類が積まれている。


おかしい・・・私は研修中の筈。しかも内密とは言え、実際はアルバイトの身。もはやデータ入力とは思えない内容をせっせこ入力しながら、お局様に雷を落とされている私の教育係を眺める。


教育係の足元に大量にぶちまけられた資料は、研修中の筈の私がなぜか作成させられた物だ。

童顔の顔をエグエグと歪ませている教育係は入社何年目だと言っていただろうか。聞いたかもしれないが、覚えていない。私は仕事の指示は覚えられるが、他人の事は覚えられない性質なのだ。


「まーたやってる。」


「いい気味。」


同じ部署の女性社員たちが笑う。

もっと小声にすればいいのに陰口は止まない。陰口をしながらでいいから仕事をしてくれと思う。

でないと研修中の筈の私に回されてくる書類が増えてしまうのだ。

教育係の彼女が笑われるのはいつもの事だ。イジメまではいってないが、女性陣に彼女は嫌われている。

なぜなら。


「どうした?」


怒りながらもお局様が拾う資料を手伝いもせずに立ちすくむ彼女の傍にイケメンと評判の課長が颯爽とやってきた。

肩を抱き、やらかした彼女を労わる課長。

意地悪された彼女を救うヒーローって奴だ。哀れ、悪者扱いのお局様。PC越しに見える光景はティーンズノベルレベルだなと思った。


「そんなにきつく当たる事もないだろう。」


ダンディな声と騒がれているらしい課長の低い声に俯いたまま資料を拾うお局様。手伝ってやれよ、誰か。

少し離れたプリンターから吐き出された書類を指定されたホチキス止めしながら、他人事のように思う。


私の周りで陰口を言っていた女性陣と違い、キレイ系なお局様は彼女をしっかり教育しようとしている。だが、それがいつも仇になっている。

いつも何してんか知らんが、フロアに居ない課長はもっと全体を見るべきだなと思った。

また研修中の、しかも表向き派遣社員である私が扱うべきでない書類が机の上の未処理の山に紛れているのを見つけて溜息を付く。


私が配属された部署は女性が多い。

エリートと呼ばれる連中が仕切りを挟んで隣にいるからか、女性陣の互いを見る目はとっても厳しいモノがある。

教育係の彼女は童顔巨乳、庇護欲がそそられるのか構う男は多い。

しかも彼女は他の女性陣と仲良く出来ない上に仕事が出来ない。そうなると格好の標的だ。

会社は彼女を何で雇っているのか、どうして採用されたのか不思議に思う。

まぁしがない大学生にこんな書類を任せる位だ。叔父が経営する会社なんてこんなもんだろうと私は結論付けた。


まだお局様にグダグダ絡んでる課長の元へ向かう。

表向き真面目で好印象を目指す私としては、ココは上手く立ち回らないといけないと思うが面倒臭いが先に立つ。


「何だ?」


このイケメン課長に見つめられるとポーッとなるというのが女性社員の常識らしい。

あいにく私は他人と目を合わせられないので、見つめられるとゾーッとするだけだ。


「センパイ、書類終りました。」


外面で無駄に微笑みながら、彼女の無駄に育った胸に資料の束を押し付ける。課長が睨むが知ったことではない。

ザーッと床の資料を拾う。自分で作成したので纏めるのもお手のものだ。

ポカンとしているお局様に資料を渡す。


「時間なので、お昼に行ってきます。」


ニッコリ笑えているだろうか。

私は今日昼を奢ってくれるらしい叔父なら真っ青になって震えるであろう笑顔のまま立ち去った。


 ※ ※ ※


「どう?仕事、楽しい?」


社長室で出汁巻きを掴みながら、楽しくはないと正直に答えると叔父はウンウン頷いた。


「大学辞めるつもりなら、このまま就職しちゃいなよ。」


モグモグしている時に出た叔父の冗談に私は首を横に振っておいた。


「部長も褒めてたよ。就職活動するの、面倒でしょ。」


あの部署の陳腐なドラマはバイトだから楽しめるのであって、日常となると就職活動以上に面倒そうだ。

真面目で好印象は会社に入ると保つのが難しいと私は今後の外面作成計画を練り直すべきかもしれないと思った。

祖父に稼がせた金は遊んでくらせる程にはならなかったのが残念である。

冗談にしてはしつこい叔父の勧誘に、玉子の租借を終えた私は考えとくと言う名のお断りをしておいた。


叔父の美人秘書が入れてくれたアイスコーヒーを持って、机に戻る。

こぼさないよう蓋付きのカップを渡してくれた美人秘書に、流石イメージ通り気が利くと浮上した気分はスグに萎んだ。

おかしい・・・片付けた倍は増えている。

椅子に座ろうとして固まっている私の机には減った以上の書類が積まれていた。

窓側を見るとサムズアップする部長がいる。あのオッサンハゲればいいのにと呪いながら、午後は適当にやろうと心に誓った。


「手作り弁当って、やっぱいいよなぁ。」


時間通りに動ける一応派遣社員と違い、昼を取るのが遅れていた他の社員はまだ戻ってきていない。

この会社は食堂が無駄に力が入っているので、机で食べる人は少ないのだ。


「そんな、冷凍のを詰めてるだけだし。」


少ないが、食べている人がいないわけではない。


「ホントに?この卵焼きも?」


「あ、それはわたしが焼いたの。やっぱり形が悪いから分かっちゃったんだ。」


「いやいや。冷凍にしちゃ、俺好みの味だから君の手作りならいいなって。」


背中が痒くなる会話を聞き流して、先ほどの高級弁当に思いを馳せる。

確かにあの出汁巻きは工場作成とは思えない味をしていた。きっとプロが自ら焼いたのだろう。

適当にやろうと心に誓ったのに、そんなコトを思いながら入力していたら予定より作業が進んでしまった。


「そんな・・・。あ、し白河さんは料理するの?」


彼女の言葉に頭を上げる。流石にセンパイが声を掛けてきたのに無視するわけにはいかない。

センパイは私の席の真ん前にいるのだ。仕切りがあっても声は無視できない距離だ。

例え、邪魔すんじゃねーよ派遣、とセンパイの隣に座っているよその部署のエリート様が睨んでいようとも答えるのが新入りの役目である。


「あー、まぁ、それなりに、ですが。」


「そうなんだ。白河さんて、仕事できるし、料理も上手そう。」


適当に返したのに、女性陣に半ば無視されている彼女は返事があった事が嬉しいらしい。

男がそのパッと笑った横顔をガン見している。いや、ここは文学的に見惚れたと言うべきか。


「ウソです。料理はできません。」


「ウフフ。白川さんってば、面白い。」


面白い事など微塵も言っていないが、彼女はよっぽど同性との会話に植えていたらしい。今なら何を言っても笑いそうだ。


「あー、王子。今日は食堂じゃないんだね。」


部署では比較的お局様よりの女性主任が戻ってきて、男に声を掛けた。

男は一瞬迷惑そうな顔をした。顔に出すぎだろう。これで営業の若手ホープだというのだから会社というものは分からない。

ちなみに王子というのは男のあだ名である。私が呼ぶ事になった場合は(笑)が付くだろう。

王子(笑)。いい年こいて、付けた方も付けられた方も正気とは思えない。

あまりの衝撃に他人を覚えられない等と言う訳にもいかなかったではないか。


「まあね。」


「へー、おそろいの弁当箱。」


面白そうな顔をした主任は細かい事もよく見てるなぁと思う。


「あのっ、わたしが作りすぎちゃったんで、食べてもらったんですっ。」


そしてセンパイは喋らない方がいいと思う。他の女性陣なら『若手ホープに何アンタの弁当食わせてんのよっ』となってしまうだろう。マンガなら角が生えるレベルだ。


「あ、そう。まぁいいけどさ。あんまりあからさまなのはよしなよ。」


彼女を見て警告する主任はやっぱりお局様よりだ。自ら貧乏くじを引くあたり。

主任は彼女がエリートに弁当を作っているという事の危険性を説いている。

女性陣にとっては人気のエリートとイチャコラしてる女なんて、面白くない存在だ。

付き合ってようが、付き合ってなかろうが。ちなみにこの二人は付き合ってるわけじゃないらしい。


「何がだよ。」


警告の内容がチンプンカンプンな様子のセンパイにイラつき始めた主任にエリートもイラつく。負のスパイラルだ。

とりあえず何か言わないといけないと、私は分からない所がありますと殊勝な声を上げてセンパイを呼んだ。真面目で好印象を目指す私としては中々いい手ではないだろうか。

頼られて嬉しいのか、犬のようにコチラに駆け寄ってきたセンパイに適当に質問する。しかし頭を抱えた彼女に私も頭を抱えたい。大した質問をした覚えはないのだが。

主任は呆れた溜息を付いてフロアから立ち去ってしまったので、今彼女が頼れるのはエリートだけだ。

馬鹿な子ほど可愛いのか彼女に呼ばれたエリートはデレデレとやってきた。つくづく私のエリートに対するイメージを壊してくれる男である。あの美人秘書を見習ってほしいものだ。


「こんな事もわかんないのか。」


対彼女とは違う氷のような声を出すエリートが画面を覗き込んで固まった。

研修中ですしィと惚けた私は近付いたエリートから椅子のキャスターを利用して離れる。

私は人一倍パーソナルスペースが必要な人間なので、他人に近寄られると距離を取らざるを得ないのだ。


「おっと。」


後ろから課長の声が聞えた。

どうやら椅子が止まったのは課長にぶつかったせいらしい。本当の私は学生の身分だが、表向きは社会人なので事故です、他意はありませんと謝罪は忘れない。

だが、課長は気に入らなかったらしい。談話室へ来いと言う。

イケメンというのは誠意が通じない生き物らしい。社会経験を得て、また私は一つ賢くなった気がした。


「君は彼女をどう思う?」


コノ場合、どうでもいいは正解になるのかと私は課長が寄越したホットコーヒーを眺めながら思った。

秋だとしても私の気分的にはまだホットコーヒーは早い。

フーフーし続けてもいいが、大人としてはどうなんだろうと私は脳内会議を始める。


「これからも、彼女の力になってくれないか?」


脳内会議は『いかにメンドウから逃れるか』に議題がシフトし白熱し始めていた。

答えない私に、課長が頼み込んでくる。

『もうこのバイトぶっちしようぜ』で結論が付きそうな脳内会議を中断し、何がどう『これからも』なのかを考える。私は今まで彼女の力になった覚えはない。

そしてたかが研修中の派遣社員にセンパイである彼女の力になれとはおかしいな話しだ、とも思った。


「君だけが頼りだ。彼女の事、頼むよ。」


返事をしないのに、承諾したことになってしまった。今後はそれとなく断りたい空気をかもし出せるようにするのが課題だと私は思った。


エリートは自分の業務に戻ったのか、部署には見当たらなかった。

並ばなくてもいいのに、課長は隣でいかに彼女が現在大変な立場かを熱弁している。できればもっと離れてほしいと切実に思った。

右から左に流れていた女性陣をウットリさせると噂の低い声が止まった。


またしても彼女がエグエグと突っ立っていた。お局様でない女性陣に囲まれている。


「ウグッ。」


妙な声と同時に右手に衝撃を感じた。私が右手を出したので、彼女へと急ごうとしていた課長の鳩尾に当たったらしい。

鳩尾を苦しげに摩る課長に、どんだけコイツは勢いよく飛び出そうとしたんだと呆れたがもちろん顔には出さない。意識しないと動かない表情筋はこういう時に非常に役に立つ。

首を傾げた課長はその動作が可愛らしいと女性陣に評判らしいが、私は他人に触れて不快な右手をカツアゲする不良のようにブラブラと振った。


「センパーイ、課長がお茶菓子買って来いって言うんで案内してもらえませんかぁ。場所、わかんないんで。」


仕事の出来ない彼女は大体お茶出しやお使いを頼まれているので、おかしな提案ではない。

声を張り上げた私の右手には諭吉がいた。流石に課長ともなれば察する事は出来るらしい。

エグエグとしたままこっちに来た彼女の頭を撫でている課長にお釣は返さないでいいなと思った。


 ※ ※ ※


会社を出てから、なんとなく部長にまた書類を増やされる予感がした私は、彼女に出来るだけ遠い店を教えて欲しいと言ったら却下された。


「仕事があるんだから、早く戻らないと。ネ?」


センパイぶって言い聞かせてくる彼女は至極真面目である。

大層ご立派な仕事への心構えを持っているなら、私が彼女の分の仕事を片付けさせられてる事に気付いて欲しいと思う。


「特別な取引先ってどんなトコなんだろう。」


適当にお茶菓子の買出しを提案した私だが、どうやらそれは特別な取引先用となるらしい。部署のお菓子と思っていた私は完全に当てが外れたのでどうでもよくなっていた。取引先にお茶だしした時に好きなだけ見ればいいだろうと言うと彼女は膨れた。


「わたしも何時か、お茶だし以外で取引先とやり取りするんだから。」


無理だな、と断言しない程度には気遣いの出来る私である。


続きます。補足:ミコ様が覚えられれば、登場人物の名前が出ます。


後編は逆ハーに群がるイケメンが増える予定です。

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