08
――ピピピピッ、ガチャッ
恭介は目覚ましの音で目を覚ました。ゆっくりと上半身を起こし、背伸びをしながら大きなアクビをする。そして、ベッドから下りて朝食を作るためにリビングへ向かう。恭介がリビングのドアを開けると、
「おはよう。恭介」
と朝の挨拶が聞こえてきた。ユーナがソファに座っている。いつもと違う光景に、恭介はドアを開けた状態で固まってしまった。
「どうしたの?」
とユーナに質問され、恭介の硬直が解ける。
「…お前が自分で起きてるから、驚いたんだよ」
すると、ユーナはクスッと小さく笑った。
「そうね。早起きなんて久しぶりだわ」
ユーナの様子に、昨日の辛そうな雰囲気は微塵もない。それに安心し、恭介はキッチンに移動する。
「朝飯、すぐに作るから待っててくれ」
食パンをトースターに入れて焼き始め、冷蔵庫からベーコンと卵を二つ取り出し、フライパンに火をかけてベーコンを焼く。その上に卵を二つ割った。恭介の手際の良さ見ながらユーナは恭介に質問する。
「…柊さんが、「恭介は男のくせに料理が上手すぎる」って言ってたけど、この世界では女性が料理するのが普通なの?」
その質問に、恭介はベーコンエッグを盛り付けた皿をテーブルに運んでから答える。
「まあ、昔はそうだったみたいだけどな。今は女も社会に進出してるからそうでもない。俺の場合、両親が仕事で家を空けることが多いのもあるけどな」
トースターが鳴ったので、トーストをトースターから取り出してさらにのせる。ついでにフォークを食器棚から出し、コーヒーを淹れた。
「……そうなの。…ねえ、良かったら料理を教えて」
頼んでくるユーナに、恭介は質問する。
「急にどうしたんだ?」
「あなたが料理しているのを見てたら、やってみたくなったの。…ダメかしら?」
その答えに、恭介は少し考えてから言う。
「……わかった。俺でよかったら教えてやるよ」
「本当?」
ユーナの表情が明るくなった。
「本当だ。だから、初戦で勝とう」
そう言うと、ユーナの表情が少しだけ暗くなりる。
「……勝てるかしら?」
彼女は過去のことを一応、区切りはつけたが、まだ不安らしい。
(…だけど、ここで立ち止まっていたら、何も始まらない。コイツは前に進まないとダメなんだ)
そう思った恭介は、まだ不安を抱えているユーナに、昨日のユーナの様子を見て決意したことを言う。
「俺は、アイツらに勝ちたい」
それを聞いたユーナは目を見開いた。恭介は、そこで終わらずに続ける。
「アイツは、お前の心の傷に触れた。お前を負かすために、わざと触れたんだ。…俺は、それが許せない」
恭介の口調に怒気が含まれる。今まで恭介から感じたことのない剣呑な雰囲気に、ユーナは気圧された。
「それに、俺が許せないのはアイツだけじゃない。お前の父親もだ」
「…えっ?」
恭介の言ったことに驚き、ユーナは思わず聞き返した。
「お前の父親はお前のことを考えず、自分のプライドを優先した。だから、俺は絶対に許せない」
恭介から剣呑な雰囲気が消え、ユーナはホッとする恭介が纏っている雰囲気は、優しく暖かいものに変わっていた(顔は、いつもの仏頂面だが)。
「それに、お前はお前だろ」
恭介が不意に言った言葉に、ユーナは息を呑む。
「お前は、ユーナ・アウスてっいう一つの存在なんだ。親のことなんて気にするな」
そう言うと、ユーナは唇をかみしめて俯いた。
「……無理よ。それは、この世界であなたが恵まれた環境で生まれたから、言える事なんだわ。…でも、私は違う。私は冥界を治める魔王の娘として生まれた。そして、貴族社会では実力が問われるもの」
ユーナの肩が震え、泣きそうになっているのが恭介にはわかった。恭介は溜め息をつき、彼女を見る。
「お前、言ったよな。「親子でも才能が受け継がれるわけじゃない」って」
ユーナは俯いたまま返事をしない。構わずに、ユーナに言い聞かせるように続けた。
「だったら焦るな。焦れば、それだけ目標から遠ざかるだけだ」
恭介はそこで区切り、コーヒーを一口飲んだ。淹れて時間が経っていたせいか、コーヒーは少し冷めている。
「俺も武術を習ってたから、それはわかる。柊との試合に負けて、俺も少し躍起になった。だけど、師範に言われて焦ってることに気が付いたんだ」
まだユーナは顔を上げない。
「それから、焦らずに稽古をしてたら、また柊との試合に勝てるようになった」
「……だから、私も焦らなければ勝てるようになるってこと?」
ユーナが俯いたまま恭介に質問した。やっと彼女が喋ったので、恭介は心の中でホッとする。
「…俺の経験談だから、お前に当てはまるとは限らないけどな。…俺の経験から言えるのは、焦った時は少し落ち着いて周りを見れば、それだけで何かが変わる」
それだけ言うと、恭介は朝食を食べ始めた。ユーナは顔を上げ、恭介が朝食を食べる様子を見た。そして、自分も朝食を食べ始める。すっかり朝食は冷めていたが、それでもユーナは何も言わずに食べた。
(「焦った時は少し落ち着いて周りを見れば、それだけで何かが変わる」)
朝食を食べた後、ユーナはソファに座って虚空を見つめながら、恭介の言った言葉を何度も反復させていた。
「もしもし二年六組の天野です。三島先生はいらっしゃいますか? ……あっ、三島先生。実は従妹が熱を出してしまって……」
恭介の声が聞こえてきた。力無くゆっくりと彼の方を振り向くと、ケータイで電話をかけていた。
「……はい、すみません。失礼しました」
電話をかけ終えてケータイをポケットに入れると、恭介はキッチンに行って食器を洗い始める。
「今日、学校は休むからな」
「…どして?」
ユーナが聞き返すと、恭介は食器を洗いながら言う。
「いいから、休むぞ。もう担任に連絡したからな」
さっさと食器を洗い終えた恭介は、ユーナをソファから無理やり立たせた。
「出かけるから着替えて来い」
「…どこに行くの?」
質問するが答えは返ってこず、リビングから押し出せれる。
質問しても無駄だとわかり、ユーナはため息をついて自分の部屋に向かった。
しばらくして、制服から着替えてリビングに戻る。ちなみに、恭介は電話をかける前に着替えていたので、出かける準備は万端だ。
「それじゃ、出かけるか」
そう言ってソファから立ち上がると、有無を言わさずユーナを引っ張って家を出た。引っ張られるままマンションから連れ出されたユーナは質問する
「……ねえ、どこに行くの?」
しかし、返事は無い。当然、不満を持ち始める。
(質問をしているのに答えないなんて……、不愉快だわ)
だが、不思議と口に出すことはできなかった。言ってしまえば、恭介が手を放してしまう。それに、まるで縋るように、強く彼の手を握っていることに気がついた。
(…どうして? 私は、彼に手を放してほしくないの?)
ユーナが戸惑っていると、いきなり前を歩いていた恭介が立ち止まった。必然的に彼の背中にぶつかってしまう。
「きゃっ!」
「悪い、大丈夫か?」
顔だけで振り返ってくる恭介に、ユーナは彼の背中から離れて返事する。
「ええ、大丈夫よ。……それより、そろそろ行先を教えてくれないかし?」
「……黙ってついてきてくれ。……そろそろバスが来るから乗るぞ」
バスが来たので、彼に手を引かれるまま乗る。手を繋いだままの状態だったので、他の乗客には温かい目で見られた。
横に流れて行く風景を見ながらユーナは思う。
(……本当に、どこに連れて行くつもりなのかしら?)
――バスに揺られて二十分が過ぎると、それまで黙っていた恭介が口を開いた。
「次のバス停で降りるぞ」
ユーナは彼の顔を見ずに頷いた。バス停に到着して降りると同時に、恭介はユーナの手を引いて歩き出す。
手を引かれたまま周囲を見回した。今、彼女たちが歩いているのは脇に緑が茂る舗装さ
れた階段だ。
階段を上りきると、開けた場所に出る。二人が来たのは、周囲を緑に囲まれた自然公園だった。平日だからだろうか、人はあまりいない。公園の中心には一本の高い木が生えており、その木に寄り添うようにベンチが置いてあった。
そのベンチの前まで来て、恭介が足を止めた。同じようにユーナも立ち止まる。
「……着いた」
呟きが聞こえ、手が解放された。
「えっ?」
突然のことに、ユーナは戸惑う。恭介はベンチに座り、彼女と向き合う位置になった。
「ちょうど、ここに捨てられてたらしい」
「………」
何の話をしているのかわからなかったが、黙って話の続きを聞いた。
「どうして捨てられたのかはわからない。わかってるのは、捨てられたって事だけだ」
話をしながら、彼は自分の横のスペースを叩いた。おそらく、座れと言いたいのだろう。それを察して、ユーナは彼の隣に腰を下ろした。
「…血が繋がっていないって知った時は、すげーショックだったよ。一週間ぐらい自分の部屋に閉じこもってたな」
そこで話を切り、恭介は空を見上げた。まるで、遠い昔を思い出すかのように。
「でも、柊のヤツが無理やり、俺を外に連れ出してくれたんだ。それで、支えてくれた。柊がいなかったら、いつまで部屋に閉じこもっていたかわからない。だから、アイツには感謝してるよ」
「……どうして?」
「ん?」
質問の意図がわからずに聞き返した。
「…どうして、そのことを私に話すの?」
今度の質問は、はっきりと意図を理解することができた。だから、恭介は答える。
「お前が自分のことを話したのに、俺が話さないわけにはいかないだろう。俺は、お前の〈契約者〉なんだから。それに――」
「……それに?」
中途半端に切られた言葉の続きが気になり、続きを促した。
「…それに、言いたいことがあったからな」
少し照れ気味の口調で、恭介は目を合わせて言う。
「不安なら、俺が支えてやるよ。昔、柊が俺を支えてくれたみたいに」
それを聞いたユーナの心臓は大きく跳ね上がった。そして、彼女の瞳から一粒の雫がこぼれ落ちる。
彼女が泣いていることに気がつき、恭介は驚いて慌てる。
「なっ、何で泣いてるんだよ。俺、何か変なこと言ったか?」
首を横に振って否定し、ユーナは顔を両手で覆った。そして、今まで張りつめたものが消えたかのように声を上げて泣く。
「――っ!」
自然と人の視線が集まり、居心地の悪さにどうしようかと迷った結果、恭介はユーナの頭に手を伸ばした。そして、昨日と同じように彼女の頭を撫でる。
(……とりあえず、今は泣かせてやろう)
そう思い、ユーナが泣き止むまで頭を撫で続けた。
「買って来たぞ。缶コーヒーでよかったか?」
「ありがとう」
しばらくしてユーナが泣き止んだので、自分と彼女の分の飲み物を買ってきた。缶コーヒーを渡して隣に座る。
「………」
「………」
二人の間に気まずい空気が流れる。大泣きしたところを見た・見られたで、互いにどう話しかけていいのかわからないのだ。
(……いつまでも黙っていたら、何も始まらないわね)
そう思って、ユーナは恭介に話しかけようとした。
「……ねえ」「……なあ」
しかし、タイミング悪く恭介も口を開いたので、話をすることができなくなってしまった。再び二人の間に気まずい空気が流れる。
「…何だ? 先に話してくれ」
「…私は後でいいわ。あなたが先に話して」
恭介が遠慮して譲ろうとすると、ユーナの方も同じように遠慮して譲った。また二人そろって黙り込んでしまう。
「…お前の話を先に聞かせてくれ」
と恭介が居心地の悪さに耐え切れずに言うと、ユーナは頷いて話し始めた。
「私、明日の〈宴〉で勝ちたい」
「……そうか」
相槌を打ち、まだ開けていない缶をベンチの上に置いた。
「ナーシャは、学院を首席で卒業しているわ。…はっきり言って勝率は低い。……私が彼女と闘って勝てるとしたら、騙し討ちしかないわ」
ユーナが話しているのは、明日の〈宴〉で使う戦法だ。彼女の頭の中では、すでにシュミレーションが始まっているのだろう。
「お前が闘っている間、俺は何をすればいいんだ?」
疑問に思ったことを口にすると、少しの間を置いて答えが返ってきた。
「…あなたは、〈契約者〉をできるだけ早く倒して」
「わかった」
恭介の返事を聞いたユーナはベンチから立ち上がり、片手を前に突き出した。彼女の口から紡がれるのは呪文。
二人の足元に魔法陣が一瞬で展開し、光の幕がベンチを中心とした空間を覆って消えた。
「今のは結界か?」
見覚えのある現象に質問すると、ユーナは頷いた。
「ええ、〈封絶結界〉よ」
「? 普通の結界じゃないのか?」
「昨日、交渉の時に張られた結界は覚えてるかしら?」
恭介は頷いた。昨日の今日なので、当然覚えている。
「あの結界は外部からの攻撃を防ぎ、交渉の場を隠すための結界。それの基本となるのが、〈封絶〉結界よ」
説明しながらベンチから離れ、恭介の方を振り返った。
「それじゃ、レクチャーを始めるわ。〈宴〉では、〈契約者〉も戦闘に参加するのは知ってるわよね?」
「ああ、確か悪魔と〈契約者〉の両方が戦闘不能になれば勝ち。だったよな?」
思い出しながら答える恭介に頷き、説明を再開する。
「その通りよ。悪魔同士で闘って倒しても、〈契約者〉が悪魔を倒してもルール上は問題ないわ」
説明を聞いていた恭介に、ここで疑問が浮上する。
(〈契約者〉が悪魔を倒すことなんてできるのか?)
先日のショッピングセンターで、悪魔と人間の身体能力の違いは身をもって知っている。さらに、悪魔は魔法とかいう反則技を使うのだ。勝ち目などないのではないか?
「もちろん、〈契約者〉も悪魔と契約している以外は普通の人間と変わらないから、人間より遥かに身体能力が高く、魔法を使える悪魔に勝つことなんてできないわ」
疑問を察したかのように言うユーナに、疑問をぶつける。
「だったら、どうやって悪魔を倒すんだ?」
彼女は〈契約者〉が悪魔に勝てないことを断言した。それは先程の言葉を否定することになる。
「あなたが着けているブレスレット。それは、ただ魔力を計測するためだけの飾り物じゃないわ」
言われて右手首に着けているブレスレットを見下ろした。彼女の指示で、外出時は常に着けるようにしている。
「それは魔力の増幅装置と魔法の発動装置でもあるの。増幅した魔力を使って、ブレスレットが自動的に初歩の魔法を発動してくれるはずよ。それがあれば、運良く悪魔を倒せるかもしれないわ」
説明を聞きながらブレスレットを見つめ、恭介は納得した。
(……なるほどな)
「結界も張ったし、少し練習しましょうか」
恭介は頷いてベンチから立ち上がった。
「まず、魔力の使い方から。魔力を使う時は、自分の中にある力を集めることをイメージするの」
説明しながら、ユーナは肩の高さまで片手を上げた。すると、彼女の手から光の粒子が溢れ出す。やがて光の粒子は球体を形成した。
「魔力は使い方次第で、こんなこともできるわ」
光の球体を何も無い方向へ突き出すと、一際強い輝きを放って魔法陣を宙に描いた。そして、その中央から一筋の閃光が駆ける。閃光は光の膜にぶつかると弾け、少ししてから衝撃が伝わってきた。
「……すごいな」
感嘆の声を漏らしたが、ユーナは自慢することなく言う。
「今のは基本中の基本よ。魔力の使い方さえ覚えれば、あなたにも使うことができるわ」
恭介から少し離れた場所に移動したユーナは、彼の方を振り返った。
「じゃあ、やってみましょうか」
こうしてレクチャーが始まった。恭介は彼女がやったように右手を肩の高さまで挙げ、集中するように目を閉じた。
「イメージして、自分の内側にある力をかき集めるように」
聞こえる指示に従い、恭介はイメージすることに集中した。
自分の深奥に潜り込んでいくと、最初に現れたのは不定形な白い輝き。その白い輝きは不規則に恭介の周囲を流動していた。
流動する光に向かって恭介は手を伸ばして念じる。
(…来い)
すると、流動していた白い光から粒子が生まれ、彼の手に集まり始める。手が熱を帯び、それが成功を意味することを自然と理解した。
恭介が魔力を集中するのを観察していたユーナは、驚きを隠せないでいた。なぜなら、彼の身体から滝のように溢れ出しているからだ。
(…すごいわ。これだけの量の魔力を放出できるなんて)
溢れ出した魔力は彼の手の上で集束し、光の球体を形成した。その大きさはバスケットボールの十倍近い。
ブレスレットの宝玉が輝きを放ち、球体を形成していた魔力が魔法陣を描いた。魔法陣が消滅すると同時に、白い魔力が恭介の身体を覆った。肉体強化の魔法だ。
恭介がゆっくりと目を開き、自分の身体を魔力が覆っていることに気がついた。
「……これで、いいのか?」
聞きながら振り返ると、ユーナは驚きのあまり呆然としていた。
「おい、これでいいのか?」
もう一度聞くと、彼女は我に返った。
「な、何かしら?」
聞いていなかったことがわかり、怪訝に思いながらも質問を繰り返す。
「言われた通りにやってみたけど、これでいいのか?」
「え、ええ。ちゃんと魔法も発動しいるようだし、大丈夫よ」
その答えを聞いた恭介は、試に走ってみた。すると、視界に映る光景が全てスローモーションになり、前から後ろへゆっくり流れて行く。そのことに驚きながら停止し、今度は真上にジャンプ。普通ではありえない高さまで跳び上がった。
(……すごい。けど、このまま着地したら――)
そう思った瞬間、落下が始まった。落下スピードは高度が高くなったぶん速くなる。普通の人間なら、着地すると同時に脚の骨にヒビが入るだろう。
しかし、恭介は着地しても骨にヒビが入ることは無かった。どうやら魔法によって骨格の強度も強化されているようだ。
「…魔法って、すごいんだな」
心の中で無事だったことにホッとしながら、改めて感想を言った。
「人間からしたら、そうなのかもしれないわね。それより、上手く使えそう?」
「…とりあえず、できるだけ努力はしてみる――っ!」
近づきながら聞いてくるユーナに振り返り、不意に恭介を頭痛が襲った。視界が歪んだかと思うと、意識がブラックアウトして地面に倒れる。纏っていた魔力が霧散する。
「ちょっと、どうしたの!?」
いきなりのことに驚いて駆け寄り呼びかけるも、恭介は意識を失っていた。
「しっかりして!」
必死に呼びかけながら彼の身体を揺するも、やはり意識を失ったままだ。
目を閉じて青ざめている恭介の顔を見ながら、ユーナは必死に何が原因なのかを考えた。そして、彼の身体から溢れ出していた魔力のことを思い出す。
(きっと、魔力を放出しすぎたんだわ。見ていたのに気がつかないなんて…、とんだ失敗だわ。バカみたい)
自分を責めながら立ち上がり、ユーナは倒れている恭介を悪魔の腕力で持ち上げた。そして、ベンチへと向かう。
もし普通の人間が見ていたのなら、彼女を怪力少女だと思ったかもしれない。幸い、結界の内側には二人しかいない。
ベンチまで移動したユーナは恭介をベンチに降ろして座ろうとした。しかし、恭介が横たわっているので座るスペースが無い。少し躊躇った後、彼の頭を少しだけ浮かせて座り、自分の脚の上に乗せた。いわゆる膝枕だ。
彼女が躊躇ったのは、異性の身体が不可抗力とはいえ、自分に触れてしまうからだ。
「…大丈夫。これは不可抗力。仕方が無いの」
赤い顔で自分に言い聞かせるように何度も言い、自分が膝枕している恭介の顔を見た。そして、申し訳なさそうに言う。
「起きたら、魔力の制御を教えるから……」
「う、……ん?」
恭介は目を覚ますと、暗闇の中にいた。ぼんやりとした頭で、周囲を見回すが周囲には何も無い。
「これって…、あの夢か」
とにかくやけに重い身体を起こして立ち上がった。そして、後ろ頭を掻きながら自分が何をやっていたのかを思い出す。
「確か魔法を使ってて…、急に眩暈がして倒れたんだよな」
特に慌てることなく、再び周囲を見回した。しかし、暗闇ばかりで周りには何も無い。何かあったとしても見えないだろう。
「どうしたらいいんだ?」
夢なら覚めるはずだが、覚めるまですることが無い。普段なら夢を見始めてすぐに炎が下から噴き上がり、それで目が覚めるのだが、今回は炎がまだ噴き上がらない。
「それにしても、ここ最近は見てなかったのにな」
そう呟きながら恭介は歩き始めた。この夢を見るのは久しぶりだ。ユーナが来てから、この夢を見ることが無かった。それに気がついて、恭介は難しい顔をして考え始める。
しかし、すぐに思考を中断することになった。目の前に光の球が出現したのだ。その光の球は、ユーナが恭介に魔法を見せる前に作った魔力の球によく似ていた――が、明らかに色が違う。ユーナの魔力は宵闇のような紫色だったが、恭介の目の前にある光の球は燃え上がる炎のような紅だった。そして、明らかに大きさがけた違いだ。恭介は警戒して身構える。
しばらく待ってみたが何も起こらなかった。光の球体は、ただ紅く輝いているだけだ。恭介は警戒するのをやめて光の球体に近づいてみた。そして、触れてみる。すると、集中して魔力を集めた時と同じ感覚を手から感じ取った。
(……これは魔力なのか?)
そう思った次の瞬間、右手が燃え上がった。
「熱っ!」
驚き慌てて紅い光の球から手を放したが、恭介の手は燃え続ける。やがて炎は右手だけでなく右腕へと燃え広がり、やがて完全に恭介を包み込んだ。
「くっ…、ぅあっ!」
恭介は炎の熱に耐えきれず、膝から倒れて転げまわった。それでも炎は消えず、逆に勢いを増していき、恭介の口から今までに無い大きな悲鳴が上がる。
「ああぁぁぁ――っ!」
「きゃっ!」
いきなり大声を上げ、起き上がった恭介にユーナが驚いて悲鳴を上げた。彼は全力疾走した後のように肩で息をしている。
「どうしたの?」
ユーナが彼の背中を見ながら質問してみたが、恭介は返事をせず焦点の合わない瞳で虚空を見ていた。やがて目を閉じて再び倒れる。
「……何だったの?」
ユーナは再び自分に膝枕された恭介を見ながら呟いた。彼は規則正しい寝息を立てて眠っている。




