07
――ユーナが恭介の従妹として転入した三日後の放課後。
「恭介君。今日は、夕食の買い出しに行くの?」
終礼が終わって、すぐにユーナが聞いてきた。
「ああ、そのつもりだ」
「それじゃ、私も一緒に行くわ。一人より二人の方が、買い物も早く済むでしょ?」
ユーナは恭介の答えを待たず、さっさと教室を出て行ってしまった。それを呆然と見送ってしまった恭介は、すぐに急いでユーナを追おうとする。
「恭介!」
しかし、呼び止められたので、恭介は入り口の所で立ち止まって振り返った。柊が彼に近づいてくる。
「優菜はどうしたのだ?」
そう聞かれ、どう答えるか恭介は迷う。何しろ、恭介にも状況がわかっていないのだ。三日前の校舎案内以来、柊とユーナは仲良くなり、柊の家にユーナが寄って帰ってくることが多くなった。しかし、今日に限っては〈買い出しに一緒に行く〉と言い、恭介を置いて先に教室を出て行ってしまった。
「……今日は、夕食の買い出しにつき合ってもらう予定だったんだ」
「そうか……。それなら仕方ないな」
咄嗟についた嘘に柊が納得してくれたので、恭介はユーナを追いかけることにする。
「それじゃ、また明日」
「うむ」
ユーナは校門を出たところで待っていた。追いつくと恭介は、彼女に文句を言う。
「お前、スーパーの場所も知らないくせに、一人で先に行くなよ」
ユーナは恭介の質問に答えず、黙って歩き始めた。
「おい、待てよ」
そう言って、恭介は慌てて隣を歩き始める。そして、気がつき声を潜めてユーナに聞く。
「……何があったんだ?」
すると、ユーナが口を開いた。こちらも声を潜めている。
「…最近、近くを〈契約者〉がうろついているわ。初戦は近いわよ」
ユーナの口にした〈契約者〉とは、文字通り悪魔と契約した人間のことだ。そして、契約を結べる悪魔は、〈宴〉に参加する者のみ。このことを、恭介はユーナが転入してきた夜に夕食を食べながら聞かされた。
(……〈宴〉関連のことか)
〈宴〉のルールに関して、だいたいのことについてユーナから聞かされていので、それを一つずつ思い出しながら質問する。
「……近くにパートナーはいたのか?」
契約者だけでは〈宴〉に参加できない。逆も同じだ。そのことから、恭介は近くにパートナーがいると考えた。
「無かったわ。たぶん、〈契約者〉に私たちの動きを観察してるのよ。〈宴〉の対戦は悪魔同士の同意が必要だし、接触場所を選ぶ必要もあるわ。相手がかなり高いプライドの持ち主で、私に敬意を払っているのならね」
ユーナはそこで一度言葉を切り、少ししてから恭介に言った。
「何にせよ、近いうちに初戦があるのは間違いないわ」
恭介は頷き、ユーナと並んだまま歩いて行く。すれ違った人間から奇異の眼差しで見られたが、もう恭介は慣れてしまったので気にしなかった。
「…それで、今日の晩飯は何がいいんだ?」
「えっ?」
恭介が話を変えるように質問すると、ユーナが聞き返してきた。
「買い出しに付き合ってくれるんだろ?だったら、食べたい料理を作ってやるよ」
恭介が言うと思い出したような顔をし、ユーナは少し考えてから答えた。
「この前のフルコースで食べたメインディッシュ。あれが食べたいわ」
「わかった。晩飯は楽しみにしといてくれ」
と恭介が言うと、ユーナは微笑んだ。
「ええ、楽しみにしておくわ。あなたが作ってくれる料理は美味しいもの」
夕食の材料をスーパーで買い、二人はマンションへ向かって歩いていた。恭介の両手にはビニール袋があり、ユーナはビニール袋を一つ両手で持っている。
「お前が買い出しにつき合ってくれたから、いつもより多めに買えた。ありがとうな」
と恭介が礼を言うと、ユーナは首を横に振った。
「家に居候させてもらってるんだもの。これぐらいしないと申し訳ないわ」
ユーナの言葉を最後に、二人は黙って歩く。二人は契約後から同居しているが、あまり会話をすることが無かった。会話をしたとしても、今のようにすぐ終わってしまうのだ。そのことに気がついた恭介は思った。
(コイツ、俺に気を遣ってるんだよな……。俺を自分の都合に巻き込んだから。俺が自分から巻き込まれたんだから、気にしなくていいんだけどな…)
しかし、それを言うと余計に彼女が気を遣ってしまう気がしたので、恭介は何も言わずに黙ってを歩く。
マンションの近くにある公園の近くまで来ると、いきなりユーナが立ち止まった。恭介も少し進んでから立ち止まる。
「どうしたんだ?」
恭介が振り返って聞いてみると、ユーナは公園の方を見ながら答える。
「〈契約者〉があそこにいるわ。本人も一緒みたいね……。この魔力の質は……」
ユーナの表情が翳り、その表情は前のようにすぐ元に戻らなかった。
(…つらそうだな。まるで、何かを堪えてるみたいだ)
彼女の顔を見ながら思いながら、そう思って恭介はユーナに聞く。
「それで、どうするんだ? 回り道をするか?」
この質問は恭介なりの気遣いのつもりだ。ユーナの様子を見る限り、公園にいる相手に対して苦手意識を持っているのがわかる。それなら無理して、その相手に会う必要は無い。
「……いえ、公園を通って行くわ」
そう言ってユーナは歩き出した。彼女の髪の色が光を放ちながら、黒から金へと変わっていく。その後ろを遅れて恭介も歩き始めた。
(……大丈夫なわけないだろ。そんな顔をして)
思っても口に出すことは無い。ユーナが決めたことに、彼女について何も知らない恭介が口を出す道理が無いからだ。
二人が公園に入ると同時に、公園を囲むようにドーム状の光の膜が出現した。恭介は驚いて空を見上げる。
「…結界よ。交渉のために張るものだわ」
すでに金髪に戻ったユーナが恭介に説明した。彼女の視線の先には、少年と少女が立っている。少年の方に、恭介は見覚えがあった。ショッピングセンターに行った日、起き上がるのに恭介が手を借りた少年だ。
「やあ、五日ぶりだね」
少年の着ている制服は、有名な進学校の物だ。その隣の少女も同じ制服を着ている。
少年の隣にいる少女から、ユーナと出会った時に感じた違和感を恭介は感じ、少年を見て聞く。
「お前が、そいつの〈契約者〉だな」
すると少年は一瞬だけ驚き、すぐに笑顔を浮かべて答える。
「そうだよ。それにしても、よくわかったね。ナーシャはまだ魔法を解いていないのに」
「驚くことでは無いわ。ごく少数だけど、魔力を感じ取ることができる人間もいるのよ。啓一」
少年の隣にいた少女――ナーシャ――が言った。彼女の髪が光を放って黒から金へと変わる。
「ご機嫌よう。ユーナ」
「…ええ、ご機嫌よう。ナーシャ」
二人の少女は挨拶を交わした。
「……まさか、最初の相手が貴女だとは思わなかったわ」
暗い顔をしたままだが、いつも通りの口調でユーナは言った。それに対し、ナーシャは余裕の表情で返す。
「私もよ。魔王様の娘と初戦ができるなんて光栄だわ」
ナーシャの言葉を聞いた瞬間、ユーナの肩がビクッと震えた。その様子を見ながら、恭介はナーシャの言った一つの単語を口にする。
「…〈魔王様の娘〉?」
それを聞いたナーシャが、微笑を浮かべながらユーナに聞く。
「あら、彼に何も話していないの? 代わりに私が話しましょうか?」
そう言って、ナーシャは恭介たちに近づいて来る。
「まず、私の自己紹介からするわ。私の名前はナーシャ・ロトリア。そこにいるユーナは私のクラスメイトだったわ」
ナーシャは二人の目の前で立ち止まった。しかし、話し続ける。
「そして、彼女は現魔王の娘なの」
ユーナの体が小刻みに震えている。それを気にせずナーシャは続けた。
「だけど、彼女は現魔王家に生まれながら学校の中では落ちこぼれだったの」
「……め、て。やめて」
ユーナはうつむきながら小声でナーシャに頼んだ。しかし、ナーシャはやめない。
「そして、この〈宴〉が最後のチャンス。もし、この〈宴〉で魔王の娘として実力を見せることが出来なければ、完全に見限られることになっているのよ」
ナーシャが話し終わったと同時に、ユーナが糸の切れた操り人形のように背後へと倒れこんだ。買い物袋を放り出し、恭介が慌ててユーナを支えた。
「おい、大丈夫か!?」
ユーナは恭介の腕の中で小さくなって震える。その様子を見ながらナーシャが言った。
「あらあら、これでは交渉ができないわね。少しつついただけで倒れるなんて、魔王様の娘だとは思えないわ」
恭介はナーシャを睨みつけた。それを平然とナーシャは受け止める。
「まあ、いいわ。啓一、メモを渡してあげなさい」
命令を出された啓一は、制服のポケットから一枚のメモを出して近づいてきた。そして、それを恭介の目の前に差し出す。
「そのメモに、場所と日時が書いてあるわ。闘う気があるならメモを受け取りなさい」
恭介は目の前に差し出されたメモと、啓一の後に立っているナーシャを交互に見た。そして、メモを奪い取るように受け取る。それを見たナーシャは微笑み、恭介たちに背中を向けた。
「交渉成立ね。啓一、帰るわよ」
啓一も恭介たちに背中を向け、ナーシャの方へ歩いて行く。その途中、恭介たちの方を顔だけ振り返って言った。
「今度は〈宴〉の舞台で会おう」
公園を覆っていた結界が解け、二人は去って行った。それを見送った後、恭介は自分の腕の中にいるユーナの様子を見る。
「私は、魔王の娘……。勝たないと…。絶対に勝たないと…」
ユーナは何かに憑かれたように、何度も〈勝たないと〉と繰り返している。ユーナの様子を見た恭介は体の中が熱くなり、フツフツと怒りが湧き上がってくるのを感じた。ユーナを抱きかかえたまま、恭介は二人の去って行った方向を睨みつけながら思う。
(……他人の心を傷つけて何が楽しいんだ。絶対に勝ってやる)
湧き上がってきた怒りで、恭介が無意識に噛み締めていた唇から血が流れ、地面にこぼれ落ちる。
――チッ、チッ、チッ
時計の秒針が時を刻む音がリビングに響いている。恭介はソファに座り込み、本を読んでいた。しかし、たまにリビングの入り口の方を見る。そして、リビングのテーブルを見た。その上には夕食が並んでいる。
夕方、ユーナは帰ってくると部屋に閉じこもってしまった。部屋に呼びに行っても、返事が無いし鍵もかかっている。
(……すごいショックを受けてるな)
声をかけることも出来ない自分に、恭介はイライラしていた。そして、それはユーナに対してもだ。
(…アイツが俺に過去のことを話さなかったのは…、俺に関係の無いことだったからだ)
それが自分に迷惑をかけないためだと、頭の中で理解していても、恭介は納得することができない。理由は無いが、ただ単純に納得できないのだ。
「……くそっ!」
そう言って、読んでいた本をテーブルに叩きつけると、苛立ちを隠さずにリビングを出てユーナの部屋の前まで歩く。そして、力強くドアをノックした。しかし、返事は無い。もう一度、同じようにドアをノックする。
――ドンドン!
やはり返事は無かった。恭介はドアをノックしていた手を下し、恭介は息を吐いて深く息を吸い込んだ。
「ここを開けてくれ」
できるだけ、いつも通りの声でそう言った。
「……私のことは、放って置いて」
返事が返ってきた。いつもとは違う暗い声だ。そのことに恭介は苛立つ。
「放って置けるわけ無いだろ。一応、俺はお前のパートナーなんだ」
そう言って、恭介はドアの前で待った。静かなせいで時間が長く感じる。
――ガチャッ
鍵が開く音がした。恭介は、ドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。ドアを開けた恭介の視界に入ってきたのは、ベッドの上で体育座りをし、膝に顔を埋めているユーナの姿だった。
「大丈夫か?」
と声をかけながら、恭介は部屋の中に入って後ろ手にドアを閉めた。ユーナが顔を上げる。彼女の頬には涙のあとがあった。それを見た恭介の感情が、苛立ちより心配の方が強くなる。
「…隣、いいか?」
ユーナがコクリと頷いたので、恭介はベッドに近づいて行き、彼女の隣に腰を下ろした。二人は何も話さず、ただ時間が過ぎて行く。
―――きゅるるるっ
可愛らしい音がした。そして、その音はユーナから聞こえてきた。恭介がユーナの方を見てみると、彼女は顔を真っ赤にしていた。
「…そう言えばお前、まだ夕飯を食ってなかったな」
ユーナは顔を赤くしたまま黙っている。
「待ってろ。持ってきてやるから」
そう言って立ち上がり、恭介はリビングへと向かった。冷蔵庫の中から、アニョロッティの乗った皿を取り出す。これはユーナがリクエストした料理だ。レンジに入れて温め始める。次に、コンロに乗った鍋を火にかける。中にはイタリア風のスープが入っている。
温め直した料理をトレーに乗せてユーナのいる部屋に運んだ。
「ほら、まずは食べろ。体が保たないぞ」
そう言って、恭介がベッドの上にトレーを置くと、ユーナがチラリと彼の方を見た。
「…いただきます」
そして、フォークとナイフを使ってアニョロッティを食べ始めた。恭介は彼女の隣に座り、食べ終わるのを待つことにする。
「ごちそうさま」
食べ終えたようだ。恭介は食器ののったトレーをベッドの上からどける。そして、ユーナの隣に座りなおした。
「話したくないなら、話さなくていい。…でも、できれば話してくれ」
また重い沈黙があったが、それは長く続かなかった。
「………夕方、シャーナから聞いたかもしれないけど、私は現魔王の娘なの」
口調は重々しく、何かを堪えるような表情でユーナは話し始めた。
「だから、私はお父様の娘であるために頑張ったの。勉強や剣術、魔法を一所懸命に学んだわ」
ユーナの肩が、小刻みに震え始めた。しかし、ユーナはそれを無視して話し続ける。
「…でも、やっぱり親子でも才能が受け継がれる訳じゃない。七年前、私はシャーナとの模擬戦闘で負けたわ」
そこで言葉を切り、ユーナは深呼吸をした。そして、話を再開する。
「それからよ。私は、焦って躍起になったわ。でも、周りは成績を上げていくのに、私は成績には何の変化も無かった」
彼女の声に涙が混じる。
「必死にやったけれど、最後の最後まで……」
ユーナが泣き出してしまった。それに驚き、恭介は慌てる。目の前で女子に泣かれたことが無かったので、どうすればいいかわからない。必死に頭で考えて、ふと先日のことを思い出した。
(…効果があるかわからないけど、やってみるしかないか)
そう決心して、泣いているユーナに向かって手を伸ばした。彼女の頭に手が触れ、ゆっくりと撫でる。そしたら、ビクッとユーナは大きく震えておずおずと顔を上げた。彼女の瞳には涙で潤んでいる。
それを見た恭介は、目線をそらしながらユーナの頭を撫で続けた。それをユーナは嫌がることなく、恭介に撫で続けられる。
しばらく撫で続けていると、いきなりユーナが恭介の肩にもたれかかってきた。
「…お、おい!」
いきなりのことに恭介が慌てていると、
――スー、スー
ユーナから寝息が聞こえてきた。どうやら撫でられているうちに、眠くなったらしい。そして、眠気に勝てず眠ってしまったのだろう。
(…帰ってきてから、ずっと泣いてたもんな)
そう思いながら、恭介はユーナの寝顔を眺めていた。彼女の顔からは、何かを堪えるような表情は無くなっている。安心しきった寝顔だ。それを見た恭介は、ユーナを起こさないように彼女をベッドに横たえた。
「おやすみ。…ユーナ」
小声で言って恭介は部屋を出て行った。
――ピピピピッ、ガチャッ
恭介は目覚ましの音で目を覚ました。ゆっくりと上半身を起こし、背伸びをしながら大きなアクビをする。そして、ベッドから下りて朝食を作るためにリビングへ向かう。恭介がリビングのドアを開けると、
「おはよう。恭介」
と朝の挨拶が聞こえてきた。ユーナがソファに座っている。いつもと違う光景に、恭介はドアを開けた状態で固まってしまった。
「どうしたの?」
とユーナに質問され、恭介の硬直が解ける。
「…お前が自分で起きてるから、驚いたんだよ」
すると、ユーナはクスッと小さく笑った。
「そうね。早起きなんて久しぶりだわ」
ユーナの様子に、昨日の辛そうな雰囲気は微塵もない。それに安心し、恭介はキッチンに移動する。
「朝飯、すぐに作るから待っててくれ」
食パンをトースターに入れて焼き始め、冷蔵庫からベーコンと卵を二つ取り出し、フライパンに火をかけてベーコンを焼く。その上に卵を二つ割った。恭介の手際の良さ見ながらユーナは恭介に質問する。
「…柊さんが、「恭介は男のくせに料理が上手すぎる」って言ってたけど、この世界では女性が料理するのが普通なの?」
その質問に、恭介はベーコンエッグを盛り付けた皿をテーブルに運んでから答える。
「まあ、昔はそうだったみたいだけどな。今は女も社会に進出してるからそうでもない。俺の場合、両親が仕事で家を空けることが多いのもあるけどな」
トースターが鳴ったので、トーストをトースターから取り出してさらにのせる。ついでにフォークを食器棚から出し、コーヒーを淹れた。
「……そうなの。…ねえ、良かったら料理を教えて」
頼んでくるユーナに、恭介は質問する。
「急にどうしたんだ?」
「あなたが料理しているのを見てたら、やってみたくなったの。・・・ダメかしら?」
その答えに、恭介は少し考えてから言う。
「……わかった。俺でよかったら教えてやるよ」
「本当?」
ユーナの表情が明るくなった。
「本当だ。だから、初戦で勝とう」
そう言うと、ユーナの表情が少しだけ暗くなりる。
「……勝てるかしら?」
彼女は過去のことを一応、区切りはつけたが、まだ不安らしい。
(…だけど、ここで立ち止まっていたら、何も始まらない。コイツは前に進まないとダメなんだ)
そう思った恭介は、まだ不安を抱えているユーナに、昨日のユーナの様子を見て決意したことを言う。
「俺は、アイツらに勝ちたい」
それを聞いたユーナは目を見開いた。恭介は、そこで終わらずに続ける。
「アイツは、お前の心の傷に触れた。お前を負かすために、わざと触れたんだ。…俺は、それが許せない」
恭介の口調に怒気が含まれる。今まで恭介から感じたことのない剣呑な雰囲気に、ユーナは気圧された。
「それに、俺が許せないのはアイツだけじゃない。お前の父親もだ」
「…えっ?」
恭介の言ったことに驚き、ユーナは思わず聞き返した。
「お前の父親はお前のことを考えず、自分のプライドを優先した。だから、俺は絶対に許せない」
恭介から剣呑な雰囲気が消え、ユーナはホッとする恭介が纏っている雰囲気は、優しく暖かいものに変わっていた(顔は、いつもの仏頂面だが)。
「それに、お前はお前だろ」
恭介が不意に言った言葉に、ユーナは息を呑む。
「お前は、ユーナ・アウスてっいう一つの存在なんだ。親のことなんて気にするな」
そう言うと、ユーナは唇をかみしめて俯いた。
「……無理よ。それは、この世界であなたが恵まれた環境で生まれたから、言える事なんだわ。…でも、私は違う。私は冥界を治める魔王の娘として生まれた。そして、貴族社会では実力が問われるもの」
ユーナの肩が震え、泣きそうになっているのが恭介にはわかった。恭介は溜め息をつき、彼女を見る。
「お前、言ったよな。「親子でも才能が受け継がれるわけじゃない」って」
ユーナは俯いたまま返事をしない。構わずに、ユーナに言い聞かせるように続けた。
「だったら焦るな。焦れば、それだけ目標から遠ざかるだけだ」
恭介はそこで区切り、コーヒーを一口飲んだ。淹れて時間が経っていたせいか、コーヒーは少し冷めている。
「俺も武術を習ってたから、それはわかる。柊との試合に負けて、俺も少し躍起になった。だけど、師範に言われて焦ってることに気が付いたんだ」
まだユーナは顔を上げない。
「それから、焦らずに稽古をしてたら、また柊との試合に勝てるようになった」
「……だから、私も焦らなければ勝てるようになるってこと?」
ユーナが俯いたまま恭介に質問した。やっと彼女が喋ったので、恭介は心の中でホッとする。
「…俺の経験談だから、お前に当てはまるとは限らないけどな。…俺の経験から言えるのは、焦った時
は少し落ち着いて周りを見れば、それだけで何かが変わる」
それだけ言うと、恭介は朝食を食べ始めた。ユーナは顔を上げ、恭介が朝食を食べる様子を見た。そして、自分も朝食を食べ始める。すっかり朝食は冷めていたが、それでもユーナは何も言わずに食べた。




