05
――ユーナが滞在するようになって四日目の朝。恭介はブレザーの上に、エプロンを着けて朝食を作っていた。朝食ができあがると、恭介はユーナが使っている部屋へ行く。部屋の前に到着すると、ドアをノックした。
「………」
返事が無い。おそらく寝ているのだろう。これは予想していたことなので、恭介は溜め息をつくこともなくドアを開けて部屋の中に入る。すると、やはりユーナはベッドで眠っている。
昨日の時点で発覚したのだが、ユーナは朝に弱いらしい。起こさないと、正午になるまで起きてこないのだ。
恭介はベッドに近づいて行き、ユーナの体こしにかかった。
「おい、起きろ。朝だぞ」
「ん、う~ん……」
体を揺すられ、ユーナはうっすらと瞼を開けた。
「起きろ。朝だ」
恭介が揺するのをやめると、ゆっくりとユーナは上半身をベッドから起こした。
「おはよう。…悪いわね。起こしてもらって」
ユーナが言ったのを無視し、恭介は部屋から出て行く。
「朝飯、できてるから。着替えたら来てくれ」
それだけ言うと恭介はドアを閉めた。ユーナはベッドから降り、昨日の午後に届いた箱の中から服を取り出した。それは学校の制服だ。制服をベッドの上に置く。
(……こっちで過ごすことは予想していたけれど、学校に通うことになるのとは思わなかったわ)
そう思いながら、パジャマのボタンを外し始めた。雪のように白い肌が露わになる。
恭介はソファーの上に置いていたブレザーを羽織り、イスに座った。
今日は月曜日で、恭介は朝食を食べた後、すぐに登校するつもりだ。つまり、ユーナを留守番させることになる。
(…少し不安だけど、学校を休むわけにはいかないしな)
そんなことを考えながら待っていると、ドアが開く音がした。
「なっ……!」
ドアの方を見た瞬間、恭介は驚きのあまり目を見開いた。恭介の視線の先にはユーナがいた。しかし、彼女が着ているのは恭介が貸した服でもなければ、土曜日にショッピングセンターで買った服でもない。
「…何で、俺の通ってる学校の制服を着てるんだ? っていうか、どこで手に入れたんだ?」
恭介は、彼には珍しく二つ続けて質問した。
「パートナーだから、じゃないかしら?」
と疑問系でユーナは恭介の質問に答えた。恭介は理由がわからず、呆然とユーナを見ている。
「それと、これは、昨日届いた箱の中に入ってたのよ」
頬を少しだけ赤くし、ユーナは恭介に近づいていった。恭介の目の前で立ち止まり、片手を腰に当ててポーズをとる。
「どう? 似合ってるかしら?」
状況が呑み込めた恭介は、ユーナに聞かれたので上から下、下から上とユーナを観察して答える。
「…普通の高校生に見えるな……」
その感想を聞いたユーナは、突き刺さるような視線で恭介を睨み付けた。
「それは、どういう事かしら?」
声も若干だが刺々しい。素直すぎた自分の感想に、恭介は少し反省した。
「……似合ってる。っていう意味だ」
それを聞くと、ユーナが頬を仄かに赤くしながら文句を言う。
「そう、それなら、最初からそう言いなさい。でないと、紛らわしいわ」
そして、イスに座って朝食を食べ始めた。恭介は溜め息をついて思う。
(……まあ、特に問題は無いか。一人で留守番させるのも心配だったしな)
ユーナが朝食を食べている様子を見ながら、恭介は朝食を食べ始めた。そして、違和感に気がつく。
「…お前、確か金髪だったよな?」
そう、ユーナの髪の色が金から黒に変わっているのだ。
「ちょっとした魔法よ。金髪だと、少し違和感のある役柄だったから、黒にしてみたの」
ユーナの説明を聞いた恭介は、ある単語が引っかかったので質問してみた。
「〈役柄〉?」
すると、ユーナはクスリと小さく悪戯っぽく笑って言う。
「学校に行けば分かるわ」
――十五分後、恭介は道を歩いていた。ユーナは、その隣を両手でバッグを持って歩いている。その様子を横目で見ながら、恭介はユーナに話しかけた。
「…なあ、冥界にも学校はあったのか?」
「ええ、あるわ。私が通っていたのは、貴族の後継者だけが通う学校よ」
恭介は意外だと思ってしまった。貴族の娘なら、家庭教師を雇っているイメージがあったからだ。
「ところで、お願いしてもいいかしら?」
とユーナが言ったので、恭介はぶっきらぼうに応じた。
「何だ?」
「よかったら、学校を案内してくれない?」
特に不都合は無かったので、ユーナの頼みを恭介は受けることにした。
「……わかった。じゃあ、昼休みに案内してやるよ」
すると、ユーナは口元に微笑みを浮かべた。
「ええ、お願いするわ」
その会話を最後に、二人は黙って歩き始めた。そして、校門の前に到着する。ユーナは立ち止まり、学校を眺めながら言った。
「これが人間界の学校……。冥界に比べたら小さいわね。でも、外見はいいわ」
そして、堂々と校門から敷地内に入って行った。彼女の姿を見た人間は、男女共に足を止めてユーナに見惚れた。その様子を見た恭介は、ユーナが美少女であることを再認識する。
「何してるの? 早く来なさい。遅刻するわよ」
先に敷地内に入ったユーナに呼ばれ、恭介は肩をすくめてから校門を通った。授業が始まるまで、まだ二十分もある。いつも恭介は、かなりの余裕を持って登校しているのだ。
恭介が追いつくと、ユーナは頼んできた。
「職員室まで案内を、お願いできるかしら?」
「……職員室ぐらい、自分で行けるだろ」
恭介が頼みを突っぱねようとすると、ユーナは視線を横に向けた。それが気になり、恭介は彼女の視線の先を見る。すると、少し離れた場所で男子生徒がコソコソと小声で話し合っていた。再びユーナを見ると、彼女は首を傾げてこっちを見ている。そして、恭介は折れた。
「……わかった。昼休みでいいなら案内するよ」
「お願いするわ」
そういう訳で、恭介は教室に行く前にユーナを職員室に案内することになった。職員室の前で恭介は立ち止まる。
「ここが職員室だ。えっと、学年主任でいいのか?」
とりあえず聞いてみると、ユーナは少し考えてから答える。
「ええ、たぶん」
「〈たぶん〉ってな……」
溜め息をつきつつ、恭介は職員室のドアを開けた。
「学年主任の名前は、日ヶ崎先生だ。…後は一人で大丈夫か?」
そう聞くとユーナはコクリと頷いた。
「それじゃ、また後でな」
そう言って、恭介は自分の教室に向かった。教室に入り、机の横に背負っていたエナメルバッグを置く。そして、イスに座って机に肘をついた体勢で窓の外を見た。いつも通りの日常だ。
――十分後。生徒が何人か登校してきて、恭介は何かを感じた。振り向いてみると、一人の生徒と目が合う。目が合った生徒は、すぐに目を反らした。そして、それで恭介は気がつく。生徒たちの視線が、
なぜか自分に集まっている。そして、その生徒たちの目は、一昨日に道ですれ違った人たちのものと同じだったからだ。
(…何なんだ?)
居心地の悪さを感じながら、恭介は窓の外を見た。
「…天野君、少しいいかしら?」
後から声をかけられたので、恭介は振り向いて声をかけてきた人物を見た。
「笹川か…。何か用か?」
そう、学級委員長の笹川だった。笹川は腕を組んで立っている。
「少し、気になる噂を聞いたのよ。…転校生の子と、一緒に登校して来たんだって?」
恭介は肘枕から机に頭を落とした。ゴツンと鈍い音がする。
「…誰から聞いたんだ? そんなこと」
恭介が少し疲労気味の声で聞くと、笹川は答えてくれた。
「新聞部の後藤君よ。コンビニの前で並んで歩いてるのを見たらしいわ」
後藤というのは、恭介のクラスメイトで新聞部の副部長だ。それを聞いた恭介は納得し、溜め息をついた。
(……後藤のやつ、後で文句の一つでも言っとかないとな)
笹川は人差し指でビシッと恭介を指差した。
「教えてもらうわよ。…あなた、凪原さんだけじゃ飽き足らず、転校生にまで手を出すつもり?」
その質問を聞き、座りなおそうとしていた恭介は再び机に突っ伏した。
「……何でそうなるんだ? そもそも、俺と柊は付き合ってないぞ」
そう言いながら、ジトッとした視線で恭介は笹川を見た。すると、さすがの笹川も目を反らし、コホンと咳払いをする。
「…そうだったわね。変な事を言ってごめんなさい。……それで、どうして転校生と一緒に登校――」
――ドタドタッ、ガラッ
勢いよく戸が開く音で、笹川の言葉は遮られてしまった。勢いよくドアを開けたのは、竹刀を片手に持った柊だ。
「この、痴れ者が! 成敗してくれる!!」
混じり気の無い純粋な殺気が向けられているのを感じ、恭介の血の気は下がった。後ろめたいことは何も無いのだが、慌ててしまう。
「ちょっ、待て! 何のことか、全くわからないぞ!」
両手を前に突きだして柊を落ち着けようとするが、彼女は竹刀を両手に持ち直した。どうやら、聞く耳を持っていないらしい。
「問答無用! やあぁっ!」
鋭い竹刀による一閃が、恭介の頭に向かって叩き込まれる。が、それを白刃取りで恭介は受け止めた。
柊の顔に荒れ狂う炎のような激しい怒りが現れており、徐々に竹刀にこめられる力が強さを増してく。
(な、何で怒ってるんだよ!? 意味がわからないぞ!)
そう心の中で文句を言いながら、恭介は押しきられないように歯を食いしばって耐える。
「ちょっ、ちょっと凪原さん。理由も言わずに、いきなり何してるの?」
笹川が柊に質問をし、それに対して柊は笹川を睨み付けて怒鳴った。
「黙れ! コイツは、朝から見知らぬ女子と登校していた! 怠けているから、喝を入れてやっている
だけだ!」
それを聞いた恭介は、一気に疲労感に襲われた。
(…それだけの理由でか? …理不尽だろ)
笹川が溜め息をついた。
「気持ちはわからないでもないけど、理由ぐらいは聞いてあげるべきでしょ?」
笹川が柊を落ち着くように説得するが、柊は竹刀にこめる力を緩めるどころか、逆に力を強くしていった。
(…やばい、押しきられる)
そう思って恭介があきらめかけていると、
――カシャッ
と不意にカメラのシャッター音がし、フラッシュが光った。
「ゴシップいただき! そうだな、タイトルは〈嫉妬の炎に燃える少女剣士〉にするか」
その声が聞こえてきた方を、生徒全員が振り向く。すると、そこには一眼レフを首からストラップで吊るした男子生徒がいた。
「……後藤。お前、何やってるんだ?」
恭介は半眼になりながら、呆れたような声で男子生徒に質問した(体勢は白刃取りのまま)。
「何って、取材に決まってるだろ? 〈嫉妬の炎に燃える少女剣士〉、なかなかのゴシップだぜ。それじゃ、取材を――」
後藤が言いながらカメラから手を放し、メモ帳を取り出そうとしていると、教室に悲鳴が響いた。
「きゃっ、きゃあぁぁあっ!」
後藤を見ていた生徒たちが、悲鳴の上がった方を一斉に振り向いた。
「ち、違う! し、しし嫉妬なんてしてない!後藤君、変なこと言わないで!!」
顔をトマトのように赤くした柊が、慌てて怒鳴っている。その様子を見た恭介は、目を点にして固まった。
(さっきの悲鳴、コイツが上げたのか? …この堅物で、気の強い柊が?)
幼馴染みの恭介でさえ、初めて聞く柊の悲鳴だったのだ。笹川や後藤を始めとする生徒たちも、恭介と同じように固まっていた。怒鳴った柊は、顔を真っ赤にしたまま肩で息をしている。
――キーンコーン、カーンコーン
予鈴が鳴り、ようやく全員の硬直が解けた。
「あー、まあ、取材は昼休みにでもする」
そう言って、後藤は教室から出て行った。
「…とりあえず、転校生と登校していた理由については、後で聞かせてもらうわ。凪原さん、それでいい?」
笹川が柊に聞くと、柊は黙ったまま小さく頷いて竹刀を引いた。ようやく開放された恭介は、脱力してイスの背もたれにもたれる。
「何で、一緒に歩いてただけで、こんなことになるんだよ……」




