04
「待たせたわね」
「いや、そんなに時間かかって無いだろ」
会話を交わした後、会計を済ませて〈キャット・ジョーカー〉を出た。
「それで、次は何を買いに行くの?」
とユーナに聞かれ、恭介は言いにくそうに口をまごつかせた。
「どうしたの?」
とユーナが聞いてきたので、恭介は心の中で溜め息をついた。
「…いや、何でも無い。これから行く店はあそこだ」
恭介が目を背けながら言いながら、次に行く店を指差した。その指の先にある店を見たユーナは、一瞬で顔を真っ赤に染める。
「―――っ!」
ユーナが何も言わないので、おそるおそる恭介はユーナの方を向いた。そこには、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてプルプルと体を震わせるユーナがいる。
ちなみに恭介が指差した店は、ランジェリーショップだ。震えているユーナを見て恭介は気まずくなったので、その店に行く理由について話すことにする。
「いや、俺の興味本意じゃなくてな…、なんていうか、服を買うついでだ。しばらくこっちにいるなら、必要だろうと思ってな」
照れているのか、微妙に言い訳じみた話し方になってしまっている。
「……だわ」
「え?」
ユーナが何か言ったようだが、聞き取れなかったので恭介は聞き返した。
「破廉恥だわ!」
「まっ、待て! 落ち着け!」
いきなり取り乱したユーナに、恭介は戸惑う。両手を前に出し、落ち着くように説得を試みるが、それは失敗に終わった。
「問答無用よ!」
――バシンッ
ユーナの手のひらがが、その声と共に恭介の頬を打ちぬいた。後ろに大きく仰け反り、恭介はショッピングセンターの床に倒れる。
(……何で殴るんだよ…)
そう心の中で文句を言いながら、恭介は天井を見上げることしかできなかった。
――三分後
「……だ、大丈夫?」
さすがに心配になったのか、落ち着いたユーナが顔を覗き込んで来た。その質問に恭介はかすれた声で答える。
「…あまり、大丈夫じゃない。しばらく動けなさそうだ」
ユーナが申し訳なさそうな顔をしながら言う。
「ごめんなさい。手加減したつもりだったの」
それを聞いた恭介は、顔を僅かに引き攣らせながら思う。
(これで、手加減してるのかよ……)
改めてユーナが人間でないことを恭介は認識した。
「…あー、俺のことはいいから、先に店に行って選んでろ」
恭介の提案にユーナは少し躊躇したようだが、店の方へ歩いて行った。それから少しして恭介は動けるようになり、まだダメージが残っている体で起き上がる。
「大丈夫かい?」
声と共に目の前に手が差し伸べられた。その手を差し伸べた人物を、恭介はゆっくりと見る。手を差し伸べてきた人物は、恭介と同じ年ぐらいの少年だ。
「どうやら、カノジョを怒らせてしまったみたいだね?」
どうやら恭介がユーナに殴られたのを見ていたらしい。質問してくる少年の手を借り、恭介は立ち上がって答える。
「カノジョなんかじゃない」
「そうかい? でも、カノジョじゃなかったとしても、女の子を怒らせるのは良くないよ」
少年はアドバイスをしてくれているようだ。それを聞いた恭介は、苦虫を噛み潰したような顔で少年に言う。
「…さっき、身をもって理解したばかりだ」
「そのようだね。じゃあ、それを忘れないようにしなよ。今後のためにね」
と少年に言われたので、恭介はいつも通りの無愛想な声を、さらに無愛想にして返す。
「大きなお世話だ」
それを聞いた少年は苦笑し、恭介に背中を向けた。
「じゃあ、僕も女の子を待たせてるから失礼するよ」
そう言って歩いて行った。少年の行く先には、茶髪の女子がいた。ユーナと同じ美少女だ。
「…俺も行くか」
と恭介は言って、ユーナの入った店へと向かった。その頬が少し赤みを帯びているのは、おそらく照れているからだろう。
色々と買い物を済ませた後、恭介たちはショッピングセンターの中にあるフードコートで食事をとることにした。
「何が食べたい?」
と恭介はユーナに聞いたが、ユーナは少し困惑していて答えなかった。どうやら、フードコートも初めてらしい。それが分かった恭介は、ユーナをテーブルに連れて行くことにした。
「俺が持ってくるから、ここに座っててくれ」
ユーナは黙ったまま頷き、イスに座った。それを確認した恭介はテーブルから離れ、どんな物があるのかを見る。あるのは、カレーやラーメン、パスタなどだ。
(この場合、パスタが妥当か)
そう考えて恭介は、パスタの店の前に並んだ。パスタを選んだ理由は、ユーナが箸を使えないことと、単純に恭介がパスタを食べたかったからだ。注文を済ませてタイマーを二つ持ってテーブルに戻ると、ユーナがまた男に絡まれていた。
「いいじゃん。見たところ、カレシもいなさそうだし」
「断るわ。軽いノリで声をかけてくる男は信用できないもの」
またハッキリと言った。男の額に青筋が立つ。どうやら、今回声をかけてきた男は短気らしい。そう考えながら恭介は歩いて行き、イスにさりげなく座った。
「…何だよお前。ナンパするなら、この女はやめといた方がいいぜ。まあ、お前みたいなのは、どちらにしろ相手されねーよ」
敵意をむき出しで言ってくるが、恭介は気にしない。
「俺はナンパなんかしねーよ。それに、コイツは俺の連れなんだ」
恭介の言葉を聞いた瞬間、男の表情が凍りつく。そして、数秒後に舌打ちをして去って行った。どうやら、ユーナをなんぱするのをあきらめたらしい。去っていく男の後姿を見ながらユーナは言う。
「本当に無礼な連中ばかりね。下心まるだしで声をかけてくるなんて」
それを聞いた恭介は、何か言いたそうな目でユーナを見た。それに気がつき、ユーナは恭介の方を見て聞く。
「何かしら? 目つきが悪いわよ?」
「……いや、何でも無い。それと、この顔は生まれつきだ」
と言いながら恭介は心の中で文句を言う。
(だからって、あんな対応をするのは問題だろ…)
「ところで、昼食はまだかしら?」
と恭介の疲れた様子に気づかず、ユーナは恭介に聞いた。文句を言う気も失くし、恭介はテーブルの上に置いたタイマーを指差しながら答える。
「このタイマーが鳴ったら、取りに行って来る。…あと、三分ぐらいだな」
「私も行くわ。ここに座ってたら、無礼な連中に声をかけられるもの」
ユーナは憂鬱そうな顔をしながら言ったので、恭介は思ったことを口にする。
「…お前、お嬢様育ちのせいか知らないけど、高飛車だな」
すると、ユーナの表情が一変して不愉快そうな顔になった。それに気がついていたが、恭介は動じることも無く、その視線を受け止める。
「貴族は、常に誇りを持って行動するべきなのよ」
「確かに、冥界は貴族社会だったから良かったかもしれない。だけど、ここは人間界だ」
そこで言葉を切り、恭介はユーナの様子をうかがった。
「…それは、分かってるわよ」
一瞬だけ目をそらしてユーナが言ったので、恭介は続きを言う。
「なら、それを考えた上で、その〈無礼な連中〉に対応してくれ」
それが効いたのか、ユーナは黙り込んでしまう。少ししてから恭介の中に罪悪感が生まれ始めた。
(…本当のこととはいえ、少し言い過ぎたか……?)
――ピーッ、ピーッ
いきなり音がしたので、テーブルを見てみるとタイマーがあった。恭介は二つのタイマーを持ち、ユーナを見て言う。
「取ってくるから、ここで待ってろ」
返事は無かったが、恭介は昼食を取りに行った。店員にタイマーを渡し、トレーにのった昼食を受け取る。ちなみに、恭介が注文したのはカルボラーナだ。コップに水を注ぎ、トレーにのせてテーブルへ戻ると、
「HEY、カノジョ。今、ヒマ?ヒマだよな?よかったら、俺が昼飯をおごろうか?」
またユーナがナンパを受けていた。この後の展開が分かっているので、恭介はテーブルに早足で近づいて行く。
「…私、連れがいるの。ランチも奢ってもらわなくて結構よ。……ごめんなさい」
ユーナの断り方を聞いた恭介は、思わず足を止めてしまった。どういう訳か、ユーナ自身が言っていた〈無礼な連中〉に丁寧な断り方をしたからだ。
「そう? でも、きっとソイツなんかより俺の方がいいよ。君の欲しい物、全部買ってあげるよ」
少し弱気に断ったせいか、男は調子に乗ってユーナに迫った。慣れない断り方をしたせいか、ユーナは困惑している。見かねた恭介は、テーブルの横まで歩いて行き、トレーをテーブルの上に置く。
「…何だよ? お前。今、俺は彼女を口説いてるんだ。邪魔するな」
男があらかさまに不機嫌になったが、恭介は気にせずにイスに座った。そして、ユーナの前に昼食を置く。
「見ての通り、コイツの連れだよ」
男は恭介の言葉を聞いた瞬間、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「なあ、こんな男と君じゃ釣り合わないよ。だからさ、俺と付き合わない? さっきも言ったけど、君が欲しい物を買ってあげるから」
どうやら、あきらめるつもりは無いらしい。目の前に置かれた昼食を食べずに、ユーナは男から顔をそむけている。
(……仕方が無いな)
恭介は面倒臭そうに溜め息をつき、男の手首を掴んでひねり上げる。
「な、何しやがる! 痛たたたっ!」
男が悲鳴を上げるが、恭介は男の手首を放さなかった。男に足払いをかけて倒す。
「嫌がってるのに、強引に迫るのはダメだろ」
と言って、恭介は男の腕をひねり上げる手に力をこめた。
「やっ、やめろ! やめてくれ! 骨が折れる!!」
男が助けを求めて来たので、恭介は男の手首から手を放した男の上からどいた。そして、男に向かって言う。
「もう二度と、嫌がってる相手にナンパするなよ。おっさん」
すると、男はひねり上げられた方の腕をさすりながら怒鳴る。
「俺は、まだ大学生だ! ちくしょう!!」
怒鳴りながら走り去って行った男の背中を見送った後、恭介は溜め息をつき、再びイスに座ってフォークを持った。
「…あなた、武術の心得でもあるの?」
とユーナが聞いてきたたので、恭介はカルボラーナから数ミリの場所でフォークを止めた。
「少しだけな。昔、道場に通ってたんだ」
恭介の答えを聞いたユーナは、納得したようにカルボラーナを食べ始めた。恭介はそれを見ながら、フォークを持つ手を動かし始めた。
特に会話も無く昼食を食べ終えた二人は、やはり話すことも無く帰り道を歩いていた。
「……ねえ」
とユーナが声をかけて来たので、恭介はユーナの方に視線だけ向ける。
「さっき、あなたの言ったことを考えてみたんだけれど……」
何も言わず恭介は言葉の続きを待った。
「確かに、ここは冥界じゃないわ。…私は反省するべきよね」
どうやら、恭介が昼食前に言った言葉を気にしていたらしい。それを聞いた恭介は、前方に視線を戻してから言った。
「……俺も言いすぎた」
すると、ユーナがクスッと小さく笑った。
「…何だよ。俺、何かおかしなこと言ったか?」
と恭介が聞くと、ユーナは笑顔を浮かべたまま首を横に振った。なんだか照れくさくなった恭介は、少しだけ早足になる。
「ちょっと、急に歩くペースを上げないで」
ユーナに文句を言われたが、恭介は歩くペースを下げなかった。横を歩かれると、余計に照れくさくなりそうだったからだ。 公園を通り抜け、マンションの中に入る。
「少し疲れたわ…。一度にあんなに多くの店を見て周るなんて初めての経験よ」
とユーナが言ったのを聞きながら、恭介はエレベーターのボタンを押した。その恭介の手元をユーナは見る。そこには、ショッピングセンターで買った物があった。
「…たくさん買ってもらったわね。お金の方は大丈夫なの?」
ユーナに聞かれ、恭介は財布の中に入っている金額を思い出した。
「大丈夫だ。心配無い」
恭介の言っていることは本当のことだ。恭介自身はあまり買い物をしないので、財布に入っている金額とATMに預けている金額は、天と地ほどの差がある。
エレベーターが来たので、二人はエレベーターに乗る。
「こんな買い物する機会は、そんなに無いからな。それに、必要な物だろ?」
と恭介が聞くと、ユーナは頷いた。
「だったら、そんな心配はしなくていい」
そう言って恭介は右手の荷物を床に置き、ユーナの頭をなんとなく撫でた。さらさらとした髪の感触が気持ちいので、恭介は撫でるのをやめない。すると、一瞬でユーナの顔が真っ赤になった。この反応
は昼間の一件で、恭介の中で危険信号に登録されている。
「あっ、悪い」
と恭介は慌ててユーナの頭から手を放した。ユーナは黙ったまま、恭介を睨みつける。
「……なさい」
「えっ?」
ユーナが何を言ったのか聞こえなかったので、恭介は聞き返した。すると、ユーナは顔を赤くしたまま上目遣いで言う。
「…いいから撫でなさい」
表現しがたいユーナの雰囲気に気圧され、恭介は固まってしまった。そんな恭介を淡い期待に満ちた瞳で見つめてくる。
「……分かった」
そう言って恭介は、躊躇いながらユーナの頭に手を伸ばす。その次の瞬間、エレベーターのドアが開いた。
「…とりあえず、降りるか」
恭介はホッと安心したように言い、エレベーターを降りた。その後に続いてユーナも降りる。
「……忘れなさい」
と後からユーナに言われた。何を〈忘れろ〉と言われたのか分からなかったが、恭介はすぐに理解した。
「…ああ、そうするよ」
さっきのエレベーターであったことは、お互いに忘れた方がいいと思ったからだ。思い出してみると、なぜか頬が熱くなる。
(……ダメだ。思い出すな。……家に帰ったらシャワーを浴びて頭を冷やすか)
そう考えながら部屋の前まで歩いて行くと、部屋の前には箱が一つ置いてあった。おそらく宅配便だろう。恭介は箱を持ち上げ、伝票を確認しようとした。しかし、伝票は無い。その代りに、何かの紋様が書かれている紙が貼ってある。
(何なんだ。この紋様?)
そう思いながら紋様を見ていると、ユーナが首を傾げながら聞いてくる。
「どうかしたの? あら…、その紋章は……」
どうやら、ユーナは紋様に見覚えがあるらしい。恭介は、ユーナを見て質問する。
「知ってるのか? この紋様のこと」
すると、ユーナの表情が暗くなった。その表情は、〈キャット・ジョーカー〉で見たものに似ている。
「ええ、……魔王様からだわ。きっと、〈宴〉の参加者への支給品ね」
そう言いながら、ユーナは恭介の手から箱を受け取った。その表情は、さっきとは変わらず暗くなったままだ。
(……何か抱えてるな)
そう思いながら恭介は鍵を開け、ドアを開けてユーナを家の中に入れる。
(…まあ、俺には関係無いか。……俺が関わろうとしたら、余計なお節介だろうしな)
そう考えることで、恭介は何かしようとしている自分を押さえつける。少なくとも、この日は自制することができた。
帰ってから、二人は言葉を交わすことも無く時間が過ぎた。
「ねえ、少しいいかしら」
とユーナが恭介に声をかけてきたのは、彼女が風呂から上がってきた直後だった。恭介は読んでいた本を閉じ、ユーナの方を見る。今日はサイズの合わない服ではなく、ショッピングセンターで買ったパジャマを着ている。
「…こっちに手を出して。どちらの手でもいいわ」
恭介は言われたとおりに、右手をユーナに差し出した。その手をユーナは握る。その時、ユーナの手首に昼間は着けていなかったブレスレッドが目に入った。
「そのブレスレッド、どうしたんだ?」
恭介が気になって聞いてみると、ユーナは微笑んで言う。ぎこちない微笑みだ。それを見た恭介は、ユーナの暗くなった表情を思い出して気になった。しかし、再び自制する。
「……これは、〈宴〉の参加者に支給される道具の一つよ。――汝、我に力を示せ」
ユーナが呪文を唱えると、ブレスレッドの宝玉が弱い光を放った。すぐに光はおさまる。
「三十四万七千……。まあ、及第点ね」
そう言って、ユーナは手を放した。恭介はユーナの言った数字の意味が分からず、彼女を見たまま本をソファーの上に置く。恭介の視線に気がついたユーナは、ぎこちない微笑みのまま恭介に説明した。
「これは、魔力を測定する道具なの。……さっき言った数字は、あなたの魔力の数値よ」
「何で、俺の魔力を測定したんだ?」
気になったので聞いてみると、ユーナは真剣な表情になって答える。
「…人間の持つ魔力は微弱なの。その魔力の数値の違いを見抜き、数値の大きければ高く評価される。つまり、人材を選び抜く力の試験よ」
説明を聞いた恭介は納得し、また気になったことを質問する。
「…で、俺はどうだったんだ?」
再びぎこちない微笑みを顔に浮かべ、ユーナは恭介の質問に答える。
「言ったでしょ。及第点よ。私が望んでいた数値に達しているわ」
その答えを聞いた恭介は、複雑な気分になった。どうでもいいと恭介は思っているが、なぜか自分の中にホッとしている自分がいることに気がついたからだ。
「読書の邪魔をしたわね。私は、もう寝るわ。おやすみなさい」
そう言って、リビングからユーナは出て行った。ドアが閉まるのを見ると、恭介はソファーの上に置いた本を手に取って開く。しかし、あることが気になって本を一文字も読むことができなかった。
結局、本を読むのをあきらめて自分の部屋へ行き、ベッドに入った。




