03
――翌日。
恭介は普段通り六時三十分に起床した。パジャマから着替え、洗面所へ行って歯磨きと洗顔を済ませる。顔をタオルで拭きながら、恭介はユーナのことを思い出した。
(朝食も二人分だな…)
キッチンへ行き、卵二つとベーコンを取り出した。フライパンでベーコンを炒め、その上に卵を割る。
ごくシンプルなベーコンエッグだ。食パンと一緒に皿に乗せ、テーブルの上に置く。
「よし、できた。…呼びに行くか」
ユーナが寝ている部屋の前まで行き、恭介はドアをノックした。だが、返事が無い。どうやら寝ているらしい。ゆっくりドアを開けて部屋の中を覗くと、やはりユーナはベッドで寝ていた。
(……朝食が冷めると美味くないから、起こしてやるか)
そう思って恭介は部屋の中に入り、ユーナが寝ているベッドに近寄った。そして、軽く肩を揺すって起こしにかかる。
「起きろ。朝だぞ」
するとユーナは、ゆっくり瞼を開いた。まだ眠いのか、目の焦点が合っていない。
「ん…、ここは…?」
寝ぼけた目で部屋を見回し、最後に恭介を見て完全に覚醒する。
「…おはよう」
「おはよう。朝飯できてるから、リビングに来てくれ」
と言って恭介は部屋を出て行った。それを見たユーナは、そっと胸に服の上から触れる。鼓動がドキドキと早鐘を打つように鳴っている。
(…あんなに顔が近いなんて、破廉恥だわ)
ユーナは貴族だ。今まで同世代の異性と、あんなに顔を近づけたことがない。それに、魔王の娘としてのプレッシャーがあったので、恋沙汰には疎かった。なので、表情には出さないが、かなり焦っていたのだ。
「……そういえば朝食ができたって、言ってたわね」
そう呟きながら、ゆっくりとユーナは上半身を起こした。ベッドから下りてリビングに向かう。
(…朝食は何かしら? できれば、箸を使うような食事じゃなければいいのだけど)
不安に思いながらリビングに繋がるドアを開けて入った。まず、テーブルの上にある朝食を見る。ベーコンエッグと食パンだ。それを見てホッとしていると、恭介が言った。
「そんな所に立ってないで座ってくれ」
ユーナは言われたとおりイスに座り、ふと気がついた。
「……昨日、私はソファで寝たのよね?」
「ああ、寝てたな」
恭介は短く答え、コーヒーの入ったカップをテーブルに置く。
(なのに、私は別の部屋のベッドで寝ていた。…もしかして)
ある可能性に気がつき、ユーナは少し頬を赤く染めて恭介を見る。
「…も、もしかして、あなたが、あの部屋まで、は、運んでくれたの?」
「ん? ああ、ソファで寝かせるのは――あちっ!」
言葉の途中で悲鳴を上げた。ユーナにコーヒーをかけられたのだ。
「は、破廉恥よ! レディの体に気安く触れるなんて! 破廉恥極まり無いわ!」
ユーナが取り乱しているのを見て、恭介は怒る気を失った。ユーナが喚き散らしているのを無視し、自分の着ている服に視線を落とす。下は無事だが、上は着替えないとダメだろう。思わず溜め息をつき、もう一度ユーナを見る。
「俺、着替えて来るから。先に食べててくれ」
ユーナは返事をせず、そっぽを向いた。どうやら、とても機嫌が悪いらしい。恭介は再び溜め息をつき、着替えを取りに行った。
「…コーヒーをかけたのは、やりすぎだったかしら?」
恭介が出て行った後、ユーナは少し後悔していた。恭介は自分が風邪をひかないよう、ベッドまで運んでくれたのかもしれない。と考えると、ユーナは自分の行動が恥ずかしくなった。
(……<宴>が終わるまで付き合ってもらうのだし、謝っておかないとまずいわね)
そう思いながらユーナは、ベーコンエッグをフォークを使って食べ始めた。そして、思い出す。
「これを作ってくれたのも、彼なのよね……」
ますます申し訳なくなり、ユーナは俯きながらベーコンエッグを食べる。
(…食べたことが無い料理だけど、美味しいわ)
初めて食べるベーコンエッグを味わっていると、恭介が戻ってきた。上に着ている服が、さっきとは違う。
「…何か言うことが、あるのではないかしら?」
とユーナは刃物を突きつけるように言うと、恭介はイスに座りながら答えた。
「……悪かった」
短い謝罪の言葉だったが、ユーナは許すことにした。
「…私も謝っておくべきね。厚意でベッドまで運んでくれたのに、コーヒーをかけてしまったわ。ごめんなさい」
ユーナが謝罪を聞いた恭介は、ベーコンエッグをフォークを使って食べ始めた。
「…別に気にしてない」
と恭介は言ったが、黙々と朝食を食べている様子を見てユーナは不安になる。
「…やっぱり怒ってるのね?」
「怒ってない」
短く返事をし、恭介は朝食を食べる。
「じゃあ、何で黙ってるのかしら?」
その質問で恭介は手を止め、ユーナの方を見た。
「ほとんど俺は他人と喋らない。それだけだ」
答えに納得がいかないのか、ユーナは恭介を睨み付ける。
(信用されてないな…)
と恭介は思いながらコーヒーを飲み、朝食を再開した。しばらく恭介を睨み付けていたが、ユーナも朝食を再開する。
「今日、買い物に行くからな」
と恭介は朝食を食べ終えてからユーナに言った。
「一人で行けばいいじゃない」
ユーナは恭介の顔を見ずに素っ気無く返す。恭介は使った食器をシンクに運んでから言う。
「服、買いに行った方がいいだろ? いつまでも、俺の服を着てるわけにもいかないし」
すると、ユーナは思い出したように自分の着ている服を見た。昨日、恭介が貸した服を着たままだ。
「……そうね。でも、服を買うお金が無いわ」
とそっぽを向き、ほんのり顔を赤く染めて言った。
「その心配はしなくていい」
恭介は言って、コーヒーをカップに入れる。ユーナは恭介の言い方から意味を察し、驚きのあまり思わず質問した。
「…もしかして、買ってくれるの?」
恭介はコーヒーを少しだけ飲んでから答える。
「まあな。…金は<宴>が終わった後で返してくれればいい」
恭介の答えにユーナは少しだけ考え込み、
「……そうね。買ってくれるなら行くわ。着替えが無いと困るもの」
と言った。それを聞き、恭介はコーヒーを飲みほして頷く。
「決まりだな」
恭介はカップをシンクまで持っていき、軽く水で洗う。
「九時に出発だ。それまで、ゆっくりしてていいからな」
それだけ言い、恭介はリビングを出て行った。それを見送り、ユーナは残っている朝食を食べ始める。
「…そう言えば私、よく考えたらお父様以外の男性に服を買ってもらったこと、無いのよね……」
と言って、ユーナは手の動きを止めた。そして、一瞬で顔を真っ赤にする。
「ち、違うわ! これは、あくまで契約の一端、疚しいことなんて微塵にも無いわ!」
何を考えたのかは分からないが、自分に言い聞かせるように、ユーナは大声で言った。そして、先程よりも早いペースで朝食を食べ始める。
その頃、洗面所で洗濯機のスイッチを入れようとしていた恭介は、ユーナの悲鳴のような声に驚いて動きを止めた。
(…また大きな声を出してるな。……何があったのか後で聞くか)
そう思いながら洗濯機のスイッチを入れ、恭介は自分の部屋に戻った。
――出かける三十分前。
恭介はリビングに戻った。が、ユーナの姿は見あたらない。
(部屋にいるのか?)
そう思いながら、手に持っていた物をソファに置いて食器を洗い始める。洗うと言っても、朝食で使
った分だけなので、すぐに終わった。手をタオルで拭き、ソファの上に置いていた物を回収する。そし
て、ユーナがいるはずの部屋の前まで行き、ドアをノックした。
「開いてるわ。入って」
ユーナの声がしたので、ドアを開けて部屋に入る。ユーナはベッドの上に座っていた。
「そろそろ出発するの? …あら? あなたが手に持っているそれは何?」
恭介が持っている物に目を留めた。
「服だよ。洗濯したから着てくれ」
と言いながら、ユーナに服を渡した。それは昨日、気力を失っていた彼女が雨で濡らしてしまった服
だ。
「……人間って、全部自分でやるのね」
「全部は言いすぎだ。自分でできることを、自分でやっているだけだ」
と恭介はユーナの言葉を否定し、部屋を出て行く。
「着替え終わったら、リビングに来てくれ」
とドアを閉める前に言い、恭介はドアを閉めた。ユーナは自分の手元にある服を見て溜め息をつく。
「やっぱり、冥界と人間界では文化が違いすぎるわ……」
――およそ三十分後。
恭介とユーナは道を歩いていた。ユーナは周囲を見回しながら言う。
「転移してきた時も思ったのだけれど、人間界は雑然としているわね」
それに何の返事もせず、恭介は歩いている。恭介にとっては見慣れた風景だが、冥界から来たユーナにとっては違うのだろう。軽くカルチャーショックを受けているようだ。
「店も堂々と看板を出しているし、本当に信じられないわ……」
ブツブツとユーナが呟いているが、恭介は何も言わずに歩いていた。そして、ふと気がつく。
(さっきから、人とすれ違う度に変な目で見られてる気がするな…)
それもそのはず、恭介の容姿は並ぐらいだが、恭介の隣を歩いているユーナは、贔屓目無しにも美少女だ。他人から見れば、釣り合いが取れていない。だが、そういうことに無頓着な恭介は、それに気がついていない。
「ところで、服はどこで買うの?」
と突然ユーナが質問してきた。
「ショッピングセンターだ」
「ショッピングセンター? 変わった名前の店ね」
答えを聞いたユーナが、ショッピングセンターを店の名前と勘違いしたので、恭介はショッピングセンターについて説明することにした。
「ショッピングセンターっていうのは、店の名前じゃない。複数の店が一つの建物に集まってるんだ」
恭介の説明を聞いたユーナの目に、僅かだが好奇心の光が宿る。
「そう、それは便利ね。冥界には、そういう店が無かったから、興味深いわ」
その会話を最後に、ユーナは黙々と歩き始める。そして、ショッピングセンターに到着するまで、人とすれ違う度に〈釣り合ってない〉という目で見られたのは、言うまでもないだろう。
ショッピングセンターに到着すると、ユーナは好奇心の光を目に宿し、キョロキョロと周囲を見回し始めた。
「…すごいわね。外見は他の建築物と変わらないけど、中はこうなってるのね」
その様子は、初めて遊園地に連れてこられた子供のようだ。
「ちゃんと前を見て歩かないと――」
人にぶつかるぞ。と恭介が注意する前に、ユーナは人とぶつかってよろめいた。恭介は慌てて支る。
「あら、ごめんなさい」
とぶつかった相手は謝り、歩いて行った。
「大丈夫か?」
と恭介が心配して聞いたが、ユーナは俯いて黙り込んでいる。
「今ので分かったと思うけど、ちゃんと前を向いて歩けよ」
また返事が無いので恭介は溜め息をついた。
(ま、また、触れられたわ。い、今のは不可抗力。不可抗力よ)
とユーナが顔を真っ赤にしながら慌てていることはもちろん知らず、恭介は不思議に思いながらユーナを放した。
「俺は案内板を見て来るから、ここらへんで待っててくれ」
そう恭介は言い残し、案内板を見に行った。
一方のユーナは顔を赤くして、聞こえてしまいそうなほど大きい鼓動を抑えるのに必死だった。
(ふ、不可抗力よ。落ち着きなさいユーナ・アウス)
それを最後に落ち着きを取り戻したユーナは、隣に恭介がいないことにきがついた。
「…あら?」
立ち止まったまま視線を移動させると、すぐに恭介は見つかった。
「…レディを放っていくなって、マナー違反よ」
とユーナは呟いて恭介の方へ歩いて行こうとすると、それを人影が遮った。ユーナは迷惑そうに顔をしかめる。
「女物の服は……、三階だな」
それだけ確認して恭介が後を振り向くと、
「君、何て名前?」
「今、ヒマ? これからヒマ?」
二人の男がユーナに声をかけていた。どうやらユーナをナンパしようとしているらしい。ユーナは眼光を鋭くし、鬱陶しそうに二人の男に言う。
「悪いけど、ヒマじゃないわ。これから服を買いに行くの。だから、どいてくれないかしら?」
しかし、諦めが悪い男たちはユーナに言い寄る。
「そんなこと言わないでさ」
「服なら俺たちがいい店知ってるよ」
男たちのしつこさにユーナは溜め息をついた。それをどう勘違いしたのか、男の一人がユーナの肩に触れようとする。
――パシンッ
ユーナは肩に触れようとしていた男の手を叩き落とし、はっきりと言った。
「触れないで。卑猥な男には触れられたくないわ」
(はっきり言いすぎだ。止めに入らないと何をするか分からないぞ!)
と恭介は思い、小走りで男たちの方に近づいていく。
恭介の思った通り、ユーナの言葉は男たちを怒らせるのに充分な理由になった。
「この、お嬢様気取りが!」
「こっちが下手に出てれば、調子に乗りやがって!」
男たちは怒りを隠そうともせず、大声を出してユーナに手を上げた。その手が振り下ろされる前に、誰かに手首を掴まれる。
「誰だ!」
男は手首を掴んだ相手を見た。そこに立っているのは、金色の瞳を持つ少年―恭介―だ。
「そのへんでやめてくれませんか。俺の連れなんです」
金色の瞳に宿る静かな光と淡々とした口調が、男たちに強い威圧感を感じさせた。男たちは動きを止めて冷や汗をダラダラとかく。
「行くぞ」
恭介が声をかけるとユーナは頷き、男たちの間を通り抜けた。男たちの手を放し、恭介はユーナを連れて歩き始める。
「あなた、ただ者じゃないわね」
とユーナが言ったので、それを恭介は否定する。
「いや、俺は普通だよ。ごく普通の人間の高校生だ」
「そうかしら? それなら、あの威圧は何だったの?」
ユーナの質問に答えず、恭介はエレベーターのボタンを押した。
「ねえ、何だったの?」
再び聞かれるが無視し、エレベーターに乗り込んだ。三階のボタンを押す。
「………」
無言でユーナが睨み付けて来るが、恭介は無視した。質問しても無駄だと思い、ユーナはあきらめて質問を変える。
「ねえ、人間の女の子はどんな服を着ているの?」
その質問にも恭介は答えなかった。
「ねえ、聞いてるの?」
「ああ、聞いてる」
「じゃあ、何で質問に答えてくれないのかしら? 理由を教えて欲しいわね」
不機嫌になりながら質問してくるユーナに、恭介は答える。
「説明しにくいんだよ。女子が着てる服は。それに、男の俺に聞くな」
その答えを聞いたユーナは溜め息をついて言う。
「じゃあ、自分の目で見た方がいいわね」
三階に到着し、恭介たちはエレベーターから降りて目的の店に向かった。目的の店に着くと、ユーナは目の前の光景に、
「…これは、すごいわね」
と感想を漏らした。恭介たちが来た店は、『キャット・ジョーカー』という女性の服を専門に取り扱っている店だ。恭介も来るのは初めてなので、ユーナほどではないが驚いている。
「確かにすごいな……。店の前で立っていると、他の客の迷惑になるから入るぞ」
と恭介は言って、呆然としているユーナの手を引いて店の中に入った。店の中に入ると、ようやく驚愕から立ち直ったユーナが服を選び始めた。
「どうだ? いい服は見つかったか?」
と恭介が聞くと、ユーナは難しい顔をしながら答える。
「こういう店には入ったことが無いのよ。だから選ぶ基準が分からないわね。……よかったら選んでくれないかしら?」
とユーナが頼んできたので、恭介は困惑した。当然だが、恭介は今まで、女子の服選びに付き合ったことがない。どうしようかと視線を彷徨わせていると、店員が近くを通りかかるのを発見したので呼び止める。
「すみません」
呼び止められた店員は振り向き、恭介に聞いてくる。
「どうかなさいましたか?」
「実は彼女の服を買いに来たんですけど、どんな服を選べばいいのか分からなくて…」
店員は営業スマイルで頷き、ユーナの方を見て質問した。
「どのような服を、お探しでしょうか?」
聞かれたユーナは一瞬だけ困惑し、店員に自分が探している服について話し始めた。
「…できれば、黒か白がいいわね。あと、あまり派手な服は嫌だわ」
ユーナの話を聞いた店員は、「お待ちください」と言ってどこかへ行き、すぐに服を持って戻ってきた。
「お客様、この服はいかがでしょうか?新作のサマーワンピースです」
店員が持ってきた白いサマーワンピースには、ところどころに波の刺繍がほどこされていた。ユーナはそれを見て驚く。
「……いいわね。…お値段は、どれくらいなのかしら?」
ユーナは気に入ったようだが、居候している身なので値段を気にしているようだ。
「四千七百円です」
店員が値段を言った後、ユーナは恭介の方を見た。
「大丈夫だ」
恭介が言ったのを聞き、ユーナは店員の方を見て言う。
「じゃあ、それにするわ」
すると、店員は頷いて恭介にサマーワンピースを渡してきた。
(…荷物持ちは、男の仕事だからな)
と思いながらサマーワンピースを受け取り、恭介は店員に小声で聞いた。
「すみません、彼女に似合う服って、どういう感じの服なんですか?」
すると、店員はユーナを見ながら小声で答える。
「そうですね…。まず、髪が長く金髪ですので、スカートの方がよろしいですね。それと、無地に近い服の方が、魅力を引き立てると思います。売り場は……」
店員のアドバイスを聞いた恭介は、礼を言った。店員が行った後、ユーナは恭介に聞く。
「何の話をしていたの?」
「いや、この服を置いている売り場を聞いただけだ」
と少しだけ嘘をつき、恭介はユーナを連れて店員に教えてもらった売り場へ行った。
「……これと、これか? なあ、こんな服はどうだ?」
と恭介は店員からのアドバイスをもとに、服を選んでユーナに聞いてみた。だが、ユーナは心配そうな顔をして言う。
「服があれば嬉しいけど、お金がもったいないわよ」
「それは心配するな。せっかくだし、あと二着ぐらい買っておけ」
そう言って、ユーナに服を渡した。服のサイズは、たたむ時に見たので合っているはずだ。
ユーナが意見を変えそうにないので、どうしようかと考えていると、ふと恭介はあることを思いついた。
「…試着してみるか?」
と恭介はユーナに聞いた。すると、ユーナは驚いて聞いてくる。
「試着って、店でやるものなの?」
この質問で、恭介は改めてユーナがお嬢様育ちだということを認識した。おそらく着る服は、オーダーメイドや持ち込みが多かったのだろう。
「こういう店は、試着できる場所があるんだよ。こっちだ」
と言って、ユーナをフィッティングルームへ連れて行った。
「この中で着替えて、中にある鏡で確認してみてくれ」
と簡単にフィッティングルームの説明をし、ユーナをフィッティングルームの中に押し入れた。
――待つこと数分。
「着てみたわ。見てくれないかしら」
とユーナが言って、カーテンを開けた。
「………」
「どう? 似合うかしら?」
ユーナは言ってくるりと一回転した。彼女が着ているのは、店員が選んでくれたサマーワンピースだ。
「…似合ってる」
「そう、…どう似合っているのか聞きたいわね」
とユーナは言い、恭介を見つめてきた。こういうことに慣れていない恭介は、とりあえずユーナを上から下まで観察した。そして、何も考えずに思ったことを言う。
「見た目にも涼しいし、いかにもお嬢様って感じだ」
恭介の感想を聞いたユーナは、少し照れ気味に言う。
「そう、ありがとう。…あなたが選んでくれた服も試着してみるわね」
カーテンを閉めた。それから少ししてカーテンが開き、ユーナが姿を見せる。
「どうかしら? この服は」
「いいんじゃないか? 優等生みたいに見えて」
ユーナの着ている服は、上が半袖のブラウスをアレンジしたもので、下は黒を基調としたスカートだ。
「……優等生ね」
ユーナが顔に陰が差した。が、それも一瞬だけで元の表情に戻っている。
「ありがとう。じゃあ、次で最後ね」
とユーナは言い、カーテンを閉めて着替え始めた。それを待つ間、恭介はあることを考える。
(さっき、何であんな顔をしたんだ?)
恭介は、カーテンを閉める前に一瞬だけ見たユーナの表情が気になっていた。だが、考えても何も分からず、カーテンが開いたので思考を中断する。
「…これ、少し派手じゃないかしら」
ユーナは自分の着ている服をつまみ、あまり気が進まなさそうな様子だ。ちなみにユーナが着ている服は、上が白い長袖とベージュのサマーカーディガン、下はフリルが使われた黒のスカートだった。
「そんなこと無いだろ。それに、そういう服もたまに着てみるのも、いいんじゃないか?」
と恭介は言ってみた。何の考えも無しに言ってみた言葉だが、ユーナの気持ちを揺らすのに充分な力を持っていたらしい。少し弱気な声で聞いてくる。
「…変じゃないかしら?」
どうやら、自分に似合うか不安らしい。その様子を見た恭介の表情が、思わず噴き出してしまう。いつも堂々とし態度のユーナが、弱気な態度を取ったので意外だったのだ。
(さすがお嬢様だと思ってたけど、普通の女子っぽいところも、あるんだな…)
と思っただけなのだが、ユーナが睨みつけてきた。
「…何が、そんなにおかしいのかしら?」
声も冷ややかだ。有無を言わせない威圧を感じ、恭介は思わず固まってしまう。
「レディが見た目を気にしているのに、笑うなんて紳士失格よ」
ユーナの視線が服に移り、恭介の硬直が解けた。
(…少し笑っただけでこれだ。気をつけないとな)
と恭介は思いながら、上から下までユーナを観察して言う。
「笑ったのは悪かったよ。その服、俺は似合ってると思うぞ」
すると、ユーナは恭介をチラッと一瞬だけ見た。その瞳に、さきほどの威圧感は無い。
「本当に?」
その様子が可愛らしかったので、また噴き出してしまいそうになったが、なんとか堪えて恭介はユーナの質問に答えた。
「ああ、本当だ」
それを聞いたユーナは、もう一度服を見て自信を持ったように頷く。
「じゃあ、これも買うわ」
と言うとカーテンを閉め、ユーナは着てきた服に着替え始めた。それを待つ間、恭介は次に買う物を考える。
(まあ、食器は家にある物を使えばいいとして……。やっぱり、アレも買わないとダメなんだろうな…)
大きなため息をつくのと同時に、フィッティングルームのカーテンが開いた。どうやら着替えが済んだらしい。




