02
少女―ユーナ―はシャワーを浴びながら考え事をしていた。
(……彼なら、相応しいかもしれない。……でも、まだ条件が満たされてない)
ユーナの脳裏に浮かんでいたのは、この家の主である少年だ。金色の瞳を持ち、ユーナを見て今まで見たことのない反応を見せなかった少年。
「……とにかく、まずは契約を結ばないと」
契約、それは〈宴〉に参加するために人間と結ぶもの。シャワーを止め、少女はドアを開けてバスルームから出た。そして、重要な事に気がつく。
「あっ……、どうしよう」
恭介はソファーに座り、少女がシャワーから上がってくるのを待っていた。
――コンコン
ドアがノックされ、少しだけ開いた。
「……シャワーを貸してくれてありがとう。礼を言わせてもらうわ」
と少女の声が聞こえた。
「どういたしまして。……どうしたんだ? 入って来いよ」
少女がリビングに入って来ないことに疑問を持ち、恭介は聞いた。
「…着替えが無いの」
少女の答えを聞き、恭介は驚いて固まる。着替えが無いということは、つまり――、
恭介の頭の中に、彼女の生まれたままの姿が浮かんできた。
「…だから、服を貸してくれないかしら」
少女の声が恥ずかしそうに聞こえるのは、気のせいでは無いだろう。
「わ、分かった! とりあえず、風呂場に戻ってろ!」
指示に従って、彼女がバスルームに戻ったのを音だけで確認すると、恭介は慌てて自分の部屋に向かった。押入れを開けて適当に服を引っ張り出し、バスルームの前に置いた。そして、リビングに戻る。
「…ったく、何で、着替えが、無いんだよ」
と言いながらイスに座り、恭介は溜め息をついた。
――コンコン
少ししてからドアがノックされ、ドアが開く。
「……服を貸してくれてありがとう。礼を言うわ」
と言いながらリビングに入ってきた少女は、サイズの合わないブカブカの上下を着ている。恭介がバ
スルームの前に置いた服だ。
その姿を見た瞬間、恭介は素早く顔を横にそらした。
わかっているとは思うが、彼女は美少女のカテゴリに分類される。その美少女がサイズの合わない恭介の服を着ているわけだ。
恭介は見た瞬間、変な気分になってしまったのは不可抗力だと言えよう。
「…どういたしまして」
「………」
「………」
二人の間に気まずい沈黙が生まれた。
「……とりあえず、そこに座ってくれ」
と恭介が言うと、少女は頷いて恭介の正面にあるイスに座る。
「……それじゃあ、まずは名前を教えてくれ」
「ユーナ。ユーナ・アウスよ」
少女―ユーナ―は恭介に、自分の名前を教えた。
「ユーナ・アウスか…。じゃあ、アウス」
「ユーナでいいわ。……ところで、あなたの名前は? 私だけが名乗るなんてフェアじゃないわ」
ユーナに聞かれたので、恭介は自分の名前を言う。
「俺の名前は天野恭介だ」
「…じゃあ、恭介って呼んでもいいかしら?」
恭介は名前の呼び方にこだわりは無かったので、少女の質問に頷いた。
「…お互い名前も分かったし、話を聞かせてもらえるか?」
と恭介が言うと、ユーナは真剣な表情になって頷いた。
「私が、この街に来たのは五日前よ。それから人探しをしていたの」
「人探し?」
恭介が聞き返すと、ユーナは頷いて話を続ける。
「……今日が最終日で、その人が見つからず途方に暮れていたら、あなたに声をかけられたのよ。助かったわ」
ユーナに笑顔で礼を言われて恭介は少し照れくさくなり、ごまかすように恭介はユーナに質問をした。
「それで、その人を見つけたら帰れるのか?」
ユーナは首を横に振った。
「…それだけじゃ、帰れないの。やるべきことをやらないと」
ユーナは俯いた。その様子を見て、そのやるべきことが、どれだけ困難なのか恭介は察した。
「……その〈やるべきこと〉って何なんだ? 俺に手伝えるなら手伝うぞ」
恭介の言葉を聞き、ユーナは顔を上げた。その顔には驚きの表情を浮かべている。
「……今から話すこと、信じてくれる?」
ユーナは不安そうに聞いてきた。その質問に恭介は迷うことなく答えた。
「ああ、信じるよ。それで話してくれるならな」
恭介の答えを聞いたユーナの表情は、少し安心したように柔らかくなった。が、再び聞いてくる。
「…本当に約束できるの? 誓える?」
本当に信じてもらえるか不安なんだろう。その不安を消しさるために、恭介はユーナに言った。
「誓う。だから話してくれ」
その答えはユーナの心から不安を消し去り、安心を与えた。そして、彼女は憂いを帯びた表情で話し始めた。
「私は、本当は人間ではないの。私は〈悪魔〉」
ユーナの話を約束どおり疑うことなく恭介は聞く。そして、同時に納得していた。ユーナから感じる妙な違和感、それは彼女が人間ではなかったせいだ。
「〈人間界〉に来たのは、さっき言った〈やるべきこと〉をするため」
そこでユーナは話を止め、正面から恭介を見て聞く。
「今の話、信じてくれるかしら?」
その質問に恭介は頷く。
「信じるって言っただろ。続けてくれ」
ユーナは頷いて続きを話し始めた。
「冥界では過去に二度の戦争があったわ。そして、その戦争を経験した悪魔たちが作ったのが〈宴〉という行事よ。〈宴〉は〈漆黒の夜会〉の通称で、模擬戦闘による戦闘訓練。その〈宴〉に参加するには、人間との契約が必要とされるの」
ユーナは再び言葉を切り、恭介の方を見た。そして、憂いと決意を帯びた表情で彼に問う。
「あなたは手伝ってくれる、って言ったわよね?だったら私と契約して」
常識から言って、ユーナの話を信じる人間はいないだろう。だが、恭介は話を信じると約束した。そして、彼の中にある何かが、彼にそれが真実だと教えている。
「……契約っていうのは、どういうものなんだ?」
恭介の疑問に、ユーナは首にかけている銀色のペンダントを外して見せて言う。
「このペンダントを握って、そうすれば契約ができるわ」
恭介は少し躊躇ってから、ペンダントを握った。
「私の後に、同じ呪文を唱えて」
ペンダントトップの翠色の宝玉が光を放ち、床に魔法陣が描かれる。
「今、契約の時。我、漆黒の翼を背負う者」
「今、契約の時。我、漆黒の翼を背負う者」
恭介はユーナの呪文を復唱した。
「闇に染まりし世界に生ける者なり」
「闇に染まりし世界に生ける者なり」
「紅き血のもと、汝と契約を結ぶ」
「紅き血のもと、汝と契約を結ぶ」
二人が呪文を唱えるにつれ、床に描かれた魔法陣が複雑になっていく。
「魔王の名のもと、契約を成すことを誓う」
「魔王の名のもと、契約を成すことを誓う」
ペンダントを握る二人の手から、血が勢いよく噴き出した。だが、不思議と痛みは感じない。
「契約」
「契約」
呪文を唱え終わると出血は止まり、魔法陣は光の球となってペンダントに吸い込まれた。それを確認したユーナは、安心したような表情で恭介に言う。
「これで契約できたわ。恭介、協力してくれてありがとう」
それを聞いた恭介は、目の前で起こったことに驚いていた。信じるとは言ったものの、目の前で起こった現象に驚いてしまったのだ。
「…今のは?」
「契約魔法よ。言ったでしょ? 私は悪魔だって。悪魔は魔法を使うのよ。もしかして信じてなかったのかしら?」
ユーナが責めるような視線を向けて来たので、恭介は首を横に振った。
「そう、それならいいのだけど」
ユーナはそっけなく言い、ペンダントを自分の首にかけなおした。
「今の契約は、〈宴〉が終わるまで続くわ。長い付き合いになるから、よろしくね」
ユーナが言うのを聞き、恭介はふと気になったことを質問した。
「お前、家に帰れないだろ。寝泊まりはどこでするんだ?」
すると、ユーナは困ったように微笑んだ。
「そうよ。ホテルに泊まろうにも、手持ちがあまり無いのよね」
「手持ちが無い? だったら、こっちに着てから六日間どうしてたんだ?」
「野宿よ。汚れは魔法で清めていたの」
今の少女とのやりとりで、恭介は嫌な予感がした。そんな恭介の予感は当たり、ユーナは遠慮がちに言う。
「だから、その、できれば泊めてくれないかしら? 無理にとは言わないわ」
恭介は溜め息をつき、頭を抱えてユーナに聞く。
「どのくらい泊まるんだ?」
「たぶん、〈宴〉が終わるまでね」
それを聞いて恭介は、さらに質問する。
「その〈宴〉が終わるのはいつだ?」
ユーナは黙り込んでしまった。そのまま一分、二分と静かに時間が流れていく。さすがに気まずくなり、恭介はイスから立ち上がった。そして、キッチンへ行って二人分の麦茶をコップに注ぐ。
「別に泊まるなら、泊まるでいいんだ。けど、期間を知っておきたい」
ユーナは黙り込んでしまった。どちらにしろ恭介は泊めるつもりでいるので、答えを聞かなくてもいい。しかし、ユーナが黙り込んでしまったので、気まずい空気になってしまった。
「…何か飲むか?」
と恭介が聞くと、ユーナはコクッと頷いた。キッチンへ行き、麦茶をコップ二つに注いで再びリビングに戻る。
「ほい、麦茶」
コップを受け取ったユーナは、一口だけ飲んで溜め息をついた。その様子を見かねた恭介は言う。
「無理に答えようとしなくいい。どうせ、もう契約を結んだんだろ?」
ユーナの目が恭介を見た。
「乗りかかった船だ。最後まで付き合うよ」
「……そう。ありがとう」
そっけなく返事をしてまた一口、ユーナは麦茶を飲んだ。
その後、二人は特に話すこともなく、恭介は部屋で勉強をし、ユーナはリビングのソファーに座っていた。
「と、終わった」
宿題が済み、恭介は片づけながら時計を見る。時計の針は十八時を指していた。
「こんな時間か。……晩飯、作らないとな。あいつの分も」
言いながら部屋を出てリビングに行くと、ユーナがソファに座ったまま眠っていた。その顔を見た恭介は思う。
(美人は、寝顔も綺麗なんだな)
しばらくユーナの顔を見つめた後、恭介はキッチンに行き、冷蔵庫の中を確認する。そして、食材を取り出して料理を始めた。
――トントントン
包丁が一定のリズムで音を出し、食材を切っていく。両親が海外赴任しているので、恭介の料理の腕はなかなかだ。
「…何をしているの?」
と声がしたので、恭介はソファの方を見てみる。すると、座ったまま眠っていたはずのユーナが目を覚ましていた。
「夕食の準備だ。もう少しでできる」
「……人間って、本当に自分で料理を作るのね」
とユーナが言ったので、恭介は思わす手を止めた。
「悪魔は自分で料理しないのか?」
質問するとユーナは頷き、質問に答える。
「悪魔の世界は貴族社会なの。だから、専属のシェフが料理を作ってくれるわ」
その答えを聞いて恭介は納得し、皿を出して料理を盛りつけた。それをリビングのテーブルまで運ぶ。
「できたぞ。口に合うか分からないけど食ってくれ」
恭介が作った料理を見て、ユーナは瞬きをした。それから恭介の方を見る。
「…一つだけ、聞いてもいいかしら?」
「どうした?」
とユーナの正面に座りながら聞くと、ユーナはテーブルに置かれた料理を見ながら質問する。
「この料理は、どうやって食べるの? フォークやナイフは無いみたいだけど」
少しの間ができる。そして、恭介は理解した。
(……箸を使ったことが無いのか)
恭介はソファから立ち上がり、キッチンからフォークを取って戻ってきた。ユーナの皿の横に置いている箸とフォークを取り換える。それを見てユーナは、信じられなというように言った。
「……もしかして、その二本の棒がフォークの代わりだったの?」
恭介は答えずに、箸を使って料理を食べ始めた。その様子を見たユーナは黙り込み、フォークを使って料理を食べ始める。しばらくしてからユーナは顔を上げ、思い出したように恭介に聞いた。
「…思い出したわ。人間には二本の棒、〈箸〉を使って食事をすることがあるって、本に書いてあったわ。もしかして、それが〈箸〉なの?」
口の中にある料理が無くなってから、恭介は黙って頷いた。
「この辺りでは、よく使われるの?」
質問に頷き、恭介は食事を再開した。ユーナは、しばらく恭介の右手に視線を注いでいた。
「……難しそうね」
恭介は黙ったまま食事を続けている。それを見て肩をすくめ、自分も食事を再開した。
食事を終えた後、恭介は風呂に入った。
「…〈悪魔〉、〈宴〉、〈魔法〉……。どれも普通なら信じられないよな」
そう呟いて恭介は考え込んだ。
(…俺は何で信じたんだ。……あの契約が終わった後なら分かる。けど)
恭介は契約が終わる前に話を聞いただけで、納得していた。その理由が分からず、恭介は考え続ける。
(…とりあえず、この件は保留だな)
と考えて風呂を上がることにした。
風呂から上がってリビングに行くと、ユーナがソファで横になって寝ていた。その様子を見た恭介はソファに近づき、躊躇ってからユーナを抱き上げ、別の部屋に連れていく。
(俺の部屋で寝かせるわけにはいかないし、この部屋で寝てもらうか)
と恭介は思いながらユーナをベッドに横たえた。ここは両親の部屋だ。
(……父さんたちは年に一度、帰って来るかうかだし、使ってもらっても問題は無いだろ)
そう考えながら、恭介はユーナに肩まで掛け布団をかけた。そして、ユーナが自分の貸した服を着ていることを思い出す。
(…とりあえず明日、買い物に行くか)
そう思いながらユーナの寝顔を見た。やはり顔立ちは整っており、しばらく恭介は見とれてしまう。
「…俺も寝るか」
と恭介は言って部屋を出て行き、ドアを閉めた。




