12
轟音が響いたが、襲ってくるはずの衝撃や痛みを感じなかった。光の刺激から目を守るために閉じていた瞼を開けると、閉じる前と変わらず恭介が覆い被さっている。
「恭介……、大丈夫なの?」
ユーナが聞くと、恭介は頷いて深く息を吐いた。
彼の金色の瞳に、静かな光が宿った。ショッピングセンターで見た時よりも、鋭く強い光にユーナの心臓は大きく跳ねる。
「何でかはわからないけど、失格してないみたいだな」
そう言いながらユーナの上からどき、恭介は立ち上がった。それと同時に迸っていた魔力が、恭介に収束する。
「立てるか?」
そう言って恭介は手を差し伸べた。それを掴んでユーナは立ち上がるが、やはり脚に力が入らないのかふらつく。それでもなんとか踏みとどまり、改めて恭介を見た。
彼の纏う魔力は、ユーナが知る限り人間としては明らかに異質だ。
(この魔力。さっき見た時にも感じたけれど、私たち悪魔と同質だわ)
ユーナが自分の思考に入ろうとしたところで、それを遮るように声が響いた。
「…どうして、失格していないの?」
声のした方を振り向くと、そこに驚愕の表情を浮かべたナーシャがいた。震える声で彼女は続ける。
「〈天帝の蒼刃〉は最高位の魔法なのよ。それなのに、どうして…」
最高位の魔法を防がれ、ナーシャは動揺していた。
ユーナの目から見ても、魔法陣の文字列や複雑さ、使われた魔力の量から最高位の魔法だということはわかった。最高位の魔法は家によって対象と、その周囲を破壊しつくす代物がある。そして、ナーシャが使用した魔法もそれだ。
「…さあな。わからないことだらけだ」
自分の隣から響いた声に、ユーナは振り向いた。そこにいたのは、真紅の魔力を纏ったままの恭介だ。
彼の横顔を見た瞬間、ユーナの背筋をゾワッと悪寒に似た何かが駆けた。
「この力を使えば、お前に勝つことができる。それは、なんとなくわかった」
淡々と落ち着いた声で告げられた言葉に、ナーシャだけでなくユーナも圧倒された。
「ちょ、調子に乗らないで! 〈天霆〉!」
ナーシャは悲鳴のような声で、早口に呪文を唱えた。
恭介にドンッと力任せに突き放され、ユーナは地面に倒れこんだ。
深紅の空に光が瞬き、八方から雷が恭介に襲い掛かる。雷の電流で筋肉が痙攣し、顔を痛みで歪めて恭介は地面に膝をついた。
「〈雷槍〉!」
身体が痺れて動けない恭介に、ナーシャは魔法を放った。雷の槍が光速で恭介に向かって伸びる。
避けることも防ぐこともできない恭介に、雷の槍が突き刺さる。その場面が脳裏を横切り、ユーナは彼から視線を逸らして目を閉じた。
――バチバチ
電流によって起こった火花の音を聞き、ユーナは目を開けて振り向いた。そこには焼け焦げ、煙を上げた大穴が――存在しない。存在するのは雷の槍の先端と、それとせめぎ合う紅い炎だった。紅い炎は雷の槍から恭介を守るように、大地から噴き上がっている。
「……この程度か」
そう感情の無い無機質な声で恭介は告げ、片手を肩の高さまで持ち上げて前に突き出した。すると、大地から噴き上がっていた炎の一部が、魔法陣を描く。
その魔法陣の中心から新たな炎が生まれ、うねりながら何かの形をとり始める。
「全てを灰燼となす灼熱の風よ。真紅の輝きよ。我が眷族となりて我が前に顕現せよ。――〈炎獅子〉」
まず、地面に脚部が形成された。そこから一気に胴体と頭、尻尾が出現する。その形状は、獰猛な肉食獣のそれだ。
――グルルルッ
肉食獣の唸り声が聞こると同時に、その動物の首周りから鬣が生え、その正体が明らかになった。勇猛な雄獅子だ。
雄獅子は、その獰猛な瞳で蒼い魔力を纏ったナーシャを睨み付ける。
呆然としていたナーシャは、顔に怯えを浮かべて剣から手を放してしまった。剣は漆黒の大地に向かって落下していく。
「う、嘘よ……。人間が魔法を使うなんて…」
怯えた声で言いながら、手を突き出して魔法陣を描く。
「消え失せろ」
――グオォォンッ!
炎とは真逆のような冷たく淡々とした声の後に、炎の獅子が雄叫びを上げ、伸びてきた雷の槍は粉々に砕け散って消滅した。
(すごい魔力……!)
真紅の熱波が一気に広がり、全てを焼き尽くす。過度の負荷を受けた空間が歪み、ユーナの視界がブラックアウトした。
「ん……」
目を開けると、視界に入ってきたのは見覚えのある天井だった。ユーナはゆっくりと起き上がり、周囲を見回すとマンションの部屋だと認識する。
(〈宴〉が終わって人間界にいるってことは……、失格したわけじゃないのね)
なぜ自分がマンションの部屋にいるのか理解し、ユーナはベッドから降りて部屋を出た。
彼女が向かった先は、自分と共に〈宴〉で戦った少年の部屋だ。ドアの前で立ち止まり、ユーナは深呼吸をした。そして、ドアをノックする。
――コンコン
返事が無かったので、再びノックしてみたが、やはり返事が無い。ユーナは不安に思いながら、ドアノブに手をかけて回した。
「…恭介?」
ドアを開けて視界に入って来たのは、机や本棚、ベッドが設置されている部屋だ。ベッドの上に、この部屋の主は横になっている。それを見た途端、ユーナはホッとした。
部屋の中に入って、ゆっくり音を立てないようにドアを閉めて彼女はベッドに近づいて行った。そして、恭介が横になっているベッドに座って彼の顔を覗き込んだ。
彼は規則正しい寝息を立てて眠っている。その様子を見たユーナは、顔に微笑を浮かべて恭介の顔に手を伸ばした。彼女の手が触れるても、恭介が起きる様子は無い。
「……お疲れ様」
恭介を起こさないように小声で言い、そっと彼の顔をユーナは撫でた。恭介の顔から手を離し、ユーナは〈宴〉のことを思い出し始める。
真紅の魔力を纏う恭介。そして、彼が使った魔法。どちらも人間では、ありえない事だ。
(確か、捨て子だって言ってたわよね。…調べる必要があるわね)
そう考えながら、ユーナは両手を胸の前で合わせた。宵闇色の光が、彼女の手から放出され、魔法陣が描かれ始める。魔法陣が完成すると同時に、その横にキーボードが出現した。
ユーナは合わせていた手を離し、キーボードの上に指を置く。そして、カチャカチャと叩き始めた。それと同時に魔法陣の中心にある空白に、人間のものではない文字が書かれ始める。
「…〈契約者〉が真紅の魔力を宿し、魔法を独自に使用。彼の正体は不明」
そう言ってキーボードを叩くのをやめ、ユーナは魔法陣の空白に描かれた文章を見た。
「とりあえず、これで大丈夫ね」
そう言って、キーボードのキーを叩いた。すると、魔法陣とキーボードが光の球体になって消滅する。
それを見て確認したユーナは、アクビをし、目を閉じて恭介の横に倒れこんでしまった。どうやら、まだ完全に体力が回復していなかったらしく、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
それと同時刻、資料に目を通している魔王の元に光の球が出現した。それを見た魔王は、慌てることなくその球に触れる。すると、大きな円が光で描かれた。円の内側には、悪魔の文字で文章が書かれている。
「…ただの人間であるはずの〈契約者〉が、悪魔と同質の魔力で魔法を使うとは……、確かに不可解だな」
そう言いながら、魔王は光の文章に触れた。すると、光は砂のようになって消滅する。
「〈契約者〉、天野恭介を調べる必要があるな」
魔王は手から、宵闇色の魔力を放出しながら、机の上に置いてある宝石に触れた。魔力が魔王の手から宝石に移り、宝石が眩い光を放つ。
「魔王様。お呼びでしょうか?」
光が収まったと同時に、その質問がされた。さっきまで魔王以外がいなかった執務室に、他の悪魔がいる。その悪魔は、漆黒のローブを纏っており、顔はフードを被っているので見ることができない。
「早急に人間界へ行き、娘の〈契約者〉を監視及び身元の調査をしてくれ。くれぐれも、〈契約者〉の方には悟られるな」
「御意」
魔王の命令を聞いた悪魔は、答えると同時に闇に飲み込まれて消えてしまった。それを見た魔王は、手元の資料へと意識を向ける。その資料は〈宴〉の勝敗表だった。
〈対戦者:ナーシャ・クリストア×ユーナ・アウス
勝敗:空間の歪みによって勝敗は不明
両名、〈漆黒の夜会〉の参加資格は失わず、引き続き参加が可能〉
「異分子の出現があり、この結果か……」
その瞳には何の感情も映っていなかった。ただ、震える手が魔王の感情を示している。
――〈宴〉の翌日。目を覚ました恭介は、状況を呑み込めず固まっていた。彼の目の前には、誰から見ても美少女のカテゴリに入る少女が、規則正しい寝息を立てて寝ていたからだ。
(………何で、こんな事になってるんだ?)
恭介の記憶は、〈宴〉の途中から無くなっていた。そして、自分の部屋のベッドで寝ているのは置いておくことにする。
今、恭介にとって問題なのは、なぜ彼女が自分と同じベッドで寝ているのかだ。
恭介は状況を整理して理解しようとしたが、目の前で寝ている少女の存在が気になり、動揺して思考がまとまらない。
「ん、……うーん」
ユーナが可愛らしい唸り声を上げたので、恭介は再び硬直してしまった。顔が目の前にあるので、彼女の吐息が顔にかかる。
(この状況は、まずい……!)
そう思った恭介はガバッと勢いよく起き上がり、ベッドから降りて勉強机のイスに座った。何度か深呼吸をし、ベッドの方を振り向く。そこには、やはりユーナが横たわっていた。
「………何で、俺の部屋で寝てるんだ?」
その問いに答えてくれる者はいない。唯一、答えを知っているのはユーナだけだ。しかし、気持ちよさそうに寝ている彼女を起こすのは、さすがに気が引けた。
(…起きるのを待って、聞いてみるか)
そう結論付けると、恭介は立ちあがって押入れを開けた。押入れの中から着替えとタオルを取り出し、ユーナを起こさないように静かにドアを開けて部屋を出て行く。
「まずシャワーを浴びて……、いつもみたいに朝飯を作るか」
そう言いながら、恭介はバスルームへと向かった。彼の頭には、間近で見たユーナの寝顔が鮮明に焼き付いている。
「……んっ」
恭介が部屋を出て行ってから一時間後、ゆっくりとユーナが目を開けた。寝返りを打ち、焦点の合わない瞳で部屋を見回す。
だんだんと意識がはっきりしていき、ユーナは自分がどこにいるのか理解した。それと同時に顔を真っ赤にして硬直する。
――コンコン
「きゃっ!」
不意に聞こえたノックの音で、ユーナは硬直が解けて可愛らしい悲鳴をあげた。
「起きてるのか? 入るぞ」
そう言いながら答えを待たずに、恭介はドアを開けて部屋に入って来た。
「きゃあっ! か、勝手にレディの部屋に入るなんて、非常識よ! 出て行きなさい!!」
そう怒鳴りながらユーナはベ枕を掴み、それを勢いよく恭介に投げつけた。枕は彼の顔に直撃し、ボスッと音を立てて床に落ちる。
「レディの部屋って…、ここは俺の部屋なんだけどな……」
そう言って頭を掻きつつ、恭介は顔を真っ赤にして息を荒げているユーナを見た。その様子を見て、恭介は居心地が悪くなる。
「まあ、返事を待たずに入ったのは謝る。ごめん」
恭介が謝ると、ユーナは上目遣いで睨みつけてきた。僅かに彼女の瞳が潤んでいるのが見え、居心地の悪さが増した恭介は、ユーナから視線をそらして彼女に言う。
「服、昨日のままだろ。洗濯するから、シャワーを浴びてきてくれ」
そう言いながら後退り、恭介は部屋から出てドアを閉めた。
恭介が部屋を出て行ったのを見たユーナは、何度か深呼吸をして荒かった呼吸を整えた。そして、両手で胸を押さえる。
――トクンッ、トクンッ
いつもよりも大きい鼓動が、手に伝わってくる。
(落ち着きなさい。疲れていたとはいえ、恭介のベッドで寝てしまった私が悪いのよ。恭介のベッド……)
自分がいる場所を思い出し、ユーナの鼓動が大きくなった。
「と、とりあえず、シャワーを浴びに行きましょう。ええ、そうしましょう」
自分に言い聞かせるように言い、ユーナはベッドから降りる。ぎこちない足取りで部屋を出て、バスルームへと向かった。
脱衣所で衣服を脱ぎ捨て、ユーナは逃げこむようにバスルームに入って、勢いよく蛇口をひねった。
「きゃっ、冷たい!」
どうやら、間違えて水の方をひねってしまったらしい。慌てて蛇口を閉め、お湯の方の蛇口を開く。
「…びっくりしたわ」
そう言いながらハァと息を吐いた。水を頭から浴び、ユーナは冷静になった。
(……確か、恭介の様子を見に行って、そのまま眠ってしまったのよね。…後で謝らないと)
そう考えながら白い肌を濡らし、蛇口を閉めてタオルを使って身体を洗い始めた。
ユーナは体を洗いつつ、昨日の〈宴〉のことを思い出し始める。まず、ユーナは紅い魔力を身体から放ち、炎の魔法を使った恭介の姿を思い出した。
魔法を使っていた彼は、ユーナには別人のように見えた。
(後で、恭介に聞いてみる必要があるわね)
そう考えながら、次にナーシャの使用した魔法のことを思い出した。
ナーシャの使った魔法。〈天帝の蒼刃〉は、魔法の中でも最高位の部類に入るものだ。
(…私だけじゃ勝てなかった。恭介がいたから)
そう思った瞬間、ユーナの頭にいくつかの場面が浮かんだ。
空から落ちてきたユーナを抱き止めた恭介。
ユーナを攻撃から庇う恭介。
ユーナの手を引き、全力で逃げる恭介。
それらを思い出した瞬間、ユーナの顔はボンッと音が出そうな勢いで真っ赤になった。思い出してみると、異性との関わりに疎かったユーナにとって刺激の強いことばかりだ。
(………)
身体を洗う手が止まり、ユーナは顔を赤くしたまま俯いた。
――一時間後、リビングのドアが開いた。イスに座って待っていた恭介は、読んでいた本を閉じてドアの方を見る。
そこには、ほんのり肌が赤くなったユーナが立っていた。戦闘服から、サマーワンピースに服が変わっている。
「……シャワーを浴びてきたわ」
そう言ったユーナに頷き、恭介は本を机に置いた。
「朝飯、食べるだろ?」
恭介の質問にユーナは頷き、イスに座った。
ちなみに朝食は冷めていたので、ユーナが浴びるシャワーの音が止まってから温め直した。
「いただきます」
そう言って恭介が食べ始めると、ユーナも遅れて食べ始めた。しかし、すぐにユーナは朝食を食べるのをやめて恭介を見つめる。恭介は半分を食べ終えた頃、視線が気になってユーナの方を見る。
すると、朝食をほとんど食べずに、自分を見つめているユーナと目が合った。
「どうした?」
じっとユーナに見つめられ、居心地が悪くなって聞いてみると、ユーナは手に持っていたフォークを置いた。
「……昨日、貴方が使った魔力。あれは何?」
その問いかけに、恭介は答えることができずに黙り込んだ。真剣な表情でユーナは答えを待っていたが、しばらくすると溜め息をついた。
「ごめんなさい。少し気になって、聞いてみただけなの。だから、今のは忘れて」
そう言ってユーナは、朝食を再開した。
一方の恭介は、昨日の〈宴〉のことを思い出し始める。彼の身体から放出された魔力は、戦闘中に白から真紅へと変化した。その魔力の放出時のイメージは、真紅の球体から恭介が引き出す感覚だ。
「………俺の中に、最初からあったものだと思う」
思ったことを呟いた恭介に、ユーナはフォークを動かす手を止めて彼に質問した。
「どういうこと?」
「わからない」
そう言って、恭介は首を横に振った。その様子を見たユーナは、落胆したように肩を落とす。
(この様子だと、本当にわからないみたいね)
そう思いながら、ユーナはコーヒーを一口だけ口に含んだ。
(……でも、だいたいのことは掴めたわ。たぶん、恭介は――)
――ガタッ
音がして、ユーナの思考は強制的に中断された。恭介がイスから立ち上がったのだ。
彼は無言のまま、静かにリビングを出て行った。それを見送ったユーナは、視線をテーブルの上に移動させる。
普段の恭介なら、食器をシンクに持って行って洗うはずだ。しかし、今日はテーブルの上に置いたままリビングを出て行った。
(どうして食器を、テーブルの上に置いたまま……)
恭介の行動に不思議に思いながら、ユーナは朝食を再開した。
しばらくして朝食を食べ終えたユーナは、二人分の食器をシンクに運んだ。そして、ぎこちない手つきで食器を洗い始める。
恭介がやっていたのを、見よう見まねでやってみた。何度も食器を落としそうになりながら、彼女は食器を洗う。
「……なんとか終わったわ。食器を洗うのって大変ね」
そう言いながら、食器を洗い上げ籠に入れて手をタオルで拭いた。
(恭介は、何をしてるのかしら?)
そう思いながら、ユーナはリビングを出て恭介の部屋に向かった。
彼の部屋の前まで来ると、ユーナはドアをノックする。
――コンコン
しかし、部屋の中から返事は無かった。
ユーナは念のため、さっきよりも強い力でドアをノックした。それでも返事が無かったので、ドアノブに手をかける。すると、すんなりドアが開いた。
ドアを開けた途端、ユーナの視界は真紅に染まった。彼女は驚いて目を閉じる。
しばらくして目を開けると、ユーナの視界に真紅の魔力を纏っている恭介の後姿が映った。
「…恭介、何をしているの?」
声をかけると、ゆっくりとした動きで恭介が振り返った。
「〈宴〉で使った魔力、使えるかどうか試してたんだ」
恭介の金色の瞳に、普段よりも鋭く冷たい光が明滅していた。彼の身体から放出される魔力も、それに呼応するように揺らぐ。
「使えるなら、お前の力になれるだろ?」
そう言いながら、恭介はベッドに座った。明滅していた瞳の光と真紅の魔力が消える。
「正直、俺にもこれが何なのかわからない。自分が何なのかもわからなくなった」
そう言いながら、恭介はユーナを見て苦笑した。普段、彼があまり見せない大きな表情の変化だ。
「でも、悩んでたって仕方ないだろ。悩んでるだけじゃ、何もわからないからな」
ユーナはポカンと、彼女に似合わない呆けた顔をしていた。そんな彼女見て、恭介は普段通りの表情に戻って思い出したように聞く。
「そういえば、何で俺の部屋で寝てたんだ?」
その質問がされた次の瞬間、ボンッと音がしそうな勢いでユーナの顔が真っ赤になった。
「そ、それは、その……」
あわあわと口を動かした後、ユーナは俯いて黙り込んでしまった。
(同じベッドで、寝てた…のよね? 私、彼と。そ、それって、つまり、同き……)
今朝の状況を思い出し、ユーナの頭の中はパニック状態になった。
そんな彼女の状況を知らずに、恭介は怪訝そうに質問する。
「どうした?」
かけられた声に、ユーナは立ったままビクンッと大きく震えた。
「は……」
「は?」
ユーナの反応に驚いた恭介は、思わず聞き返してしまう。
ユーナはプルプルと震えながら、膝の近くでギュッと拳を握った。
「破廉恥だわ!」
その悲鳴にも似た声が部屋に響き、ユーナは拳をふりかぶった。
「なっ……!」
さすがの恭介も、このシチュエーションに覚えがあったので、慌てて避けようとする。しかし、それも空しくイスに座っている彼の頬に、ユーナの拳が吸い込まれるように突き刺さった。
――ゴスッ
鈍い音を立てて、恭介は頭から床に倒れた。
「婚約者でもないレディを部屋に連れ込んで、同じベッドで寝るなんて、破廉恥にもほどがあるわ!」
殴られた衝撃と頭を打った衝撃で気絶している恭介に、そうユーナは怒鳴りつけると、逃げるように走って部屋を出て行ってしまった。
真紅の少年と宵闇の少女の出会い。そして、〈漆黒の夜会〉の初戦。
まだ二人の運命は始まったばかりだ。
運命の先にあるのは、漆黒の舞台。その舞台で少年と少女は舞う。




