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Devil Dance  作者: 瀧野せせらぎ
宴の幕開け
11/13

10

 日は傾き、〈宴〉が始まるまでの残り時間は三十分を切った。ユーナはリビングのソファーに座り、壁にかかっている時計を凝視している。

 ――ガチャッ

 リビングのドアが開く音がした。ユーナは、ゆっくりとドアの方を見る。

「…これ、変じゃないか?」

 リビングに入ってきた恭介が、自分の着ている服を見ながらユーナに聞いた。

「似合ってるわよ」

 ユーナは微笑みながら、恭介の着ている服を誉めた。二人が着ているのは、〈宴〉に参加するにあたって支給された戦闘服だ。

 ユーナは以前から使用している物で、まるでブレザーのようなデザインだ。一方、恭介が着ているのは学ランのようなデザインになっている。二人が着ている戦闘服には、黒い上質な生地に紋章が刺繍されてあり、それが恭介が落ち着かない原因になっていた。

(俺、あまりこんな感じの派手な服を買わないからな…)

 そう思いながら恭介は溜め息をつき、戦闘服からユーナに視線を移動させた。彼女はソファーに座ったまま、再び壁の時計を凝視している。二人は何も話すことなく、ただ時間が過ぎるのを待った。

 五分が経ち、恭介は気づく。ユーナの手が小刻みに震えているのだ。震えは時間が経つにつれ、少しずつ大きくなっていた。

「まだ不安なのか?」

 恭介が聞くと、ユーナの肩がビクッと大きく震えた。

「……ええ」

 彼女は俯き、その表情に陰ができた。

「…本当に勝てるのか。…いえ、絶対に勝てないんじゃないかと思って」

 ユーナが不安に思っていることを口に出した。その様子は、恭介の瞳にとても小さく映る。昨日、彼に魔力の使い方をレクチャーしていた時よりも遥かに小さい。

「……やるだけのことは、やったわ。それで勝てないのなら、仕方が無いことよ。たとえ負けたとして

も――」

「最初からあきらめるな」

 ユーナの言葉を遮るように、恭介がはっきりと彼女に言った。しっかりと彼はユーナを見て続ける。

「負けることばかり考えてたら、本当に負けるだけだ。勝つことだけを考えろ」

 ユーナは俯いたまま恭介の言葉を聞く。

「それに、勝ちたいと思うなら自分を信じろ。自分を信じれなくなったら終わりだ」

 まるで突き放すかのような恭介の言葉に、ユーナの肩は震えを大きくする。

「お前が自分を信じれないなら、俺が信じてやる」

 その言葉にユーナは驚き、目を見開いた。

「だから、お前は代わりに俺を信じろ」

 淡々と冷たく聞こえる声。しかし、言葉はユーナの中で固まっていた何かを溶かし出す。ユーナは顔を上げ、自分を励ましてくれている恭介を見た。

 金色の瞳が、まっすぐ自分を見つめている。無表情な彼の瞳は、今まで見てきた憐みなどと全く違う光を宿していた。その瞳に見つめられているだけなのに、ユーナの中にあった何かが軽くなり、彼女の視界はぼやけた。

「…悪い。何か胡散臭い言い方して」

 照れくさそうに顔を背け、恭介は彼女に謝った。それに対してユーナは首を横に振り、溢れ出した涙を拭って彼女は顔を上げた。

「そろそろ〈宴〉が始まる時間だわ。下の公園に行くわよ」

 立ち上がり、ユーナはドアを開けてリビングを出て行った。彼女の後を追って、恭介もリビングを出る。

 エレベーターの前でユーナは下りのボタンを押した。二人が乗ってドアが閉まり、エレベーターが動き始める。

「恭介」

 ユーナが名前を呼んだ。恭介は黙って彼女の横顔を目だけで見ると、ユーナの顔には強い決意があった。

「私はあなたを信じるわ。そして、ナーシャに絶対に勝つつもりよ」

 横から聞こえてきた言葉に、恭介は自分の顔が熱くなるのを感じた。自分で言ったことを他人の口から聞き、自分がどんな恥ずかしいことを言ったのかを自覚したからだ。

「……ああ、そうだな」

 恥ずかしさを隠すように、恭介はぶっきらぼうに答えた。それと同時にエレベーターのドアが開く。

 空が茜色に染まり、遊んでいた子供たちがいなくなったマンション近くの公園。昨日、ユーナから魔力のコントロールのレクチャーを受けた場所だ。ここがユーナたちの〈宴〉の舞台となる。

「まだアイツらは来てないみたいだな」

「ええ」

 二人は公園に入り、中心に向かって歩いて行く。現在の時間は五時五十五分。〈宴〉の開始時刻まで、残り時間があと五分となった。しかし、相手二人は現れない。

(アイツら、もしかして来ないつもりか…?)

 そう恭介が不安を感じ始めていると、それまで黙っていたユーナが口を開く。

「ナーシャはプライドが高くて、一度も約束を破ったことが無いわ」

「ええ、その通りよ」

 いきなり、真上から声が聞こえてきた。恭介は驚き、慌てて上を見上げる。すると、そこにはコウモリのような黒い翼を広げた少女がいた。そして、その少女の片手は少年の片手を握っている。

 少女が高度を落とし、少年と共に地面に降り立った。黒い翼が霧のようになって消えると、少女――ナーシャは顔に微笑を浮かべて恭介たちを見る。

「まさか本当に来るとは思っていなかったわ」

 ナーシャの口から発せられた言葉に、恭介は怒りがこみ上げてきた。しかし、彼がその矛先をナーシャに向ける前にユーナが口を開く。

「そう。それは、ご期待に副えなくて残念ね」

 しっかりとナーシャを見据え、彼女は続けた。

「この〈宴〉は、私に対するお父様の情け。正直言うと、あまり自信が無いわ。……でも、私はこの道を進むつもりよ」

 それを聞いたナーシャは、不機嫌そうに目を細めた。

「……そう。なら、仕方が無いわ。スクールの時と同じように叩き潰してあげる」

 その言葉を最後に、公園の時計が六時を指し示し、地面が強い輝きを放って光が四人を包み込んだ。光が消え、目が慣れると恭介は見たことの無い場所にいた。彼の視界に入って来た空は鮮やかな深紅。そして、彼が立っている場所は険しい岩場だ。

「……ここは」

「冥界よ」

 恭介の疑問に答えたのは隣に立っていたユーナだ。彼女は首にかけているペンダントトップに手で触れている。

「戦闘を人間界で行う訳にはいかないから、実際の戦闘は冥界で行われるの」

 そう説明するユーナの視線の先を、恭介は追った。そこには敵の二人組みがいる。

「それじゃ、始めましょうか。ユーナ」

 ナーシャが自分の胸に触れ、何かを握って前に手を突き出した。すると、彼女の握った手に輝きを放って剣が出現する。

「そうね」

 ユーナは握ったペンダントトップを引っ張り、鎖を引きちぎって前へと突き出した。ペンダントトップが輝きを放って剣に変わる。 

 二人は剣を構えたまま対峙し、相手が斬りかかるタイミングをはかる。そして、ほぼ同時に二人は駆

け出した。

 ――キィンッ

 刃同士がぶつかり、甲高い金属音が空に鳴り響いた。二人は同じ力ではじき返され、後に飛び退く。そして、再び同時に斬りかかる。

 ――キンッ、キンッ、キィンッ

 繰り返さる刃のぶつかり合いの中で、ナーシャは微笑を浮かべて言う。

「あら、もしかしてスクールの時より少し腕を上げた?」

 その質問に対し、ユーナは速く鋭い斬撃を繰り出して答える。

「ええ、〈宴〉に参加するために必死にね。スクールを首席で卒業して、のんびりとしていた貴女と違って」

 ナーシャは彼女の斬撃を自分の剣で受け、弾き返して斬りかかる。

(……見える。これなら、)

 彼女の斬撃を避け、ユーナは剣の切っ先をナーシャに向かって突き出した。それをナーシャは後に飛び退いて避ける。

「自己流では無いわね。誰に習ったの?」

「何でも簡単に答えると、思わないで」

 ナーシャに追いすがり、ユーナは途絶えることの無い斬撃で彼女を攻め立てた。

 ナーシャはユーナの斬撃を受け流し、避けるだけで精一杯のようだ。やがて、彼女の表情に焦りの色が浮かび始めた。

 ――キイィィンッ

 二つの刃がぶつかり合い、ようやくユーナの斬撃が止まった。ギチギチと、二つの刃がせめぎあう。

「剣術の腕を上げたのは認めてあげる。でも――」

 ナーシャの背中にコウモリのような黒い翼が出現した。

「結局、あなたは落ちこぼれなのよ」

 ――バサッ

 翼をはばたかせ、彼女は空高く舞い上がった。ナーシャの身体を、蒼色の光が覆う。

「格の違いを、はっきりと見せてあげる」

 そう言って、いきなり剣を構えたまま急降下を始めた。その先にはユーナがいる。彼女はナーシャを迎え撃つために剣を構えた。

 ――ギイィィンッ

 二つの刃がぶつかり合い、周囲の空気を大きく震わせた。勢いに押され、ユーナが後ろへと弾き飛ばされる。


 ――ギイィィンッ

 甲高い音が響き、恭介の身体を衝撃の余波が襲った。

(……すごい衝撃だな。アイツは大丈夫なのか?)

 衝撃が止んだので、咄嗟に顔を保護していた腕を下してユーナの姿を彼は探した。

「彼女の心配かい?」

 不意打ちで聞こえてきた声に驚き、恭介は慌てて声の聞こえてきた方を振り向いた。すると、そこにはいつの間にか相手のパートナーが立っている。

「心配しなくていいよ。〈宴〉は殺し合いじゃなくて、ただの模擬戦闘だから死にはしないよ」

 そう言う彼――啓一――の身体を白い光が覆っていく。

「それに、戦うのは彼女たちだけじゃ――」

 突然、啓一の姿が消えたかと思うと、恭介の身体が一瞬で立っていた場所から数メートル吹っ飛んだ。

「ないんだよ。僕たち〈契約者〉も戦闘に参加することができるんだ」

 数メートル先に吹っ飛んだ恭介を見ながら、啓一は得意そうに言った。

 ――ゴホッ、ゴホッ

 せき込みながら恭介は立ちあがった。そして、自分を攻撃してきた啓一を睨んだ。それと同時に身体から白い光が迸り、身体を一瞬で覆う。

「……そうだったな」

 恭介が地面を蹴ると同時に、彼の視界がスローモーションに代わる。そして、その勢いを利用して恭介は啓一に蹴りを繰り出した。彼の足の先は、啓一の鳩尾に吸い込まれるように狐を描いて直撃する。

「ぐっ……」

 さっき恭介が吹っ飛んだように、啓一も立っていた場所から後に倒れるように吹っ飛ぶ。彼は地面に背中をぶつけ、痛みで身体を痙攣させた。

「さっきの仕返しだ」

 そう言いながら、恭介は油断なく構えをとる。一方の啓一は痙攣が治まり、息を荒くしながら恭介の方を見て笑顔を浮かべた。

「いや、驚いたよ。でも、よく考えれば君も魔力を使えて不思議じゃないよね」

 笑顔を浮かべている彼の身体を覆う魔力が、徐々に質量を増していく。

「今度は本気で行くよ」

 そう言った啓一の姿が消え、いきなり恭介の目の前に現れた。彼の拳が恭介に向かって突き出される。

(やってみるか。ブランクが長いから、できるかわからないけど)

 そう思いながら、恭介は記憶を辿りながら右手を動かした。彼の右手は啓一の放った拳を受け止めて掴む。そして、それを自分の方に引き寄せると同時に、啓一の軸足を引っ掛けた。

 バランスを崩され、啓一は岩場に顔から突っ込んでしまう。恭介が使ったのは、通っていた道場で習っていた柔術だ。

「いててっ……」

 顔を片手でさすりながら啓一が起き上がった。

「へえ、君って格闘技の経験があるんだ?」

 啓一の質問に答えず、恭介は構えを取る。

「初心者だと思って、少し油断してたよ」

 そう言う啓一の瞳に宿る光が、鋭さを増した。彼を覆う魔力の質量も一気に膨れ上がる。

「でも、今度は本当に本気を出すよ」

 そして、彼の姿が恭介の視界から消えた。

「どこを見てるんだい?」

 背後から聞こえてきた声に驚き、恭介が振り返ろうとする。しかし、それよりも速く恭介の背中に衝撃が走った。

「かはっ…」

「これは、勝負じゃない。戦闘なんだ。背後から襲ってもルール違反じゃない」

 倒れる恭介を啓一は見下ろした。ぐったりと地面に横たわり、彼は動かなくなる。

「…さてと、向こうはどうなったかな」

 啓一は視線を、ある方向へと走らせた。


「もう終わり? 相変わらず大したこと無いわね。ユーナ」

 そう言いながらナーシャは、自分の視線の先に横たわっているユーナを見つめる。

「…終わってないわ」

 答えがあった。倒れていたユーナは、ゆっくりと立ち上がって剣を構える。

 彼女の身体を宵闇色の光が覆い、背中に翼が生えた。

「本番は、ここからよ」

 ――バサンッ

 翼を羽ばたかせ、ナーシャと同じ高さまで舞い上がって宵闇色の光を身体に纏った。

 それを見たナーシャは、不愉快そうに目を細めた。

「そう、それなら楽しませてもらえそうね」

 二人の視線が絡み合い、二人が剣を同時に構えた次の瞬間に二つの魔力が迸った。そして、二人は目にも止まらない速さで深紅の空を飛翔し、宵闇色と蒼色の光が二人の軌跡を描く。二つの光が何度もぶつかり、花火のように弾けた。

「最初から、そんなに魔力を放出して大丈夫なの?」

「心配いらないわ」

 からかうようなナーシャの質問に、ユーナは平然と答えて魔力を放出し続ける。二人は弾かれるように離れた。

 ――キシンッ、キシンッ

 繰り返し何度も続くぶつかり合いに、ナーシャは苛立ち始めた。

「……生意気ね…。落ちこぼれのクセに。………〈天霆〉」

 その呟きをナーシャが漏らした次の瞬間、深紅の空に蒼い光が瞬いた。そして、ユーナに向かって一条の蒼い光が落ちる。弾けた蒼い光が視界を支配し、何も見えなくなった。

 光が治まり、ようやく視界が元に戻ってナーシャはユーナの飛んでいた場所を見る。そして、顔に驚愕の表情を浮かべた。

「どうして……!」

 ナーシャの視線の先では、宵闇色の魔力を纏った宙に留まっていた。

「〈天霆〉。ナーシャ、あなたが勝負を早く終わらせたい時に使う魔法よ。あなたの魔力の流れに気をつけていれば、避けることができるわ」

 ユーナの口から説明を聞き、ナーシャの表情に先程よりも明確な苛立ちが浮かんだ。

「じゃあ、続けましょうか。〈宴〉を」

 そう言ってユーナは剣を構え、ナーシャに向かって飛んで行った。

「……いいわ。もう、手加減しない。目覚めよ閃く魂。刃となりて空を引き裂き、地を穿て。〈天霆〉」

 ナーシャは右手を上げ、彼女の身体から蒼い光が迸った。深紅の空に蒼い光が激しく瞬き、何本もの雷が大地に降り注いだ。

 ――ドガーンッ

 ユーナは直撃するのを避けながら、ナーシャに近づいて行った。雷が止むと、再び深紅の空に蒼い光が瞬く。

「らしくないわね。優等生のあなたが、私相手に焦るなんて」

 そう言ってユーナはスピードを上げ、雷が天から降り注ぐよりも速く飛んだ。しかし、ナーシャに辿り着く前に雷は降り注ぐ。

 ――ドガガーンッ

 さっき降り注いだ雷よりも数が多く、その一つ一つの威力が比べ物にならない程強い。

 ユーナは雷を回避するように翼を羽ばたかせるが、雷は彼女の翼をかすり、彼女は痛みで一瞬だけ顔をしかめる。だが、スピードを落とすことなく飛んだ。

「…ユーナ。あなたに一つだけ言っておくわ」

 自分に近づいてくるユーナに、ナーシャは剣を片手で構えた。もう一方の手には魔方陣がある。

「「手加減しない」とは言ったけど、やっぱり手加減してあげることにするわ」

 彼女が言い終えたと同時に、ユーナが剣を閃かせた。それに合わせて、ナーシャも剣を閃かせる。

 ――キイィンッ

 剣がぶつかったまま二人は静止した。しかし、迸る二つの魔力は勢いを増していく。

「何と言っても、あなたは落ちこぼれなのだから」

 そう言うナーシャの表情に焦りは無くなり、最初と同じようにユーナを見下していた。それに対してユーナは、彼女を正面から見据えてはっきりと言う。

「余計な気遣いは無用よ。呪われし闇。その深淵に眠りし魔獣の魂。全てを斬り伏せる覇者の剣となれ。〈魔剣〉」

 ユーナが唱えた呪文で、彼女の身体から迸っていた魔力が魔法陣を描いた。その魔法陣はユーナの持っている剣と重なり、剣の形状が変化する。

 刀身が伸びて柄から何の装飾も無くなる。そして、その剣は異質な魔力を宿していた。その剣でユーナは、ナーシャを弾き飛ばす。

「――っ!」

 翼を使って体制を整え直し、ナーシャは驚いて目を瞠った。彼女の視線は、ユーナの握っている剣に向いている。

「その剣は、まさか……」

 剣を構え直すナーシャの表情に、再び焦りの色が浮かび上がった。

「〈魔剣〉。持っている剣を変質させ、強力な魔力を宿す剣にするAランクの魔法。これが今の私が使える最高位の魔法よ。そして、あなたを倒す魔法」

 そう宣言しながら形状の変わった剣の刃を、ナーシャに向けた。

 しかし、彼女は心の中で焦っていた。この魔法を覚えてから、それほど日が立っていないからである。そして、こんなに早いタイミングで出すことにことは予想外だった。

 そんな焦りの中に、一つの言葉がユーナの耳に聞こえてくる。

〈焦った時は少し落ち着いて周りを見ろ〉

 それを聞いた瞬間、ユーナの中から焦燥が無くなっていった。剣を構えたまま、自分が戦っている相手を見る。

 ナーシャはユーナの握っている剣を見て、驚いているようだ。その彼女の表情から僅かに焦りを読み取ることができた。

(ナーシャは、この〈魔剣〉に気を取られている。……だったら、)

「……なるほど。少しは、できるようになったのね。でも、その覚えて日が浅い魔法で私を倒すことなんてできないわ。今の宣言を覆してあげるわ」

 そう言ってナーシャは表情を元に戻し、剣を構え直した。彼女の纏う魔力がバチバチと火花を散らす。

「どうかしら? この魔法のことは、貴女もよく知ってるはずでしょ。それに――、」

 ユーナはハッタリを言いながら、剣の切っ先をナーシャに向けた。彼女の纏っていた魔力の一部が分離し、いくつもの球体を形成した。

「この〈魔剣〉を使うのは、あなたを倒す時よ。その時に、あなたは抗うことはできない。闇から生まれし軍勢。暗黒を纏う矢をつがえ、射抜き混沌の闇へと還せ。〈魔光の矢〉」

 ユーナが呪文を唱えたと同時に、魔力の球体が魔法陣に変化した。そして、その魔法陣から光の矢がナーシャに向かって放たれる。

「きゃっ!」

 ナーシャはユーナの放った〈魔光の矢〉を回避しようとしたが、一本がナーシャを掠めて飛んで行く。どうやら、ユーナのハッタリが効いたようだ。

「来たれ、呪われた大地の甲殻。堅牢なる甲殻は鉄壁となる。阻まれし者たちに絶望を与えよ。〈琥珀の盾〉」

 次々と飛んで来る矢に、ナーシャは右手を翳す。呪文を唱えると、ナーシャの纏っていた魔力が魔法陣を描いた。そして、彼女の目の前に琥珀色の盾が形成され、飛んで来た〈魔光の矢〉を阻んだ。

「…程度の低い魔法ね。〈琥珀の盾〉はBランク。それに比べて、〈魔光の矢〉はCランクの魔法。使える魔法のランクで実力は決まるのよ。それぐらい落ちこぼれだった貴女でも、知ってるわよね?」

 余裕の態度を崩さないままのナーシャに、ユーナは表情を変えることなく飛んで近づいて行く。

「もちろん知っているわ。闇から生まれし軍勢。暗黒を纏う矢をつがえ、射抜き混沌の闇へと還せ。〈魔光の矢〉」

 彼女の周囲に、いくつもの魔法陣が描かれて矢が放たれた。〈魔光の矢〉は全て〈琥珀の盾〉に阻まれる。

「知っていながら、同じことを繰り返す。呆れかえるほど愚かね。目覚めよ閃く魂。刃となりて空を引き裂き、地を穿て。〈天霆〉」

 そう言ってナーシャは嘲り笑い、右手を深紅の空に向けた。蒼い光が瞬き、いくつもの雷が大地に降り注ぐ。

 雷が落ちた地点から衝撃が広がり、その衝撃にユーナは全方向から襲われた。

「くっ……」

 雷の威力は今までの比では無い。岩場に亀裂が走り、半分以上が砕け散った。蒼い光が視界を支配する。衝撃と光が治まって視界が元に戻ると、ユーナはナーシャの方を見た。

 彼女は〈琥珀の盾〉で自分の周囲を覆っている。どうやら〈天霆〉を使うと同時に、衝撃から自分の身を守るために使用したらしい。

「これでわかったでしょ? 貴女は私に勝てないのよ。ユーナ」

 勝利を確信しきっているナーシャに、ユーナは剣の大きく振って切っ先を向けた。その行動に、ナーシャは不愉快そうに眉をひそめて言う。

「何のつもりかしら? 悪あがきしたって、結果は変わらないのよ? 仮にも魔王の娘なんだから、見苦しいまねはやめて潔く負けを認めなさい」

 ナーシャは負けを認めるように勧めてくる。しかし、ユーナは剣の切っ先を下ろさなかった。さきほどの衝撃で消えた魔力が、再び彼女の身体を覆う。

「闇の深淵より聞こえし、呪いの声。亡者たちの呪いは破滅を導く。全てを打ち砕き、破壊せよ。〈魔光の砲〉」

 ユーナが呪文を唱えると、彼女の身体を覆っていた魔力が魔法陣を描いた。その魔法陣から光が迸る。光は深紅の空を翔け、〈琥珀の盾〉で身を守っているナーシャに向かって行った。

 ――ガシャーン

 光が当たった瞬間、〈琥珀の盾〉は粉々に砕け散った。光の勢いはナーシャの守りを砕くだけに止まらず、彼女に直撃する。

「きゃあぁぁっ!」

 悲鳴を上げながら、ナーシャは後方へと吹き飛んだ。それを追いかけるように、ユーナは翼を羽ばたかせて飛翔する。

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