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某月某日 お終いということを知る少年

しみじみした話はちょっとカンベンしてー、という方には不向きな話になってしまってすみません。

 これはどこぞで聞いてきた話。ということにしておいてください。


 子どものうち1人に、重い知的障がいのある子を持つオクサンがおりまして。


 その少年は年の頃は13、しかし知的には5歳程度と認定されていた。次男坊なので名前を仮にジロウとしておこう。


 さて、3世代とりまぜて7人家族だったところ、昨年冬に同居のじいちゃん --そのオクサンの実の父親が自宅で突然亡くなった。


 その前から2年程、身体も心も弱っていたじいちゃん、それでも元気な頃にはこのジロ坊をたいへん可愛がっていたのだが、認知症が強くなってからは、またその後奇跡的に認知症は改善されたものの体力的にきつくなってきた頃にはジロウの相手がなかなかできず、「オマエにはついて行けん」と敬遠気味になっていた。

 それでもジロ坊は「じいちゃん」と言いながらわざわざじいちゃんのベッドの傍でうるさい音楽絵本をかけたり、添い寝しようとしたり、おやつを分けてやったり分けてもらったりと、何かと共同生活らしき体裁を保っておったそうな。


 まあ、元々この二人何となく息が合っていたのもあって。

 じいちゃんが元気な頃には軽トラックの助手席に乗って2人であちこち出かけたりも多く、2人は同レベル、いやワイルドな同志という雰囲気も常に漂っていた。

 

 そんな相棒のじいちゃんが亡くなった時、様子は逐一見ていたにも関わらず、ジロ坊には何かぴんとこなかったらしい。

 葬儀まで斎場の座敷に安置されていたじいちゃんを見ても、「じちゃん」と呼びかけて答えないのをみては「うー!」と卓球選手などが悔しい時によくやる太もも叩きのポーズで顔をしかめたりしていたものの、お葬式からその後ずっと、特に悲しがって泣いたり騒いだりということはなく淡々と過ごしていた。


 時おり、じいちゃんが大好きだった耕作地の山の方をみては「じちゃん、やま」と言ってみたり、月を見ては「じちゃん」と言ってから、手をパペットのように口パクさせては声マネで「こら!」とじいちゃんに見立てた不思議な劇場をしてみせたり。つまり月にじいちゃんがいて、こうして話しかけているということらしく。

 まあ確かに、彼に『死』というものを納得させようとして「じいちゃんは、お空の星になったんだよ」とオクサンはよくあるチープな物語を彼に聞かせたりしたせいかも知れないのだが。


 そんな時、初盆も終えた夏の終わり、残った家族6人は急にじいちゃんの故郷・東北のある地に旅行することに。

 久々に家族揃ってのお泊り。じいちゃんの実家近くに住む親戚を訪ねたりゆかりの場所を巡ったり、そして温泉地のホテルに入る。


 その晩、少し遅い夕飯を頂いてから、オクサンは娘にせがまれて、娘とジロ坊とを連れてホテルの売店に寄ってみた。しかし、少しばかり時間が遅かったせいで夕飯前には確かに開いていた売店が、既に閉まっていたでは。

「まあ明日の朝寄ってみよう」と娘を納得させ、ジロウの手をとりオクサンは部屋に戻ろうとした。

 するとどうしたことか、すっかり覆いがかけられた売り場前のケースを見ていたジロ坊が、何故かその場に立ち止まったきり動かなくなった。

 どうしたの? と聞くとなんと、彼はしみじみとベソをかいているでは。

 よほど店が閉まっていたのが悔しかったのだろうか? とオクサンが「お菓子? ジュース? 何がほしかったの? 自販機もあるよ」と背中を押すと、彼は一言。

「じちゃん、ない」

 そして指さしたのが、売り場のケースだった。ちょうど四角いケースに白い布がかけられ、そこに更に黒いネットがかけられていたのだが、大きさといい色形といい……ようやくオクサンも気づいた。


 最後にお別れしたじいちゃんの棺を思い出してしまったらしい。


 旅の内容からも、話の端々にじいちゃんのことが出ていたのをさりげなく耳にしていたようで、どこかずっと、気にしていたのであろう。



 今日も分ったような分らないような彼は山に向かって

「じちゃーん、(学校に)いってくるよー」と叫んでいる。まあ、分かっているからこそなのだとオクサンは信じているのだが。


 命は終わる、そして命は繋がるということを、道理の解っていないような子どもから教えられた気がするわー、とオクサンはしみじみ思うのでありました。

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