某月某日 巷の啓示に打たれる時
トイレの話をしたついでに思い出したことなど。
キタナイトイレにつきもの、と言えば、そう、身も蓋もない落書きでしょう。
大概はヒトのドロドロとした卑屈な欲求にかなり忠実な○○したい系の卑猥なものとか、直接その様子を示した稚拙な図画、または誰かに向けた憎悪や告発、単なる悪戯心から出た悪口など。
どれも無視して己が必要事項を済ませて帰るのが普通でありましょうが。
時々、とんでもなく心に響く書込みを見る事、ありませんか?
まあ、トイレに限ったことではないのですが。
自分がトイレの個室でみたものとしては、少しもの哀しくなったこんな言葉が印象的でありました。
「もういやだ、あんな会社辞めます」
こうして記してみればたいした内容ではないのだが、これが書かれていた場所が何だかすごかったのですよ。
このトイレは全ての内壁が白いタイル貼りで、そのタイルというのも古めかしい一辺3センチ足らずの正方形がずらっと並ぶものだったが、それぞれの目地の隙間はわずか2ミリ程度。
そのわずかな隙間に、ボールペンか何かのインクで黒々と、このことばが記されていたのです、縦書きで、几帳面な活字のような文字で。
まるで、米粒に写経ですわ。
たぶん、あまりの几帳面さに勤め先でかなり窮屈な思いをされておったのでしょう、その書き手は。
その方の行く末に幸多からんことを、そう願いつつオイラは個室を後にしました。
また、ある年の秋の暮れ、別のトイレにはもっとメッセージ性の強いものが。
「エロ本を交換しませんか?」
これだけならば単なる欲求不満の、経済観念のある程度発達したしっかり者の世迷言だと思われそうですが、この後に書き込まれたものに目が釘付け。
「当方、12/8正午にまた伺います」
オイラはここに、日本人の妙に几帳面な性格を垣間見てしまいましたわ。
妙にすがすがしいと言うか、ね。
その後、12/8にどうなったかは神のみぞ知る。
公園の何も貼られていない掲示板には誰かが指でこすったのか、こんな文字が浮かびあがっていた。
「千年生きたい」
数日後に、その脇にやはり指でこすったような別の筆跡。
「無理でしょう」
すべてはいっときのことば。名もない人びとの、束の間の心の叫びですわな。
そしてそれを伝え残すものは何もなく。
残されなかった物語の何と多いことか。
今日も感慨にふけりながら、巷のお言葉たちに目を凝らす、オイラでありました。
「みんなの広場です。ヘンスにボールをぶつけないでください」
そのお気もちだけ汲んでおきたいと。はい。




