短編:携帯電話の使い方 ――Night Eyes――
2004年の作品です。ほぼ当時のままです。
突っ込みどころが満載ですが、突っ込まないようによろしくお願いします(w。
「いまどき、携帯電話ももってないってのはどういうことなんだか?」
真邑が、買ったばかりの自分のグレイの携帯を振って見せた。カメラ付き携帯電話とやらで、GPS機能も付いているとか、何とかも出来るとかいろいろ機能の説明に熱心だ。
だが、自分の部屋のソファにだらしなくその長身を伸ばし、車の雑誌をめくる丈の方は、果たして話の半分も聞いているんだかいないんだかわからない。
「だいたい本部だって、ちゃんと丈に携帯を渡してるはずだろう?どこやったんだい?」
丈は目も上げず、物憂げに顎で部屋の隅を指し示した。
そこには充電器に放り込まれたまま、忘れ去られた携帯電話が転がっている。しかも、充電器はコンセントにすらつながっていない。
「あんなんで、本部から連絡があったらどうするつもりなんだよ」
ふん、と丈は頁から目も上げず、唇の端でシニカルに笑った。
「本部からの呼び出しなんざ、受けたくない電話の最たるものだろうが」
真邑が、うっとつまる。
確かにそうかもしれない。真邑自身もよほど金に困っているときならいざ知らず、通常はあまり呼び出しを喰らって、いやいや仕事に行ったりしたくなかった。
「じゃあ、彼女から連絡があったら?」
「俺が持ってないのは、最初から承知してるさ」
っていうか、彼女って誰だよ。自分で振っておきながら真邑は思わず突っこみそうになる。
「……待ち合わせに遅れそうなときとか?」
「ねぼすけのお前と違って、俺は待ち合わせには遅れない。やむをえず、遅れるときは、不可抗力で何かあったとき。どうしても連絡を取りたいときは、俺が自分で公衆電話から電話する。それすらも出来ない場合は、そうだな。監禁されているか、死亡している可能性がある」
「……あのねー、丈」
「もしくは意識不明とかな。どの場合も、携帯があっても何にもならないだろう」
真邑はがっくりと肩を落とした。生まれつきの金に近い茶色の長目の髪がぱさりと前にたれ、優しげな茶色の瞳が恨めしそうに丈のほうを見ている。
「ああいえば、こういう。どうしてそういうとこは、デジタルじゃなくてアナログなんだか。パソコンはちゃんと使いこなすくせに……」
うるさそうに丈がやっと雑誌から目を上げた。
鋭い黒い目が険悪な雰囲気で真邑を睨んでいる。
「ったく、うるせーな。部屋に電話がついてりゃ充分だろう。いないときは、呼び出しも食らわなくて済むんだから。そもそも俺は電話自体が嫌いなんだよ」
そう言ってるそばから、部屋の電話が甲高く鳴り出し、丈は、
「ほら見ろ! 噂なんかさせるからだ」
と、軽く舌打ちをして近くに投げ出してあった子機を手に取った。
***************
空がどんよりと重苦しく垂れ下がっている。
さきほどまでの派手な銃撃戦はすっかり収まって、この倉庫街の一角はすっかり静まり返っていた。
だが、そのあたりの空気に漂う緊張感は、穏やかさとは程遠い。
聞こえるのは、数人の殺気をはらんだ男たちの細かな砂利を踏みしだく靴音だけだった。
積み上げられたコンテナの陰に、二人は潜んでいた。じきに五人の男たちは、ここへたどり着くだろう。
「あと何発残ってる?」
ほとんど声を出さずに丈が真邑にささやいた。
「二発、かな?」
心もとなげに真邑が答えた。
丈の銃には、確かあと三発残っている。残っている敵方の人数は五人。
「一人一発で無駄弾はない、と……。ぶん殴ればいいか」
心の中で小さくつぶやく。もうとうに目的は果たしている。
逃げるだけならこれでも充分だった。そもそも最初から、こんなところで銃撃戦などはじめるつもりはなかったのだ。
だが今、丈には逃げるつもりはなかった。
「どうする? やる? 逃げる?」
真邑の唇が声を出さずにそうつづった。
丈は無言のまま、肩をすくめて見せ、それから「携帯電話よこせ」とジェスチャーで示した。
「こんなときに電話?」
声を出さず、いぶかしげな表情のまま、真邑は上着の内ポケットから携帯電話を引っ張り出し、ストラップで勢いをつけて振り上げるようにして丈に渡した。
やはり無言のままそれを受け取った丈は、携帯電話の画面で何事かすばやく操作をし、それからおもむろに左手首につけている腕時計の竜頭を引っ張り出した。
竜頭はするすると長く伸び、やがてすっぽりと時計から抜けて一本の針となった。
その針を口に咥えた丈は、さらに胸のポケットから煙草の箱を取り出すと、一番端を一本抜きとった。
なんのためらいもなく携帯電話と一緒にその煙草を強く握りつぶすと、くちゅりとかすかな音をたて、煙草と見えた白い棒状の塊は、携帯電話の表面にぴったりと張り付いた。これで簡易版のプラスティック爆弾に早変わりする。それへ咥えた針を慎重に差し込むと、丈はもう一度携帯電話の表示を確かめ、電源を切った。
飛び出した針の端を携帯電話の端末差込口へ慎重に押し込むと、丈は真邑に「あと2分」と口を動かし、Vサインのように指を二本立てて見せた。
自分の電話の行く末に気づいた真邑が、眉間に皺を寄せ渋い顔でうなずくと、丈は口の端を軽く持ち上げにやっと笑い、そのまま音もなく立ち上がり、その電話を片手にしなやかな動作で器用にコンテナをよじ登り始めた。
不気味に静まり返っていたところに、すぐ横合いにあったコンテナの上で青や赤のライトを点滅させ、携帯電話が派手な音楽を奏でながら振動を始めると、男たちの顔がいっせいにそちらへ振り向けられた。
「携帯かっ!」
短気な一人の男がそちらへ向けて走り出し、発砲しようとした。
と、同時にぼっという炎が弾けるような音と白い閃光とすさまじい爆風が男たちに襲いかかった。
一番携帯電話に近い位置にいた男が数メートルも吹き飛ばされ、背中から地面にたたきつけられてうめいている。
他の男たちのうち二人ほどが地面に伏せ、一人がコンテナに寄りかかり顔を覆っている。
さらに一人は、膝をついた形でそれでも凶悪な表情で油断なくあたりを見回していた。
「野郎! ただじゃおかねぇ。どこ行きやがったっ!」
口の端や額から血を流しながら、それでも男たちは銃を離さず、一段と殺気のこもった表情を浮かべて起き上がった。
「黙って寝てなよ」
ふいに凉しい声が電話が置いてあったほうとは反対側のコンテナの上から降り落ち、同時に膝をついていた男の額にどす黒い穴があいた。
「寝るほど楽はなかりけり、って近所の婆さんもよく言ってたぜ?」
どうっと二人目の男の身体が後ろへ倒れる。
「浮世の馬鹿は起きて働く、ってな」
男たちには声を出すひまも、立ち上がるすきも与えられなかった。
「もう起き上がらなくていいぜ。楽になったろ?」
残ったのは、爆風で吹き飛ばされ、銃を構える気力のなくなっていた一人だけだった。
じゃりりと丈の黒いブーツの底が音をたてた。
半分意識の薄れかかった男のこめかみに、ひんやりとした銃口が無造作に当てられている。
「あの子供を嬲り殺したのは誰だ」
薄目を開けた男は、そこに立つ若い死神を見た。
すらりとした長身は、細身だがよく鍛えられているようで、しなやかで強固な筋肉が黒い半袖のTシャツの上からも見て取れる。
手袋をはめた右手にしっかりと握られた銃の扱いもきわめて慣れているようだった。
よく見かけるチンピラのたぐいとはまるで異なる危険な何かを感じて、男の足は自然にかくかくと震えてきた。
なによりも細められた死神の黒い鋭い目は冷たく、そこに慈悲などというものは存在しない。
「お、おれ、じゃない。兄貴が……」
必死の言い訳に、黒い目の死神が口の端に小さく笑みを浮かべた。
「別に俺はあんたに訊いたわけじゃないぜ」
男が何かいうひまもなかった。
男の耳が最後に聞いたのは、かちりという撃鉄を起こすかすかな音だけだった。
「終わったね」
真邑が溜め息交じりでそうつぶやいた。
「そうだな」
短く丈が答え、空を見上げた。
今にも泣き出しそうな暗雲の垂れこめるよどんだ空が、頭の上に重くのしかかっている。
「あーあ」
丈が視線を戻すと、真邑が自分の足元に転がっていた携帯電話の残骸を拾い上げて、なんとも情けない声をあげたところだった。
「電話番号、綺麗になくなっちゃったなぁ。どうしよう?」
「はぁ? お前、中身のバックアップ、とってないのか?」
丈が呆れたような声を出した。
「とってないよ。だってさー」
「お前って実はすげぇ馬鹿だろ? 大事なものならバックアップくらいとっておけよ」
取ろうと思ってたんだよー、と嘆きつづける真邑に肩を竦めて見せ、丈は再び重い空を見上げた。
「いくら大事でも、バックアップが取れないものもあるけどな」
丈は自分にしか聞こえないくらいの小さな声でそうつぶやくと、誘拐され無残な死体で発見された幼い子供の顔を思い浮かべた。
「でも、丈。携帯って便利だろ?どうよ」
真邑の得意げな言葉に、ふん、と丈は鼻を鳴らした。
「毎回吹っ飛ばされてたんじゃ、コストが割高だな」
「毎回って……。なんで毎回時限装置代わりに使わなきゃいけないんだよ? そもそもは電話、なんだからさ」
「あぁ、はいはい。確かに、目覚ましとか、パスタの茹で時間を計るのには便利かもな」
「だからさー。どうしてそっちへばかり行くかな」
堪えきれず、暗い空からぽつりと灰色の雨が一粒、滴り落ちてきた。
何処か遠くでパトカーのサイレンの音が虚しく唸っている。
二つの影が雨を避けるように、闇の奥に向かって走り出していた。
END




