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旅支度 矢立の初めのレールバス 終幕

 春乃先生が颯爽と部室を後にすると、しばしの静寂が訪れた。その静寂を破ったのは、大貫浩人だった。

先生の消えた乗降口を、推しアイドルの卒業公演を見送るファンのような熱い眼差しで見つめている。


「春乃ちゃん先生、かわいい・・・好き・・・。個人授業受けたい・・。僕に何もかもを教えてほしい・・・。」


 部室にいた誰もが、「聞かなかったことにしたい」という顔になった。

みんながそっと、自分の心の中の大判時刻表をめくる。妙な間が流れる。

因幡部長は天井に目をやって「あー」とだけ呟き、机の天板を指でトントンとたたく。


「おいヒロ、先生、ダンナさんいるんだぞ。知ってるだろ?」呆れた顔をした山上正吾が、やはり呆れた調子の小声で突っ込んだ。

「知ってるけど、でも、あのちっちゃかわいい感じ・・・。あれはもう、ひとつの奇跡だよ。あんなかわいい先生、二次元でしか見たことなかったもん!」

「いや、現実やから。ほんで既婚者やからな。」大井誠がバッサリ。


 矢立瀬戸はというと、ヒロの発言に「たしかに、近頃のアニメとか、ちっちゃかわいい先生。よく出てきますよね。流行りですかね?。」と、よくわからない相槌をうった。

「いや、流行ってるの? ちっちゃかわいい先生、そんなにいる?」

伸司が首をかしげる。

「ヒロ、個人授業ってあんた、一体何教えてほしいっていうのよ。」

副部長の赤石川摩耶が、これも呆れた顔で尋ねた。

「そりゃあ、人生のすべてを・・・。いや、春乃ちゃん先生のすべてを・・・。」

「やめれ。」

「でも、先生、ああ見えて濃い(てつ)なんだよなあ。」

「しれっと昼休み、昼めし食いにでも出てはんのか思とったら、近車の留置線チェックしに行ってはったりするしな。」

「きんしゃ?」

千代田恵留麻が顔にはてなマークをはりつけた。

「ああ、徳庵(とくあん)駅のとこの、近畿車輛って電車の工場。出荷前の新型電車がとまってて、見えたりするんだよ。」

「そんなとこあるんですね。」

「去年の秋の旅行で、先生が組んでくれた旅程表とかも、隙が無かったしな。」

「ああ、春乃ちゃん先生の組んだ旅程で、また旅がしたい・・・」

 ヒロが再びうっとりと夢見るように呟く。

「それはまあ、そうだな。」と因幡がうなずく。「春乃先生の組んだ旅程、下手な旅行代理店のプランニングなんか目じゃないからなあ。乗換え時間とかが無理なく無駄無く、なのは当然として、見たくなるようなスポット(目的地)は外さないし。食事や休憩の予定もきっちりしてるし、なにかトラブったときの後詰めまで考えてあるし。」

「やっぱり春乃ちゃん先生凄い。春乃ちゃん先生最高。春乃ちゃん先生こそ僕の天使。」

「えーと、ヒロ先輩?って、なんだか、ちょっとアレです?」と瀬戸がこそっと呟く。聞こえているが、当のヒロは全く気にしていない。むしろ、褒め言葉かなにかと受け取ったのかもしれない。

「ありがとう、瀬戸ちゃん! 僕、これからも春乃ちゃん先生推しでいくから!」

「推し活は自由だけど、先生に迷惑かけないでね。」と摩耶が釘を刺す。

「大丈夫、僕、推しには迷惑かけない主義なんで!」

「たのむで、ほんまに」と大井。

部室に微妙な苦笑いが広がる。

「でも、先生、ほんとにかわいいよね。なんか学生時代チアリーダーとかやってたらしいじゃん? なんで鉄オタとか鉄研の顧問なんてやってるんだろ。」

ヒロはまだ語り足りない様子だ。

「ええっ、そうなんですか、凄い! 元ハイカースト女子!?」

恵留麻が目を輝かせる。

「クイーンビーっちゅーやっちゃなぁ。」

「あの先生が、あんまり、そういう女王様な感じだったとか、思いたくないけど。」

「どっちかというと、姫プレイな感じだった方がありそう。」

「ちょっとちょっと、なんかみんな春乃ちゃん先生に酷いこと言ってない?」

「しらんがな。ヒロ、お前はありがたく先生の足跡でも拝んどけや。」


 結局、部員たちはしばらく春乃先生談義で盛り上がり、その日はそれから、旅行の行き先の話はどこかへ吹き飛んでしまったのだった。


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