旅支度 矢立の初めのレールバス 3幕
春乃先生の宣言に、部員たちの間にざわめきが広がる。因幡部長が、にやりと笑って手を挙げた。
「春乃先生、今年の歓迎旅行の行き先はどこになるんですか?」
「行先は例年通り、決まっていないです。せっかく新しい仲間が増えたんだから、みんなで相談して決めなくちゃね。
因幡部長、舵取り役になって、みんなに案を出してもらったりして、計画を立ててください」
春乃先生はにっこりと因幡に微笑んだ。
「今年最初の、部長の腕の見せどころですよ。もちろん、みんなで協力してね。新入部員の意見もしっかり聞いて」
「上級生のみんなには言わずもがなですが、旅行の行き先や内容は、鉄道に関係していれば何でもOKです。もちろん、予算の制限はありますけどね。週末を使って、日帰りか一泊での旅行になります。
単に鉄道に乗って予算の限り遠くに行くのもよし、逆に放出駅の鉄道唱歌の歌碑を見に行くだけでもよし。撮影旅行でも、乗り鉄でも、駅弁ツアーでも、模型の展示会見学でも。ベタに梅小路の鉄道博物館に行く、なんてのもいいですね。みんなで話し合って、ワクワクするようなプランを考えてください」
「ちなみに、去年は若桜鉄道に乗りに行きました。ローカル線の旅は、のんびりしていて楽しいものでしたね。
今年はどんな旅になるのか、私も楽しみにしてます」
「行先候補を決めたら、私に伝えてください。先生のほうでも問題がないか、ざっと検分してOKを出します。そのあと、細かい予算配分や日程の検討をしてください。みんなが楽しめる旅にしましょう。
あ、例年の予算なんかは、部の帳簿を見てちゃんと把握しておくようにね。因幡部長」
「わかりました」
「旅程の検討や諸々の手配も、みんなで分担してやるといいですね。行き先の見どころのチェックや、乗り換えの確認、時刻表の確認、写真を撮るなら撮影スポットの下調べなど、やることはたくさんあります。得意なことを活かして、部員みんなで協力し合って、今年はじめての部員旅行を組み立てていってください」
春乃先生は、もう一度、みんなを見渡した。
因幡部長が後を引き取る。
「それじゃあ、せっかくだから、今日は早速、今から歓迎旅行の行き先についてアイデアを出し合ってみようか。
みんな、やってみたいこと、どこか行きたい場所、乗ってみたい路線、なんか上げてみて、ええと、前例はねえ・・・
春乃先生お願いします」
因幡に後を渡し、気を抜いた瞬間に、因幡から再び話を振られたらしい春乃先生は、おっとっと、といった表情と半開きの口をして、一本二本と指を折り、過去の活動を紹介し始めた。
「私の覚えてるのはええと・・・去年若桜鉄道に行ったのはさっき言ったわよね。
梅小路には、結構何度も行っていて、あと近畿車輛の見学でしょ、
駅弁食べ比べ大会に、3000円でどこまで行けるかチャレンジ、福知山線廃線跡ウォーク、
ケーブルカー乗り比べなんてのもやったわね。鉄道写真コンテストみたいなことをやった年もあったはず。
播但線できたて新鮮わさビーフ試食ツアーと、あと鞍馬山に天狗捕まえに行ったのと・・・
うーんあれだ、大回り乗車右周り左周り競争、
・・・くらいかな覚えてるのは。」
「なんか面白そうなこと、いろいろやってるんですね、先輩たち!」
「大回り乗車左右対決、ってなんやそれ、しらんかったぞ。やってみたいやんけ」
部員たちは顔を見合わせ、さっそく話し合いが始まった。
「私は、まだ乗ったことのないローカル線に行ってみたいな」
「ローカル線か、去年行った若桜鉄道もよかったけど」
「えぇとねえ、和歌山電鐵のたま駅長に会いに行ってみたいかなぁって。私まだ乗ったことなくて」
「あっ、あの三毛猫の駅長さん」
瀬戸が、耳をぴくりと猫のように動かして反応した。
「車両基地の見学とか、できたら嬉しけどなあ」
「宮原? ちょっと旅行先としては味気なくないすか?」
「網干まで行こうよ」
「網干もあんまり旅先て感じじゃぁ・・・」
「そーいうのと違ごて、終点の駅とかに併設の車庫とかよ」
「ああ、そういうのか。和歌山電鐵でいったら伊太祁曽とかだな。見学なんてできるかなぁ」
「夜行列車はどうですか? 乗ってみたい!」
これまでの話が何だったのかよく分かっていないまま、しかしその場の勢いだけは感じ取った千代田恵留麻が、ぱっと手を挙げて、天真爛漫かつ無理目の提案を放り込む。
「サンライズかあ、結構な額やぞ予算が足りるかぁ? 先生、どんなもんです?」
尋ねられた春乃先生は、さすがに渋い顔で両手でバッテンをした。
「行って、帰ってこなきゃならない額まで考えると、ちょっと無理ね」
「なるほど、つまり逆に、行くだけ片道なら、くらいはなんとかなるんだ」
「いくらくらいなんだろ。じゃあじゃあ、近場で一泊して、温泉に入るのとかってどうです?」
と再び恵留麻。
「温泉! いいなぁ。神鉄乗って有馬行こうよ有馬!」
「箕面は? ケーブルの廃線跡見れるぞ」
「温泉いくなら、城崎に行きたーい。たまごパンたべたい!」
「白浜! おーるうぇーとぅーげーざー♪」
「パンくろか・・・子パンダつきのやつ狙い撃ちで乗りたいな」
「子パンダ? 子パンダって?」
「パンダくろしお いるだろ、あれの顔に子パンダがついてるやつがあるんだ」
話はどんどん盛り上がり、部室は活気に満ちていく。因幡部長が運転台の裏からホワイトボードを引っ張り出し、みんなの意見を書き出し始めた。
「出た行き先候補を書いてくね。和歌山電鐵、宮原、網干、有馬、箕面、城崎、白浜、那智勝浦」
「なんや温泉だらけやんけ、もちょっと鉄研らしいとこで、もっとこうなんかないんか」
「鉄研らしいとこか、旧北陸線の廃線トンネル巡りするとか、どうだろう?」
「それって見て面白いんですかー?」
「おう、千代田ちゃんが楽しいかちゅうと、ちっと鉄分多過ぎになるかいな」
ちなみに、ここでいう「鉄分」とは、元素記号Feの元素の濃度ではなく、鉄道オタク成分の濃度のことを指す鉄道オタク用語だ。この小説では、以降もちょこちょこと、鉄道用語や鉄道オタク用語などが、説明なしに現れることがあるかも知れない。が、まあよくわからない人は、読み飛ばすなり各人でググるなりしていただければ。
春乃先生は、そんな部員たちの様子を、しばらく微笑ましく見守っていたが、
「こうやって計画を立てるの、楽しいのよね。実際に旅行に行くよりも、これが一番楽しいかもしれないわね。
さて、今日のところは、このへんで先生は消えるね。来週までに、みんなで案をまとめておいてください。質問や相談があれば、いつでも職員室にね」
そう言って、ささっと乗降口から出て行ったのだった。




