旅支度 矢立の初めのレールバス 2幕
矢立瀬戸が初めて鉄道研究会の部室を訪れた、その次の日の午後。
前日よりも少しだけ緊張がとれた面持ちで、瀬戸と千代田恵留麻の二人は、ふたたび部室へと足を踏み入れた。
昨日の歓迎ムードが残る車内には、すでに何人もの部員たちが集まっている。
窓から差し込む柔らかな光は、昨日と変わらずレールバスの車内を優しく照らしている。
「こんにちわぁ・・・」
瀬戸が入口から中にそろっと声をかけると、昨日もいた副部長の赤石川摩耶が、にこやかに手を振った。
「いらっしゃい、矢立さん、千代田さん。さぁさぁ中にはいって。 座って座って?」
「はーい。失礼しまーす!」「失礼します。」
恵留麻が元気よく返事をして部室の中へ足を踏み入れる。瀬戸も安心したように、ニコニコと笑顔と会釈を摩耶に返して続き、部室を見回す。
部室の前方、乗務員エリアの前には、昨日は居なかった女性が立っていた。
女性としても小柄な背丈だが、小顔で背筋がすっと伸び、あまり小ささを感じさせない。
明るい色のカーディガンに、同じく明るいアースカラーのスカート姿。目元の落ち着き方からして、年齢は三十前後くらいだろうか。
ショートボブに、落ち着いた色味のイヤリングがよく似合って、優しげな瞳と、どこか茶目っ気のある微笑みが印象的だ。
「さーてと、この二人がきてくれた新入生ね?」
その女性が、瀬戸たちに目を配りつつ声をかけ、ぱん、と手を叩いて注意を引く。瀬戸と恵留麻以外の部員たちも、自然とテーブルの周りやロングシートに集まり、視線を新入部員二人と彼女に向けた。
「こんにちは。私は大藤春乃。この鉄道研究会の顧問をしています。担当教科は歴史と日本史探求。春乃先生、でなければ大藤先生と呼んでくださいね。あ、春乃ちゃんでもいいですよ。」
ウィンク一つ。軽やかな口調に、部員たちから小さな笑いが起こる。
「さてさて、昨日はお二人が見学に来てくれたと聞きました。今日は改めて、鉄道研究会のオリエンテーションをやろうと思います。新しい仲間が増えるのは、私もとっても嬉しいです。みんな、盛大に新入部員を拍手で歓迎しましょう!」
ぱちぱちぱち、と春乃先生が手をたたき、続いて上級生部員たちが一斉に新入生二人に拍手を送る。瀬戸は驚きつつ、照れたようにぺこっと頭を下げた。恵留麻は満面の笑みで周りに向かって手を振る。
「では、まずは現部員の紹介からいきましょうか。みんな、自己紹介をお願いね。」
春乃先生が促すと、部員たちが順番に立ち上がる。
「部長の因幡太一です。鉄道は全般好きだけれど、特に、何も準備をせずにふらりと、少し郊外の、いつもと違う街へと電車で出かけるのが好きだね。乗り鉄ということになるかな。新入部員のお二人さん、これからよろしく。」
「副部長の赤石川摩耶です。私も部長の太一と同じように乗り鉄派です。女子部員が増えて、女の子っぽい行き先に一緒に行けることも増えそうでワクワクしてます。よろしくね。」
まず、因幡部長と赤石川副部長の自己紹介が終わると、続いて他の部員たちが順番に立ち上がっていく。
「山上正吾だ。鉄道科2年。ヤマって呼ばれる事が多いなぁ。ダイヤとか時刻表を眺めるのが好きなタイプの人間、いわゆるスジ鉄だな。
あと競馬も好きで、淀によく行く。だから京阪電車が好きだったりするぜ。よろしくな」
「馬券買うてないやろな、20歳以下の勝ち馬投票券の購入は違法やで。」
「買ってないっすよ!」
「ほんまやろなぁ・・・ ってヤマへの突っ込みは置いといて、こっちは大井誠や。鉄道科3年。写真部も兼部の撮り鉄で、山登りとか、歩き旅も好き、週末はだいたい、みょうちくりんなとこから電車撮ろうと出かけてる男や。あんじょうな。」
「播磨伸司です。普通科2年。単行の列車が走る大きな景色が好きで、そういう写真を撮るのが趣味です。先のセイさんと同じで、写真部兼部なんだけど・・・あっちにはあんまり出てなくて、だいたい鉄研にいます。」
「伸司ぃ、お前は、電車の写真の3倍くらい、女の子の写真撮る方が上手いんです、ってちゃんと言うとけや。」
「そういうのじゃないですって。後輩に変なイメージ植え付けようとするの、やめてくださいよセイさん!」
「あははは。大貫浩人です。普通科2年。伸司とクラスメイトです。二次オタで、ラッピング電車とか聖地巡礼が好きなタイプです。
で、バスも船も飛行機も好きな、乗り物オタクもやってます。ヒロって呼んでね。」
「えと、滝川みどりです。普通科2年、です。ええと、ええと、おとなしい方、ですけど、よろしくね。・・今まで、女子は副部長、とわたし、二人だけ、だったから、とっても嬉しい・・・」
一通りの上級生の自己紹介が終わると、新入生の番となった。
「千代田恵留麻です!鉄道科1年、こっちの瀬戸と同じクラスです。瀬戸の付き添いで来ただけのつもりだったんですけど、昨日聞かされた因幡部長の駅弁トークで入部することにしました。旅行と駅弁とおしゃべりは好きです。よろしくお願いします!」
最後に、瀬戸が少し赤くなりながらも、しっかりと周りを向いて自己紹介する。
「矢立瀬戸です。鉄道科1年です。乗り物酔いしやすいたちなので、あんまり長い時間電車には乗れないんですけど、電車の音、駅の音が大好きな子です。よろしくお願いします!」
「矢立さん、乗り物酔いしやすいんだ。私もー。電車は結構大丈夫なんだけど、バスに乗るとだめ。」摩耶が言葉を挟む。
「あ、私もバスすごい苦手です。バスってなんだか酔っちゃいますよね。」
「うちの部なら、バスは乗り物の第一選択やないから、まぁ大丈夫や。」
「バスも面白いのにー。うちでも路線バス旅とかやりたいんだけどなぁ。太川さんのあの番組とか、みんな好きでしょ?」
「うちは鉄研やっちゅーに。」
自己紹介という形から、どんどんと取り留めがなくなっていく会話が、部室の空気をふわっとしたものに変えていく。
そんなふわふわな自己紹介タイムが、収まるタイミングを捉えると、春乃先生は、満足げに頷いてまた話し始めた。
「うん、いいですね! みんなそれぞれの好きがあって。鉄道研究会といっても、鉄道のどこが好きかは人それぞれ。
鉄道そのものが好きな人、鉄道の旅が好きな人、車両が好きな人、その写真を撮るのが好きな人、時刻表を眺めるのが楽しい人、鉄道模型が好きな人、駅弁が好きで掛け紙を集めている人とかもいます。
さっき矢立さんは、音が好きだって自己紹介してくれましたね、そういう人もいます。どーんな楽しみ方も大歓迎です。」
「ですので、うちの活動に、今のところ、これといった厳密な規定はありません。こういうことをする部活、というキメはないってことです。鉄道研究といいながら、あんまり、研究はしていませんね。うふふ。」
眉をちょっと上げつつ、首をすこしかしげて、しかしニッコリと春乃先生。
「というわけで、鉄道に関することなら、なにをしてもよい部活動です。好きな路線に乗りに行ってみるもよし。写真を撮りに行くもよし、模型のレイアウトを作ってみるもよし、時刻表を眺めて妄想旅をするもよし。なんなら部室でおしゃべりするだけでも構いません。」
「ただし、何かをやるときは、ルールとマナーを守ることだけはきちんと意識しましょう。公共の場では騒ぎすぎない、ゴミは持ち帰る。入ってはいけない場所には立ち入らない、などなど。
近頃は、写真を撮る鉄道ファンの一部のマナーの悪さなんかが、世間を騒がせたりしてしまうこともままあります。うちの部員たちは、今のところ、大井君なんかしっかりしてるから、そんな事はないけど。」
そう春乃先生は言葉を区切って、大井に視線をやってうなずいた。
「まあ、こっちは、ああいう人たちの撮るような写真は、そもそもあんま撮らんですから。」
大井がそう返す。
「そうだったわね。でもまあ、そういう悪い例にならないように。鉄道を愛する者として、鉄道会社や他のお客さんに迷惑をかけないようにね。特にわが校は鉄道科のある学校です。新入部員の二人も鉄道科ですね。将来鉄道マンにならんと志す者ならば、なおさらです。いつでも、良識をもって行動する人間であることを心がけてね。 」
「っと、なんだか校長先生の話みたいな話は、ここまでにしましょうか。」
春乃先生は、そう話に区切りをつけると、今までと口調のトーンを少し変えて別の話題を切り出した。
「さて、鉄道研究会の伝統として、毎年春に『新入部員歓迎旅行』をやっています。今年も、こうやって無事、入部してくれる新入生があらわれましたので、もちろん、やります。」




