幕間4 フォトジェニー・メモリ
この季節になると、レールバスの車内は、さすがに少し肌寒い。電気ヒーターが持ち込まれてはいるのだが。
窓の外、冬の校庭は、薄い灰色の印象で、車内にはパソコンのファンの音と、車内灯のかすかな唸りが響いていた。
「で、ここからテロップ入れて、そのあと放出の出発シーンかな」
伸司がノートパソコンの前で言うと、隣から大井が身を乗り出した。
「ええな。いかにも旅が始まりますって感じや」
「でも、ちょっと長すぎてもたれないかな。十秒もいらないんじゃない?」
「いやいや部長、これ以上ツメたら情緒がなさすぎますよ」
「情緒は編集ソフトが勝手に足してくれるって」
因幡の一言に、みんなが笑う。
三年生の卒業を前に、最近の部室では、なにやらこんな、鉄研tube総集編、の編集が行われていた。撮りだめた映像を手直ししてまとめ、卒業生の送別の記念に、映像ディスクとして贈る。そんな話が出て、今はいろんな旅の素材をひっくり返している。
当の、贈られる側の筈の三年生達も、内容に口を出しまくっていたりする。
瀬戸は、長机から少し離れたパイプ椅子に座って、伸司たちの背中越しにモニターを見ていた。
画面の中では、これまでの旅が小さく切り取られて、ちょんちょんと早送りされて流れていく。ホーム、駅名標、発車標、キロポスト、光るレール、駅蕎麦の立ち食いスタンド、改札。そして誰かの横顔、誰かの背中、誰かの笑い声。どれも見覚えがあるのに、編集されて動画になっていると、もう自分たちではないようにも感じる。
「次、伊賀です、このへんはだいたいスマホ撮影だけど」
伸司が言って、タイムラインを動かした。
忍者屋敷の前で、ヒロが手裏剣を投げるようで投げ切れていない、変なポーズをしている。伊賀牛を売る精肉店の店先で、大井が値段を見て真顔になっている。
そして、カラオケボックスのテーブルに、飲みかけのメロンソーダが並んでいる。
「うわ、そこまで使うんですか」
「そら、瀬戸ちゃんの赤いスイートピーは、入れといてもらわんとなぁ」
「やめてくださいよ~!」
笑いながら言い返した声は、思ったより大きかった。
摩耶が「ほら、瀬戸ちゃん嫌がってる嫌がってる」と笑い、因幡が「いやいや、僕らのかわいい後輩の一番イイとこじゃないか。そりゃ無いとダメだよ」と念を押す。
その流れのまま、伸司が次のシーンのカットを開いた。
ほんの二秒ほどだった。
窓際の席で、瀬戸が横を向いて笑っている。誰かに何か言い返した直後だったのだと思う。肩が少しだけ揺れて、光が頬に当たっていた。
「あ」
瀬戸が小さくつぶやく。
「ん?」と伸司が振り返る前に、画面は次のカットへ進んでいた。因幡が妙に真面目な顔で、恵留麻と向かい合ってひっぱりだこ飯のかけ紐をほどいている。
「今の、ちょっとピンが来てないかな」
伸司が言った。
「人物ならこっちの方がええやろ、確か」
大井が、素材フォルダの別の映像クリップを指さす。
そこには摩耶がいた。ホームで髪を押さえながら振り返る一瞬で、たしかに綺麗だった。瞳にシャープにピントが当たり、半逆光の光が摩耶のフェイスラインに沿って入って、エッジを浮かび上がらせている。
「おお、さすが副部長、つよい」
「つよいって何よつよいって。もっとこう、かわいいとか綺麗とか言いなさいよ」
「いや、絵としてつよいって意味ですよ。したがってですね。大変にお綺麗という意味です。さすが副部長!」
「何調子いいこと言ってんのよ」
ヒロが勝手なことを適当にほざき、摩耶が呆れたように笑う。瀬戸もつられて笑った。
伸司は「うん」と頷いて、またタイムラインを動かし始めた。
画面の中では次々に旅が進み、駅が過ぎ、季節の色が変わっていく。部長たちの卒業も、たぶんこういう感じで来るのだろう、と瀬戸はぼんやり思った。気づいた時には次の画面になっていて、そしてもう戻らない。
それでも、さっきの自分の絵が、なぜか引っかかる。
あの時、自分はどんな顔で笑っていたんだろう。
瀬戸は思い出そうとした。しかし、自分自身の顔は、決して自分の記憶の中には現れはしない。
編集がひと段落したところで、伸司が背伸びをした。
「今日はこんくらいにしときますか。続きはまた明日で」
「伸司、パソコン落とす前に、プロジェクトバックアップバックアップ」
ヒロが甲斐甲斐しく忠告する。
「おっと、はいはい」
「そろそろ、飛ばしっちゃったらつらいでしょ? 素材は残してるとはいえ」
「こないだ一回やってもうてるしな。過去のあやまちは編集できへんし」
「あはは」
みんなが帰り支度をはじめる。伸司はSDカードを収納バインダーに戻したり、机の上の外付けストレージをケースに戻したりしていた。瀬戸は立ち上がって、何とはなしにノートパソコンの前を通った。さっきまで映像を映していた黒い画面には、車内灯と、窓の外の暗さと、それから自分の顔がうっすら重なっていた。
黒いモニターに反射する自分は、よく見えない。
編集画面の中にいた、あの二秒の女の子は、こんな顔をしていただろうか。
「矢立、行こうか」
伸司の声がして、瀬戸は振り向いた。
「あっ、はい!」
鞄を肩に掛ける。
部室を出る前に、瀬戸はもう一度だけ、電源を落としたノートパソコンを見た。
パソコンの天板は閉じられている、そこにはもう何も映ってはいない。




