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第一旅 住道→金蔵寺の旅 7幕

 岡山。山陽と山陰、そして四国へと線路が伸びる、中国地方最大(*6)のターミナル駅だ。ホームに降り立つと、様々な方面へ向かう列車が、ひっきりなしに出入りしている。


「さて、どうするかな」


 伸司は発車案内表示を眺めながら呟いた。このまま山陽本線を西へ向かい、広島・糸崎方面へ進むか。津山線で北上するか。あるいは伯備線に乗って、米子を目指すか。


「先輩、先輩!」


 瀬戸が伸司の袖をくい、と引っ張る。


「宇野に行きません? 宇野!」

「宇野? なんでまた」

「ほら、宇野は、昔の寝台特急『瀬戸』の・・・」

「ああそうか、瀬戸の終着駅だったから」

「わたしの名前の特急の終点、見てみたくないです?」


 なるほど、彼女らしい理由だ。


「ちょっと行って見るか、それから茶屋町までもどって、四国を目指そう」


 伸司はそう言うと、宇野・四国方面への乗り場を指さした。


 ・


 二人は、四国行きのマリンライナーを一度茶屋町で降り、宇野みなと線に乗り換えた。枝分かれして宇野港へと続く線路を辿り、終点の宇野駅で下車する。

駅の先には港の見える公園。

 直島行のフェリーを見ながら、公園で二人、岡山駅で買ったあなご弁当を食べる。


「なんか変なオブジェとかいっぱいあって、面白いですねこのへん」

「変な、とかいわないの。アートだから、アート」

「ほらそこのイカリとか、舟底の記憶、だって」

「昔の海軍の軍艦の錨を、オブジェに仕立ててあるのか」

「なんか、艦これっぽい?」

「まあ、それはそう」

「駅の前にも、棒の先に、イルカやらクラゲやらオットセイやら、乗ってるのあったし」

「瀬戸内芸術祭、やるときの玄関口だからなあ、ここ」

「そっか、げーじゅつの、商品サンプルみたいなもんですね」

「その言い方はいろいろ怒られそうな気もするが、まあだいたいそんなもんだよな」

そんなことを話していると、小さな通り雨が二人をふたたび駅舎へと追い込む。


「わ、駅に戻るぞ、急げ急げ」

「降られちゃいましたね。もう、やな雨だなぁ」

「そろそろ茶屋町へ折り返す電車の時間だから、丁度いいよ。向こうの空は晴れてるから、すぐに止むだろうし」


二人は宇野駅の駅舎の軒下から、もう一度港と、島影の連なる海を眺めた。


 昔、ここからは、高松へ向かう鉄道連絡船が出ていたそうだ。

 かつて、『瀬戸』が、最後にたどりついた駅。


「『瀬戸』はもう、ここにはこないんだな。そしていなくなってしまった」

 すこし感傷的な伸司の言葉は、追憶の響きを帯びていただろうか。瀬戸に似た誰かの面影が、ふと彼の脳裏をかすめたのかもしれない。

「いなくなってませんよ」

 きっぱりとした声で瀬戸がそう言った。伸司の顔をただまっすぐに見つめている。

「だってほら、ここに!瀬戸ちゃんが」

 自分を指さして、胸を張る瀬戸。

「あはは、そうだな。さあ、瀬戸大橋、渡るぞ!」

 

 ・


「うわあああ! 海の上だ!」


 瀬戸が歓声を上げる。眼下には、青くきらめく瀬戸内海が広がっている。大小の島々が、まるで箱庭のように点在している。


「瀬戸大橋って、一本の長い橋だと思ってましたけど、思ったより短めの橋が、いくつも続いている感じなんですね」

「ああ。吊り橋、斜張橋、トラス橋、いろんな種類の橋がたくさん連なって出来てる。道路と鉄道が二層構造になってる併用橋。まさに土木技術の結晶だよな」


 伸司が少し得意げに解説する。マリンライナーは轟音を立てながら、次々と橋を渡っていく。櫃石島、岩黒島、与島、島々の上空を駆け抜ける、空を飛んでいるような不思議な感覚。

 やがて、前方に四国の陸地が見えてくる。番の州(ばんのす)の巨大な石油コンビナートの横をかすめ、列車は坂出駅のホームへと滑り込んだ。


 列車が到着すると、ホームに懐かしいメロディのチャイムが流れ始めた。「瀬戸の花嫁」だ。


「瀬戸はー、ふんふんふんふーん♪」


 メロディに合わせて、瀬戸が楽しそうに口ずさむ。そして、にこりと笑って伸司の方を向いた。


「『あなたのもとへ、お嫁に行くの』ー♪」

「うぉ」

「先輩、お嫁にしてくださいねー。なんて」


 からかうような瀬戸の口調。


 琴平方面への列車に乗り換え、坂出駅を出ると、列車は予讃線へと入る。車窓には、なんだか場違いな場所にあるように見える立派な日本庭園。その向こうにあるのは工場だろうか、大きな建物の看板には「鎌田醤油」。鎌田醤油?!


「だし醤油! こんなところにあったんだな。この会社!」


 伸司が驚きの声を上げる。主婦に人気の、有名なだし醤油の会社だ。


「へえ、私、使ったことないです」

「今度、お母さんに頼んでみろ。煮物とか、めちゃくちゃ美味くなるぞ」


 ・


「まもなく金蔵寺、金蔵寺に着きます。左側、開くドアにご注意ください」


 アナウンスに、二人は顔を見合わせた。


「着きましたね、先輩」

「ああ」


 列車が、ゆっくりとホームに停車する。降り立ったのは、伸司と瀬戸の二人だけだった。

 列車が走り去ると、辺りはしん、と静まり返る。金蔵寺駅は、小さな無人駅だった。


「すごい、ちっぽけな駅」

「おい、失礼だろ」


 伸司が瀬戸の頭を軽く小突く。駅舎も、申し訳程度にあるだけだ。しかし、その素朴な佇まいは、かえって旅情をそそるかもしれない。


「さて、と。食べに行くか」

「はいっ!」


 駅から歩くこと、およそ10分。広がる田畑の中に、長い行列が忽然として現れ、平たいプレハブ造りの建物を囲んでいる。唐突にあるのは釜揚げうどん屋。ここは香川県だ。


「うわ、すごい行列・・・」

「さすがだな・・」


 行列に並んでいるのは、地元の人はもちろん、観光客と思しき人々も多かった。中には、大きなキャリーケースを傍らに置いた、外国人のグループの姿もある。

「釜揚げうどんなんて、外人さんが食べて美味しいものなんですかね?」

 瀬戸が、素朴な疑問を口にする。

「さあなぁ。でも、美味いもんは万国共通だってことかな」


 長い待ち時間を経て、ようやく二人の順番がやってきた。店内は、湯気と出汁のいい香りで満ちている。


「大・・は無理だな、さっきあなご弁当食ったし」

「先輩先輩、あの、『たらいうどん』っていうの頼んで一緒にたべません?」

「無理だろ、矢立お前、食いきれるのかよ」

「そこはほら、先輩が男らしく責任をもって残りを」

「・・・」

 二人で小うどんを注文する。席に着くと、どんぶりに入った、つやつや輝くうどんが、程なく運ばれてきた。そして、徳利で供される、魅惑のつけ出汁。薬味のネギと生姜をたっぷり入れて(*7)、


「「いただきます!」」


 熱々のうどんを、出汁にくぐらせて、一気にすする。


「あつっ! でも、うまっ!」

「んん! 美味しい!」


 もちもちとした、コシのある麺。イリコの風味が効いた、少し甘めのつけ出汁。いや、これは甘いと言うのか? この味覚こそ、「うまい」じゃないのか?。夢中でうどんをすすると、あっという間にどんぶりは空になった。


「はー、美味しかった・・・」

「むちゃくちゃ美味かったなぁ・・・大うどん頼めばよかった・・・」

「たらいうどん、行けたんじゃないです?」

「かもしれんな」


 満腹になった二人は、店の外に出て大きく伸びをした。春の柔らかな日差しが、心地よい。


「さて、これからどうしますか、先輩」

「そうだな、せっかくだから、こんぴらさんにでも、お参りしていくか!」

「いいですね!」


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