第一旅 住道→金蔵寺の旅
3.~ 咲くや菜種の放出も
過ぎて徳庵、住道
窓より近き 生駒山
手に取る如く、そびえたり ~
― 鉄道唱歌 関西・参宮・南海篇
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大阪府の東、奈良との県境を区切る生駒山の麓で、大阪市内中心部から、東へまっすぐに伸びていた片町線の線路は、その生駒山に遮られ、東へ向かうのをあきらめて、北へ曲がろうとしている。
大東市の中心駅、住道駅は、だいたいそんな場所にある。
改札前の時計は、まだ5時にぎりぎり届いていなかった。この時期、まだ日は全く昇っておらず、空はいまだ薄明といったところだ。
播磨伸司は緑色の券売機に向かい、タッチパネルのトクトクきっぷのボタンを慣れた調子で叩いた。春の青春18きっぷの購入選択画面を引っ張り出す。
本日は3月2日。伸司たち鉄道オタクが、この季節となるとこぞって利用する、このきっぷの利用期間がスタートして最初の週末だ。12000円ちょっとで5日分、全国のJR普通列車に乗り放題という、伸司のような鉄道オタクにはうってつけのきっぷである。
札入れから札を数枚引っ張り出して券売機に滑り込ませ、小銭入れから足し入れる残額をあさっていると、伸司の肩が後ろから叩かれた。
「せーんぱいっ!」
ポン、とではなく、ドンと強く。
叩かれた、ではなく、どつかれた、と表現したほうがいいかもしれない。
「うわっ」
肩をどつかれた勢いに、取り落としそうになった小銭入れを、伸司は慌てて強く掴みなおして振り向く。
「やっときたぁ。遅いじゃないですか。もう始発いっちゃいましたよ?」
「な、なにかと思った・・。なんだ矢立か、いきなり後ろからタックルは勘弁してくれ、心臓とびだすかと」
そこにいたのは、やや小柄な女の子。ハーフアップにした髪、くりくりとして、目じりの少し下がった、大きな黒目勝ちの目が可愛らしい。
矢立瀬戸、伸司の所属する、大阪第一産業高校、鉄道研究会の一年後輩だ。春色のニットのカーディガンにひざ丈のスカート。ネイビーの帆布のリュックを右肩だけでひっかけている。
「絶対始発だと思って頑張って来たら、先輩ぜーんぜんこないんだもんなー。遅ーい」
無理して早起きしたのだろうか、瞼がちょっと腫れぼったい。髪が少し乱れている気もする。
「朝の五時に、遅いはないだろ・・・てか、どうしたんだ? 矢立こそ、こんな時間に住道にいるなんて、なんかあるのか?」
「えええー? なんかあるのかじゃないですよ、先輩こそ、この時間に駅って、絶対今日から18きっぷでどっか遠くに行くんでしょ。なんで私も一緒に連れてってくれないんですか?」
「いや、いやいやいや? なんでお前連れてく話に・・・?」
「何こっそり一人旅しようとしてるんですか!楽しい旅には道連れが必要でしょ!こういうかわいい女の子とかの!」
自分を指さす瀬戸。
「自分でかわいい言うな。こっそりもなにもお前、俺は普通に旅行に行こうとしてるだけなんだが・・・」
「かわいい後輩も連れて行きましょうよー。いま私、、すっごくどこか遠くに行きたい気分なんです。連れてってくださいよ。だって鉄研Tubeの動画も撮ったりしないんです?撮るなら私、要るんじゃないんですか? レポ役に」
「いや、動画撮ったりするつもりはないぞ。俺の個人の旅行だし・・・。だいたい、部長たち卒業しちまって・・・今年、鉄研をどういう風にするか、ぜんぜん決まってないしな、鉄研Tubeも、続けるかどうかだし・・・、そもそも、動画撮るつもりなら、みんなで行くだろ。なんで矢立と俺とふたりだけで撮るんだよ」
二人の所属する鉄道研究会は、研究会という名前だがれっきとした部活動だ。近頃は活動の一つとして、部員が撮影した鉄道関連の記録動画を公開したりもしている。列車の姿、走行風景の記録、駅や鉄道施設の録画記録、橋梁やトンネル等、関連建造物の記録や、部員の鉄道旅行の道行き、旅行先の名所紹介や案内の動画などまで、いろいろ。
瀬戸をはじめ、女子部員のかわいらしい容姿は人目をひき、動画に彼女たちが出ると、やはり再生数がちょっと余計に回ったりする。それで、鉄研の活動記録動画に、彼女らはよく出演させられていた。
鉄道オタクだらけの鉄研に、女子部員はそう多くない。瀬戸をはじめとした貴重な女子部員達は、動画に花を添えるナビゲーター役として、重宝されているのだった。
入部からほぼ一年、最近では、もう彼女もずいぶんとそんな撮影にも慣れて、旅行レポーターのようなふるまいが、こなれて板についてきたりもしていた。
瀬戸と会話を続けながら、伸司は券売機に小銭を足して、タッチスクリーンのボタンをポチった。
長方形のきっぷと供に、きっぷと同質の紙片数枚が、同時に払い出される。うっかり財布の中に一緒に入れておくと、きっぷと間違えそうだ。
「鉄研をどうするかって、動画撮らないとしたら、何するんです? 電車乗りに行くだけじゃ、うち、活動内容何もないじゃんって、またいちゃもんつけられるんでしょ?」
と瀬戸。
「そうなんだよなぁ・・・」
伸司。
「動画はまあ、手っ取り早く活動実績になるんだけど、俺は、顔出しで、学校名丸出しな動画公開してるって、やっぱホントは良くないなとも思うんだよ。俺たち未成年だぞ。妙なのに見つかって炎上したりして、粘着野郎でも出たりしたらほら。」
「ぶ・・・部長は、『僕らは鉄研だからね、鉄道車両に粘着は大歓迎だよ。(*1)』とか言ってましたけど」
「んあー、部長は時々そういう事言うよなぁ・・・。矢立、お前なんか女の子なんだからさ、変なのにストーキングとかされでもしたら怖いだろ? 特に矢立は動画の名乗りが本名だし」
鉄研では、部員が、公開する動画に出る時、部員同士が呼び合う名として、列車愛称などを名乗るようにしていた。のぞみとひかりとか、はやぶさとか、あずさとか、そういうのだ。
ペンネームとか、ハンドル名とか、芸名みたいなノリである。
名乗る名は本人の希望によるのだが、たまたま矢立瀬戸は、本名の名前が実在の列車の愛称と同じだったため、そのまま動画でも瀬戸ちゃんを名乗っている。流石に姓まで全部出したりはしていないが。
「やっぱり部員がそのまま出ている動画、続けるのは危ないと思うんだよ」
「ぶー。じゃあなんですか、私とか、もうお役御免って事ですか? 要らない子ですか?」
「そんなこと言って無いだろ、矢立も、撮られる方じゃなくて、撮る方やったらいいじゃないか。お前はほら、動画じゃなくたって、音だけ録るとかやってもいいし。そもそも鉄研の活動としてはさ、動画の公開なんかより、昔の先輩達がメインでやってたらしい、模型のレイアウトをやるとかもありだろうし、あれならコンテストあるし実績になるし」
言い合いをしながら、伸司はてくてくと改札を抜けようとする。
青春18きっぷは自動改札を通れない(*2)。きっぷを有人改札の駅員さんに見せて、ゲートを通らなければならない。
「18きっぷです。改札印お願いします」
駅員にきっぷを差し出す伸司の腕を、横からついっと抱えて
「私も同行なので2コマでお願いしまーす」
悪びれずしれっと駅員に申し出る瀬戸。券面にポンポンと改札印スタンプが2回押される。
「はい、お気をつけて、いってらっしゃい」
にこやかな駅員さん。
「ちょ、・・・まあいいけど・・・」
一人旅の計画と旅程が、この瞬間全崩壊した伸司が、ぶつぶつとつぶやいた。
そんな伸司の顔色を知らんふりで、伸司の腕を離して2・3歩、速足で進みかけ、
「さあ、上りです?下りです? どっち?」
左右の人差し指で右上左上を指しながら、変に満面の笑みで瀬戸は伸司を振り返るのだ。
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「で、実際どこ行くんですか?」
上りホームまで二人で階段を登り、ほどなくやってきた列車の乗車口に足を掛け、乗り込みながら瀬戸が訪ねた。
「四国かなー。半家駅みてこようかな、とか思ってたんだよな、でも矢立を連れてだと、あそこまでは無理だよなー・・・」
ぶつぶつ答える伸司。
「ハゲえき!!?なにそれ、そんな駅あるの!?」
目をきらきらさせる瀬戸。きらきらしちゃったので即終了である。いやそういう話ではなかった。
「知らないか? わりと有名な駅だぞ。名前のインパクトがインパクトだから。まあ、俺も、行ったことはまだないんだけど。」
「行ったことないんかいーーーっ。じゃなくて、行ってみたい! 私も行ってみたいです!」
「ちと遠いんだよ。こう、四国のこっちの左下の隅っこのほう」
空中に指で四国を描く伸司。
「18きっぷで行くと、一泊しないとさすがに帰ってこれないんだよなー」
「一泊しましょうよ。別に、帰ってこなくたっていいじゃないですか」
伸司がぎょっとすると、瀬戸はけらけらと続けた。
「ほらだって、きっぷは今日と明日、二人で、2コマ2コマで4コマなら5コマ以下。足りる足りる」
「おいおい、女の子がそんな・・・いやちょっと待てよ矢立、まずは親御さんにはなんつって出て来た今日」
「部活で旅行だーって言ってきましたよ? おかーさんに」
「今日急にか?・・・てか、泊まりの旅行だなんて、やっぱ言ってないんじゃないか」
「朝早かったですし、ほら、わたしのおかーさん、帰るの遅い仕事なんで、布団に向かって言ったら、なんかふにゃふにゃ寝ぼけた返事してたから、ちゃんと聞いてたかわかんないし、だいじょーぶです、だいじょーぶ、、、」
「だいじょーぶじゃないだろそれは・・・」
「えーー? わたしとお泊り。嫌ですか? 先輩」
「いやそんなことないけどそういう話じゃなくて・・・矢立お前、そういう女の子だったっけ?」
伸司はあらためて目の前の女の子を見る。やけにまっすぐに、伸司を見返してくる。その瞳には一点の曇りもなく、むしろ何かを振り切ったかのような、すっきりした明るさすら張り付いている。
・・・うーん。そういう話ではなさそうだ。
そんな彼女を見て、なんだか落ち着かなくなってしまった伸司は、視線を無理やりに横に向ける。いつの間にか走り出していた電車の、窓の外を見やった。
つられて視線を移す瀬戸が、声をあげた。
「あ」
「どうした?」
「そろそろ学校見えますね」
二人の通う学校、大阪第一産業高校が、流れる車窓の先、横切る中央環状線と阪和道の高架、広大な車線群の道路の、ずっと向こうに小さく見えてくる。
校庭のへりを道沿いに校門へと並ぶ、桜の並木が花開くにはまだ少し早いだろうか。
「校門の桜見えるかな?」
「さすがにまだ咲いてないですよねー」
「思い出すな。去年、矢立が入部に来たとき、あの桜が綺麗で・・・」
「一年前、初めて部室で先輩に会った日は、そういえば校門の桜が散り際だったなぁ」
そう言って、遠くの桜並木をすがめ見る瀬戸を見て、伸司は一年前の部室を思い起こすのだった。




