表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/31

第一旅 住道→金蔵寺の旅

 3.~ 咲くや菜種の放出(はなてん)

      過ぎて徳庵(とくあん)住道(すみのどう)

      窓より近き 生駒山

       手に取る如く、そびえたり ~

            ― 鉄道唱歌 関西・参宮・南海篇

-------------------------------------------------------------------------------------


 大阪府の東、奈良との県境を区切る生駒山の麓で、大阪市内中心部から、東へまっすぐに伸びていた片町線の線路は、その生駒山に遮られ、東へ向かうのをあきらめて、北へ曲がろうとしている。


 大東市の中心駅、住道駅は、だいたいそんな場所にある。


 改札前の時計は、まだ5時にぎりぎり届いていなかった。この時期、まだ日は全く昇っておらず、空はいまだ薄明といったところだ。

 播磨伸司は緑色の券売機に向かい、タッチパネルのトクトクきっぷのボタンを慣れた調子で叩いた。春の青春18きっぷの購入選択画面を引っ張り出す。

 本日は3月2日。伸司たち鉄道オタクが、この季節となるとこぞって利用する、このきっぷの利用期間がスタートして最初の週末だ。12000円ちょっとで5(コマ)分、全国のJR普通列車に乗り放題という、伸司のような鉄道オタクにはうってつけのきっぷである。


 札入れから札を数枚引っ張り出して券売機に滑り込ませ、小銭入れから足し入れる残額をあさっていると、伸司の肩が後ろから叩かれた。


「せーんぱいっ!」


ポン、とではなく、ドンと強く。

叩かれた、ではなく、どつかれた、と表現したほうがいいかもしれない。


「うわっ」 


肩をどつかれた勢いに、取り落としそうになった小銭入れを、伸司は慌てて強く掴みなおして振り向く。


「やっときたぁ。遅いじゃないですか。もう始発いっちゃいましたよ?」

「な、なにかと思った・・。なんだ矢立か、いきなり後ろからタックルは勘弁してくれ、心臓とびだすかと」


 そこにいたのは、やや小柄な女の子。ハーフアップにした髪、くりくりとして、目じりの少し下がった、大きな黒目勝ちの目が可愛らしい。

矢立瀬戸、伸司の所属する、大阪第一産業高校、鉄道研究会の一年後輩だ。春色のニットのカーディガンにひざ丈のスカート。ネイビーの帆布のリュックを右肩だけでひっかけている。


「絶対始発だと思って頑張って来たら、先輩ぜーんぜんこないんだもんなー。遅ーい」

 無理して早起きしたのだろうか、瞼がちょっと腫れぼったい。髪が少し乱れている気もする。

「朝の五時に、遅いはないだろ・・・てか、どうしたんだ? 矢立こそ、こんな時間に住道にいるなんて、なんかあるのか?」

「えええー? なんかあるのかじゃないですよ、先輩こそ、この時間に駅って、絶対今日から18きっぷでどっか遠くに行くんでしょ。なんで私も一緒に連れてってくれないんですか?」

「いや、いやいやいや? なんでお前連れてく話に・・・?」

「何こっそり一人旅しようとしてるんですか!楽しい旅には道連れが必要でしょ!こういうかわいい女の子とかの!」

 自分を指さす瀬戸。

「自分でかわいい言うな。こっそりもなにもお前、俺は普通に旅行に行こうとしてるだけなんだが・・・」

「かわいい後輩も連れて行きましょうよー。いま私、、すっごくどこか遠くに行きたい気分なんです。連れてってくださいよ。だって鉄研Tubeの動画も撮ったりしないんです?撮るなら私、要るんじゃないんですか? レポ役に」

「いや、動画撮ったりするつもりはないぞ。俺の個人の旅行だし・・・。だいたい、部長たち卒業しちまって・・・今年、鉄研をどういう風にするか、ぜんぜん決まってないしな、鉄研Tubeも、続けるかどうかだし・・・、そもそも、動画撮るつもりなら、みんなで行くだろ。なんで矢立と俺とふたりだけで撮るんだよ」


 二人の所属する鉄道研究会は、研究会という名前だがれっきとした部活動だ。近頃は活動の一つとして、部員が撮影した鉄道関連の記録動画を公開したりもしている。列車の姿、走行風景の記録、駅や鉄道施設の録画記録、橋梁やトンネル等、関連建造物の記録や、部員の鉄道旅行の道行き、旅行先の名所紹介や案内の動画などまで、いろいろ。

 瀬戸をはじめ、女子部員のかわいらしい容姿は人目をひき、動画に彼女たちが出ると、やはり再生数がちょっと余計に回ったりする。それで、鉄研の活動記録動画に、彼女らはよく出演させられていた。

 鉄道オタクだらけの鉄研に、女子部員はそう多くない。瀬戸をはじめとした貴重な女子部員達は、動画に花を添えるナビゲーター役として、重宝されているのだった。

 入部からほぼ一年、最近では、もう彼女もずいぶんとそんな撮影にも慣れて、旅行レポーターのようなふるまいが、こなれて板についてきたりもしていた。


 瀬戸と会話を続けながら、伸司は券売機に小銭を足して、タッチスクリーンのボタンをポチった。

長方形のきっぷと供に、きっぷと同質の紙片数枚が、同時に払い出される。うっかり財布の中に一緒に入れておくと、きっぷと間違えそうだ。


「鉄研をどうするかって、動画撮らないとしたら、何するんです? 電車乗りに行くだけじゃ、うち、活動内容何もないじゃんって、またいちゃもんつけられるんでしょ?」

 と瀬戸。

「そうなんだよなぁ・・・」

 伸司。

「動画はまあ、手っ取り早く活動実績になるんだけど、俺は、顔出しで、学校名丸出しな動画公開してるって、やっぱホントは良くないなとも思うんだよ。俺たち未成年だぞ。妙なのに見つかって炎上したりして、粘着野郎でも出たりしたらほら。」

「ぶ・・・部長は、『僕らは鉄研だからね、鉄道車両に粘着は大歓迎だよ。(*1)』とか言ってましたけど」

「んあー、部長は時々そういう事言うよなぁ・・・。矢立、お前なんか女の子なんだからさ、変なのにストーキングとかされでもしたら怖いだろ? 特に矢立は動画の名乗りが本名だし」


 鉄研では、部員が、公開する動画に出る時、部員同士が呼び合う名として、列車愛称などを名乗るようにしていた。のぞみとひかりとか、はやぶさとか、あずさとか、そういうのだ。

ペンネームとか、ハンドル名とか、芸名みたいなノリである。

名乗る名は本人の希望によるのだが、たまたま矢立瀬戸は、本名の名前が実在の列車の愛称と同じだったため、そのまま動画でも瀬戸ちゃんを名乗っている。流石に姓まで全部出したりはしていないが。


「やっぱり部員がそのまま出ている動画、続けるのは危ないと思うんだよ」

「ぶー。じゃあなんですか、私とか、もうお役御免って事ですか? 要らない子ですか?」

「そんなこと言って無いだろ、矢立も、撮られる方じゃなくて、撮る方やったらいいじゃないか。お前はほら、動画じゃなくたって、音だけ録るとかやってもいいし。そもそも鉄研の活動としてはさ、動画の公開なんかより、昔の先輩達がメインでやってたらしい、模型のレイアウトをやるとかもありだろうし、あれならコンテストあるし実績になるし」


 言い合いをしながら、伸司はてくてくと改札を抜けようとする。

青春18きっぷは自動改札を通れない(*2)。きっぷを有人改札の駅員さんに見せて、ゲートを通らなければならない。

「18きっぷです。改札印お願いします」

駅員にきっぷを差し出す伸司の腕を、横からついっと抱えて

「私も同行なので2コマでお願いしまーす」

悪びれずしれっと駅員に申し出る瀬戸。券面にポンポンと改札印スタンプが2回押される。

「はい、お気をつけて、いってらっしゃい」

にこやかな駅員さん。

「ちょ、・・・まあいいけど・・・」

 一人旅の計画と旅程が、この瞬間全崩壊した伸司が、ぶつぶつとつぶやいた。

そんな伸司の顔色を知らんふりで、伸司の腕を離して2・3歩、速足で進みかけ、

「さあ、上りです?下りです? どっち?」

左右の人差し指で右上左上を指しながら、変に満面の笑みで瀬戸は伸司を振り返るのだ。



「で、実際どこ行くんですか?」

上りホームまで二人で階段を登り、ほどなくやってきた列車の乗車口に足を掛け、乗り込みながら瀬戸が訪ねた。

「四国かなー。半家(ハゲ)駅みてこようかな、とか思ってたんだよな、でも矢立を連れてだと、あそこまでは無理だよなー・・・」

ぶつぶつ答える伸司。

「ハゲえき!!?なにそれ、そんな駅あるの!?」

目をきらきらさせる瀬戸。きらきらしちゃったので即終了である。いやそういう話ではなかった。

「知らないか? わりと有名な駅だぞ。名前のインパクトがインパクトだから。まあ、俺も、行ったことはまだないんだけど。」

「行ったことないんかいーーーっ。じゃなくて、行ってみたい! 私も行ってみたいです!」

「ちと遠いんだよ。こう、四国のこっちの左下の隅っこのほう」

空中に指で四国を描く伸司。

「18きっぷで行くと、一泊しないとさすがに帰ってこれないんだよなー」

「一泊しましょうよ。別に、帰ってこなくたっていいじゃないですか」

伸司がぎょっとすると、瀬戸はけらけらと続けた。

「ほらだって、きっぷは今日と明日、二人で、2コマ2コマで4コマなら5コマ以下。足りる足りる」

「おいおい、女の子がそんな・・・いやちょっと待てよ矢立、まずは親御さんにはなんつって出て来た今日」

「部活で旅行だーって言ってきましたよ? おかーさんに」

「今日急にか?・・・てか、泊まりの旅行だなんて、やっぱ言ってないんじゃないか」

「朝早かったですし、ほら、わたしのおかーさん、帰るの遅い仕事なんで、布団に向かって言ったら、なんかふにゃふにゃ寝ぼけた返事してたから、ちゃんと聞いてたかわかんないし、だいじょーぶです、だいじょーぶ、、、」

「だいじょーぶじゃないだろそれは・・・」

「えーー? わたしとお泊り。嫌ですか? 先輩」

「いやそんなことないけどそういう話じゃなくて・・・矢立お前、そういう女の子だったっけ?」


伸司はあらためて目の前の女の子を見る。やけにまっすぐに、伸司を見返してくる。その瞳には一点の曇りもなく、むしろ何かを振り切ったかのような、すっきりした明るさすら張り付いている。

・・・うーん。そういう話ではなさそうだ。

 そんな彼女を見て、なんだか落ち着かなくなってしまった伸司は、視線を無理やりに横に向ける。いつの間にか走り出していた電車の、窓の外を見やった。

つられて視線を移す瀬戸が、声をあげた。


「あ」

「どうした?」

「そろそろ学校見えますね」


二人の通う学校、大阪第一産業高校が、流れる車窓の先、横切る中央環状線と阪和道の高架、広大な車線群の道路の、ずっと向こうに小さく見えてくる。

校庭のへりを道沿いに校門へと並ぶ、桜の並木が花開くにはまだ少し早いだろうか。


「校門の桜見えるかな?」

「さすがにまだ咲いてないですよねー」

「思い出すな。去年、矢立が入部に来たとき、あの桜が綺麗で・・・」

「一年前、初めて部室で先輩に会った日は、そういえば校門の桜が散り際だったなぁ」


そう言って、遠くの桜並木をすがめ見る瀬戸を見て、伸司は一年前の部室を思い起こすのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ