第四旅 イタリアン焼きそばと、北琵琶湖の旅
「そういえば、文化祭の展示動画、いくつ撮ったんでしたっけ? 十分ですか? なんか次のネタいりますかね?」
夏休み前の部室。ヒロがそう因幡に向かって話を切り出した。
「最初に撮った片町線全線と、京田辺のまんぽのやつと、あとありがちに山崎駅の府境ネタ撮ったやつに、近鉄西大寺駅のポイント撮ったのだろ、だから、今4本か、部室の中と外にスクリーン張って別の動画展示するとして、繰り返し放映して飽きさせないようにってなると、一か所3本ずつ流す感じで、もうあとワンペア、2本くらい欲しいかな。なんならもっと一杯撮って、文化祭の展示だけで終わるんじゃなく、youtubeで公開もしてみないか、あれ」
「うーん。もしそっちに行くなら、今の方向じゃちょっとダメっていうか、単に鉄研の活動記録とか、鉄道が好きな人が見てくれる、ってだけの動画、じゃあない方、やんないといけないんじゃないすかね」
「たしかにな。今のままの感じのじゃ、どうもちょっと、って気はするな」
「今のを公開しても、多分、誰にも見られずに、地味に消えてくだけでしょうし。ただ、幸いうちには、もうちょっと人目ひけるような戦力があったりしますよね。だいたい部長、最初からそのつもりなんじゃ?」
ヒロが、ちらりと長机の向こうに視線を送る。瀬戸と恵留麻が、二人してスマホを覗き込み、きゃいきゃいと声を上げている。
「ね、このガラスのイヤリング、超かわいくない!?」
「ほんとだ! なんか涼しそう、夏っぽい! これ、長浜の黒壁スクエアだって!」
ヒロの疑問には応えないまま、聞こえてきた地名に、因幡部長は眉をあげ、瀬戸たちの方へ向き直った。
「長浜か。いいな」
「部長、行ったことあるんですか?」
恵留麻がこっちを向いて尋ねると、因幡は穏やかに頷いた。
「うん、一度ね。古い駅舎が残ってるし、街並みも綺麗で、なかなかいい所だよ」
「旧長浜駅舎。 日本最古の現存駅舎ですよね。それに、たしかED70も保存されてるはず」
山上が、時刻表から顔を上げて言った。
「へえ、鉄研的にも見どころがあるんですね」
瀬戸の言葉に、副部長の摩耶がふふふん、と微笑む。
「女子旅的にもポイント高いわよ。ガラス細工のお店がいっぱいあって、体験工房なんかもあるし。それに、美味しいものもいっぱいあるし」
「美味しいもの!」
実に素直な恵留麻の食いつき。
「のっぺいうどんとか、焼鯖そうめんとか。あと、ホワイト餃子とイタリアン焼きそばとか」
「イタリアンの・・・」
「焼きそば・・・??」
「「なんなんですか・・それ・・・」」
そんな会話を聞いていた因幡が、ぽんと手を打った。
「よし、決めた。次は長浜でロケしよう」
こうして、大阪第一産業高校鉄道研究会は、夏の一日に、北へと向かうのだった。
・
新快速のシートに揺られ、うだるような暑さの大阪を抜け出す。走る線路の名前が東海道本線から北陸本線に変わり、米原で後ろ八両を切り離して身軽になった列車の車内には、のんびりとした空気が流れている。
「なんか、すごく旅行って感じしますね!」
瀬戸が、窓の外を流れる景色に目を輝かせた。田んぼの緑が目に鮮やかだ。
「大阪からの距離はそないに変わらんのに、米原から北になるとあんまり来んよなぁ」
横の席に、リュックのカメラバックを放り出して大井がうなずく。
「米原すぎると、なんだか急に、遠いところにきたなぁって感じはするよね。まあ、たいてい米原で乗り換えて東にいっちゃうんだけど」
やがて列車は、目的地の長浜駅に滑り込んだ。ホームに降り立つと、もわりとした熱気が一行を迎えた。琵琶湖が近いせいか、大阪よりも微妙に湿気が高い気もする。
「さて、と。まずは腹ごしらえだな」
因幡の号令で、一行は商店街へと繰り出した。目指すは、摩耶おすすめの「のっぺいうどん」の店。とろみのついた出汁が、つるりとしたうどんに絡み、夏の疲れた体に優しく染みる。
「おいしーい! なんか、ほっとする味ですね」
恵留麻が、満面の笑みでうどんをすする。
「腹も満たしたし、ロケを始めようか!」
・
「こんにちは、瀬戸ちゃんです!」
「こんにちは、いなばです。今日は、わが校のそばから離れまして、滋賀県は北琵琶湖、長浜に来ています」
伸司が構えるカメラに向かって、瀬戸と因幡が、何やら話し始める。
「さあ、長浜と言えば!」
「鉄道研究会的には、日本最古の現存駅舎こと、旧長浜駅舎ですが」
「私たち女子部員としてはこちらです! じゃん!」
瀬戸が、背後の街並みに向かってぱっと手を広げる。黒壁のレトロな店構えの店が続く、シックな街並み。
「黒壁スクエアーー! 黒壁ガラス館を中心としたガラス工芸品の街です。カットグラスを自分で作れるアトリエがあったりするんですよ! かわいい! 弾くといい音がするんですカットグラス!」
音鉄らしいコメントを挟みつつ、瀬戸のテンションが上がる。
「あとで長浜鉄道スクエアにもちゃんと寄ろうな、瀬戸ちゃん。僕ら鉄研だからね鉄研。旧長浜駅舎の見学ができるし、デゴイチの運転台とか、ED70の運転台とか、座れたりするから」
因幡が、呆れ顔で釘を刺してみせる。
「長浜には、『竪型万華鏡』なんていうのもあるんですよ。高さ8メートルの、まるで煙突みたいな、日本一大きな万華鏡! 覗くと、もうきらきらくるくると、夢の中に飛び込んだような気持ちになれます!」
「ねえ、聞いてる? 瀬戸ちゃん」
「あとは、名物黒壁ソフトと黒壁プリン!恵留麻が絶対食べるって言ってて!」
「ねえ、ほんとに聞いてる? 瀬戸ちゃん」
因幡のツッコミが追いつかない。その時、二人の間に、何やら影が割って入った。
「おっと瀬戸ちゃん! 長浜はね、ガラス工芸だけじゃないんだ! ここまで来たら、なーんといってもまずは海洋堂フィギュアミュージアム!」
「こらおい、横から突然、さらにややこしいネタで話に飛び込んでくるんじゃない、ヒロ!」
因幡が、思わず素でツッコミを入れた。
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「OKテイクが黒壁27カット、海洋堂で11カット、鉄道スクエアたった5カットってどういうことよ!」
数日後の部室。ノートパソコンを囲んで、撮影してきた動画のプレビューチェックをしていた摩耶が叫ぶ。
「いやー、こう、求められるままの絵を撮り続けていたら、こういう結果になってしまいまして」
悪びれもせず、伸司が答えた。
「これ繋げたら、どう考えてもなんか比率がおかしいでしょ! 鉄研の動画として!」
「これはこれで」とヒロ。
「瀬戸ちゃん、かわいく撮れてるしな」山上。
「そこについては、まあ、任せてくれ」
伸司が少しだけとくいげ。
「えへへ、瀬戸ちゃんかわいい!」
瀬戸が、両頬に左右の人差し指の先をちょんとあてて、照れてみせる。
「先輩のカメラの前だと、なんというか我ながら、かわいく笑えてますね。瀬戸ちゃんスマイル100ポイント」
「なんだそのポイント。貯めるとなんかいいことあるのか?」
「なんでしょ。多分こう、お楽しみポイントサービスとかですかね」
「店前駐車で10分間のお買い物ができるスーパーみたいだな・・・」
「いやでも、この調子だと、ほんとに、文化祭、瀬戸ちゃんオンステージになっちゃうわよ、これ」
摩耶の懸念はもっともだった。画面に映るのは、ガラス細工を選ぶ瀬戸、ソフトクリームを頬張る瀬戸、巨大万華鏡を見上げて感嘆の声を上げる瀬戸。
「なんだろ、鉄道系Youtuberの番組の真似ってより、なんかこう、あれだな。違う方向性があるな」
山上が、腕を組んで唸る。
「どっちかっていうと、ほら、『おとな旅あるき旅』みたいな」
ヒロが、的確な指摘をした。
「あ、それや! そういえば太一、なんとなし三田村邦彦に似とるし」
大井の言葉に、部員たちがどっと笑う。
「そうそう、となると副部長はさ、ご不満なわけですよ」
ヒロが、にやにやしながら摩耶を見る。
「なるほど、旦那が、黒壁スクエアで、後輩のかわいい女の子と、ちゃらちゃら、デートみたいに二人旅してるのを見せつけられるのは、どうにも気に入らない」
「ち、違うわよ!」
摩耶が、必死になってあわてて否定する。
「部長、イケメンだからなあ。カッコイイ彼氏持っちゃうと、それはそれで気苦労が大変ですね副部長」
「違うっていってるでしょ! 別にそういうのはぜ・・・ちょっとしかないわよ!」
「ちょっとはあるんだ・・・」
瀬戸が顔を横に向けてぽつりと呟く。
「あのですね、別にわたし、そんな、部長は確かにかっこいい人ですけど、そういう気は、もう、すんごいちょっとしかないですから」
「すんごいちょっとはあるんだ・・・」
今度は摩耶が呟き返す。
「ほんと、ものすごいちょっとだけです。安心してください」
「それは、どう安心すればいいのよ瀬戸ちゃん!『後輩の女の子』って実は太一に3倍特攻だったりするんだからね!・・ってそうじゃない、そうじゃなくて、違うの、そういうのとは違うから! 私は、鉄研の動画として、これじゃあダメでしょって!」
摩耶の悲鳴のようなツッコミが、部室に響き渡る。
「まあまあ、摩耶。こんどまた、二人で行こう、長浜。ペアのカットグラス、作ってこようよ」
と因幡。
「お、旦那が、何やらなだめにかかりおったぞ」
「ほんとにちがうんだからね! ・・・えっと、じゃあ来週行こうね。太一・・・」
摩耶の顔が、夕焼けのように赤く染まる。
「「「うわぁ・・・」」」
「・・・なんだろ、砂糖吐きそう。ってこういうのですかね・・・?」
「いいなー。わたしも長浜で、部長みたいなカッコいい人とデートしてみたいな」
恵留麻が、立てた人差し指を唇の下に添える。
「恵留麻ちゃんは、じゃあ摩耶と行った次の週ね?」
「太一!!!」「「部長!?」」
「おい太一・・・」
「おっと、部長の魔の手が! 恵留麻ちゃん、不倫はよろしくないからね。行くなら僕と行こうよ僕と」
「「「「「ヒロ(さん)!!?」」」」」
夏を迎えた部室は、かなり平和である。
・・・平和かな?




