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第三旅 片町線全駅下車の旅

「活動してない部活動に、予算は出すべきではないんじゃないかって話になってね」

「活動してないってどういうことですか!?」

「僕ら、こうしてここにいますし」


 5月の風が薫る中、レールバスの部室で、つつがなく(?)終わった新入部員歓迎旅行の思い出話に、鉄研部員達が興じていると、めずらしく苦虫を103匹ほど噛みつぶしたような顔をして、部室にやってきた春乃先生は話を始めた。


「去年は文化祭の展示だって、してたじゃないですか・・・」

「その展示が問題でね」


 春乃先生の言葉に、部員達の視線が一斉に壁の方へと泳ぐ。そこには、去年の文化祭で使った写真の名残が、まだテープの跡となって残っている。あの時は、部室の壁という壁が、すべて写真で埋め尽くされていたものだ。

「写真の展示でしたけど」

「この部室いっぱいに写真が貼られていたわよね。覚えてるわ、特にあの写真なんか、私大好きだったな、ほら、若桜駅のホームに立って少しこっち向いて列車を待つ摩耶ちゃんの写真。両手で前に鞄下げて、カンカン帽に、長い髪が風になびいてて」

 春乃先生が、懐かしそうに目を細める。

「ああ、よう覚えとる。伸司が撮った一枚や、副部長のまつ毛に、ちょうどホームの屋根の切り欠きからの日差しが当たって、キラッキラしとってな、なんや、女の子、こんなに上手く撮るんかこの一年、って初めて思たんや。キシン(篠山紀信)かナベタツ(渡辺達生)か、いや秋山庄太郎か、って感じやった」

 大井が、腕を組みながらうなずく。普段は写真を褒めるなんてあまりしない彼が、珍しく饒舌だ。

「うわっ、え、セイさんそんな事思ってたんですか? 始めて聞きましたよ。・・・うーん。そんなにいい写真でした?」

 大井からの意外な言葉、伸司は照れくささに、ぽりぽりと頭を掻いた。彼も普段、写真についてどうこう言ったりしないが、こうして褒められると、存外悪い気はしないらしい。部室の空気が、少しだけ和らぐ。

「まあ副部長の美少女っぷりが、なんつったってキモな写真やったけども」

「うふふん。まっかせて頂戴」

赤くなった頬に手を当て、摩耶がわざとらしく鼻を高くしてみせる。同級生に真正面から美少女と言われて、さすがの副部長も照れ隠しが必要らしい。

「なんで写真部出んと、鉄研にずっと入りびたっとんやこの一年は、とも思ったけどな。まったくもって俺が言うな、なんやが」

「いい写真だったと思うわよ。それはともかく、展示内容は伸司君と、大井君の写真。大井君の、男山の上から撮った、ケーブルカーの向こうに京阪特急が走ってるあれなんかも、すごくいい写真だと思ったわよ」

 今度は春乃先生が、大井の方を見て微笑む。

「まあ、一年撮って、それなりにいい写真があるのは当たり前やけど、お褒めいただいて、ありがたいこってすわ」

礼を口にしながらも、まあ、そういう話じゃないしな、という渋い表情のままの大井。

「どういたしまして。それはともかく、去年の活動展示はほぼ写真だったのよね」

 先生の言葉に、部員たちの顔に納得が広がっていく。そう、去年の文化祭は、ほとんど写真展だったのだ。つまり、鉄道研究会の展示というよりも・・・

「うん、話がわかってきました。セイさんも伸司も、二人とも・・・」

 ヒロが、ぽんと手を打つ。

「そう、写真部との兼部なのよ」

「ああ」

「つまり、」

「写真部が活動してるだけで、鉄研はなにもしてないと」

 誰もが「そりゃそう言えるんだけど」以外の感想を持つことが出来ずにいて、部室に、妙な沈黙が流れた。

「なんや、そんなん言いがかりやないかい」

 大井がぼやく。

「撮っとるこっちは、鉄研の写真や思て撮っとるちゅうねん」

だが、誰もが「まあ、そうは言ってもなあ」と心の中で思っている。

「そういや、プリントも写真部のシュアカラー(*5)でやっちゃったしなあ」

と伸司。

「元々うちは、その昔は大所帯だったから、そのころの予算を引きずってるところがあるのよ。人数にしては随分贅沢な額なの」

 春乃先生が、ため息まじりに言う。

「まあ、それは実際そうですな」

「うちは元々鉄道学校ってこともあって優遇されてたしね。でも今の実態は」

「兼部部員いれても弱小の部だし、まともに活動してないわけだし、なんなら潰して他にお金まわそうってことか」

「そこまでは言わないとしても、人数なりの金額にまで落としたいってところね」

「うーん、実に筋の通った話とは思うんだが・・・減らされる方としては・・・」

「いまさら、今になって言われてもなぁ」

「もう新入部員旅行で使っちゃった分があるから、下手すると、今年はもう、使い切ってしまったってことになるかも」

 摩耶が、心配そうに言う。

「一旦貰った予算もどせっちゅうことですか」

 返せと言われても、もう使ってしまったものは戻せるものではない。

「そういう話になりかねないのよ。使い過ぎた分は来年の予算から引く、みたいな話になるかも」

「その来年の予算も、減らされるかもって話になると、ダブルパンチになっちまうな」

 山上の言葉に、部室の空気が、ますます重苦しくなる。

「みんなには、好きな事して欲しくて、こういうことをしなさい、みたいな指導とか、何も言ってこなかった私も、きっと悪かったんだけれど・・・みんな、ごめんなさいね」

「そんな、春乃ちゃん先生のせいじゃないですよ。春乃ちゃん先生のおかげで、僕ら毎日楽しい」

「まあ、まずは今年は、鉄研は写真部の別室じゃない。きちんと鉄研が活動してます。ってことを、バッチリ見せつけてやんないといけないってわけですね」

 伸司が、カラ元気含みの声を出す。

「部誌でも出すか。ヤマに片町線のダイヤ改善案でも組んでもらって発表するとか」

 ヒロが、冗談めかして提案する。

「地味な発表やなぁ。アピールになるんか?」

 大井が肩をすくめる。

部室の空気は、相変わらず重いままだったが、

「そういうことなら」

総じて、飄々とした笑顔を、一人ずっと崩さなかった因幡部長が、

「前からやりたかったことがあるんですよ」

ニヤリと笑って人差し指を立てた。


 ・


「さあ、この夏も18きっぷが始まりましたっ、皆さんおはようございます! 瀬戸ちゃんです!」

「来たねえ、この季節が。いや毎年三回あるんだけど。

 さっそく電車に乗りまくろうと。部員全員、手ぐすね引いていますが。まずはー?」

「まずは、私たちの一番身近な路線。今日は、「片町線全駅降りてみた」をやってみちゃいます!」


放出駅前、ロータリーの脇で、瀬戸と部長が並んで、目の前のカメラに向かって朗らかに話しかけていた。


「なるほど、動画の発表なら、写真部の活動ってことにはならないわけだ」

山上が関心した風に眼鏡のブリッジに手を伸ばした。

「伸司もセイくんも、写真部であって、放送部でも映研でもない。ってわけね」

「動画はいまいち好きやないんやがなぁ。こう、一瞬を切り取って形にするカタルシスみたいんがなくてやな」

「ぶつくさ言ってないで、マイクブームもっとちゃんと持ってくださいセイさん。下がってきて絵に入る!」


立てた三脚に据えた、やや大き目のビデオカメラのビューファインダーを覗き、部長と瀬戸を撮りながら、大井に指示を飛ばすのは伸司だ。


「それにしても、単に電車撮るだけじゃあかんのかいな。こんな、鉄道系Youtuberの真似事みたいなことせいでも」

よいしょ、と腕を伸ばして、ささえたマイクブームを持ち直す大井。

「いやあ、部長が、ああいうのやりたいってやる気満々だし」

「それにしても、今から夏の分とか張り切って撮らなくてもな。この台本も部長が書いたんだろ? ああ見えて、意外とミーハーというかなんというか、だよなぁ部長」

「太一はそういうとこあるのよ。そういうとこ。穏やかで誠実そうー、みたいに見せといて、何食わぬ顔したままスタンドプレーかましたりするのよね。誰も見てないと結構クズ男だったりするし」

なんだかわりと苦々しげな顔で、しゃべり続ける因幡を見続ける摩耶。

「なんかそういうことでも、前あったんすか?」

「そりゃあいつ、中学の時には・・・・・って伸司あんたもそれ、瀬戸ちゃんばっかどアップで撮ってんじゃないわよ」

ぱこん。ビデオカメラにケーブルで外付けされている、確認用モニターに映し出されている絵が目に入り、摩耶は伸司の頭をはたいた。

「だってすごくかわいいんですよ」

「瀬戸ちゃんがかわいいのはわかってるわよ!鉄研の動画なんだから、主役は駅と電車なんだからね!」

「大丈夫、電車は後で撮ります適当に」

「適当じゃなくちゃんと撮んなさいよ!・・・大丈夫かしら、文化祭で活動展示見に来た人が、瀬戸ちゃんライブシアター見て帰る羽目になったりしないわよね・・・」

「そうだ、それだ!」

脇に居たヒロが、頭の上に電球がポップアップした表情で言う。何か思いついたらしい。

「副部長と瀬戸ちゃんに歌って踊ってもらおう」

「なんだそれ」

「アイドルユニットだよ。ほら、昔から廃部の危機といえば、女子部員がアイドルやって乗り越えるものでしょ」

「なるほど、常識だよなぁ?」

「どこで聞いてきたのよそんな非常識!」

「ただしこの手法だと、まず鉄研がスクールアイドル部に変わってしまうのが欠点」

「致命的な欠点じゃないの!」

「うーむ。」

握りこぶしの親指を顎にあて、斜め上をにらんで、なにやら脳内シミュレーションをしていた山上が、何らかの結論に達した。

「悪くないな」

「悪いとこしか無いわよ!!」

摩耶がわめく。

「だが、タキも入れて3人ユニットのほうがいいんじゃねえか。年齢バランス的にも」

「タキちゃん、そういうの苦手じゃない? やってくれるかなぁ」

「なんで、わたしと瀬戸ちゃんは苦手じゃない前提になってるのよ!?」

「だって副部長はなぁ」

「鉄カラ行くと、最後にメーテルコスでSAYONARA歌うのが持ちネタって人は、そういうのが得意としか思えないですよ」


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