第二旅 新入生歓迎、関西本線・忍者探しの旅 3幕
伊賀は、大阪と名古屋を直線で結んだ、そのちょうど真ん中あたり、上野盆地にある忍者の里だ。
「お腹すいたー!」
上野市駅(忍者市駅)に降り立つなり、恵留麻が大声を出した。
「忍者もご飯は食べるんですよね? 駅弁とかないんですか?」
お腹を押さえながら情けない声で続ける。
「残念ながら、このあたりは駅弁を売ってるような駅は無いんだよなあ」
改札を抜け、旅装束の松尾芭蕉の銅像が街を眺める駅前ロータリーに出ながら、因幡が申し訳なさそうに言った。どうでもいいけど、こんなところにぼーっとつっ立ってるから正体は忍者だとか公儀御庭番とか、無いこと無いこと言われるんですよ俳聖先生。
「そんなあ。旅の楽しみの半分が失われました」
「カロリーメイトあるけど、小腹満たしにかじっとく?」
見かねてそんなことを言ったヒロから、バランス栄養パサパサブロックをせしめると、恵留麻は恨みがましそうに因幡を見ながら、カプカプとかじる。
そんな彼女の様子に、因幡はにやりと口の端を吊り上げた。
「まあ、確かに上野に駅弁はないんだが、かわりに夕食は楽しみにしていてくれ」
「え? なんかおいしいもの、たべられるんですか!?」
「ふふふ。それは後のお楽しみ、と言いたいところだが、まあ、もう言っちゃうかな」
因幡は、芝居がかった仕草でひとつ咳払いをすると、高らかに宣言した。
「夕食は、伊賀牛だ!」
「「「いがぎゅうっ!?」」」
恵留麻の叫びと、他の部員たちのどよめきが、上野市駅の駅前ロータリーにこだました。
「伊賀牛って、つまり伊賀の、うし、ですよね!? そうなんですよね部長!」
新次郎構文気味に恵留麻は因幡に詰め寄る。目を見開き、瞳をきらめかせて。
「ああ、そうだ。豊富な鉄研の予算を、ここぞとばかりに投入させてもらう」
因幡が胸を張った。その姿は、後輩たちには後光が差して見えたかもしれない。
「伊賀牛はすごいぞ」因幡はなにやら得意げに人差し指を立てた。
「なんといっても、かの日本一のブランド和牛、松阪牛の、すぐお隣で生産されているわけだからな。まさに直接のライバルといってもいい存在だ」
「ごくり・・・」
誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
「肉質は松阪に勝るとも劣らない。松阪のような霜降りではなく、赤身にこそ真価がある牛と言われていて、柔らかく、それでいてあっさりとした、その赤身のうまさでいえば、松阪以上かもしれん」
「まつさかいじょう!!」
恵留麻の瞳の輝きが、さらに激しくなる。
「柔らかさと甘みを存分に味わうことができて、霜降り肉よりも、焼肉にはむしろ好適とされているんだ」
「やーきーにーくーー!」
天を仰いで、高らかに歓喜の叫びを上げる恵留麻。
「君の舌と胃袋に、確かな満足を約束しよう」
因幡が、サムズアップと供にどこかのCMのような決め台詞で締めくくる。おかげですっかり夕食のことで頭がいっぱいになってしまった鉄研一行だったが、
「夕飯までまだ時間があるからな。折角来たんだ、忍者屋敷を見に行くぞ!」
因幡の号令一下、部員たちは、まずは意気揚々と伊賀流忍者博物館へ向かって歩き出した。
駅を出て歩き始めると、日本史教師である春乃先生のギアが変わった。
「見て、みんな、あれが伊賀上野城。築城の名手、藤堂高虎が改築したことで有名ね。西側の高石垣の高さは。大阪城に次いで日本で2番目。すぐそこだし、なんなら見に行ってもいいけれど」
忍者博物館へ向かって歩きながら、春乃先生が解説を始める。その姿は、いつもの優しげでほんわかした雰囲気の先生とは少し違って見える。違って見えるというか、実際、普段の教師らしいスカート姿に対して、今日は旅行らしく動きやすさを重視した機能的なパンツルックだったりするので、だいぶ違ってますが。
「そして、伊賀といえば、荒木又右衛門の『鍵屋の辻の決闘』よね。三十六人斬りの伝説で知られる、日本三大仇討ちの一つ。その鍵屋の辻もわりとすぐそこよ」
「そっか、本当に、あるんですね、鍵屋の辻・・・。春乃先生、あれって、史実、なんですか?」
滝川みどりが尋ねると、春乃先生は楽しそうに目を細めた。
「いい質問ね、みどりちゃん。もちろん、三十六人斬りというのは後世の創作。実際に斬ったのは二人か三人だったと言われてるわね。でも、たった一人で多くの敵を相手にした又右衛門の武勇伝が、講談で語られたり、お芝居で演じられたりしているうちに、どんどん派手になっていったの。人々の『こうであってほしい』という願いが、歴史を物語に変えていったのよ。それもまた、歴史の面白いところね」
部員たちの間に、春乃先生のそんな言葉が流れていく。
「ちなみに、日本三大敵討ちの二つ目は、忠臣蔵。かの赤穂浪士の赤穂は、新快速一本でいけちゃうんだから、興味が出たら赤穂城も見に行ってみてね。それから最後の一つ、曽我兄弟の曽我寺は静岡県の富士市。ちょっと遠く感じるかもしれないけれど、私たち鉄道ファンにとっては、ちょうどいい位の旅の目的地よ」
忍者屋敷では、どんでん返しや隠し扉に、皆、子供のようにはしゃいだ。忍者ショーでは、本物の手裏剣や鎖鎌を使った迫真の演武に見入る。
「なかなかの迫力だったな。割と大阪から近いのに、今まで来たことなかったのが不思議なくらいだ」
「関西人の鉄道オタクが、意外と梅小路の鉄博に行かないと同じようなもんじゃない?」
ヒロのツッコミに、皆が苦笑いを浮かべた。
博物館を出たところで、ちょうど、別行動をしていた写真部組が、向こうから忍者博物館へ向かって近づいて来るのが見えた。
「あ、来ましたよ。セイさーん。伸司せんぱーい」
瀬戸が大きな声を張り上げる。
「いい写真、撮れました?」
「うん、なかなかいい感じだったよ。すごい山の上まで連れて行かれて、疲れたけどね」
「へえー。見せてくださいよ」
「ちょっとまってな? 瀬戸ちゃん」
大井が、リュックのカメラバッグの、肩ベルトに吊った愛機をホルダーから外し、裏面のモニターに、撮ったばかりの写真を映しだす。
「ほら」
「わ、きれいな景色! って、これ、電車どこに写ってるんです?」
「電車じゃないで、気動車。ここ、ここ」
「あ、これかぁ。ちっちゃ! なんだかこれじゃ電車の写真というか、ただのきれいな風景写真みたいですよ」
「まあ、そうかもわからんな。いうても、どうせ撮るなら綺麗な写真のほうがええやろ?」
「確かに。そうですね!」
無事合流した一行は、陽の傾きかけた道を、土産物屋を冷やかしながら、ぞろぞろと宿に向かって歩いて行くのだった。
・
だがその道中!
ふと気づくと、女子部員たちの姿が見えない!!
「あれ?」
伸司が足を止める。他の男子部員たちも次々と異変に気づいて立ち止まる。
その瞬間、背後から忍び寄った影が、因幡の首筋に、プラスチック製のクナイをぴたりと突きつけた。
「おとなしくするのよ、太一!」
振り向くと、そこに立っていたのは、見事なくノ一装束に身を包んだ、摩耶、みどり、瀬戸、恵留麻の四人だった。どうやら、貸衣装屋で、こっそり着替えてきたらしい。
「うわっ!?」
「ひゃ~」
「おおーー!」
「これは見事だな」
「副部長、派手に似合うとるやん」
摩耶のくノ一姿は圧巻だった。濃紫を基調とした、体にぴったりとフィットした忍者装束、括られた長い髪は彼女の美しいプロポーションに沿って舞い、その輪郭を際立たせている。
「今日伊賀上野から乗った電車にラッピングされてたくノ一さん(*4)みたいですよねえ。そもそも副部長、メーテルさんみたいに美人だし」
と自分もくノ一姿で恵留麻。
そんな美しい副部長のくノ一姿をおいといて、しかし男子部員たちの視線は、なぜか彼女とは別な方に、多分に引っ張られ気味になっている。
二年生部員、滝川みどり。
それは、それはなぜかっ!
彼女の忍者装束は、ある一部について、なんというか、微妙に布地面積が足りてなさそうなのだ!本人は恥ずかしそうに俯いている。だが、それがかえってそのなんだ、ありていにいうとなんかがこぼれちゃいそうなのである。好事家の読者諸兄には、これまで、その描写が足りていなかったことをお詫びせねばなるまい。つまりは、彼女は豊満であった。
「・・退魔忍じゃん」
ヒロが、ぽつりと呟いた。
「退魔忍やな」
大井が、深く頷く。
「退魔忍だね」
山上が、眼鏡のブリッジを中指で支える。
男たちの熱い視線と謎の評価に、みどりの顔は真っ赤になる。
「なに言ってんのよ」
摩耶のクナイがぱこん、ぱこん、ぱこん、と三回、各人の頭頂にぶつかった音がした。
「セイ君!伸司!」
「なんや?」「なんです?」
「撮影禁止!」
「殺生なぁ!!!」「わかってますって」
そんなこんなで大いに盛り上がった一行は、伊賀牛の待つ宿へと、賑やかに歩を進めたのだった。
宿に着き、待ちに待った夕食の時間。広間のテーブルに並べられた、美しい伊賀牛の花びらに、部員達から再び歓声が上がる。ジュウ、と音を立てて、肉が焼かれていく。香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がる。
部員たちは、その極上の味に舌鼓を打ち、旅の疲れを癒やした。
こうして、鉄研一行の最初の旅の、長くて楽しい一日は、満足のうちに更けていった。
・
翌日、宿をゆっくり目に出た一行は、結局、春乃先生のプッシュで鍵屋の辻公園を見にいったりした。帰りの行程は関西本線を戻らず、伊賀上野から柘植へ、そこで乗り換えて、草津線で北上。
一旦信楽高原鐵道に寄り、部員全員で衝突事故の慰霊碑を参拝する。
再度乗り込む草津線の線路は、やがて南西へ大きなカーブを描いて東海道本線に合流。草津(not上州の温泉)へ到着すると、車窓は一気に市街地となってくる。ここから新快速に乗ってしまえば、今日帰る放出への最後の乗り換え駅、新大阪はあっという間。滋賀、京都、大阪の三府県を串刺して、1時間はかからない。
新入部員歓迎旅行が、終わりに近づく。
おおさか東線、新大阪から乗り込んだ久宝寺行きは、今回の旅の最終ランナーだ。部員たちは、一日中動き回った疲れからか、口数も少なく、電車の揺れに身を任せていた。
「でも、面白かったね。伊賀牛おいしかったし!」
恵留麻がそう言って、なにかを気にしている瀬戸の肩を揺さぶった。
瀬戸が答える。
「なんか、忍者探しの旅とか部長言ってたけど、探さなくても一杯いたね忍者。忍者屋敷に」
「むちゃむちゃいたよね!。私たちもくノ一になったしね」
二人は顔を見合わせ、笑った。その笑顔に、他の部員たちの口元も自然と緩む。
瀬戸の耳がぴくぴくと動いた。窓の外へと顔を向ける。
「それにしても、この電車、なんだかやたらカコカコ言ってない?」
「そうだねー。カコカコカコカコ。なんだろこれ?」
「なーんかかわいい」
瀬戸は耳の後ろに手を当てて、全身で音を味わう。
「あー、フラット音出てるなぁこりゃ」
訳知り顔で解説を始めるのは山上だ。
「なんです?それ」
「きっついブレーキ掛けちゃって、車輪の一部が削れて平らになっちまうと、そこでレールを叩いちゃって音が出るんだよ。車輪にできた、平らな部分が原因だから、フラット音ってわけ」
「へぇー!大丈夫なんですかそれ」
「大丈夫、ちゃんと、そのうち車輪を丸く削りなおすことになってるから」
「なぁんだ、戻っちゃうんだ。この音ずっとしてたらいいのに」
「そういうわけにはいかないよ。まあ、確かに愉快な音かもしんねーけど、放っておくとレールも車輪も傷むからな」
山上がやれやれと肩をすくめる。そんな三人のやり取りを、他の部員たちは微笑ましく聞いていた。
・
「これにて、新入生歓迎・忍者探しの旅は無事終了。全員、お疲れ様でした」
放出駅の改札前。因幡が、少し大げさな口調で旅を締めくくろうとしている。
「新入部員の二人、楽しんでくれたかな?」
「「はいっ!」」
瀬戸と恵留麻が、満面の笑みで、元気よく返事をした。
その笑顔を見て、上級生たちも、春乃先生も、満足そうに頷く。
新しい仲間を迎えた鉄道研究会の、長いようで短かった二日間。
春の柔らかな夕日が、駅舎を照らしていた。




