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第二旅 新入生歓迎、関西本線・忍者探しの旅 2幕

 木津川の渓谷に沿って、大阪第一産業高校、鉄道研究会の部員達が乗った単行(*3)の気動車(ディーゼルカー)はごとんごとんと、のどかなリズムを刻みながら進んでいた。

車窓には、春の名残を惜しむかのように咲く、山桜の姿が見える。


 鉄研一行は、新入生歓迎旅行の途中だった。

目的地は伊賀上野。

「いにしえの大幹線、関西本線に乗って、伊賀の忍者を探しに行こう」

今年の新入生歓迎旅行は、そんなテーマらしい。


「探しに行くって、いるんですか? 忍者」

「さあ、それは行ってみてのお楽しみ、だな」

歓迎旅行の行き先を決める部員たちの相談がまとまった時、因幡部長は、そういって悪戯っぽく笑ったものである。


 車内には、立客がぽつぽつ出る程度に乗客が乗っている。いたってのどかだ。床下から響く、少しばかりくたびれたエンジンの音が、のんびりとした空気に溶けていく。

部員全員が、心地よい眠気を誘う、ゆりかごのような列車の揺れを楽しんでいる中、一人だんだんと顔色が青くなっていく人物がいた。

「うっ・・・」

副部長の赤石川摩耶である。

隣に座っていた因幡が、その異変に気づいて声をかける。

「摩耶? どうした、?」

「だいじょうぶ・・・なんか、ちょっと、酔った、みたい・・」

鉄道旅行は慣れているはずの副部長だが、気動車(ディーゼルカー)特有の断続的な揺れと、排気の匂いにやられてしまったのかもしれない。


「ゆっくり息をして、もうすぐ笠置だから、な?」

因幡が、優しく背中をさすった。摩耶は、こくりと小さく頷くことしかできない。

そんな二人を乗せた列車は一つ大きく揺れて、駅の手前の分岐器を渡り、古い木造の跨線橋が印象的な笠置駅へとゆっくりと滑り込んだ。


列車が完全に停車するかしないかのうちに、摩耶はよろよろと立ち上がった。

逃げるように乗降扉から降車すると、たまらずホームの隅に駆け寄り、下を向いてえづく。


「摩耶、大丈夫か!」

追って降車した因幡が寄り添い、その背中をさする。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・。 ・・・太一、あなたの子よ」

「摩耶ちゃん!」

「おい、こういう時にタチの悪い冗談はやめてくれ」

「ごめんなさぁい」

まだ顔色は少し青く、肩で息はしているが、てへっと明るい表情で因幡を見上げる摩耶。

因幡は、心底呆れたという顔で、しかし、その手は優しく摩耶の背中を撫で続けた。

「もう! 摩耶ちゃん! まさかと思ったけど、もう先生、一瞬本気にしちゃったじゃない!」

因幡の後ろからついてきて、心配そうに見守っていた春乃先生が、ほっと胸をなでおろす。

「まあ、その調子なら、暫らく休めば大丈夫そうね」


 ・


「みんな、一本遅らせちゃったわね。ごめんなさい」

結局、全員が摩耶達を追って降車し、笠置駅のホームは期せずして鉄道研究会の臨時部室と化していた。

「まあ、もともと写真部組はここで降りて一旦別れるつもりやったし、今日は上野までで、時間には余裕がある旅や。なんとでもなるやろ」

「トラベルミン、飲んどけばよかった。矢立さんも、大丈夫だった?」

「私は、あの子のエンジンの音聞いてたら、ぜんぜん平気でした。相性、良かったみたいです」

瀬戸は、わりとケロリとした表情で答える。

「うう、情けないわ。普段はこんなことないんだけど」

「じゃ、すまんが、予定通り写真部組はここから一旦別行動させてもらうで。伊賀で再合流や」

 大井が、摩耶の回復を見届けて落ち着いた一行に、そう宣言した。隣には、帆布のショルダーバッグを肩にかけ直す伸司の姿がある。

「了解。道中気をつけろよ、セイ」

 因幡が鷹揚に頷いた。

「俺は行き慣れた場所やからな、特に危ないとこもないし、そう気を付けるっちゅうこともないんやが、ま、安全には留意して行くわ。ほな」

「いきましょう、セイさん」

「おう」

 軽く片手を上げて応えると、大井はさっさと改札へと向かう。伸司もぺこりと皆に頭を下げ、その後を追った。


「おふたり、どこいくんですか?」

 千代田恵留麻が、去っていく背中を見送りながら尋ねた。

「この先に木津川橋梁って鉄橋があってね、そこを通る列車が絵になるから、それを撮るんだって」

 ヒロがしたり顔で解説する。

「セイがいつも行ってる、木津川橋梁をうまく撮影できるポイントがあるらしくてね。まあいい機会だから、その場所を教えに、伸司をつれてくらしい」

 因幡が言葉を補った。

「へえ」

「あれだよな。弟子が師匠の秘伝を教わる、みたいでちょっとエモいな」

 山上も、腕を組んでうんうんと頷いている。

「確かに。なんかマツタケ生えてる秘密の場所を、こっそり教えてもらってるみたいですね」

 恵留麻の独特の例えに、摩耶がくすりと笑った。

「そんなこと聞いたら、セイくんが五十過ぎのオッサンに見えてきたじゃない」

「判断が遅いぞ。僕は2年前、セイに初めて会ったときから、あいつのことは河内のオッサンだと思ってるからな」

 因幡が真顔で言い切る。

「あはは、ひどぉい」


 ・


「い、いったいどこまで登るんですセイさん・・・」

 伸司の息が上がる。目の前には、終わりが見えない上り坂。舗装などされていない、獣道に近いような細い杣道が、鬱蒼とした森の中へと続いている。

「まだまだ、半分ってとこや。弱音を吐くな。いい写真は足で撮るんや、足で」

 大井は、息一つ切らさずにこともなげに言う。

「それ、いつも言いますよねセイさん・・」

「高いとこから撮るだけで、まあ3割くらいいい写真に見えるからな。ほら、たゆまず歩めよ若人」

「若人って年寄りみたいな、セイさんと俺、一歳しか違わないじゃないですか」

 軽口を叩く余裕も、そろそろなくなってきた。シャツが汗で肌に張り付く。

「って、だいたい、こんなとこから列車撮れるようなとこ、あるんですか? なんかこう、もっとそれらしい線路傍とかならわかりますけど、ここ完全に森の中じゃないっすか・・・セイさん、これをいつも登ってるんですか、ほんとに?」

「まあ季節ごとにいっぺんは登っとるよ。ぶつくさ喋っとると余計キツいで」

 大井は、迷いのない足取りで、ひょいひょいと軽快に斜面を登っていく。

「んで、どっから撮れるってんです」

「この斜面を登ってな、稜線に出たとこあたりに、ちょうどうまく視界が開けとるとこがあるんや。そこから俯瞰で撮る木津川の絵がな、おっと。なかなかなんよ」

「なるほど、いい絵のためには、この程度の山登りの苦労など、なんということもないと」

「おう、写真ってのは足で撮るんや、足で」

「さっきも聞きましたよ、それ。で、あとどれくらいです」

「まだ半分ってとこやな」

「さっきからずっと半分な気がするんですけど!」

 伸司の悲鳴に似た声が、木々の間にこだました。


 どれくらい登っただろうか。不意に視界が開けた。空が近い。

「よし、ここや」

 大井が足を止める。そこは、山の稜線の肩のような場所だった。木々が切れ、眼下に壮大な景色が広がっている。

「うわ・・・」

 伸司は、思わず息を呑んだ。

はるか下を、木津川が流れている。川面に太陽の光が反射し、きらきらと輝く筋に見えている。そして、その筋を跨ぐように、白く塗られ、少し赤茶けた鉄骨のトラス橋が掛かっているのが小さく見える。関西本線、木津川橋梁だ。まるで模型のような、しかし圧倒的な存在感を放つ風景。

「ここから、ほらあっちに」

 大井が指さす先には、先ほどまで自分たちがいた笠置駅もまた小さく見えていた。鉄研の部員たちが、次の列車を待っているはずだ。

「別に、車窓にみんな乗ってるのが撮れるような距離じゃないし、こんなゼイゼイ言って登って、無理にみんなの列車に間に合うように来なくても・・・」

「あほ、逃すと次は1時間後やろが。ぼーっとしとると通り過ぎてまうぞ。さあ、三脚建てろ、ファインダーを覗いて絵を決めとけ。ほんであとは列車が通る時、いい光線になっとるのを祈るだけや」

「へいへい」

 伸司は言われるがままに帆布のショルダーバッグから三脚を取り出し、手早くセットした。ファインダーを覗き、構図を調整する。

「おー、これはイヤラシイ。最高ですね」

「お前、そのセリフは使い方間違っとらんか・・・。いや、あっとるのか。まあ、最高のロケーションではあるな」

 大井も、満足げに頷きながら、自分のカメラを準備する。

 やがて、遠くから微かに列車の音が聞こえてきた。

「こんな遠くても、聞こえるもんですね。列車の音・・・」

「大阪の市内でも、夜中なんか、えっらい遠いとこ通る貨物列車の音が聞こえてくるやろ。まわりが静かなら意外と音ってのは通るんや。あとここは、木津川の川面に音が反射しとるんやないかな。さ、来るで」

 伸司は、ファインダーに全神経を集中させた。緑の渓谷、青い川、白い鉄橋。そして、そこに現れるであろう、単行の気動車。

 来た。

 緑の中に、銀色の車体が姿を現す。キハ120だ。ゆっくりと、しかし確かな歩みが、鉄橋にかかってゆく。

 二人のシャッター音だけが、静かな山頂に響いた。



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