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【完結】それでは、ひとつだけ頂戴いたします  作者: 楽歩


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38.祝福の空に、君と END

 幼い頃の、ひとひらの記憶。あの日もこんな風によく晴れた日だった。




 ルシアンは、風に舞う花びらを両手いっぱいに集めると、空へ向かってふわりと放った。

 ひらひらと宙を踊る、即席の花吹雪。春の陽に透けて、きらめいて見えた。


「わあ……」


 思わず、息をのんだ。あまりの美しさに、私はその場に立ち尽くしてしまった。


 けれど――


「綺麗……でも、ダメよルシアン。お花が可哀想じゃない」


 無意識に、眉をひそめていた。


 ルシアンの表情が曇る。思い描いていた反応と違っていたのだろう。私はしゃがみこみながら、そっと微笑んだ。


「……だから、全部拾ってポプリにするの。ちゃんと最後まで大事にするのよ」


 ルシアンは頷き、私の隣で花びらを拾い始めた。


 やわらかな春の光が、二人の影をそっと包み込んでいた。






 


「ふふっ」


「……思い出し笑いかい?」


「ええ、マティアス。子どもの頃のことを思い出していたの。今日と同じくらい、あたたかな日だったわ」


 春の陽射しの下で、舞い上がる花びら。優しい記憶が胸にふわりと広がる。


「今日は、結婚式に招待してくれてありがとう、クロエ様。僕だけじゃなくて、家族まで」


「当然よ。ご家族とも――長いお付き合いになるのですもの」


 優しく笑って返す私に、マティアスはそっと頷いた。マティアスは、貴族に戻っても私に”様”を付けて呼ぶ。話し方はフランクなのに。つけなくてもいいと言っても『恩人だからね』と、微笑んで流してしまう。




 コンコンコン




「……どなたかしら?」


 扉が勢いよく開いた。


 


「まあ! なんて美しい花嫁なのかしら! あ、失礼。私、マティアスの姉のエリスですわ。ああ、ようやくお会いできて嬉しい。そうだわ、ちょっと相談があって。マティアスの第2回展示会、ぜひ我が家で開かせていただけないかしら――」


 怒涛のような言葉の嵐。これがマティアスのお姉様……。


 


「お、お姉様! ちょっと勘弁してくれよ! 今日は、クロエ様が主役なんだから。いま展示会の話を持ち出さなくても!」


「だって、予定は、早めに押さえておきたいんですもの!」


「ふふ。いいですわね、展示会。楽しみにしていますわ」


「本当? まぁ、嬉しい! じゃあ、詳しい話は後日ということで!」




 嵐のように現れて、嵐のように去っていった。マティアスが、困ったように頭をかいている。


 


「クロエ様……姉が本当にごめん」


「いえ、素敵なお姉様ね。たくさん、あなたの絵を集めていらっしゃるとか」


「うん。父は展示会のときは本当にしつこいくらい、“熱心に褒めてくれる人”にしか絵を売らなかっただろ? 姉は……たぶん、それ以上かもしれない……。なにしろ、額縁まで自分で選びたがるからね。……正直、ちょっと気が重いよ」


「それだけ、あなたの絵が大切にされている証ですわ」


「はは、ありがたいことだと思わないとね。おっと、ついおしゃべりがすぎてしまった。そろそろ、僕は、招待客の席へ戻るよ」


 


 そう言って、マティアスは優しい笑みを残して去っていった。そっと扉を見つめながら胸に静かな温かさを抱いた。

 


 今日この日は、きっと素敵な思い出になる――そんな気がした。








 式の会場となった礼拝堂は、長い時を刻んだ石造りの壁と、新たに整えられたステンドグラスが美しく調和し、“過去”と“未来”がそっと寄り添っているような、やわらかな空気に包まれていた。



 装飾はあくまで控えめに、それでいて隅々まで行き届いた心配り。

 銀を基調とし、ところどころに飾られた淡いブルーの花々は、私の瞳の色に合わせたもの。




 ――それは、ルシアンが静かに提案したものだった。


 静かな音楽が流れる中、席には、もうすでに泣いている弟、商会の仲間たち、支配人のグレゴリー。孤児院の子どもたちに、マティアスと絵を支援する画家たちなど。私の今を作る方たちが見守っている。



 私が歩みを進めると、会場のざわめきがすっと静まり、その一歩ごとに、皆の想いがそっと重なっていくのを感じた。



 祭壇の前で、ルシアンが待っている。

 いつもと変わらぬ穏やかな笑み――けれどその目元は、ほんの少し赤かった。




「これまで、待たせてごめんなさい」



 私の囁きに、ルシアンは微笑む。




「やっと、君が私の元へ来てくれた」




 神官の静かな声が空気に溶けるように式を導き、その間も、私たちは何度も目を合わせた。


 ――言葉にならなくても、心はもう繋がっている。


 それでも、たったひとつの誓いを交わしたかった。




「病める時も、健やかなる時も、貴方の隣に在りたい」




 私の声は、確かに礼拝堂に響いた。




「たとえすべてを失っても、君を守りたい。生涯、君と共にあると誓う」




 ルシアンの声は、深く、あたたかく胸を打つ。指輪が交わされ、静かに満ちてゆく幸福の余韻。




「では――二人を夫婦と認めましょう」




 神官の言葉と同時に、参列者たちの拍手が柔らかに起こり、やがて、礼拝堂いっぱいにあたたかな波となって広がっていった。


 その瞬間――


 空中に、ふわりと淡い光が舞い上がる。





「え? ルシアン、これ……?」


「魔道具だよ。《華雨の祝福》っていうんだ。――まあ、見てて」



 花模様の彫刻が施された円盤型の魔道具。

 その表面が静かに輝きを放ち、刻まれた花々が命を得たように浮かび上がる。




 一瞬の静寂――




 そして次の瞬間、色とりどりの花びらが天へと舞い、空から、優しい花の雨となって降り注いだ。



 風に乗って舞い落ちる花びらたちは、まるで祝福の舞を踊るように軽やかで幻想的。ただ美しいだけではない。場の空気そのものが、花々の力で清められてゆく。淡く甘い香気が礼拝堂に満ち、柔らかな光と温もりに包まれた。



 グレゴリーがそっと目元を拭い、子どもたちが


「わぁすごい!!」

「きれいー!」



 と無邪気に騒ぎ出す。


 その中で、ルシアンが静かに囁いた。





「君を愛してる。今日だけじゃない、明日からも、ずっと」


 私は笑って、彼の頬に手を添える。



「じゃあ、これから毎日、言ってもらおうかしら」




 そして――花々が舞う中、私たちは静かに唇を重ねた。




 時間が止まったようだった。




 淡く香るラベンダー、桃色の桜、ひらひらと揺れる紫陽花の薄青――その花びらが、祝福の言葉を囁いているようだった。



 静寂を破ったのは、子どもたちの歓声だった。



「お姫様と王子様みたい!」

「おめでとう!」


 無邪気な声が礼拝堂いっぱいに響き、笑い声が広がる。



 幸福感と祝福に満ちたその空間は、まるで夢の中にいるようで――

 けれど確かに、現実に起きた小さな奇跡だった。




「まあ、この花、消えるのね」


「もう怒られたくないからな。『お花が可哀想だわ』って」



 ふふ、覚えていたのね。



「綺麗ね……ねえ、ルシアン……この魔道具、絶対売れるわ!」


「ははっ。君ならそう言うと思ったよ」




 花々の香りと温かい光が、私たちの周りに満ちていた。

 私はそのまま静かに目を閉じ、二人の未来を思い描いた。




 END



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