表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】それでは、ひとつだけ頂戴いたします  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/39

16.浮かぶ灯と心の灯

 湯気の立つティーカップを手に、私たちはひとときの再会を楽しんでいた。


 時間を忘れて話に花を咲かせる。積もる話題は尽きず、笑い声が自然とこぼれた。


 やがて話題は現在の商会のことへと移り、私はふと、先ほどグレゴリーと話していた話題を口にした。




「実はね、探している人がいるの」



 ルシアンは、静かにうなずきながら聞き、黙ってお茶を一口飲んだ。何やら思案しているようだが、やがてぱっと明るい顔になった。



 そして——




「なるほど。いいものがある」




 ぽつりと呟いたかと思うと、彼は傍らの大きなカバンを引き寄せ、ごそごそと探し始めた。その唐突さに私は思わず身を乗り出す。




「……あった、あった。これだ」


 彼が取り出したのは、独特な意匠の鏡だった。




「これは『追跡の鏡』。持ち主が探している相手の姿を映し出す魔道具だ。条件は一つ。探している人物と、持ち主が一度でも顔を合わせていること」


 魔道具からは、ただならぬ力が滲んでいた。私の視線は自然と吸い寄せられる。




「すごいわね……これも、あなたが作ったの?」


「まあね。とある貴族に頼まれて」


「……なんだか、犯罪の匂いがするわ」


 冗談めかして言うと、ルシアンは肩をすくめて笑った。




「はは、国家資格を持つ者が犯罪に加担したら、資格を剥奪されるよ」


 その口調に、変わらぬ信頼と柔らかさが滲む。私は少しほっとしながら、ある現実的な問題に思い至った。




「……いくら払えばいいのかしら」


 ルシアンはふと真顔になり、それからふっと微笑んで言った。



「ああ、それなら使用料の代わりに——私を雇ってくれないか?」


「雇う?」


 思わず聞き返す。




「王立魔導技術院で働いていたんじゃなかった?」


「ん? 辞めてきた」


「えっ……辞めたの!?」




 驚きで声が上ずる。




「意外と研究費をけちるんだよ。それに、指定されたものじゃなくて、自分が作りたいものを作りたい。君が支援してくれたら、絶対に損はさせないよ」



 国が研究費をけちる? ルシアンが作る魔道具は、ただの道具ではない。普通の貴族では手に入れることができないような、特別なものばかりだ。いくらでも研究費の元は取れるだろう。



 ——自由に作りたいから。


 その言葉に、彼の本心がにじむ。


 もちろん私が雇っても損などするわけがない。しかしーー


 私は迷いながらも、隠そうと思っていたことを告げる決心をした。




「……その前に、一つ謝らせて」


「ん?」


 視線を伏せ、私は言葉を選びながら続ける。




「あなたが送ってくれた魔道具、新しい商会を立ち上げたり邸を用意したりする資金のために、一度、担保にしてしまったの。今は、商会が軌道に乗ったから、手元に戻ってきたのだけれど。相談もしないでごめんなさい」


 一瞬、時間が止まったように感じた。私は彼の顔を見ることができなかった。


 だが——



「なんだ、そんなことか」


 ルシアンはさらりと笑った。




「クロエにあげたものをどう使うかは、クロエの自由だよ。気にすることはないさ。これから、作ったものは担保どころか、ばんばん売ってもらうことになるんだし」


 その優しさに、胸がぎゅっとなる。




「でも、罪悪感があるなら——ここで雇ってもらいやすいな。住むところもちょうどよかった。君の邸の出資者は私といってもいいんだろう? じゃあ、クロエの邸に住もうかな。それで、罪滅ぼしというのはどうだい?」



「ふふ、それでいいわ。これからよろしくね」


 差し出した手を、彼はしばらく見つめてから、にっこりと笑い、しっかりと握り返した。




「それでは雇用に関しての契約書をおつくりしますね」


 グレゴリーがいつの間にか近づいてきて、満足げに声を上げた。




「国家資格持ちの魔道具師……給料、どのくらいが相場なのかしら」


「うーん。出来高でもいいよ。住む場所の心配もなくなったし」


「構わないけど……出来高って、逆にすごい金額になる予感しかしないわね」


「はは、報酬はそっちで決めていい」



 ルシアンは肩をすくめて笑った。




「そうだ、商会がインテリア中心だって聞いて、いくつか作ってきたんだ。見てみる?」


「ぜひ!」



 私は目を輝かせる。ルシアンが見せてくれる魔道具に、胸の高鳴りを抑えられなかった。


 彼がカバンから取り出したのは、どれも洗練された造形と確かな力を秘めた逸品ばかり。




 ルシアンはまず、ひと呼吸おいてから、一つ目の魔道具を取り出した。



 現れたのは、宙に浮かぶランプ――否、まるで月の雫が空中に留まっているかのような、幻想的な灯火だった。

 私は思わず息を呑む。



「これ、浮遊するランプ。壁にも天井にも取り付けない。空気の中に、こうして浮かべるんだ」


 ランプはふわり、と浮かぶ。

 ただそこにあるだけなのに、空間全体が温かく包まれていくようだった。




 続いて彼は、慎重にもうひとつの魔道具を取り出した。

 細やかな彫刻が施された花瓶――だが、ただの美しいだけではなかった。


 つぼみの花を挿すと、ほのかに音楽が流れ始めた。

 まるで花の鼓動が音に変わったかのように。



「音色の花瓶だ。咲くたびに、その花に合った音楽が流れる。静かで、心が和らぐメロディーさ」


 部屋の空気が一変する。

 春の風のように優しい音色が、静かに空間を染めていく。




「すごいわ……」


 私は思わず、声に出していた。


 ルシアンは小さく笑い、さらに魔道具を取り出していく。



 温度を感じて調整するクッション。

 座るたびに、まるで“いまの私”に最適な温もりを与えてくれる。


 香りの風を送るポットは、ゆっくりと香気を放ち、部屋の隅々まで心地よい空気で満たしていく。


「どうだ、売れそうか?」


 ルシアンが得意げに尋ねる。私とグレゴリーは顔を見合わせ、思わず声を揃えた。


「「もちろん!」」




 ランプの炎がまた揺れた。



 私はその光に目を戻しながら、静かに言葉を探す。少しの沈黙。それは、きっと今から話すことの重さに、自分なりの覚悟を整える時間だったのだと思う。


「ねえ、ルシアン……」


 炎の明滅が彼の頬を照らしていた。優しく、何も言わずに待ってくれるその瞳が、私の背中をそっと押す。



「巻き込むつもりはないのだけど――私、アルベルト様にけじめをつけさせるつもりなの」



 声に出して初めて、その言葉の意味が自分自身に沁みてきた。


 けじめ――あの人に、責任を取らせる。



「けじめ?……慰謝料をもらえなかったのか?」


「慰謝料なんて、最初から期待してない。でも――ずっとお義母様を、あの人が苦しめてきたことだけは、どうしても許せないの、そのけじめ」


 ルシアンの表情がわずかに曇る。



「それは、クロエがやるべきことなのか? 義娘が君が、本当の息子に対して?」


「お義母様に頼まれたわけではないわ。でも、アルベルト様は、見舞うこともせず、葬儀にもろくに顔を出さず、今は暢気に幸せになろうとしている……許せないの」


「そんなのがクロエの元夫……辛かったな」



 私はそっと目を伏せて言う。




「私は……ただ、アルベルト様に愛されなかっただけ。でも、私も愛していなかったから、それは別にいいの」


 しんとした空気のなか、ルシアンはゆっくりと頷いた。



「そうか。じゃあ、巻き込まれるのも、協力するのも、いざという時に止めるのも――全部、私に任せておけ」



 私は一瞬、目を見開いた。



「……いいの?」



 ルシアンは、どこか懐かしむような目で、やわらかく笑った。




「ああ。幼い頃も、そうだっただろ?」



 胸がふわりと熱くなる。

 彼は、変わらない。私が知っているままの、優しいルシアンだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
楽しく拝読しています。 すみません誤字報告が設定されていなかったので、こちらで失礼します。 「それは、クロエがやるべきことなのか? 義娘が君が、本当の息子に対して?」 ~義娘が君が、の部分ですが…
鬼に金棒とはまさにこのこと
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ