6.マリンを知る
薄暗い店のカウンターに小太りの男が座り、その横へ腰を下ろす。
「レオンさんが来るなんて珍しいですね!」
「あぁ。もう来ることは無いと思っていたんだけどなぁ」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ!」
笑顔で両手を広げて大袈裟に言葉を発する。この男は、あまり得意ではないのだが、背に腹はかえられない。
テーブルの上へポケットから硬貨の詰まった麻袋を出してカウンターに置く。小太りの男は目をピクッと動かした。置いた音でどれ程入っているかを感じたのだろう。
「これで、知っていることを全部教えてくれ」
「内容によりますな」
ずっとにこやかな顔をしている男。俺相手にも飄々と言ってのけるのはこの男くらいじゃないだろうか。
ため息を吐いてもう一度頭の中をしっかりと整理し、冷静に話すように務めるんだと言い聞かせる。でなければ、店ごと消し飛ばしてしまいそうだ。
「いやぁ。そんな心配なさらなくても、お安くしますよ?」
「……マリンのことだ」
何とか紡ぎだすことのできた言葉がそれだった。怒りの感情を押し殺し、魔力を制御するが。脳裏には先程のバッズでの会話が思い出される。
にこやかな顔でこちらを見ていた小太りの男の顔から、表情が消えた。何かを察したのだろう。目を合わせると動揺したように黒目が揺れる。
「何か知ってるな?」
「……ふぅぅ。レオンさんには敵いませんなぁ」
手で頭を抱えながら悶絶している。何を躊躇っているのか。もしかしたら、自分の命が危ないのかもしれない。
「タオウさんの命に関わるのか? それなら、これは引っ込める。今日は会わなかったことにしよう」
そう口にすると、タオウさんは目を見開いてこちらを見つめる。なにか言いたそうだが。
「レオンさん、少し見ない間に丸くなりましたね」
「たしかに太ったかもしれないが……」
「いやいや。違います! 昔は、何がなんでも情報よこせって感じだったじゃないですか……」
今度は俺が目を見開く番。そんな風に思われていたなんて思っていなかった。いつもお願いして、金を積んだから教えてもらっていたと思ってたのだが。
「そうだったか? まぁ、今はカウンセラーしてるからなぁ。命には敏感なつもりだ」
「マリンさんの死には気づかなかったのに?」
それを言われると心が痛いな。別にどうでも良くなっていた訳ではない。ただ、一切の情報を受け付けないようにしていたと言うだけだった。
「情報に耳を傾けていなかったんだ」
「まぁ、辞任してからは随分自堕落な生活をしていたみたいですもんね?」
「はぁ。俺の情報なんて引退したらいらんだろ?」
なんでそんなことまで知っているんだか。
「欲しいっていう人がいたんですよ。愛されてたんですねぇ。レオンさん」
その言葉を聞いて察した。察してしまった。また込み上げてくるものが……。
「っ……」
「いつでも冷静だったレオンさんがこんなに感情豊かになるなんて、学院って凄いところですなぁ」
俯いて少し目を拭うと口を開く。
「マリンのこと、教えてくれないか?」
「いいですよ」
タオウさんの知りうるマリンを教えてもらった。
仕事には忠実だったが、たまに書類でミスをしてしまい、部下に怒られていたそうだ。
だが、外に出て魔物との戦闘になれば右に出るものはいなかった、無双状態だったと。
魔物の討伐依頼には積極的に出撃し、他の兵士たちの士気を上げていたのだとか。
その容姿から『青い死神』と言われていて、その二つ名を知った時にマリンは泣き崩れたらしい。『可愛くない』とか言っていたらしい。
訓練も毎日人一倍重ね、体術や剣術を高めていたんだとか。もちろん魔法も一から魔法理論を勉強し、理解を深めていたそう。
その話を堪えきれない涙を流しながら聞き。これだけでも金を払った価値はあったなと満足した。
「ありがとう。マリンが宮廷魔法士として頑張っていたということが感じられた。それだけで満足だ」
「まだ、続きがありますよ? ある日、特殊依頼がマリンさんの所へ届いたそうです」
タオウさんの目を見ると、覚悟を決めた目をしていた。この人は、俺に命を預けようとしている。それに応えなければならない。
「誰からの依頼だ?」
「国からの要請だったようです」
やはり、疑うは国の幹部連中。アイツらが側近を置くために死へ追いやったのか?
「ただし、その要請に出撃したのがグレン・クーレイナとなっています」
「ん? マリンじゃないのか?」
「はい。記録ではグレンのようですね。ただ、これは公開されていない情報です」
どういう事だ?
グレンが出張って救援要請でもしたのか?
「救援要請は?」
「出ていませんね」
なのに、なぜマリンは外へ行ったんだ?
助けるためでもないとすると。
謎が深まってしまったな。
「誰かに連れ出された?」
「だとすると、逆にグレンにはマリン殺害は実行できませんね」
「現地に連れていけばできるだろう?」
確実に共犯がいるということだ。
というか、遺体は確認したのか?
「魔獣の腹から、遺体は見つかったのか?」
「何も出ていません……」
まさか、生きていてなにかされているのか?
だとしたら、余計許せねぇ。
「ちょっ……ダンナッ!」
ピリッと空気の圧が上がる。
魔力が漏れたみたいだ。最近、感情が高ぶると漏れることがあるな。冷静にならないと。
「すまん。落ち着いた」
「生きているかもしれないとお思いですか?」
「その可能性はないのか?」
少し伏し目がちに水晶を取り出す。これは、写したものを記憶することもできる。もちろん、投影も。
「現場にこれが落ちていたようです……」
マリンが親の形見だと言って付けていたペンダントだ。生きているんだとすると、これを放置しているとは考えにくい。
だが、死んでいるとも断定はできないだろう。なぜ、それで捜索が行われないんだ?
「死んだと断定はできないだろう?」
「グレンの証言があります。あやつは、高魔派ですぜ?」
ここで派閥が出てくるのか。アイツの言うことを聞いて鵜呑みにし、捜索も何も行われていないということだな。
「ふぅぅ。そうだな。ねじ伏せたんだろう。だとすると、やはりどこかに……」
頭に手を置きながら考える。隠せるとしたらどこだ?
自分の家ではすぐに見つかってしまうだろう。
もし隠すなら、強固な隠し場所でないとマリンに破られる。
魔封じの錠があればいいだろうが、あれは簡単には持ち出せないはずだ。宮廷魔法士の許可がいる。……だが、殉職したとなれば話は別か。
「これは私の独り言ですが……王室には有事の際に逃げるための部屋が地下へあるそうですよぉ。普段は開かずの間なんだとか。特殊な鍵がないと開かないらしいですねぇ」
ここまで情報が聞けたなら、これ以上はないな。タオウには感謝しないとな。
「珍しいじゃないか。サービスしてくれるなんて。感謝する」
「いやね、マリンさんと会っていたから、私の情も移ったんでしょう。素直で良い子ですからなぁ」
マリンの凄いところは、誰でも虜にしてしまうところだ。俺もその影響を受けて弟子としてしまった。あの子は、そういう誰にでも好かれる子だ。
「はっ。冷徹なと言われた伝説の情報屋タオウも型なしだな」
「そうですなぁ。あの子には、どうか無事であって欲しい。そう願うばかりです。どうか、生きていたら助けてあげて下さい」
終いには逆に頭を下げられてしまった。そんなにマリンに肩入れしていたのか。おそらく、俺の情報を聞きに来たついでに色々と込み入った話をしていたんだろう。
それで、タオウも情が移ってしまったのかもしれない。
「任せろ。俺を誰だと思ってる?」
「伝説のS級魔法士、セブンクリエイター、レオン・グレンブル様です。創造主と言われたお力、ぜひ見せて頂きたい!」
仰々しくタオウが言葉を紡ぎ、その言葉を背に店を後にするのであった。
情報は把握した。少し泳がせて様子を見ようか。




