5.情報収集
学院を後にした俺は渦巻くどす黒い気持ちを抑えながら、学院のある街の歓楽街へと来ていた。
歓楽街というのは、大人の楽しむ店もあるのだが、居酒屋とかも多くあるようなところであった。そのため、人通りが多く、年齢層も高い。
年齢層が高いということは、重役も多いということ。
汚れの付いた暖簾はこれまでの年季を物語っている。そんな店の暖簾を潜り、油の香ばしい匂いの漂う店の引き戸を引く。
「いらっしゃい!」
「一人です」
「空いてる席にどうぞ!」
日が落ちる前ということもあってあまり人はいなかった。学院を後にしてすぐに来たからだろう。早い時間だった。
俺は、この時間から居酒屋へ来ることが多い。
薄暗い時間に暖簾が出ている居酒屋はここを含めて五件しかない。その早い時間に来て、静かに話を聞いていることが多い。
二週間おきに巡れば、覚えられることはない。人の記憶力は大体二週間で消える。それも、記憶に残らないような人物であればなおさらだ。
実際、この店も何度来ているかわからないくらい来ているが、常連と扱われたことなど一度もない。
「エールひとつ。あと、塩豆」
「あいよ」
誰でも頼むような定番の飲み物を頼む。それに、定番のおつまみ。これを最初に頼むと印象があまり残らない。もちろん、毎回変えてはいる。その他も以前来た時とは違うものを頼むのだ。
こうすることで、俺という人物がこの店に来ているという記憶を薄めることができる。
「おまちどう」
すぐに頼んだものがきた。この店は注文の品が来るまでが早い。だから俺は気に入っているのだが、常連にはなれない。
どこで俺の足がつくか、わからない。あまり人の記憶には残らないようにしたい。特徴のある外見をしていても、日が経てば忘れるというもの。
エールを一口飲み、塩豆を頬張る。エールの苦みに塩気が丁度いい。これがたまらないから頼むという親父は多いだろう。
かくいう俺もおっさんだ。この組み合わせはたまらない。ただ、同じものを頼むわけにもいかないから、こういう組み合わせの時は運がいい気分になる。
引き戸の音が店内に響き渡る。服装を見ると軍官僚のようだ。黒いローブに青い盾と剣がクロスしたバッジ。これは官僚しか身に着けていない。
「なぁ、今日無属性者が出たって知ってたか?」
「あぁ、それな。けど、ガセだったんだろう?」
なぜ、無属性者が出たと知っているのか。
俺とアルニールさんしか知らないはずだ。
あとは、モモナとクリンだけ。
学院長と話した感じの流れだと、クリンの流した情報が広まっているっぽい。
「エールもう一杯」
店員のお姉ちゃんへ頼むと、こちらへ視線を向けて来る官僚。たとえ官僚だとしても、俺の顔は知らないだろう。顔をあまり晒していないからな。
「あいよ。ちょっとお待ち!」
「はぁーい」
返事をして官僚の方へと視線を移動すると、目が合った。怪しまれても敵わないから少し話そうか。
「お兄さん、その話どこで聞いたんだい?」
怪しまれないように聞くと、その官僚は笑みを浮かべながら答えた。
「オレは、バッズで聞いたよ?」
「そうか。ありがとう」
「興味あるのか? もう少しネタあるけど?」
その官僚は、まだ話を続けたそうだった。でも、覚えられることを恐れた俺は、軽く流して店を出ることにした。
「いや、もう出るよ。大将。ご馳走様」
最後に頼んだエールの分まで会計のお金を払うと店を後にする。最低限の会話しかしていないので、覚えられることもないだろう。官僚も二週間すれば忘れるはずだ。
バッズは街の端っこの居酒屋だったはずだ。学院の情報を知っている人物がいるということだろう。接触できなくても、情報だけ聞きたい。
酔いは全くない。体のどす黒い熱が、アルコールを蒸発させているのかもしれない。
さっそく、さっき聞いたバッズへ来ていた。全体的に薄暗い印象のその店。外から見るとレンガ造りの重厚な感じになっていて、夜になると外の明かりも暗めで、闇の深そうな印象を受ける店だ。
この国の代表的な音楽が魔音機から流れるなか、足を踏み入れると体に纏わりつくような。粘り気のある空気を感じる。
「注文は?」
入って空いているカウンターの端へ座ると声を掛けてきたのは、女性の露出の多いホールスタッフだ。
この店はたしかワンドリンク制だった。
「ドリトルを」
目を合わさずに少し癖のある酒を頼んだが、前に来た時は別の酒を頼んだ。だから、覚えられてはいないはずだ。
「ごゆっくり」
ウインクをされたが、意味がわからなかった。あの女性は何を考えてウインクしたんだろう?
追及する気もないが。
これだから女は。
悪態をつきながら運ばれてきた黄金色のドリトルを一口飲む。
独特のアルコールの香りと甘みが舌を喜ばせる。
酒ってのは、癖のある方がうまいのだ、と俺は思っている。
チビチビ飲んでいると黒ローブを着た人が入って来た。一人のようだ。店主へ何かを頼むと、届いた酒を煽り、つまみを食べている。
しばらく飲みながら様子を見ていると、グレーのローブが入ってくる。
「あぁ。お待たせしました」
「別に待ってない。後、待ち合わせした感じを出すな」
何やらグレーローブは注意されているみたいだ。たしかに、密会の時は偶然を装うことが多い。だから、気になったのだろう。
黒ローブは官僚の証。それをみせているということは、権力を誇示したいということ。皆に敬ってほしいと思っているということ。
「すみません。例の件、本当だったんですか?」
「あぁ。最初は無属性だったのに、水属性の適性が出たらしい」
「ただの故障だったってことですか?」
グレーローブは素直に聞いているが、黒ローブはなんだか呆れている様な声で答えた。
「そうなんだろうな。ただ、魔石が測定不能になるということは、魔力が無くなった時しかない」
「測定機のただの寿命ってことですか」
「そうなる。だが、なにかがおかしい」
寿命なら実感できる。はずだ。光が弱くなってくるから。それか、反応が弱い。それだと測定機も交換時期だったはずだ。そう思うだろう。
「急に点かなくなるなんてことはないはずなんだ。だんだん魔力がなくなっていくからな」
「あぁ。なるほど」
「ということは、闇属性を持っていた人がいたことになる」
その言葉を聞いて、目を鋭くさせたグレーローブ。
「やはり、無属性が……」
ここまでの会話で、この会話をしている人達が、無属性に闇と光がいるということが知られているということが分かった。
それだけでも収穫だ。あの適性機の仕組みを知っている人が多くいるということ。
「でも、測定したのが、ウソつきのブラウニン家ですよねぇ?」
「あぁ。だから、信用はしない方がいいな」
「ですよねぇ」
ブラウニン家がなぜそんなことを言われているのかはわからない。
ただ、いい情報が得られた。
無事に帰路につくことができる。
会計を済ませて店を出ようとした時だった。
「そういえば、例の青い人が亡くなってからは平和ですね?」
「あぁ。青い人の時はなかなか荒れていたからな」
「なんか、排除をやめろみたいな感じで、王にも歯向かったんですよね?」
俺は、もしかしてマリンの話かと思い、立ち止まって耳を傾ける。
体が震えるのを感じた。
「あぁ。ありゃあ、秘密裏に葬られたな」
「やっぱあれっすかね?」
「高魔派だろうな」
無理やり足を動かして店の外へ出た。息を大きく吐き出す。怒りで魔力が出てしまいそうだったからだ。目を瞑り自分の気持ちを収める。
やはり高魔派が動いたようだ。
一つの真っ暗な路地裏の店の扉をノックする。
──コンッコンコンコンッコンッ
扉が開くのを確認して中へと入る。
「あれぇ? 珍しいじゃないっすかぁ?」
入った先には、葉巻をくゆらせている小太りの男がいた。
この男は、ある意味俺が信用している男。
金を積めば、確実な情報をくれるからだ。
俺の動き出しは、ここから始まる。




