3.敵か味方か
学院長室の前で大きく空気を肺へと取り込み、ゆっくりと吐き出していく。アルニール学院長はやつらの手先ではないと思う。
しかし、完全に白というわけではない。何事にもグレーということがある。ここからの駆け引きで、学院長が敵になるか、味方になるかが決まるかもしれない。
重厚な木製の扉のノッカーを叩く。小気味のいい音が響き渡ると中から返事が返ってきた。
「おぉ。誰じゃ? まだ授業中じゃろう。緊急事態か?」
「レオンです」
「……入っていいぞい」
扉を開けると、にこやかな学院長が背もたれに体を預け、嬉しそうに座っていた。何をそんなに嬉しそうにしているのだろう。このご老体は。
「失礼します」
「珍しいのぉ。去年から居るが、ここに来たことがあったかのぉ?」
「ありません。今まであの部屋から出る必要がありませんでしたので……」
少し目を細めると身を乗り出す。何があったのかまでは察しているのかもしれない。
ご老体ながら、その体から発せられる威圧感は健在だ。こうでないとこの学院の長は務まらないだろうな。
「で? 出る必要ができたのじゃろう? もしかして、無属性者のことかのう?」
目が光ったように見えたのは錯覚だろうか。あまりにも警戒しすぎて誰が敵か味方かわからない状態だ。でも、俺の過去を知っているのは学院長だけ。
「お耳が早いようでぇ。しかし、無属性者ではなかったようです。しっかりと水の属性を感知しましたのでねぇ。属性適性機が故障でもしていたのでしょう」
肩をすくめて手を広げ。あたかも”なんてことだ”と言わんばかりに訴える。顔も”あぁ。なんてことない”って顔で微笑み、首を振る。
「ソウ・ブルーリンクじゃろう?」
「はぁ。そこまでご存じとは。そうです。その子です」
学院長は、手を組んで少し考えると、目を瞑りどうするべきかを考えているようだ。
「測定をした教師と、適性機を持ってこさせよう」
そう口にすると、学院長は魔力を指先から出して水晶へ触れた。水晶に現れたのは眼鏡をかけたキツめな顔の女性。俺の苦手な奴。
『学院長、どうなさいました?』
「本日のぉ、無属性者が出たじゃろう?」
『はい。しかし、不思議なんです。もう一度測定したら水属性と判定されまして……』
眼を鋭くさせるとこちらへ視線を送り、再び笑顔を見せると測定した先生と適性機を持ってくるように告げていた。
すぐに向かわせると返事が来たので、俺も待つことになった。まぁ、もう一芝居打つから大丈夫なんだけどねぇ。
あれの中身は把握している。属性ごとの魔石が組み込まれていて、それが光る仕組みになっている簡単なものだ。
装置にある石は”七つ”付いているのだ。
これでどれだけこの国が腐敗しているかわかるだろう。
適性機の中のことを理解している者がどれだけいるかはわからないが、確実に国の根幹が腐っていることがわかる。
学院長もこのことを知っているのかはわからない。俺と同じ地位にいたのだからある程度は知っているはずだ。
──コンコンッ
「失礼しますっ!」
現れたのは、これまた眼鏡をかけている男性。髪をオールバックに固めている、いけ好かない奴。高飛車で俺の神経を逆なでするんだよなぁこれが。
「なんでお前がいる?」
いきなり威圧的に睨んでくるあたり。随分嫌われているようだ。
「ソウ・ブルーリンクが相談へ来たからだ。あんたこそ、ちゃんと測定しろやぁ?」
「あぁん? 私はちゃんと測定して、無属性だったんだ! 次に測ったら水属性だった! 何かがおかしい!」
唾を俺の顔に吐き捨てながら怒鳴り散らしてくる。
こいつ……。
無にしてやろうかぁ。
歯を噛み締め、こめかみが痙攣しているのを、他人事のように感じながら睨みつける。
「お前の頭がおかしいんだろうがぁ。適性機見せろやぁ」
空気がピリついた。
部屋の温度が一瞬で下がり、髪の毛がふらりと舞う。
やべっ。
魔力漏れた。
「っ! なんだそのデタラメな魔力は!」
「いいから寄こせ」
眼鏡のそいつから適性機を奪うと見るフリをしながら黒の魔力を細く糸のように流し込む。これで魔力探知はされないはずだ。
闇の魔力は吸収することに長けている。だから使い勝手がいいんだけどな。魔石ってのは内包されている魔力があるんだ。魔力がなくなると反応しなくなる。
「ほらぁ。反応しねぇじゃん?」
俺は、これみよがしに水で包み込んでみせたが、魔石は反応をみせない。
「なにぃ⁉」
「だぁかぁらぁ、あんたの目が腐ってんじゃねぇのぉって言ってんのぉ?」
「くっ! なぜだ!」
水に包み込んだままポーンと放る。
それを慌てて手で受け止めるとバシャァと全身がずぶ濡れになった。
はははっ。ざまぁぁぁ。
「ぐぬぬぬぬぅぅ! 貴様ぁぁ!」
「あぁ。はいはい。乾かしましょうねぇ」
眼鏡くんの周りを風が渦巻く。最初はゆっくりだったつむじ風が段々と速度を上げていく。
「ちょっ! おいっ!」
「さぁ。燃えろ」
ゴウッと火柱が上がり、熱気が顔を焦がす。このくらいの熱を出せば乾くかなぁ?
後ろで咳ばらいをしたのが耳に入る。
止めるか。
「はいっ。乾いたかなぁ?」
暖かい風が頬を撫で、焦げ臭い香りが鼻を抜けていく。
やべっ。火力出し過ぎた?
「貴様ぁぁぁ!」
石を生成して口へと入れる。
そして、手で出口を案内する。
「もがっ! もごぉ!」
手で抵抗を示す眼鏡くん。
黄色の魔力を首筋へ流し込む。
眩い光が瞬いた。
眼鏡くんは体を跳ねると固まった。
背中を押す。
「出口はあちらでぇーす!」
はぁぁぁ。疲れたぁ。
「さすがは、セブンクリエイター。七属性を操る創造主の名は伊達ではありませんなぁ? 史上最強のSランク魔法士。レオン・グレンブル殿?」
「はぁぁぁ。やめてください。その名はあの日を境に捨てました」
少し間があり、目を鋭くした学院長がこちらを睨む。
「排除することを告げられた日、かのぉ?」
「……」
なんでそのことを知っているのかはわからない。
あの周りにいた奴らはみんなローブを着ていた。
だから、顔は見ていない。
でも、魔力痕は把握している。
魔力の波長は個人で違う。
その波長を追う時に魔力痕という言い方をする。それを俺は記憶している。
学院長はあの場にいなかった。
「レオンはワシのことを疑っているのかのぉ? まぁ、無理はない。誰が味方かはわからんだろう」
何を知っている?
そして、どこまで知っている?
この国の闇を。
無言を貫いていると、髭を生やしている口を開いた。
「ワシものぉ。排除を告げられた時に、職を辞したんじゃ。そして、お主を次期宮廷魔法士に指名した。なぜかわかるかのぉ?」
苦しめたかったから?
……いや、学院長はそんな浅はかな考えをする人ではない。
俺の尊敬する人はそんな人では……。
これまでの過去が頭の中を巡り。
そして、一つの答えに至った。
「もしかして、このためですか? この体制を作るために俺を指名したんですか?」
学院長は目を細めて、口角を上げた。
「ホッホッホッ。ご名答。ワシは常に未来を見ておる」
「だから、辞めてすぐに声を掛けてきたんですかぁ?」
学院長は嬉しそうな笑みを浮かべて頷く。
あのタイミングの良さはそういうことだったのか。ようやく合点がいった。ということは、あのローブ集団の中に学院長の手の者が潜んでいたということか。
「学院長は恐いですねぇ」
その先見の明は俺にはない。
真剣に見つめる目には真実が映っている気がする。
信じてもいいんだろうか、このご老体を。
「もう後先短い老人じゃて。じゃがのぉ。この国を憂いているのは一緒じゃよ?」
「では、あの適性機の仕組みは?」
「ワシも把握しておる」
それなら話が早いな。だけど、使い続けているのは上にそれを知っているという事実を察知されないためだろう。
アルニール学院長が就任したのは一昨年。それから現在まで無属性者は出なかったということのようだ。ということは三年目にして今回が初めてだということ。
ソウは全力で守る。
学院長が味方であれば心強い。
「信じていいんですね?」
「無論じゃ。裏切ったと思った時は、ワシを無に帰すがいい」
学院長が味方であると一応わかったが。それでも面倒なことに巻き込まれたのは間違いない。眼鏡くん。もしかして、高魔派か? 学院長は?
派閥争いになりそうな予感がして、嫌気が差してくるのであった。
学院長を無に帰したら……後始末が面倒だな。
「はぁぁ。それも面倒ですね」
高らかに笑う学院長の顔を眺めながら、これからの眼鏡くんの動きによっては面倒なことになるかもしれない。
笑い声を遠くに聞きながら、憂鬱が沈んでいった。




