10.無属性の意味
学院長と学内へと入る。すると、思った通りにキーツ先生が騒いでいて、中にいた他の職員が集まってきていた。
「誰がこんなことを⁉」
「私が来た時にはこんな状態でしたよ!」
騒ぎが大きくなっていて笑えてきた。
そんなに大事にして何が面白いんだ?
だから、キーツは苦手なんだよなぁ。
「あなたは何を笑っているんですか⁉」
目をさらに吊り上げて眉間に皺を寄せている。
血走らせた目で睨みつけて、怒鳴る。
キーツが俺を指していることが分かり、少し顔を引き締める。
やべっ。あんまり悲劇のヒロインしてるからさぁ。
笑っちゃってた?
「レオン。顔を引き締めなさいな」
「はい。すんません」
アルニール学院長からあまりこちらを見ないようにして注意されて急いで顔を戻す。
おそらく、こちらを見たら学院長も笑いそうなんだろう。俺だけ怒ってくるなんて。
「キーツ先生。あまり騒ぎを大きくしないように」
「しかし! これは敵襲かもしれませんよ? しかも、クリン先生を下すということはそれなりの実力者だということです!」
これまた大きな声を出して抗議してくるキーツ。
そんなに大きい声出さなくても。
耳がいてぇわ。それに、別にクリンはそこまでの実力ないし。
「くくくっ」
「何がおかしいんですの⁉」
ひときわ甲高い声で俺を非難するキーツ。
やべっ。今度は笑いが漏れてしまった。
堪え切れなかった。
髪が逆立っているように錯覚してしまう程、震えて顔を真っ赤にして怒っている。怒ったって仕方ないのに感情の起伏が激しい奴だ。
あの程度の実力でそれなりの実力者とは笑わせる。
この学院は、格式と伝統では国内一を誇ると思うが教師の実力はそれほどでもない。
学院長が目配せしてきたので、顔を引き締めた。
これ以上挑発するなという意味だろう。
俺が、煽っていると思われたようだ。
「キーツ先生。襲ってきたのは、クリン先生です。ソウ・ブルーリンクを狙って来たようです」
「……無属性者ですからね」
キーツはボソリとそうこぼした。なんで襲ってきたのか。襲うように指示されていたことを知っていたのではないだろうか。
ソウ・ブルーリンク=無属性者。
それは間違いなかったと言わんばかりだ。
だが、それは同時に白と黒の魔力=無属性者と言っているような物。
「それはどういう意味ですか? 水属性と適性が出ていたと報告を受けましたが?」
学院長が問い詰めると、キーツは眼鏡をクイッと上げて立ち上がった。
手を広げて改めて悲劇のヒロインを演じるように、大げさに周りを見ながら話し出した。
「それこそ、誰かの陰謀です! あの子は無属性だった! その証拠に、魔力暴走を起こした魔力は白と黒だったではないですか!」
俺は思わず、目を見開いてしまった。
背中が粟立つ。
拳を握り締め、歯を食いしばる。
ほらな。思った通りだ。
こいつ等はそこまでわかっていて生徒を……。
歯を食いしばると、魔力が漏れて空気が揺らぐ。
「レオン。抑えるんじゃ」
チラリとこちらへ視線を巡らせて、自身も何か思う所があるのだろう。険しい顔をしている。
学院長からの指摘で魔力を収めるように努めるが、なかなか怒りが収まらない。
「キーツ先生は、白と黒の魔力が何の属性を意味しているか。そして、それが無属性者と呼ばれているということを知っているんですね?」
「っ! いえっ……それは……」
キーツは慌てふためいて自分が知らなかったように言い訳をしようとしたのかもしれない。だが、あまりにも慌て過ぎた。それは、何か知っていると物語っていた。
他の職員たちは意味がわかっていないようだ。それはそうだ。白と黒の魔力なんて今生きている魔法士はほぼ見たことがないだろう。
この学院でも、アルニール学院長と俺くらいしか見たことがないと思う。それだけ、秘匿性の高い魔力の色なのだから。
「高魔派になると、全員にその情報が共有されているんですか? 随分ずさんな情報統制ですねぇ?」
「学院長! お言葉ですが、それは我々を侮辱しているんですか⁉」
絶句しているキーツに代わり、別の高魔派の職員が間に入って怒鳴り散らしてくる。
この学院には数多くの高魔派がいる。
だから、生魔派、適魔派は生きづらい。
そして、ここの学院の子達の多くが高魔派に引っ張られる。だからこそなのかもしれないが、白と黒の魔力は無属性として排除するように通達が行き渡っているのだろう。
こめかみをヒクヒクさせた学院長がゆっくりと口を開く。
高魔派に対する怒りがピークに達している。
その怒りを抑えて話す。
「あなた達こそ、その情報の意味が分かっているのですか?」
「はっ! そんなの知ってますよ! 白と黒の魔力は無属性を意味している! 色の無い属性ですからね!」
そういうふうに伝えているのか。
なるほどな。
そんなのに踊らされてお気楽な頭だこと。
でも、キーツは本当の意味を知っているだろう。だが、その生徒がどうなるかということまで知っているのだろうか?
それを知っていてここの教師をしているというのなら、俺が思う以上にこの学校とここの先生は腐敗しているということになる。
「はっ」
「さっきから、お前は何がおかしい!」
我慢できずに鼻で笑ってしまった。仕方がないだろう。おめでたい頭にはちゃんとした認識を与えた方がいい。そして、その認識で生きてきたことを恥じるがいい。
中途半端にものを知っている教師がこちらを睨みつけて凄んでくるが、滑稽にしか言いようがない。自分がどれだけ愚かなことをしているかということを認識した方がいい。
「お前たちが腹の底からおかしくて仕方ないな!」
続いて言葉を紡ごうとすると学院長に手で制された。
そして、一歩前に出ると雰囲気が変わった。
空気がピリつき、周囲の温度が下がった気さえする。
学院長が重大な何かを伝えようとしている。




