1.相談室の日常
空気が張り詰め、厳格な雰囲気。両脇には格式の高そうなローブを着ている者たちが五人ずつ並びこちらを注視している。
「排除しろと言っている」
こう口にしたのは、目の前にいる王の側近。こんな高位の者まで人道に反するようなことを言うようでは、この国は終わるな。
この国の未来を考えるなら、後世を育てた方が早い。
「それは受け入れられない。この職を辞することにする」
こうして俺は宮廷魔法士の職を失い、無職になった。
後悔はしていない。あの子達を救えなかったんだから当然だ。
あの日、王の命令に背いた瞬間、俺の人生は止まった。
そんな時、元上司だったジゲン・アルニールから誘いがあった。
我が校のカウンセラーにならないかと。
過去に約束したことが頭に引っ掛かっていた。
宮廷魔法士へ就くときに約束した「この国を変えてみせます」って。
なのに、俺は変えることができなかった。
「昔の約束を一緒に果たさないか?」
アルニール学院長からそう誘われたのなら、俺に拒否する考えは微塵も浮かばなかった。ただ、一つだけ。規律を守るのに疲れたからだらけたいとお願いしたのだ。
快く好きにやっていいと言ってもらえたから俺の好きなようにする。
「はぁ。なんであの人はいつも突っ伏して寝てるんだ? なんであんな人がカウンセラーなんだ……」
遠くから聞こえて来たのは、俺に対する文句だろう。でも、俺は学院長から許可を貰っているんだ。誰にも文句を言われる筋合いはない。
よって、俺は朝の職員会議で大抵寝ている。だってクラスを持っているわけでもないし、属性専属職員でもないしな。
職員会議が終わると、相談室と化している開かずの間と呼ばれている扉の中へと入って行く。ここは俺にしか開けることができないようになっている。
仕組みはおいおい教えるとして、まずは寝よう。
誰も入ってこられないこの部屋の中では基本寝ている。テーブルの上にはコーヒーとお菓子が置かれていて突っ伏しているわけ。
──コンコンッ
「んあぁ?」
手をかざして七色の魔力が光を放つと扉が開かれる。
「レオン。今日から一年生が入って来る。頼んだぞ?」
「あぁー。学園長。働いてますよぉ。しっかりと相談室にいますからねぇ」
「ワシはお主のことは心配しておらんから大丈夫じゃと思うが、今年の一年も高位貴族連中が多からのぉ」
それを聞いて体が重く、だるくなるのを感じる。面倒事は嫌いだ。貴族連中は本当に高飛車な奴らが多いからなぁ。それを矯正するのは骨が折れる。
「その髭とボサボサの髪、ヨレヨレのインナーとローブはどうにもならんのか?」
「なりませんねー」
「なら、仕方がないのぉ。お主がいてくれるだけでいいわい」
「はいー」
学院長は、俺のことをよくわかってくれている。まぁ、だから居続けられるんだけどなぁ。辞めるつもりもないし。
立ち去って行く背中を見送って扉を閉めると、またテーブルへ突っ伏す。何時間か、数分かもわからない時間が過ぎ去り。
──コンコンッ
扉を開けると「せんせー! またやっちゃったぁ」と落ち込みながら入って来る女の子。この子は二年生の女の子。魔法を使おうとするとたまに暴走してしまうのだ。原因はわかっている。
「またかぁ。ちょっと来てみろぉ」
お腹の鳩尾の辺りを触ってみる。この世界の人には誰しもに『魔のう』という器官が存在する。そこに魔力が溜まっていて、それを駆使して魔法を使うわけ。
「また溜まり過ぎ?」
「だなぁ。ストレスが原因だと思うけどなぁ」
「はぁ。そっかぁ。昨日、父上から成績が落ちたって怒られちゃって……」
この学院はアレクサンドル王立魔法学院。王国で一番入学が困難な所だ。そこに来ているのはほぼ貴族で、親の期待を背負って来ているからストレスを抱える生徒は多い。
それを憂いてこの相談室が設けられたわけなんだけどな。
「お前んとこの親父は、B級魔法士だっけ?」
「そうなの。しかも国家魔法士。だからプレッシャーが凄くて」
「追々、宮廷魔法士狙ってんだろうな。そりゃあ、娘を後釜にしたいって感じだろうな」
国の機関で一番地位の高い宮廷魔法士は、職を辞する際に次の者を推薦する制度がある。それを利用して一族に継承していこうとする者は多い。もう一つ上も実はあるが、伝説的な地位になる。
「宮廷魔法士になるなんて私言ってないんだよ? 勝手に決めてさぁ」
「おすすめは、空に向かって少しずつ魔法を放出していくことだな。溜まってるのはなんとなくわかるだろう?」
その問いに頷いたのを確認して、魔力を吸い出す。よしっ。これでもう暴走はしないだろう。
「あのな、前にも言ったけどよぉ。細く少しずつ出すイメージで魔力出さねぇと暴走するんだよ」
「その感覚がよくわからないんだもん」
「なら、魔力を伸ばして細くするイメージしろ。それを手に集めて放つ。魔法は放出系だったらなんでもいい。たしか、火属性だったよなぁ?」
頷いたことを確認すると、魔のうから細く魔力を取り出す。
魔力に属性を加えて指から放出する。
生徒と俺の顔を炎の明かりが照らす。
「やってみぃ?」
「んんんー」
魔力探知をしながら見守る。魔のうから取り出された魔力を見守る。
「もう少し細くできるか? 長く引っ張る感じにイメージしてみろぉ」
「むぅぅぅ。こう?」
抽出された魔力が細くなって指元へ巡っているのが確認できた。
「そうそう。そのまま放出して属性のせてみ?」
「ほぉぉぉ!」
指先から勢いよく炎が噴き出した。それを確認して「よくやった」と褒める。
「やったー! レオン先生に褒められたー!」
その喜びに連動するように炎が強くなる。
なんか焦げくさい。
視線を上に向けると髪から火が出ている。
「うおっ! あっちぃ!」
指から水を放出して消火する。
「先生っていったい何属性使えるの? 前は風属性使ってたよね?」
「まぁまぁ。ほっとけって」
「三属性って学院長と一緒だよ? あの人は、天才宮廷魔法士だったって言われてるのに……。先生何者?」
はぁ。面倒な。確かに前は風属性見せたっけか。
「気のせいじゃねぇか?」
「そうだっけ?」
女の子は上を見上げながら記憶を追っているようだ。俺は面倒事が嫌いだ。適当に流してもらおうか。
「ほら、もう次の授業始まるぞ? じゃあ、気を付けるんだぞ?」
「むぅ。はぁい」
部屋から出ていく女の子。背中を見送ると眉間に力が入ってしまった。
「はぁぁ。なんか面倒事になりそうな気が……」




