表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

エピローグ 記録の終焉

 冬の王都は静かだった。

 雪が音を奪い、瓦の上に薄く積もっている。

 王宮の塔は再建の途上にあり、まだ黒焦げの石の匂いが残っていた。

 けれど、あの日の炎と叫びは、もう過去のものだ。


 私は玉座ではなく、執務机にいた。

 白紙の帳簿を前にして。

 ──かつて“未来の記録”を記した黒革の本は、すでに沈黙している。

 最後の頁にあった「白紙」という言葉の通り、それはもう何も語らない。


「……静かね。」

 つぶやくと、背後からレオンの声がした。

「嵐の後は、静かな方がいい。民も兵も、ようやく眠れる。」


 彼は以前よりも柔らかな顔をしていた。

 戦場では氷のようだった彼が、今は雪のように穏やかだ。

 彼が持つ剣も、今日は壁に立て掛けられたままだ。


 私は黒革の帳簿を手に取った。

 すでに文字は消え、ただ古びた革の手触りだけが残っている。

 だが、どうしても気になる。──この“本”はいったい何者だったのか。


「レオン、あなたはあの帳簿をどう思う?」

「神話の遺物、かもしれん。」

「神の言葉、という意味?」

「あるいは、誰かが“未来を記録する技術”を持っていたのかもしれない。

 戦の前夜、ヴァルネアの学者たちが古い碑文を解読した。

 “時間を写す鏡”──古代アウローラ文明の伝承だ。」


「……アウローラ。私たちが新しい国につけた名前と同じ。」

「ああ。偶然だろうか。」


 私は本を撫でた。

 革の奥から、微かな温もりを感じた。

 ──まるでまだ、私たちの会話を聞いているかのように。


「この帳簿は、きっと“神”なんかじゃないわ。

 人が作ったもの。

 過去に生きた誰かが、未来に向かってメッセージを残した。

 “あなたが選びなさい”って。」


 レオンは少しだけ笑った。

「なるほど。なら俺たちは、その意志を受け継いだんだな。」

「ええ。……でも、もう十分よ。」


 私は机の引き出しを開け、蝋燭の火を一本灯した。

 そして黒革の帳簿を炎の上にかざす。


「エレナ、それは──」

「いいの。これはもう、過去の記録。

 これ以上、この国を縛る“未来”はいらない。」


 火が革を舐め、煙が立ち上る。

 ゆっくりと、頁が灰になっていく。

 かすかに、かつての金文字が光り──

 そして、完全に消えた。


 灰が舞い、空気に溶ける。

 私はその灰を見つめながら、微笑んだ。


「これで本当の意味で、自由ね。」

「そうだな。未来は、俺たち自身で書けばいい。」


 レオンが机の上に新しい帳面を置いた。

 真新しい白紙。

 表紙には、金文字でこう刻まれていた。


《アウローラ王国記録》


「この国の最初の頁は、あなたが書け。」

「……今度は、“過去”を記すために?」

「いや、“これから”を記すためだ。」


 私は羽ペンを取り、静かに書き出す。


王暦四二二年・春。

雪が解け、新しい朝が来た。

この国はもう、“未来に怯えない”。

未来は、私たちの選択によって生まれる。


 書き終えて顔を上げると、窓の外に朝日が昇っていた。

 光が帳面を照らし、灰狼の紋章が金に輝く。


 レオンがその光を見つめながら、ぽつりとつぶやく。

「まるで……神話の再生だな。」

「いいえ、これはただの“記録”。

 ──私たちが選んだ、生きた証よ。」


 私は笑い、ペンを置いた。

 外では鐘が鳴り、街の子供たちの笑い声が響く。

 灰狼たちは農民に姿を変え、王都の門を守っている。

 そして、新しい国が、静かに息をしていた。



 夜、王宮の塔から見下ろすと、雪明かりに照らされた街並みが広がっている。

 その下に、過去の廃墟と燃え残った記録の山。

 私は胸の中で、あの本に別れを告げた。


(ありがとう、“記録”。

 あなたが導いてくれた未来で、私はようやく“人”になれた。)


 遠くで、灰狼の遠吠えが聞こえる。

 夜風が頬を撫で、雪が舞い落ちた。


 ──未来は白紙。

 だからこそ、美しい。


 私はレオンと共に、その白い世界を見つめた。


「さあ、これから書こう。

 “神なき時代”の物語を。」


──《終章:記録の終焉》完──

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 『裏切られた王妃は“未来の記録”を手に、過去をやり直す』は、私にとっても特別な作品になりました。


 もともとは「断罪」「追放」「契約結婚」といった王道テーマから始まりましたが、書き進めるうちにそれだけでは終わらない――“運命を書き換える物語”へと成長していきました。

 もし「未来を知っている」人間が、本当に愛と正義を選び取ろうとしたらどうなるのか。

 その答えを、エレナという一人の女性に託しました。


 彼女は冷静で、理知的で、決して泣き崩れない強さを持つ一方、心の奥では人間らしい脆さや孤独を抱いています。

 彼女が“記録”に抗い、“神”の書を燃やすラストは、単なる復讐の達成ではなく、

 「自分の人生を自分で選ぶ」という、人間の自由の宣言でもあります。


 そして、もう一人の主人公――レオン・ヴァルネア。

 彼は冷徹な軍人として登場しながら、物語が進むにつれて「信じる者を守るために戦う男」へと変わっていきます。

 エレナとレオン、二人の関係は恋愛というより“魂の契約”のようなもの。

 互いに過去を背負い、未来を共有する――その静かな絆を描けたことを、私はとても誇りに思います。


 本作のテーマは、

 > 「運命に抗う力」

 > 「記録ではなく、選択によって生きること」

 > 「愛とは、未来を共に書くこと」

 の三つでした。


 小説というのも、結局は“未来の記録”を紡ぐ行為なのかもしれません。

 書くたびに、物語が少しずつ違う未来へ進んでいく――その過程を、エレナと共に歩めたのは幸せでした。


 最後に。

 もしこの物語を気に入っていただけたなら、

 ブックマークや評価、感想をいただけると嬉しいです。

 それが、私にとっての「次の未来の一行」になります。


 灰狼の旗が再び翻る日まで――

 また、次の物語でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ