表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第五話 燃える鉱山と血の誓い

 風が重く、赤い夕陽が王都の外壁を染めていた。

 その空の向こう──南部の山々から、黒煙が上がっている。

 未来の帳簿に記された通り、鉱山が炎に包まれた。

 王国最大の鉄鉱地帯〈ルグナ鉱山〉。

 そこは、戦争と陰謀の発火点となる運命の地だった。


「王太子が……ヴァルネアに密約を?」

 報告に駆け込んだのは宰相の息子であり、いまは“保守派”の貴族フェルナー卿。

 彼は汗に濡れた髪を掻き上げ、私の前で膝をついた。

 焦りに満ちた目の奥には、すでに“恐怖”があった。

 彼は知らない。三年後、その密約が露見して“裏切り者”とされ、首を刎ねられる未来を。

 ──私は知っている。


「……エレナ様、陛下はこの件を伏せておられます。民に知られれば、王国の信用が崩れる。どうか、誰にも……」

「わかりました」

 私は静かに微笑んだ。

 その笑みが“了承”のものだと思ったのだろう、フェルナー卿は安堵して去っていった。


 だが、その背が消えるやいなや、私は帳簿を開いた。

 黒革の表紙の上に、金文字が再び浮かぶ。


《ルグナ鉱山の爆発は、王国による“裏切り”の証としてヴァルネアの怒りを買う。

 王国は戦火に包まれ、レオン・ヴァルネアはあなたを逃がすため命を落とす。》


 ──それが、記録された未来。

 でも、私はその未来を拒む。

 私はすでに、書き換える方法を知っている。

 “読者”でなく、“筆者”として。


 羽ペンを握り、余白に書き込む。


《私は鉱山へ行く。彼の死を回避する。未来を、燃やし尽くす。》


 筆先がページを走るたび、文字が光を放つ。

 未来の形が、軋む音とともに変わっていく。

 光の中、ページの下部に、新しい文が現れた。


《南部へ向かう途中、あなたは裏切り者に遭遇する。

 彼は“王太子の密使”。》



 王宮の裏門。

 日が落ちる前、私はフードを深く被り、外套の裾を結んだ。

 隣にはレオン。

 無言で馬に跨り、私の合図を待っている。


「行くわ。帳簿が告げた“裏切り者”を探すの。」

「どこに?」

「南の峠、鉱山へ向かう道の途中。

 ──未来が、そこで試すと言っている。」


 レオンは短く頷いた。

「では、その未来を叩き潰そう。」


 馬の蹄が石畳を叩く。

 夜風が頬を裂き、私は冷気の中に息を吐いた。

 眼前の山影は黒く、まるで巨大な獣のように口を開いている。

 その口の奥に、未来の炎が待っているのだ。



 峠道。

 霧が濃く、道はぬかるみ、遠くから鉄の匂いが漂ってくる。

 レオンが手綱を引き、馬を止めた。


「動くな。──誰かいる。」


 その声と同時に、茂みの陰から数人の影が現れた。

 黒いフード、薄い革鎧。

 その中心に、見覚えのある顔があった。

 王太子の腹心、ギルド長官マリウス。


「まさか……あなたが。」

「ご無沙汰ですな、王妃殿下。」

 その口調に、露骨な侮辱が滲む。

 彼の手には小さな木箱。

 その蓋には、王家の紋章。

 ──罪の証拠を運ぶ“密使”。


「お前が……鉱山を爆破するつもりか?」

 レオンの声が低く響く。

 マリウスは笑った。

「国が火を放つのではない。民が暴発するだけですよ。

 ただ、誰かが導くだけだ。」


 その“誰か”が、王家であることを隠しながら。


「愚かな男。」

 私が呟くと、マリウスは片眉を上げた。

「愚かなのはあなたです、エレナ殿下。

 王はもう、あなたの存在を不要としている。

 未来に抗っても、あなたの結末は変わらない。」


「……それを、確かめに来たのよ。」

 私は馬を降り、黒革の帳簿を開いた。

 風が吹き抜け、ページがめくられる。

 文字が浮かぶ。


《ここで選べ。

 命を奪うか、運命を赦すか。

 選んだ瞬間、未来は変わる。》


 私は視線をレオンに向けた。

 彼は剣を抜かず、ただ静かに私を見つめている。

 その瞳に、何のためらいもない。


「……赦す。」

 私がそう告げると、帳簿が一瞬だけ光を放った。

 その光に包まれた瞬間、マリウスの顔が恐怖に歪む。

 彼の手の箱が弾け、中から火薬が飛び散った。

 だが、爆ぜる前に、空気がねじれ、火が消えた。


 ──未来が、書き換わった。


 レオンが一歩前に出て、剣の鞘でマリウスの胸を打つ。

 彼は気を失い、倒れた。

 周囲の兵たちは逃げ去り、峠に静寂が戻った。


 私は息を吐き、帳簿を閉じた。

 そして、微笑む。

「ねぇ、レオン。あなた、まだ生きているわね。」

「当然だ。まだ死ぬ予定はない。」

「いいえ、予定なんてものは、もう書き換えたのよ。」


 私の声に、彼がわずかに笑う。

 その笑みは冷たいはずなのに、不思議と温かかった。



 夜、鉱山の入口にたどり着く。

 遠くで火が揺れ、燃え残る坑道から風が吹き抜ける。

 焦げた鉄と土の匂い。

 私は崩れた岩の上に立ち、夜空を見上げた。


「これが、帳簿の書き換えた“未来”……?」

「いや。」

 レオンが隣に立つ。

 「未来を変えたのは、あんた自身だ。」


 私は目を閉じ、冷たい夜気を吸い込む。

 もう誰の指示も、運命の文も必要ない。

 私が決める。

 彼と共に、国を変える。


 ──その誓いを胸に、指先で帳簿の表紙を撫でた。

 次の頁が、ゆっくりと開く。


《王暦四二一年・秋。

 王は狂気に染まり、王妃を“魔女”と呼ぶ。

 だが、王妃はもう王を恐れない。

 その背後に、“灰色の狼”が立っている。》


 風が吹いた。

 レオンのマントが揺れ、灰色の狼の紋章が光を反射する。


「灰狼騎士団……あなたの軍ね。」

「ああ。今度こそ、俺の軍は“真の王”に仕える。」


「真の王?」

「それは、あなたのことだ、エレナ。」


 ──その言葉に、胸が焼けるように熱くなった。

 私は帳簿を閉じ、強く抱き締めた。

 未来を記す神の書ではない。

 これは、私と彼が歩む“戦いの記録”だ。


(王よ。次は、あなたの番よ。)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ