破天荒の勇者、壊れながらも愛を選び続ける男
注意:愛人が男性と言うお話です。
恋と言うものは引き離されると燃え上がるという事を知っているのかしら?
よく、結婚した女性が浮気された男性に愛想をつかして離縁したって話を聞くけれども。
夫を簡単に切り捨てる女性がどんなに羨ましい事か。
私も割り切れたらこんなに苦しまなかったのに。
セシリアは隣国のアマルゼ王国からマディニア王国に嫁いできた。
相手のマディニア王国ディオン皇太子とは、隣国との絆を深める為の政略結婚だ。
ディオン皇太子といえば、破天荒の勇者と言われ、背と胸に大きな黒百合の痣があることで有名な男である。
背が高くそれはもう黒髪の美男で、色々な苦難を解決してきた有能な男だ。
セシリアはディオンの事を知るにつれて、好きで好きでたまらなくなった。
ディオンはセシリアと結婚してから3年間、外遊に出かけたり、それはもう色々と破天荒な事をやらかした。
それでも、セシリアは時にはついて行ったりして、ディオンに付き従ったのだ。
彼の子供みたいなところが好き。破天荒な行動力が好き。彼の笑顔が好き。彼の何もかもが好き。
本当に大好き。
「ディオン様。今度はどこの国に行かれるのです?私もついて行きたい」
「今度は、ちょっと女性には無理だな。でも土産は送るよ。楽しみに待っているといい」
私が男性ならば、どんな所にもついていけるのに。
彼は色々な人に愛されて、人気もあって。
皇太子として着実に成長していくディオン。
その傍にいられることはセシリアの幸せだ。
災厄がふりかかっても、ディオンは破天荒の勇者として、聖剣を7本集め、仲間を募ってそれをはねのけて。
彼は英雄になった。
王国騎士団員はディオンを慕っていて、
騎士団員だけじゃないわ。黒竜魔王を倒した記念に立ったディオンの銅像。
半裸で黒百合の痣がでかでかと背と胸にある銅像は王国民に触ると幸福が来ると言われて大人気だ。
セシリアはふっくらとしたお腹を触る。
やっと子が出来た。結婚して長年、アマルゼの怨霊に祟られた呪いで出来なかった。
それもやっと解決して子が出来たのだ。
だから、何もかも解決した今だから、セシリアはディオンと共にゆっくりできる。
そしてこれからのマディニア王国の為に再び走る事が出来る。
そう喜んでいたのに。
ディオンには愛人がいる。
一年前、彼が薔薇の館でその身を抱かれて以来、夢中になっているルディーンと言う魔族の美しい男だ。
ディオンは彼にのめり込み強引に週二日の愛人契約を結んだ。
セシリアの胸は痛んだ。
ずっと自分だけのディオンだったのが、ディオンの心がルディーンと言う男に行ってしまったのだ。
自分に甘えて胸枕を喜んでくれたディオン。
共にマディニア王国の未来を語り合ったディオン。
それが、ルディーンに夢中になった。
許せない。許せない。許せない。
叫びたかった。
心の底から叫びたかった。
お願い。ルディーンと別れて。
どうか、私だけを見て。
貴方はお父さんになるのよ。
お腹には貴方の子がいるの。
どうかお願い。別れてっーーー。
悲鳴のように叫びたかった。でも出来なかった‥‥‥
外はしとしとと静かな雨が降る。
セシリアは王宮の自室から窓の外を一人見つめた。
ふと、背後を見るとひとりの男が立っていた。
ここは皇太子妃の部屋である。男性が勝手に入っていいはずはない。
警備はどうなっているの?セシリアは身構えた。
金の髪に青い瞳の男は、にっこりと笑って、部屋のソファに腰を下ろした。
「人を呼びますか?セシリア様」
「貴方は誰?何をしにきたの?」
「辺境騎士団。ご存じでしょう?」
「あの屑の美男をさらうという?」
「まぁ、本業は魔物討伐ですが‥‥‥いつの間にかそっちが有名になってしまってね」
男は立ち上がり、自己紹介をしてきた。
「辺境騎士団四天王アラフと申します」
「アラフ様。アラフ様が何の用?」
セシリアは身構える。
アラフはにんまり笑って、
「貴方の夫である皇太子殿下は屑でしょう?美男の屑」
「違うわ。屑ではないわ。彼はアマルゼの呪いや、黒竜魔王の脅威を取り去った英雄よ」
「でも、貴方にとっては屑だ。貴方と言うものがありながら、男に現を抜かしている」
「他国の王族だって側室を持っていたりするわ」
「子を作る為でしょう?貴方に子が出来ているのに、愛人、必要ですか?それも、男だ」
「貴方がディオン様をさらうと言うの?屑の美男教育を施すと言うの?」
「ただ、厄介でね。ディオン皇太子は仲間達に愛されている。皇太子自身もかなりの剣の使い手だ。それに、辺境騎士団の騎士団長にマディニア王国には手を出すなと言われている」
「それでは何で?私の前に現れたの?」
どうして?何で?この男は何の用で現れたの?
アラフはまっすぐセシリアの目を見つめて、
「だったら、ルディーンっていう愛人の方をさらえばいい。彼はかなりの美男だ。そちらを教育するのも楽しそうだ」
ルディーンがいなくなる?私だけを見つめてくれる?いいえ。私はディオン様の気性をよくわかっているわ。彼は辺境騎士団に殴りこむわね。必ずルディーンをとり返しに行く。
「それは許しません。辺境騎士団とマディニア王国が戦をしていいというのなら、許可しますが」
「それ程、あの皇太子、ルディーンに惚れているんだ」
「アラフ様。私は、ルディーンがいなくなればいいと‥‥‥彼をとても憎んでいるわ。でもね。あの男がいなくなったら、きっとディオン様は壊れてしまう。あまりにもディオン様が背負っているものは重い。この王国の光でならなければならないのだから。ディオン様が何故、ルディーンから離れられないか‥‥‥縋っているのよ。彼の腕の中だけ、ディオン様は普通の男に戻る事が出来るの。私では駄目。だって皇太子妃ですもの。彼の重荷の一部ですもの。私は彼を愛しているわ。だから壊れていく彼を見る事は嫌。ディオン様には走り続けて欲しいの。愛人契約を許可したわ」
セシリアはアラフに向かって、
「ディオン様にも、ルディーンにも手を出すことを禁じます。私から貴方達に依頼することもありません。お帰り下さいませ」
「やはり、噂通りの方だ。でも、貴方の心はズタズタではありませんか?」
「私の心がどうなろうとも、私はマディニア王国の先行き、王妃になります。お腹の子の為にも私がしっかりしないと。ディオン様と共に走り続ける為にも」
「ディオンもルディーンも屑だけれども、まぁセシリア様がそう言うのなら‥‥‥いつでも我が騎士団は依頼をお待ちしています」
アラフは去っていった。
セシリアはソファに座って、ふと思う。
世間の女性が羨ましい。
邪魔な屑の美男を簡単に始末出来るのだから。
私はディオン様を愛している。
彼の脆い所も、彼の強い所も何もかも‥‥‥
遠い未来に俺を連れて行ってくれとルディーンに縋っている所を見てしまった。
遠い未来にいずれ自分は棄てられるのだろう。
ディオンの心に自分はいない。
ルディーンと引き離したら,ディオンは壊れる。
追い詰めたらディオンはルディーンと駆け落ちするだろう。
「ディオン様の事を嫌いになれたらいいのに」
セシリアはそっと涙を流した。
ルディーンがいなくなった。
週に二回の愛人契約をほったらかして、ソナルデ商会からも姿を消した。
ディオンは目に見えて様子がおかしくなった。
「奴の家に行ってもいなかった。置手紙が置いてあって。遠くへ行きますから探さないで下さいと。だが俺はルディーンを探す。絶対に連れ戻す」
セシリアはディオンに向かって、
「今日は隣国の外交官と会食がありますわ。それはどう致しますの?」
「俺はルディーンがいないと駄目だ。探しに行く」
ディオンは皇太子の仕事も放棄し、セシリアの言葉も耳に入らなかった。
薔薇の館で一年前、抱かれて以来、ルディーンに執着した。
彼の腕の中でだけ、ただのディオンに戻れる。
黒竜魔王討伐、アマルゼの鎮魂祭、あまりにも、負担が大きかった。
マディニア王国の国民たちは破天荒の勇者ディオンを慕っている。
皆、ディオンに期待しているのだ。
ディオンの傍で黒竜魔王討伐に関わった人たちも、強いディオンを当然のように思っている。
違う。俺は強くはない。俺は走り続けたくない。
疲れた‥‥‥もう沢山だ。
ルディーンに縋って、彼の腕の中でディオンは普通の男に戻れる気がした。
ただのディオンに戻れる気がした。
でも、ルディーンは、ディオンの事を、「皇太子殿下」と呼ぶ。
それはとても辛かったけれども。
ルディーンはソナルデ商会の会長だ。
ソナルデ商会はアクセサリーを貴族や平民に売っているジュエリーショップである。
マディニア王国だけでなく、第一魔国~第五魔国にも店を展開していた。
ルディーンは自分でアクセサリーのデザインをする。
彼がアクセサリーをデザインして、自ら宝石を手に取り、仕事をしている姿をぼんやりとみるのが好きだ。
覗き込んで、
「成程。お前、結構細かいな。だがこの首飾り、悪くないと思うぞ」
ルディーンは笑って、
「皇太子殿下。もっと褒めて下さいよ。悪くないだなんて。ね。俺は自分のデザインに自信がありますので。この首飾りは王妃様注文ですよ」
「母上が?確かに母上はソナルデ商会を気に入っているからな」
そんな会話がとても幸せで。
ずっとルディーンと過ごせると思っていた。
セシリアの事も勿論、愛している。彼女がいなければ走る事が出来なかった。
時々感じる罪悪感。それでも、ディオンはルディーンと一緒にいる時だけ、幸せを感じた。
だからルディーンがいなくなった時、街に出てルディーンを探しまくった。
なりふり構わなかった。
ルディーンっ。俺を置いてどこへいったんだ?頼むから、いなくならないでくれ。
時間が解らなくなった。自分がどこにいるさえも、
気が付いたら冷たい路地裏の石畳に倒れていた。
雨がしとしと降っている。
身に降りかかる雨の冷たさも もうどうでもよかった。
ルディーン。愛している。
お前はどこにいるんだ?
何だか寒くて仕方がない。頼むから、ルディーン。
俺を‥‥‥
ディオンは意識を手放した。
ルディーンが姿を消したのは、これ以上、ディオンを縛りたくなかったからだ。
気まぐれで薔薇の館でディオンを抱いた。
それ以来、ルディーンはディオンに執着された。
「気まぐれで、抱いたんですがね。こんなことになるだなんて」
ルディーンもディオンを愛している。
彼は破天荒の勇者として、マディニア王国の皇太子として仲間と共に走り続けてきた。
輝ける王国の光。
ルディーンにとっては眩しすぎて。
週に二回、ルディーンの屋敷にディオンは通ってくる。
最近、特に疲れているようで、ルディーンに泣きながら縋ってくるのだ。
「お前の傍にいる時だけが、俺はディオンでいられる」
「泣かないで下さいよ。解っていますから。ね?皇太子殿下」
「ディオンって呼んでくれないんだな」
「ディオン。これでいいですかね?」
「もっともっと呼んで欲しい。ディオン。俺はディオンだ」
こんなに脆くて、こんなに儚くて。こんなにこんなにこんなに‥‥‥
俺は彼を壊しているのか?この関係がこのままでいいのか?
セシリア様との間に子が産まれると聞いている。
俺は身を引くべきではないのか?
解らなくなった。ただ、今のまま、ディオンの傍にいるのが辛かった。
自分がいなくなったら?ディオンにはセシリアや、仲間達がいる。
だからきっと大丈夫。
ディオンと別れるのは辛い。
でも、俺は‥‥‥
ルディーンは商会を副会長に任せて、しばらく姿を消す事にした。
「で?何でこんな所に貴方がいるんですかね?」
ルディーンは、魔界の第五魔国の街を歩いていた。
ふと、ふわっと温かい風を感じて、振り向いてみたら、見知った男が立っていた。
半透明でにこやかに。
- やっと会えた。お前を探したぞ -
「皇太子殿下っ。その姿‥‥‥まさか?」
- これからはずっと一緒だ。魂の世界で愛してくれるんだろ?魔族は魂の世界で交わることが出来ると聞いたぞ -
ディオンの魂がルディーンの身体に絡みついてきた。
- ずっと離さない。一緒に色々な所へ行こう。楽しみだ -
あああっ。皇太子殿下っ。貴方は‥‥‥
命を落としたのですか?俺を探して。
なんて取り返しのつかない事をしたんだ。
ルディーンはディオンの魂を抱き締めて、その場に座り込み。
「俺は貴方を壊したくなかった。貴方が命を落とすだなんて。そこまで、俺に依存していたなんて」
- ルディーン。泣く事はない。俺は幸せだ。だから泣くな -
ルディーンは後悔に泣き叫んだ。
クロード・ラッセルはマディニア騎士団で騎士をしている。第一魔国の魔王サルダーニャの弟でルディーンの従弟だ。
ルディーンから連絡を受けたクロードは王宮にいた。
国王や王妃、セシリア皇太子妃、ディオンの双子の弟のディミアス・マーレリー大公、フィリップ第二王子、異母妹のレイリアと共にである。
ディオンの弟妹環境はかなり複雑だ。
他にローゼン騎士団長やその婚約者のフローラ・フォルダン。宰相の仕事をしているフォルダン公爵も一緒だ。
クロードはルディーンの通信に、腕につけている通信魔具で答える。
「ルディーン。どこにいるんだ?皇太子殿下が亡くなってね。今、死体を安置しているんだけど。俺の魔法で腐らないようにしてあるよ」
フローラ・フォルダン公爵令嬢が、
「ルディーン。戻ってらっしゃい。貴方のせいで亡くなったのよ。どうしてくれるのよ」
セシリア皇太子妃が、クロードの腕の魔道具に話しかける。
「ルディーン。貴方を許せない。ディオン様は貴方を探して路地裏で亡くなったの。ディオン様を返してよ。お願いだから。返してっ」
セシリアは泣き崩れた。フローラが気遣う。
クロードがルディーンに、
「でも、まだ希望はあるよ。第一魔国から第五魔国の魔王達に協力を求めて、ディオン皇太子殿下を生き返らせる。膨大な魔力が必要だけど、魔王達5人なら可能だよね。皇太子殿下の魂は一緒にいるの?」
ルディーンは答える。
「俺に絡みついていますよ」
「だったら一週間で、俺達が魔王達に協力を取り付けるから、それまで皇太子殿下を預かっていてくれないかな」
セシリアがクロードの言葉に、
「ディオン様が生き返る事ができるの?」
「ええ、可能ですよ。まだ日が浅いし、魔王達の魔力さえあれば。セシリア様。俺達に命じて下さい。必ず魔王達を説き伏せて協力して貰いますから」
その時、王妃オイリーヌがクロードに向かって、
「正式に魔王達に親書を書くわ。マディニア王国、国王からの頼みだという事で。我が息子ながら情けない。でも、ディオンはまだまだ我が王国に必要よ。クロード・ラッセル。親書を持って魔王達に依頼を」
「かしこまりました。王妃様」
フィリップ第二王子とレイリアはディオンの死体に寄り添って、
「兄上。必ず生き返って下さい。まだまだ兄上は王国に必要です」
「そうよ。お兄様。レイリアは、お兄様の復活を楽しみにしています」
ディミアスは双子でディオンとは複雑な関係なので、ただただ黙って見ていた。
国王は王妃のいいなりである。
クロードは、ディオンの周りにいた仲間達と共に、魔国の魔王達に協力を頼みに魔界へ旅立った。
第一魔国の魔王城にクロードは妻の死霊の黒騎士グリザスと、フローラ・フォルダン公爵令嬢と共に到着した。
クロードが姉の魔王サルダーニャと、王配ゾイドリンゲンに王城の広間で会った。
サルダーニャは妖艶な美女だ。クロード達の姿を見て、
「クロード、それからグリザス。久しぶりじゃの。新婚生活はどうじゃ?」
大男のゾイドリンゲンも、
「気になっておるぞ。二人の夫婦生活をな」
グリザスが頭を下げる。フローラもカーテシーをして、
「お久しぶりです。サルダーニャ様。ゾイドリンゲン様」
「おおっ。皆、元気そうで何よりじゃ」
クロードは慌てたように、
「それより、姉上、義兄上。皇太子殿下が大変なんだ」
サルダーニャは扇を手に微笑んで、
「解っておるわ。ディオンは愚かよの。ルディーンなんぞにだぶらかされて」
フローラも訴えるように、
「助けて下さいっ。皇太子殿下を生き返らせるためには魔王様達の力が必要なのです」
グリザスも、
「俺からも頼む。どうか、皇太子殿下をっ」
「解っておる」
スっと4人の人物が姿を現した。
第二魔国魔王レスティアス、第三魔国魔王シルバ、第四魔国魔王ティム 第五魔国魔王ロッド。
クロードが嬉しそうに、
「皆を呼んでおいてくれたんだね。姉上」
「ディオンが死んだ事は、掴んでおる。クロードが来ることも想定済みじゃ」
シルバとロッドはクロードとフローラの幼馴染だ。
シルバがフンと横を向いて、
「俺もディオンは馬鹿だと思う。生き返らせる必要はあるのか?」
ロッドがなだめるように、
「シルバ。ここは協力しろ。お前の婚約者で、ディオンのいとこのマリアンヌ嬢に怒られるぞ」
「ああ、愛しのマリアンヌ。確かにマリアンヌは今頃、悲しんでいるに違いない。俺はマリアンヌを愛しているからな」
第二魔国魔王レスティアスが進み出て、
「協力しよう。フィリップ第二王子殿下と交流がある。彼を悲しませたくない。彼はとても良い男だ」
第四魔国魔王ティムは幼い魔王だ。
拳を突き上げて、
「破天荒の勇者に憧れているんだ。俺も協力する。生き返らせるんだ」
クロードは皆に向かって頭を下げた。
「有難う。助かるよ」
フローラもグリザスも皆に頭を下げた。
ディオンを生き返らせるためには準備が一週間かかる。
祭壇を作って大きな水晶玉を置き、五人の魔王の魔力をマディニア王国の王宮に安置されているディオンの身に贈るのだ。
祭壇を作って水晶玉を用意するのに一週間かかるのだ。
サルダーニャ指導の下、祭壇作りに取り掛かった。
その頃、ルディーンは、ディオンの魂と共に第五魔国を見て回った。
ディオンはルディーンに絡みついて楽しそうに、
- 綺麗だな。あの露店には見たことが無い飾りが沢山売っている。もっと近くて見たい -
「だったら俺から離れて見に行けばいいのに」
- 離れたくない。お前から離れたくない -
「はいはい。駄々っこですねぇ。皇太子殿下は」
- ディオンだと言っているだろう?ルディーン。愛している-
「それじゃ飾りを見に行きましょうかね」
ルディーンはディオンを甘やかす事にした。
色々な物を見せて、色々と楽しんで。
生き返ったらこの人は、走らなければならない。
だから今位は、甘やかしたっていいでしょう?
一週間、二人は楽しく過ごして。そしてとある朝、ディオンは揺らめきながら、
- お前と一緒にいたいのに……呼ばれている。俺は行かなくてはならない -
寂しそうに言うディオンに、ルディーンは、
「会いにいきますから。貴方が元気になったら会いに。だから、二度と俺を探さないで下さいよ。俺はいつでもマディニア王国の自宅か商会にいますから。ね?」
- ああ、俺からも会いに行く。必ず -
ディオンの姿は消えた。
魔国の魔王達が祭壇の水晶に力を込めて、マディニア王国のディオンの身に魔力を送ったのだ。
ディオンの身体が輝いて、心臓が脈打ち、彼は生き返った。
水晶玉にディオンの身体に生気が宿った姿を見たクロードとフローラは共に泣いた。
グリザスは死霊なので涙は流さなかったが、クロードの手を握って、
「良かったな。クロード。これで一安心だ」
「グリザスさん。良かった。本当に良かった」
フローラが拳を突き上げて、
「後は皇太子殿下に生きる気力を持ってもらうだけよ。私達が頑張るしかないわ。皆で皇太子殿下が再び走る為にどうしたらよいか考えましょう」
三人は魔王達に礼を言いマディニア王国へ戻った。
ディオンが目が覚めた時は、傍に国王と王妃、フィリップ第二王子とレイリア王女がいた。
王妃オイリーヌがディオンの傍にいって、
「目が覚めてよかった。ディオン。お前は生き返ったのよ」
「母上」
フィリップ第二王子が、心配そうに見つめて、
「第一魔国から第五魔国の魔王達が協力してくれました。兄上。よかった」
レイリアも泣きながら、
「お兄様。目が覚めてよかった。クロードを始め皆様がお兄様の為に力になって下さったのよ」
「そうか。みんなが‥‥‥」
セシリアの姿が無い事に気が付いた。
「セシリアは?」
オイリーヌ王妃が、
「セシリアは今は会いたくないと言っているわ。だから、離宮でゆっくりと静養して頂戴」
「母上。俺は、皇太子を下りたいと」
「許しません。貴方はマディニアの光。まだまだ走ってもらわねばなりません」
フィリップ第二王子も、
「兄上、兄上が走ってくれないと。私が王位継承権第二位なのです。だから私が国王に。私は兄上程のカリスマがありません。ですから兄上。どうかマディニア王国の光でいて下さい。お願いです」
ディオンは頷いた。
「解った。だが少し休ませてくれ。とても疲れているんだ」
国王がやっと口を開いた。
「まだまだ私も現役だからな。ディオン。静養するがいい」
ディオンは離宮で静養した。
親友で魔族のミリオン・ハウエルと、同じく魔族のスーティリアが魔法陣を展開して現れた。
赤い髪で逞しい体つきのミリオンと、桃色の髪で可愛らしい少女スーティリア。二人は相棒だ。
ミリオンはベッドで寝たきりになっているディオンに向かって、
「俺とスーティリアが世話をすることになった」
スーティリアはウインクして、
「スーティリアにお任せよ。料理を頑張って作るわ」
ディオンは首を傾げた。
「何故?お前らが俺の世話係になったんだ?」
ミリオンは笑って、
「お前がディオンでいられるからだろ?俺とスーティリアの前でな」
スーティリアもにっこりして、
「ディオン様ったら、本当にルディーンに対して甘えん坊さんなんだから。見かけによらないね」
ディオンはゆっくり身を起こして、
「お前ら、本当に‥‥‥まぁいい。楽しい静養になりそうだ」
ミリオンはディオンに友として接してくれる。
スーティリアは闇竜の肉のスープと柔らかいパンをお昼ご飯に作ってくれた。
まともな物を受け付けない身体に、闇竜のスープはとても温かくて美味しい。
ベッドで食事をするディオン。
ミリオンがベッドわきでパンに闇竜の肉を挟み込んだ豪勢なサンドイッチを食いながら、
「また、グリザス相手に剣舞をしたいな。あれは楽しかった。死霊の黒騎士グリザス。演武の練習のつもりが、ディオンとふたりがかりでグリザスと戦って、本気になっちまって。元気になったら騎士団へ行ってやろうぜ」
「グリザス・サーロッドか。奴はまだ騎士団の教官をしているんだろう?俺が任命した。
死霊の黒騎士を教官にしろと」
「ああ、まだ教官しているぜ。やろう。だから早く元気になれよ」
楽しかった。久々に笑えた気がした。
ローゼンシュリハルト・フォバッツア騎士団長と、婚約者のフローラ・フォルダン公爵令嬢。
騎士団員クロード・ラッセルと、死霊の黒騎士グリザス。この二人は男性で夫婦だ。
フローラの姉のアイリーン・フォルダン公爵令嬢。その夫のユリシーズ(彼は30年間氷漬けになっていたアマルゼの勇者だ)
ローゼン、フローラ、クロード、グリザス、アイリーン、ユリシーズは、ディオン皇太子にとって共に走り続けた仲間だ。
王国一の美男の騎士団長ローゼンは、ディオンに向かって挨拶をする。
「お加減、如何ですか?皇太子殿下」
「まだまだだが、心配をかけたな。ローゼン」
フローラがベッドの脇に近づいて、紫の瞳を涙で濡らしながら、
「心配しましたわ。皇太子殿下。生き返ってよかった」
フローラの双子の姉のアイリーンはフローラと対照的に、妖艶に微笑んで、
「皇太子殿下が死んでしまうなんて驚いたけれども、生き返って良かったわ。貴方がいないとマディニアはつまらない。元気で生きていてもらわないと」
ディオンは笑って、
「ハハハ。そうだな。つまらないか?俺がいないと」
「ええ、つまらなくてよ。フローラ。貴方もそう思うでしょ」
「皇太子殿下には輝いていて欲しい。私、皇太子殿下が国王になって、治めるマディニア王国を見たいのですもの」
ユリシーズがディオンの手を取り、泣きだした。
「生きていてくれてよかった。俺、皇太子殿下が死んだと聞いた時、どうしようかと。破天荒の勇者として皇太子殿下の事、俺、凄く尊敬していて、憧れなんだ。一緒に走っていきたいと、ずっと走っていきたいと」
ディオンの心は罪悪感で一杯になった。
皆が心配してくれる。
「ユリシーズ。すまなかった。ごめんな」
「生きていてくれただけでも、本当によかった」
死霊の黒騎士グリザスが声をかけてくる。
「皇太子殿下。その身が治りましたら、また手合わせをお願いしてもよろしいですか?」
「グリザス。勿論だ」
「皇太子殿下の剣。楽しみにしています。ミリオンも交えてやりましょう」
最後にクロードにディオンは礼を言う。
「お前は今回、随分と俺の為に働いてくれたって聞いた。有難う。クロード」
クロードは嬉しそうに笑って、
「皇太子殿下の事は尊敬していますから。助かってよかった。ほっとしました」
フローラが、
「あまり長居しても困るでしょうから。また参ります」
ローゼンがフローラに、
「私は皇太子殿下と話がある。先に帰ってくれ」
5人はお大事にと言って帰って行った。
ローゼンがディオンが寝ているベッドの傍に近づいて来て、
「皇太子殿下」
「話とはなんだ?」
「皇太子殿下とは20年来の付き合いです」
「そうだな。子供の頃に引き合わされて、ずっとお前は俺の傍にいたな」
「はい。人づきあいが苦手な私に、皇太子殿下は気を使って下さいました。学園で、孤独だった私に率先だって友宣言して下さいましたね。でも、皇太子殿下は仕えるべき主です。私にとってはずっと‥‥‥」
「お前は真面目だからな」
ローゼンは騎士団長をしている。
マディニア王国一の美しい男だ。背まである金の髪に青い瞳に憧れる令嬢は多い。
フローラと言う婚約者がいてもなお、ファンクラブまである位のモテようだ。
それなのに彼は人づきあいが苦手だ。
ローゼンはディオンに、
「私は先行き、宰相になろうと思っております。それは、騎士団長より、宰相の方が貴方の役に立つから。騎士団長はこれからの若い世代に譲っても十分、王国の為に役立つでしょう。私はその上を行きたい。ディオン皇太子殿下が走る為に私は力を尽くしたい。私がどれだけ悲しかったか解りますか?貴方がいなくなって騎士団員総出で探したかった。でも、王妃様が世間体が悪いと許可が下りなかった。信頼できる団員のみに話して貴方を探した。冷たくなった貴方を見つけた時の私の絶望を貴方は解りますか?私は貴方の世が見たい。ディオン皇太子殿下の世でなくては嫌だ。私は私は私は‥‥‥」
ローゼンの青い瞳から一筋の涙がこぼれた。
ディオンは驚いた。長年の付き合いの中で、この男が泣いたのを見たことがなかったからだ。
「ローゼン。お前‥‥‥」
「二度と死ぬような真似をなさらないで下さい。貴方が、自分の責務が重いというのなら、私だっています。貴方と一緒に走って来た仲間だっています。頼って下さい。重荷をどうか、皆に分けて頼って下さい。私は何でもします。何でもしますから。お願いですから。皇太子殿下っ」
「すまなかったな。ローゼン。二度と俺は死ぬような真似をしない。セシリアが俺に会いに来ないのはどうしてか解るか?俺の重荷になると遠慮をしているからだ。ルディーンが会いに来ないのはどうしてか解るか?再び俺に走って欲しいからだ。もっと身体が治ったら俺は再び走り出すから。だから安心しろ。ローゼン。二度と馬鹿な真似はしない」
ローゼンは深々と頭を下げて騎士の礼をした。
ディオンは二度と、ローゼンを皆を悲しませてはならない。そう決意した。
それから数日後、身体が大分回復した頃、セシリアが訪ねてきた。
「ディオン様。ご無事で‥‥‥本当に生きて帰ってくれて」
セシリアはディオンの顔を見た途端、泣き崩れた。
大きなお腹。もうすぐ産まれる我が子。
ディオンはセシリアの傍に行って、抱き締めた。
「セシリア。心配かけたな」
「ディオン様っ。私、お願いがあります。ルディーンと三人で話し合いの席を設けて下さいませんか」
「ルディーンと三人で?」
「別れろだなんて言いません。私はルディーンを憎んでいました。今も憎んでいるわ。でも、貴方はルディーンを必要としている。私は貴方を支えたいの。これから先も走り続ける貴方を。今まで沢山、一緒に走って来たわね。だから、ルディーンと三人で話し合いを」
「解った。ルディーンはソナルデ商会にいるはずだ。呼んで話し合いをしよう」
離宮にルディーンを呼んでもらった。
久しぶりに会うルディーン。
ディオンの胸は高鳴る。
ルディーンは微笑んで、
「お久しぶりです。皇太子殿下。そしてセシリア様」
セシリアはルディーンに、
「座って頂戴。これからの事を話しあいましょう」
ディオンを挟んで、対面でセシリアとルディーンは腰かける。
セシリアが口を開いた。
「ルディーン・ソナルデ。別れろとはいいません。愛人契約も週二回。そのままで構いません。ただ、ディオン様の傍からいなくならないで。遠い先にディオン様を連れていかないで。貴方を家族として迎えます。お墓もディオン様の隣に作るわ。ただ、少し後ろに下がったところになるけれども。正直言って、私は辛いの。貴方の事を憎くも思っているの。でも、ディオン様が輝き続ける為に貴方が必要なら私は受け入れます。そして皇太子妃として命じます。ディオン様の傍にいる事。いいわね?」
ルディーンは驚いたように目を見開いた後、フっと微笑んで、
「どれ程の苦しみを俺はセシリア様に味合わせているのだろう。でも、俺も苦しいんですよ。自分だけのものにしたいのに、自分だけのものにならないお人を愛するっていうのは。でも、俺も走り続ける皇太子殿下を見たいんですよ。マディニアの光である皇太子殿下を。ですから貴方が許すなら、皇太子殿下の傍にいましょう。遠い先に連れ去らないと約束しましょう。俺と貴方は似た者同士だ。互いに憎み互いに諦め互いに一人の男の幸せと輝きを願っている。そうでしょう?セシリア様」
「そうね。ルディーン」
ディオンは二人に頭を下げた。
「すまない。二人とも。俺はセシリアもルディーンも必要としている。もう、迷わない。マディニア王国の為に俺は走り続ける」
部屋の外では、仲間達がディオンを待っていた。
親友ミリオン、スーティリア。クロード、グリザス、ローゼン騎士団長、フローラ、アイリーン、ユリシーズ。他にもディオンを慕う仲間達が。
ディオンは皆に向かって。
「心配かけたな。俺はこれからも走り続ける。皆、一緒に走ってくれ」
ミリオンが嬉しそうに抱き着いてきた。
「それこそディオンだ。一緒に走るぞ」
スーティリアも、飛び上がって喜び、
「走る走る。沢山走ろうね」
クロードとユリシーズが抱き着いてきた。
「走りましょう。皇太子殿下」
「俺も協力しますっ」
幸せだった。とてもとても幸せで。
セシリアに子が産まれた。王国の新たなる光だ。
ディオン皇太子はセシリアとルディーンと、そして仲間達と共に今日も走り続ける。
破天荒の勇者として、マディニア王国の皇太子として。
これは、あの世から戻って来た、いわゆる辺境騎士団視点でいえば、屑な男の再生の物語である。
辺境騎士団四天王アラフ「結局、何だったんだ?まぁ奴は屑だったのか?屑でなかったのか?」
ゴルディル「次だ次っ。次なる屑を探しにいくぞ」
マルク「触手をウネウネ。触手を磨いておかないと」
エダル「三日三晩が退屈している。次へ行こう」
「ディオン。あんたに聞きたい事がある」
ディオンは驚いた。王宮の大浴場でくつろいでいたら、いきなり声をかけられたのだ。
湯気の向こうに現れたのは、裸で風呂に入る一人の男だった。
金の髪に青い瞳。辺境騎士団のアラフだ。
ディオンは身構える。
アラフはゆっくりと近づいて来て、
「成程。これが有名な黒百合の痣か。噂通り見事な美しさだな」
ディオンの胸と背には黒百合の痣がある。神イルグが勇者としての念押しでデカデカと浮かび上がらせた痣だ。
ディオンはアラフとは一度会った事がある。
異母妹レイリアの件で。
ディオンはアラフに向かって、
「で?辺境騎士団四天王のアラフが何の用だ?」
「あんたは屑なのか?屑でないのか?解らなくなった。女を泣かせる男を許せない。それが俺達の屑の基準だ。だからセシリア皇太子妃を泣かせるお前は屑認定なんだがな。解らない。お前は皆に慕われている。周りの者達にも王国民にも。お前をさらっていけば、大勢の人間が悲しむだろう。お前を取り返そうと躍起になるだろう。お前は屑なのか?それとも……」
「屑なのだろう。セシリアを泣かせている。それでも俺はルディーンに縋ることをやめられない。だが決めた。何もかも背負って走るしかないだろう?どんなに重くても、俺は破天荒の勇者でマディニア王国の皇太子だ。光となって走るしかない。だから、お前らにさらわれる訳にはいかない」
アラフは立ち上がって、
「さらうつもりはないよ。セシリアやルディーンの苦しみも全て背負って走るというのか?いや、無視して走ると?」
「俺の出来る事を二人にするしかないだろう?俺はセシリアを必要としているし、愛している。ルディーンも必要としているし愛している。どちらも捨てられない。どちらもどうしようもなく欲している。男の子が産まれたんだ。子の誕生を喜ぶ余裕が出てきた。今までは余裕もなかった」
「そうか‥‥‥何かあったら声をかけてくれ。屑か屑でないか考えるのに疲れた。俺も破天荒の勇者が治めるマディニア王国を見たい」
「有難う。アラフ」
「邪魔したな」
アラフは風呂場を出て行った。
ディオンは思う。
解決した訳ではない。それでも、二人の傷を背負って走るしかないんだ。
もう、後ろを向いている暇はない。
ディオンは決意を新たに、風呂場の窓の外を見つめるのであった。
マディニア王国の空には明るい月が煌々と輝いていた。