第6話 プロテシアンシーフ その2
スライムとは、この世界に存在する魔物の一種。
魔物と言ってもその生態はとても穏やかで、単体であれば特に害は無く、子供でも倒せるほど貧弱。
しかし、スライムにはある特性がある。
それは水に触れると、その水を吸収し|、形を変異させるというものだ。
「あははは! 驚いた? 私の最高傑作、"ドラゴスライム"に!」
さっきまでただの水だったものが、突然形を持ち、巨大な龍の姿へ変貌した。
「さぁ! 噛み砕きなさい!」
龍は体を勢いよくうねらせながら、楓目掛けて突進する。
先の特性は一見脅威見えるが、大きくなるとはいえ所詮はスライム。
強くなるわけでも、凶暴化するわけでもない。
が、想像して欲しい。
もし大量の水を吸収したスライムがそのまま突進してきたら?
それは圧倒的質量を持つ水の大砲と化す……。
「ああ、もう! 一体どこ行っちゃったの!?」
マーガレットは会話の途中でいきなり念話が切れ、居場所を見失ってしまった楓探しに奔走していた。
(絶対に見つけないと……。あれがないと私は……)
すると、近くの広場が何か騒がしい。なんだか人が集まっているみたいだ。
マーガレットは何かを感じ取り、群衆を掻き分け前に出た。
それを見たマーガレットは目の前の光景に息を呑む。
その広場のあちらこちらに瓦礫が散乱し、石造りの家屋が崩落している。
そしてその中心、噴水の近くに巨大な水の龍がとぐろを巻いていた。
「あははは! どうしたの? 潰れちゃったかしら!」
龍のとぐろの中心にいたミルルが、ケラケラと笑いながら立っていた。
マーガレットはミルルがあの龍を操り、何かに向かって突進したとすぐに分かった。
そしてその何かとは一人しかいない。
「楓!」
「あら? 遅かったわね。彼女ならその瓦礫の下よ。全く、こんなもののために仲間の命すら危険に晒すなんてねぇ」
ミルルは先程奪った小袋を取り出す。
特になんの変哲もない革製の小袋。
それを見てマーガレットは目の色を変える。
「返して! それを今すぐ!」
「だーかーらー! 返すわけないでしょ!? あんたも一緒にすり潰して……」
ドン!
突然ミルルと、マーガレットの間をレンガが通り過ぎる。
レンガはそのまま向こう側の家に激突、粉々に砕け散る。
驚いた二人はレンガが飛んできた方を見る。
「邪魔すんなよ……。やっと面白くなってきたんだ」
そこには瓦礫の中から自力で出てきた、頭から血を流した楓がいた。
「は……はっ! 思ってたより頑丈ね! いいわよ、もう一発食らわせてあげる!」
龍は再び突撃の体制をとる。
首を低くし、照準を定める。
今度は確実に殺すように。
「おい。クソガキ」
「く、くそ!?」
「頼むから……。死ぬなよ?」
楓は構えを取る。
体を下げ、両手を地面に置く。
右足は膝を立て、左足は膝を地面につけ伸ばす。
そして腰を頭より高く上げる。
この構えに対しここにいるもの全員が怪訝な顔をする。
無理もない、前進することしか想定できないこの構えをこの世界の人間は見慣れないからだ。
だが、現世では誰でも知ってる見慣れた構えだ。
最も、この構えが使われるのは格闘技ではなく、陸上競技。
前に出ることのみを追求したこの構えを現世ではこう呼ぶ。
クラウチングスタートと。
「古竜拳法 角竜突」
「っ! 押し潰せ! ドラグスライム!」
両者が一斉に動き出す。
龍はさっきと同じく、口を大きく開け、楓に目掛けで突進。
楓はそれを正面から迎え撃つ。
飛び出した瞬間。
両腕を折り曲げ拳を前に突き出し突進。
それは龍と人との力比べ。
側から見ればどちらが勝つなど明らかだった。
片や家ほどもある巨大な龍。
その突進を正面から受けるなど人間には不可能だ。
だが。
「はぁああああ!!!」
楓の怪力はそれを凌駕した。
鍛え抜かれた足腰と、精神力で、圧倒的質量を押し返す。
その衝撃は龍の内部に響き渡り、龍の体を内側らから破裂させた。
「うわぁ!」
あまりの衝撃にミルルは後方に吹き飛ばされ、壁に激突する。
(あ、ありえない! 人間業じゃない!)
背中を打ち、数瞬動けなくなるがすぐに顔を上げ前を向く。
ここで諦めるわけにはいかない。
隙を作ってなんとしても逃げ出す。
そう考えた。
だがその考えはミルルの目の前の光景に一瞬で打ち砕かれる。
巨大な、三本の角を持つ竜が突進してくる光景に。
「う、うわぁあああ!!!」
あまりの迫力にミルルはその間に顔を伏せ、両腕で目の前を覆った。
刹那、凄まじい衝撃音が耳を覆う。
ああ自分は死ぬのだと、衝撃の後に来る壮絶な痛みを覚悟して体をこわばらせる。
しかし、いくら待ってもその痛みはやってこない。
ミルルは恐る恐る目を開ける。
「ふぅー。危なかったー」
目の前に楓は立っていた。
突き出した両腕はミルルの頭の少し上、壁に深々とつき刺さっている。
楓は肘のあたりまで刺さった両腕を一気に抜き取ると、レンガ造りの壁がバラバラに砕け散った。
もし、この腕が自分の胴体か、頭に当たっていたら……。
その想像にミルルの精神が耐えきれず、白目を剥いて気絶した。
「あらら。気絶しちゃった。まあでも、無事でよかったー」
楓は手についた石のかけらをはたき、彼女のポケットから財布と、小さな小袋を取り出す。
「これは返してもらうわよ」
「楓ー!」
マーガレットが大声で駆け寄ってくる。
それを見て楓は嬉しそうに自分が取り返したものを掲げる。
「マーガレットー! ほらしっかり取り返して……!」
「こんの! おバカー!」
なんと、楓から凄まじいチョップを食らった。
予想外の出来事に楓はその場にへたり込んでしまう。
「ち、ちょっと! 何するのさ!」
「目立つなってあれほど言ったでしょ!? それを何よこの有り様は!」
改めて広場の様子を見渡す。
辺り一面に瓦礫が散乱し、囲んでいた家々はところどころヒビが入っている。
特に二人が攻撃を加えた2つの家屋は最早原型がない。
「あー、で、でも! ちゃんと小袋は取り返したしー」
「それとこれとは話がべつでしょ!? こんなに派手にやったら……」
「おい! お前たち、これは一体どう言うことだ!」
突然背後から怒声が聞こえてくる。
振り返るとそこには鎧を見にまとった聖騎士たちが立っていた。
住民からの通報を受け駆けつけたのだ。
「や、やばい! 言った側から!」
こんな所で聖騎士に出会してしまうなんて……。
なんとかしてこの場を脱出しなくては。
そう思っていると。
「よっと」
楓がマーガレットの腰に腕を通して小脇に抱える。
「ち、ちょっと何するのよ!」
「何って逃げるのよ。しっかり捕まってて」
そう言ってもう片方の腕にはさっき倒したミルルまで抱えている。
「ち、ちょっと! その子も連れてくの!?」
「このまま放置するわけにわいかないでしょ? それより、しっかり口閉じてたほうがいいよ。舌噛むからね!」
「え? うそ、うそうそうそ! まさかこのまま!?」
楓はまるで風のように凄まじいスピードで走り出す。
そのスピードのまま屋根から屋根へ飛び移り、一気に街を駆け抜けていく。
「いやぁーーー!!!!」
その日、風のように早い影と女性の叫び声がマルカナ中を飛び交ったと、後々の語り草となる。