第5話 プロテシアンシーフ その1
「鎖縛のベリル」を撃破してから2日が経過。
彼女たちの当面の目的は国境を越え国外に脱出すること。
指名手配犯である2人はそのためになるべく目立たず、静かに国境を越えなくてはならない。
そんな彼女たちは……。
「オンいしぃいいいい!! 何なのこの食べ物たち!」
めちゃくちゃでかい騒音を上げながら、めちゃくちゃ目立って食事していた。
聖都より北に10キロ、街道沿いの宿場街「マルカナ」。
ここは国境から聖都までのちょうど中央にあたる街。
聖都に向かう旅人が休息所として立ち寄る、サンクティア王国の中でも盛況な宿場街だ。
そんな街の酒場に彼女たちはいた。
「マーガレット! これすごく美味しい! なんて言う料理なの!?」
楓は満面の笑みで尋ねる。両手にナイフとフォークを持ち、口の中に牛肉のステーキを頬張りながら。
そんな状況にマーガレットは頭を抱える。
「楓……。私たちは指名手配中なのよ? まだここはサンクティアの領内。いつでも聖騎士たちが私たちを捕まえに来れる。もう少し静かにして!」
マーガレット小声で文句を言う。
周りの人々はそんな二人を見て怪訝な顔をする。
二人はローブを見に纏い、フードを被っているため顔を見られることはないが、すでに手配書はこの街にも届いている。
あまり目立つ行動をするとすぐにバレてしまう。
「気にしすぎだよー。それに、このために服装まで変えたんでしょ?」
楓は小屋を出た後着ていた着物を脱いで、冒険者が着る軽装に着替えた。
動きにくいのは嫌だと言う理由から、男性用の服装を着ることとなった。
着物はこの世界では目立つため着替える必要があった。
とはいえ元の世界で慣れ親しんだ服を着替えて本当に良かったのかとマーガレットは尋ねたが、とうの本人のは、
「郷に入っては郷に従わないとね!」
と、割とノリノリに着替えていた。
「はぁ。まあいいわ。それより今後についての話だけど……」
マーガレットは机に地図を広げる。
二人が目指す場所はサンクティア王国の北に広がる「キリカラ樹海」。
ここは危険な魔物が多く生息し、国境にも警備がいない。
ここからなら追手を撒きつつ国外に逃げることができる。
しかしその分障害が多い。
まずはその地形。
樹海と言うだけあって木々が生い茂り、地面の高低差が激しい。特殊な環境でコンパスも効かなくなるため、方角もあやふやになる。
軽い気持ちで入れば二度と出ることは出来ない。
さらに脅威なのが生息する魔獣たちだ。
閉鎖的な環境であるため樹海内で独自の生態系が確立し、熾烈な生存競争の末外生き残った強力な種のみが闊歩している。
「リスクは大きい……。でもここを通るしかこの国を抜ける方法は無い」
「……ふーん。ところでさ。国境を越えるのはいいけどその先はどうするの?」
「……あなたねぇ。 ちゃんと説明したでしょ?」
彼女たちの国を出た後の目的地、それは魔王領に向かうこと。
時は5年前、魔王という脅威が消え、国々は覇権争いが激化し始めたころに遡る。
この時、魔王討伐時に話し合う予定だった魔王領の各国への配分についての協議が戦争により棚上げとなってしまい、魔王領は支配者のいない空白の土地となってしまった。
ここに、魔王領に最も近い国が目をつけ所持していた勇者15人全員を魔王領の開墾に向かわせた。
統治者のいない空白の領地。
開墾することは簡単なはずだった。
だが、勇者は誰一人戻らなかった。
ある時期から定期連絡が途絶え、それ以降15名の勇者の所在が全くつかめなくなってしまった。
最後に届いた定期連絡の書状に書かれていたのはただ一文。
――魔王が生きていた。――
だだそれだけだった。
自分たちの戦力を失った彼の国は、諸外国に攻め入られ滅んでしまったためこれ以上の詳細はわからない。
だが確かなことは、現在支配者のいない魔王領には何かが居座っていること、そしてその何かは勇者以上の力を持っていると言うことだ。
「私たちはその何者かに会いにいく。もしそいつが勇者の敵なら……。もしかしたら協力し合えるかもしれない」
「ふーん。まあもしダメなら私が倒してあげるわよ」
楓はテーブルにある食べ物を全て平らげ、満足そうに言った。
「……ええ。そこは頼りにしてる……。じゃあ行きましょう。あんまり長居すると追手がに追いつかれちゃう」
「了解。……ところで夕飯は何にするの?」
「……よくあれだけ食べて夕飯の話できるわね……」
マーガレットがまた楓に小言を言いながら二人は店を後にした。
そんな様子を店の隅から見つめるものが1人。
(へぇー。あいつらお尋ね物の二人かぁー)
フードを深く被り顔がよく見えない、大きなリュックを背負った謎の人物。
(もしかしたらすごいお宝を持ってるかも……。特にあのローブの女、ポケットになにか隠してるわね)
ニヤッと、怪しく微笑む。
「で? 目的地まではどのくらいかかるの?」
「あー、えっとー。ちょっと待って」
マーガレットは、ポーチの中を漁りさっき見ていた地図を取り出そうとする。
すると、前から来た人とぶつかってしまった。
「うわぁ! ご、ごめんなさい! よく見てなくて!」
「いえ、お気になさらず」
そう言って黒いローブを被った人物はその場を後にしようとした。
しかし。
「待って」
楓がその人物の手を掴む。
「ちょ、ちょっと楓!」
突然のことにマーガレットは驚きの声をあげる。
「ねぇ、坊や。今獲ったもの、返しなさい」
楓は腕を掴みながらそう言う。
その言葉にマーガレットはハッとして今開けた自分のポーチの中を探る。
先程中に入れたはずの財布がなくなっている。
さっき地図を探すためポーチを開いた時、わざとぶつかって抜き取ったのだ。
楓はその動きを見逃さなかった。
「あなた……。見たところ子供よね? 私は子供に手を上げたくないの。だから素直に……」
楓の言葉が止まる。
掴んでいる右腕とは逆の左手に丸い玉のような何かが握られている。盗人はそれを地面にそれを叩きつける。するとあたり一体に爆音と眩い光が散乱した。
「うわ!」
マーガレットは突然のことに尻もちをつく。
楓は倒れることはなかったが、咄嗟のことで掴んでいた腕を離し、目を覆ってしまった。
盗人はその隙を見逃さずすぐにその場から逃走する。
逃げる途中、盗人の右腕から先端に返しのついた鎖が射出される。
それを屋根に引っ掛け、鎖を巻き取ることで盗人の体は屋根の上に引き寄せられ上へ引っ張られていく。
あっという間に屋根の上に飛び移った。
「返せと言われて返す盗賊はいない。これはありがたくもらってくよ!」
そう言ってさっき盗んだものを見せびらかす。
マーガレットから奪った財布、そしてもう一つ何かの小袋。
(ん? あれは……?)
「ああああああ!!!???」
突然マーガレットが絶叫する。
マーガレットの方を見ると、必死にローブポケットの中を弄っている。
「ちょ、ちょっと?」
「い、い、今すぐ取り返して! あれがないと私は!」
そう言って屋根の上を指さすがすでにそこには盗人の姿はなかった。
今の一瞬で逃げられてしまった。
楓の方は肩をすくめ、追いかけるのを諦めようとしたがマーガレットは地団駄を踏み、屋根の上を指差しながら語気を荒げる。
「何やってるの!? 今すぐ追いかけて!」
「もういいじゃない。お金くらい。そもそももう追いつけないって」
「だめ! あれは私たちの路銀全部だし、それに……」
マーガレットは言い淀む、楓はその様子を不思議そうに見つめる。
「と、とにかく! 行って! もし取り返さなかったら……、今日の晩御飯なし!」
「ええー。もうわかったわよ」
「あーでも! なるべく目立たないようにね!」
「はいはい。わかりましたよー」
そう言うと、楓は壁に向かって走り出し、その直前で壁に向かって跳躍。
右手の指を壁に突き刺す。
圧倒的な指の力で壁に無理やりしがみつき体を固定。
そのまま左手を上に伸ばし同じように壁に突き刺す。
それを繰り返し、楓は力技で石の壁をよじ登っていく。
「全く、注文の多い相方ね。……しょうがない。ご飯のため、がんばるぞー!」
さっき程の現場から少し離れた屋根の上、盗人は盗んだ戦利品を確認していた。
財布の中には金銭が入っている。
まあそこまで多くはない。
旅人の財布なんてたかが知れてる。
問題はもう一つの方。
(あのローブの女はこれを大事そうにポケットに入れてた。きっとものすごいお宝のはず!)
盗人は自分の戦果を眺め、ほくそ笑む。
早速紐を解き、一体何が入っているのか確認しようとする。
「ねえ、ちょっと。」
突然後ろから声をかけられた。
予想外の声に盗人は驚き前に飛び退く。
振り返るとそこにはさっき巻いたと思っていた楓が立っていた。
「お、驚いたね。ここまで登ってくるなんて」
「あー。それ返してくれない。うちの相方がそれ取り返すためならあなたを殺す勢いなの。私は子供は手にかけたくない。だから返してくれない? 坊や」
坊や。その言葉に盗人は反応する。
「さっきっから坊や、坊やって……。」
体をワナワナと震わせている。
盗人は自分のフードを突然脱ぎ捨てる。
「ウチは女なんだけど!?」
ふわふわとした茶髪の癖っ毛、両側面に特に目立つ癖っ毛があることで、まるで猫耳のように見える。
首にはロケットをかけ、大きく見開いた瞳は青く透き通っている。
フードを深く被り、体の輪郭もわからなかったので気づかなかったが、その顔立ちは確かに女の子だ。
「返して欲しいですって? お断り! ウチ狙った獲物は絶対に逃さない。この! 「プロテシアンシーフ ミルル・シャーロット」の名にかけて!」
「ぷ、「プロテシアンシーフ」?」
聞き慣れない名前に楓が首を傾げていると……。
――「プロテシアンシーフ」、聞いたことある
突然、頭の中から声がした。
「え!? 何!? もしかしてマーガレット!?」
――落ち着いて。離れた勇者と会話する念話よ。召喚士なら誰でもできます。
それより彼女。最近出没する盗賊の名前ね。なんでも変な道具を使って金品を盗んで逃亡する。その予測不可能な手口から聖騎士すら手を焼くとか
確かに一瞬で屋根の上に飛び移るフックショットに、目くらましの閃光玉。
そしてそれらを使いこなす彼女の身体能力。
ただものじゃないことは確かだ。
――とにかく、なんとかして捕まえて! 今私も走ってそっちに向かってるから!
「あー、はいはいわかりましたよー。じゃああなた。とりあえず大人しく……」
「するか! バーカ!」
彼女は先程使った閃光玉を再び使用。
2人の間に眩い光が散乱する。
それを背にミルルはフックショットを射出。
向こう側の屋根に鎖を引っ掛けその場から大きく跳躍する。
「目が使えない限り私を追いかけることは……。」
「できるわよ。」
さっき閃光玉を喰らったはずの楓が、空中にいるミルルの真横まで接近していた。
「ええ!? なんで!?」
「目だけが敵を捉える器官じゃないのよ!」
楓は閃光玉が炸裂する直前、あらかじめ目を閉じ、目以外の感覚を研ぎ澄ました。
熟練の戦士は目や耳など感覚からの情報に頼らずとも敵を気配で察知する。
楓はその脅威的な感覚を使い、眩い光の中からミルルを正確に捉え、その真横に出ることができた。
楓はそのままフックショットを指で切断。
ミルル最大の移動手段を断つ。
「え、ちょ、まっ……。う、うにゃああああ!!!!」
ピンと張った鎖を切断されたことでミルルはバランスを崩し落下する。
猫のような声を上げながら途中の噴水にダイブする。
「あ、やば。」
目を閉じていても敵の気配は察知できるが、相手が落下してそのままどこに落ちるかまでは想定していなかった。
楓は噴水の近くに着地しミルルが落ちた方に目をやる。
「あのー、だ、大丈夫?」
「あっっったまきたー!」
怒声と共に噴水から飛び出す。
その顔には怒りと恥ずかしさで真っ赤になっていた。
ミルルは水を吸い込んで重くなったローブを脱ぎ捨てる。
「よくもやってくれたわね! こんなにびっしょびしょにして! 本当は金品を盗むだけだったけど、ぶっ殺してやるわ!」
すると彼女は腰に付いたポーチから何かを取り出す。
それは何か青い液体の入ったフラスコ。
ミルルはその液体を先程自分がダイブした噴水の中に垂らす。
水よりも粘性のあるドロドロとした液体が波紋を描きながら噴水に広がっていく。
「さぁ。目覚めなさい! "ドラゴスライム"!」
突然、噴水の水が大きく迫り上がる。
最初はただの水の形だったが、少しずつ形を変えていき楓にも見覚えのある形へと変化していく。
「こ、これって……!」
細長い蛇のような胴体、短い手足、鹿のようなツノが生え、口元に細かい牙がびっしりと生えている。
いくつかの国では強さの象徴として、神話や伝承に登場する架空の生物。
「龍……!」
水の塊は巨大な竜の姿へと変貌した。