第50話 3つの転機
楓は、ミルル、マーガレットと別れ1人ふらふらと彷徨っていた。
すでに集落から離れ、何もない荒野をひたすら歩き続けている。
「……随分と……やられてるなぁ」
楓は誰かに声をかけられる。
振り返るとそこには誰もいない。
だが、楓の瞳にははっきりと写っていた。
嘲笑の眼差しを向ける男が1人。
漆黒の黒髪を短く切り、その瞳は黄金色に輝き、瞳の中心に大きな黒い瞳孔が見える。
「どうしたぁ? 大事な仲間は向こうだぜ?」
「……椿……」
彼の名は東雲椿。
楓の双子の兄である。
「……消えて。あんたは私が作ったただの幻影。
とっくの昔にあんたは死んでる」
「はっ! ああ、そうだな俺はお前が作り出した虚像だ。
だが消えてってのはちょっとひでぇんじゃねぇか?
勝手に呼び出したくせによぉ」
その一言一句に、楓は苦い顔をする。
「それにしてもお前は相変わらず弱いなぁ。あの頃からなんも変わってねぇ。当主になりゃ少しは変わると思ったが……」
「……うるさい……」
「今日だけで2度も敗北。
ほんっと笑っちまうよな! あんな無様な勝負、お前くらいしかできねぇよ! ありゃもはや才能だな!」
「うるさい……」
「そんなんじゃ、お前を慕ってる仲間もすぐに愛想つかすだろうよ。
特にあの召喚士のお嬢ちゃん。オメェなんかとっとと捨てて、新しい勇者を召喚して……」
「うるさいっ!」
我慢の限界を迎えた楓は激昂する。
「いい加減黙って! あんたはあの日死んだの!
私はあなたができないことをやってる! 当主になって、日の本中で戦ってその名を示した!
死人のあんたに口答えされる筋合いはない!」
「ああ、そうだな……。俺にはできなかった。
だが……お前にもできてないだろ?」
「っ!」
「なんだあの戦い方は? なんだあの口調は?
俺の真似か? 俺の真似すりゃ強くなれると思ったのかよ!
お前は何も変わってねぇ! 弱虫で、泣き虫で、惨めな……俺の出来損ないの妹だ!」
「うるさぁあああいっ!!!!!」
喉の奥底から響き渡る絶叫があたりにこだまする。
絶叫が鳴り止む頃にはもうそこに兄の幻影はいなくなっていた。
「はぁ……はぁ……お……俺は……私は……ここで最強になる。
聖騎士も、魔王も、十将も……全員殺す……!
見てなさい……椿……!」
× ×
ミルルは、ナギに連れられて、怪我人たちが運び込まれたテントに来ていた。
そこにはナギのおじいちゃんがベットに寝ていた。
初めて会った時はぐったりとしていたが、今はだいぶ回復したようで体を起こしても問題ないそうだ。
「やあ、初めましてミルルさん。わしはゼペット。
孫が大変世話になったと聞いておりましてな。改めてお礼を言いたい」
「あ……ど、どうも。別にウチだけの成果じゃないですし、お礼なんて全然……」
「ははは、謙虚なお人ですな。
実はですな、孫からミルルさんは魔道具の製作者と聞きましてな」
「すっごいんだよ! ミルルお姉ちゃんの作る魔道具すごくかっこいいの!」
ナギは小さな体を目一杯広げ、嬉しそうに話す。
「孫がここまで言うのです。わしもぜひ見たいと思いまして。
よろしければ拝見してもよいですかな?」
「え? ああ、それは全然いいですけど……」
自分の作品を人に見せると言うのは少し照れくさい。
とはいえここまで言われてしまったら見せないわけにもいかないので、ミルルはバックパックを開け、さまざまな魔道具を取り出す。
「これは……ほうほう……なるほど……」
そう言ってゼペットは魔道具一つ一つを食い入るように見つめる。指で触れ、じっくりと眺めて、時々質問して。
そんなやりとりがしばらく続く。
「この冠はなんですかな?」
「あ……それはまだ試作品なんです。"拈華の冠"って言って勇者と召喚士の念話を再現した魔道具なんですが……。
どうしてもうまくいかなくて……」
「ふむ……なるほど……」
そう言ってゼペットは目を閉じしばらく考え込む。
「……これだけの腕があればお譲りしてもいいかもしれませんな」
「へ?」
そう言うとゼペットは古びた本を取り出す。
「これは日誌でしてな。
わしが今まで作り上げた魔道具製作のあらゆる記録がここに乗っております。
これを是非、あなたにお譲りしたい」
「ええ!?」
ミルルは驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになる。
魔道具師は自分の作ったものを記録するため、もしくは後世に残すために日誌を作ることがある。
ただそれは魔道具師にとって今まで生きてきた証と言ってもいい。
むやみやたらに外部に公開することのない貴重な記録。公明な魔道具製作者の日誌は全魔道具師が欲しがるものとなる。
「い、いいんですか!? これは魔道具師にとって命より大事なものじゃ……」
「いいんですよ。わしは魔王領から出れませんでな。
いつかこの技術を外に出してやりたいと思ってたんです。それに孫やわしの命を救ってくれたのです。感謝してもしきれません」
ミルルはおそろるおそる受け取り、中身を開く。
そこには高度で画期的な技術が多く載っていた。
魔道具とは自由なもの。指南書や、ノウハウというものは基本的に無く、本人が自由な発想で制作される。
だからこそ別の魔道具師の日誌には驚くべき発想が眠っていたりする。
ミルルは目を輝かせながら見つめ続ける。
「す……すごい……こんな技術があるなんて……!
これなら……すごい魔道具が作れる……!」
× ×
マーガレットは、これから戦おうとしている「悪辣の十将」、その1人と対面していた。
(最悪だ……! 今は楓もミルルもいない。
肉弾戦になったらどう足掻いても勝ち目はない……!)
マーガレットは警戒体制を取り、鏡を握りしめる。
切り札の鏡はあるものの、詠唱を行えるだけの時間が稼げるかわからない。
どうする……と考えを巡らせながら相手を睨みつけると。
「あっ! か……鏡を閉まってください!」
おどおどした様子で懇願し始めた。
「戦う気はありませんから! ぼ、ぼ、僕は……ほ、他の十将……どころか勇者の中ですごく弱いんです……!
ギフトも……戦闘向きじゃないですし……。あなたと取っ組み合いしても十中八九負けます!」
両手を上げ、必死な形相で訴えかけてくる。
なんだかすごく弱腰だ。
十将はみんな戦闘狂で、高圧的と聞いたのに……なんだか拍子抜けしてしまう。
「え、えっと……じゃあ、何しに来たわけ?」
あまりの弱腰っぷりに、マーガレットは少し警戒を緩め尋ねてみた。
「は……はい……。実は……協力したくて来たんです……。茉莉討伐の……」
「はぁ? 協力?」
あまりの予想外の申し出に面食らう。
「はい……。話は聞きました。
あなたたち、茉莉さんと戦うんですよね? ですが、彼は強い。茉莉はギフトの特性上、自分の領土の中では無敵と言ってもいい。
そんな彼に戦いを挑むと……そういうことですよね?」
「ええ……もちろん……」
「でしたら……協力者が欲しいのでは?
できるだけ彼に近い……協力者が……」
「い……いやいや! そんなの信じるわけないじゃない! あんたら仲間なんでしょ!? なんで私なんかに協力するのよ!」
当然の反応。この状況を考えればどう考えてもこちらを騙すための罠としか思えない。
だが、虚から出た言葉はシンプルだった。
「……仲間……だからです……」
虚は語り始める。
「……僕たちは……現世では同じ学校に通う同級生でした。そこで、「天文部」……まあ、あるチームに所属してました。
僕たち10人……楽しく、平和に暮らしてました。
ですが、ある日全て覆りました。
突然、僕たちがいた教室が眩い光に包まれて……気がついたら帝国の城にいました」
彼が語るのは自分たちの生い立ち。
「……そこからか先は知ってますよね? 1人は召喚の負荷に耐えられず死亡、1人はギフトの暴走で怪物になりました」
「……それで……なんで私に協力するわけ?」
「……僕は……もう耐えられないんです。みんなが悪の道に進むのは……。
みんな、いい人だったんです。困ってる人には積極的に手を貸して、非行を働く者には暴……平和的に解決しました」
今、暴力って言おうとした……。
「それが今では、弱者を虐げて、己の欲を満たすことしか考えていない怪物になりました。
僕は彼らを止めて解放してあげたい。しかし、僕にはその力がない。
協力者が必要なのは……僕も同じなんです……」
マーガレットは、彼の表情をみる。
その表情には、どうしようもない悲壮感と確固たる決意が同居していた。
「……いいわ……協力しましょう……。
……でも、具体的にどうするわけ?」




