第47話 天災と大顎
楓は目の前の光景にただ目を見開くことしかできなかった。
さっきまで、景晴と魔王が戦っていた。
そのはずだった。
魔王が景晴の懐に飛び込み魔王が握った大剣を振り上げた瞬間、たったそれだけの動作で天を突くほどの巨大な斬撃が生じ、景晴の巨体を跡形もなく吹き飛ばした。
後に残ったのはがっぽり開いた地面の刀傷と、遥か彼方に聳え立つ山が真っ二つに割れる信じ難い景色だけだった。
「はぁ……。まあ、こんなところだろう。これでやられてくれれば楽なのだがな……」
魔王は心底退屈そうにそう呟き、振り返る。
その視線に促されるように、楓はボロボロの体でなんとか立ちあがろうとする。
「は……はははは! あんためちゃくちゃつぇえなぁ!」
「……ああ、もう一人いたんだったな。
何を笑っているんだ? お前は今から死ぬのだぞ?」
「当然だろ!? 俺は強いやつと戦うためにここに来たんだよ! あんた魔王なんだろ? この世界で最強の生き物が今目の前にいる! これを笑わずにいられるかよ!」
その姿を見て、魔王はため息をつく。
「はぁ……。哀れだな」
「は?」
「お前の狂気はどこか歪だ。
取り繕った狂気は醜いぞ」
「ふ……ふざけんな!」
楓は激昂のまま突撃。
振り下ろされる斬撃は左腕一本で止められる。
「私が……俺が取り繕ってるだと!?」
「はぁ……。だからそう言っている」
魔王はそのまま腕を振り上げ、楓の体を弾き飛ばす。
「まぁ……なんにせよお前が死ぬことは変わらない。
ここは魔王領だ。
人の領土に土足で踏み込んで……殺される覚悟はあるんだろうな?」
魔王から来る圧倒的な覇気。油断すると跪きそうになる。
楓は歯を食いしばり眼前の敵を睨みつける。
「楓!」
その時、聞き覚えのある声が耳に届く。
その言葉に楓は振り返る。
そこには集落の外から駆けつけたマーガレットとミルルがいた。
「来るな! 今すぐここから離れろ!」
「あー。そういえばまだいたんだったな……。
面倒だ。全員まとめて吹き飛ばす」
そう言って、魔王は右手を天に掲げる。
「"五つの厄災 天地鳴動"」
その言葉共に、突然あたりが暗くなる。
太陽に雲がかかったような、地面が何かの影に覆われ、その場にいる全員が頭上に視線を向けた。
「……は?」
「うそ……でしょ……」
「なんで……こんな……」
楓、マーガレット、ミルル。
魔王領に踏み込んだ侵入者たちは空を見上げて絶望する。
そこにあったのは山ひとつ分ありそうな巨大な岩。
3人のはるか上空。重力を無視したように浮かび上がっている。
「さぁ、絶滅しろ。人類」
天を覆い、落下する巨岩。
それは現世において、あまたの生命を根絶させた天からの裁き。
抵抗も逃走も、あらゆる手段を握りつぶす無情な天災。
彼女のギフトはまさにその再現。
冠された名は"五つの厄災"。
五つの厄災を操り、世界を恐怖で陥れる魔王の名に相応しい能力。
「無理だよ……こんなの……」
ミルルは腰が抜け、膝から崩れ落ちる。
マーガレットはへたり込むことはなかったものの、歯を食いしばり、目を瞑り俯く。
決して抗うことができない天災。
それに、
抗おうとするものが一人。
「はぁああああっ!!!」
楓は雄叫びを上げて天高く跳躍する。
鋭い眼光と、拳は迫り来る巨岩に向けられている。
生命では抗うことのできない天災に、真正面から殴り合いを挑む。
「古竜拳法……奥義!」
左腕を前に突き出し、右腕は頭より少し上斜め後ろの位置に拳を握っている。
その構えはかつて、アーサーとの戦闘の際放とうとしたもの。
楓が生前習得した古竜拳法の中で、最大にして最強の威力を誇る大技。
「暴竜顎!」
前方に放たれた拳、その衝撃が形を成していく。
全てを飲み込む巨大な顎、全てを噛みぐたく巨大な牙。
拳撃が、大顎を持つ巨大な竜の頭へ変質する。
拳撃は隕石と衝突。
巨大な竜の大顎が巨岩に喰らいつく。
「砕け散れぇええええ!!!」
凄まじい轟音と衝撃があたり一体に響き渡る。
そして、
竜の大顎は絶望的な天からの裁きを打ち砕いた。
「や……やった……」
自らの体力の全てを使って放った一撃。
楓は限界を迎えて、そのまま落下する。
「楓!」
それをマーガレットは身を挺して受け止める。
「すごい……すごいよ……! 楓……!」
マーガレットはなみだをながしながら受け止めた楓を抱きしめる。
楓もその表情を見て安堵した表情を浮かべる。
「やるな。まさかあれを砕くとは……」
しかし、まだ脅威は何も終わってない。
「ま……待って! 私たちは争いに来たわけじゃない!」
「黙れ。侵入者の戯言などいちいち聞いていられない。
隕石を砕いたその実力は賞賛するが……もう一撃は防げるか?」
そう言って再び、魔王は天高く手のひらを掲げる。
この程度魔王にとってはまだ様子見の攻撃に過ぎない。
再び、巨石を天に浮かべる。
その時、
「……さーい!」
どこからか声が聞こえる。高音で幼さが感じられる声。
その声は少しづつこちらに近づいている。
「待ってくださーい!」
声が聞こえる方へ視線を向けると、背中から生えた蝙蝠のような翼を広げこちらに近づいて来る少年の姿があった。
美しい金色の髪の中に小さな角が生えている。
少年は大声を上げながら勢いよくこちらに近づき、マーガレットたちと魔王の間に割って入る。
「カラミナ! 彼女たちは敵ではありません! これ以上は戦うことは許しません!」
少年は両腕を広げ魔王に対面し、数倍の身長差がある魔王な向かってあろうことか命令を飛ばす。
本来なら殺されてもおかしくないこの状況。
「……わかった……」
しかし、魔王は怒ることなく不満そうではあるがしぶしぶ腕を下ろした。
いったい何が起きてるのか、相対した3人は呆然とその様子を見つめる。
「テュー!」
そこに聞き覚えのある声が聞こえたと同時に、少年の懐から身に覚えのある白い毛玉が飛び出して来る。
「テュテュ! 生きてたのね!」
採掘場で別れて以来、消息がわからなくなったテュテュが、ミルルの元に飛びついてきた。
そんな様子を見て少年は優しく微笑む。
「ふふ。随分とテュフォンに懐かれたようですね」
「テュフォン?」
「あ、ごめんなさい、いろいろ説明が必要ですよね」
そう言って少年は3人に向かってお辞儀をする。
「まずは自己紹介を。
初めまして、僕の名前はベルゼ。現魔王です」
「「「…………はぁ?」」」
魔王領、とある集落。
聖騎士、「悪辣の十将」、魔王。
様々な勢力が入り乱れ鎬を削った死闘は、1人の少年の突拍子もない一言で締めくくられた。




