第4話 後片付け
「……く、くそ……!」
二人が小屋を後にしてから数時間後。
森の中、木にもたれかかりながら歩くものがいた。
先の戦いで楓に敗北したベリルだ。
「ふざけるなよ……! あんなどこの誰かもわからないような勇者に俺が負けるだと? ありえない! そんなこと断じてありえない!」
胸につけられた傷口に手を当てながら森の中を進んでいく。
他の騎士はみな楓の一撃に耐えられず死亡したが彼だけは辛うじて生き残った。
二人は小屋を出た後、死体の処理をせず去ったため気が付かれなかった。
「こんなところで……終われるものか! なんとかこの森さえ抜ければ……誰か救助に……」
「それは無理だな」
突然、ベリルは何者かに声をかけられた。
ベリルは驚き後ろを振り向く。
そこには数人の騎士たちが立っていた。ベリルと同じ聖騎士だ。
中でも目を引くのは先頭に立つ男女。
男の方は身長2メートルを超えるほどの巨漢で、全身に白銀の鎧を見に纏い、頭には兜をかぶっている。
一方女の方は胸元や腰回りなどが開いた、男の方に比べかなり軽装の鎧を身に纏い、桃色の髪をツインテールでまとめている。
「アーサー……! ヴェレーノ……!」
ベリルは目を見開きながら二人の名前を呼ぶ。
二人もまたベリル同じ聖騎士であり、ギフトを持つ勇者だ。
「あははは! ひっどいざまねぇ! 自信満々で出て行ったくせにこの有様……、ほんっと笑っちゃうわねぇ!」
甲高い声でヴェレーノと呼ばれる女性がベリルを罵る。
「黙れ! イカれ女が! そんなことよりさっさと回復薬をよこせ!」
「ベリル……何があったかまず話せ。お前にはマーガレット・シンフォニーの捕縛を命じられたはずだ。その件はどうなった?」
一方アーサーと呼ばれる男は冷静にベリルに問いただす。
並んでいる二人はすべてにおいて対比していた。
「見てわからねぇか!? 接敵して負傷したんだよ! あの女、勇者を召喚しやがったんだ!」
「でぇ? 負けてのこのこ逃げてきたってわけぇ? 部下も置き去りにしてぇ?」
「黙れ! 俺はまだ負けてねえ! 少し油断しただけだ! もう一度戦えば俺は絶対に……!」
「だから言ってるだろ? それは無理だと」
アーサーは静かに告げる。鎧の隙間から冷たい視線がベリルを見ている。
「む……無理だと? 何を言って……。」
言葉の意味を理解できないベリルをよそに、アーサーは部下から羊皮紙の束を受け取る。
そしてそこに書いてある内容読み上げていく。
「「鎖縛の勇者 ベリル」。貴様には様々な罪状がかけられている。地方領主への不当な取り立て。捕虜への私的な拷問。市民への暴行……。とても騎士とは思えない行いばかり」
一通り読み終えると、その束をベリルの足元に投げ捨てる。
「こ……こんなものがなんだ……! 今はそんなこと問題じゃ……。」
「いや、重要なことだ。これほどの訴えがあれば本来なら騎士団追放。もしくは縛り首が妥当だろう」
アーサーは寄りの隙間からベリルを睨みつける。
その視線には怒りが込められている。
「だが、今までお前はなんのお咎めもなかった。それが何故だかわかるか? それはお前が勇者だからだ。サンクティアは一人でも多くの勇者を欲している。貴様がどれほどのクズでも、我が国には必要な戦力だ」
アーサーは少しづつベリルににじりよる。
その押しつぶされそうな圧力にベリルは尻もちをつきながら後退りする。
「しかし今日、お前はその価値すら無くした。シンフォニーを取り逃し、挙句召喚されたばかりの勇者に敗北した。もはやお前に生きている価値はない。よって、今この場でお前の処刑を行う」
そう言ってアーサーは右手を上に上げる。
その合図に周りの騎士たちは一斉に武器を構える。
ヴェレーノは特に構えを取らず、指を曲げ、関節を鳴らしながらベリルに怪しい笑みを向ける。
「ふ、ふざけるなぁあ!!」
ベリルは怒りのままギフトを発動。
両腕を上げ、手のひらから無数の鎖を射出。
その数は楓に放った本数とは比べ物にならない数だ。
しかし。
「くだらない……」
その鎖は全て聖騎士たちには当たらなかった。
全員に放たれた鎖は突然方向を変え、別の方向に突き進んで行く。
ベリルの意思ではない。向かう場所は一点。
アーサーが上げた右腕だ。全ての鎖が右腕に巻き付く。
まるでアーサーに引き寄せられるように。
数十本の鎖が巻きついたことで右腕には鎖の球が形成されている。
1トンは降らないだろう鎖の球をアーサーは片腕一本で持ち上げる。
「忘れたか? 俺のギフトがなんなのか」
「くそ! 馬鹿力……が……」
ベリルは口にした悪態を最後まではっきり言えなかった。胸の辺りに違和感を覚えたからだ。
視線を下に落とすと、いつの間にかヴェレーノが懐に飛び込んでいた。
そして、その手のひらから巨大な針が突出し、ベルリの胸に深々と突き立てている。
「はい、おしまい♡」
ヴェレーノは突き立てた針を人体のさらに奥に押し込んで行く。
「き、きさ……ま! やべ、ぐがあがあああ!!」
ベルリは言葉を発することができなかった。
太い針が肺に刺さっているからというのもあるが、それ以上に舌や喉、人体のあらゆる部分が動かなくなっているからだ。
ヴェレーノは差し込んだ針を勢いよく引き抜く。
その勢いでベリルは体勢を崩し、そのまま仰向けに倒れる。
すると傷口から大量の血液が噴出。
そのまま前方に立っていたヴェレーノに向かって飛び散る。
それをヴェレーノは特に避ける様子はなく、まるでシャワーでも浴びるかのように全身で受け止める。
「あー。やっぱり、血液は搾りたてが一番ねぇ♡ ねぇ! 先輩もそう思うでしょぉ?」
「はぁ。 悪いが君の趣味に付き合うほど、私は暇じゃない」
「えー。ノリ悪ーい。そんなこと言うと先輩も、殺しちゃうよぉ? 私のギフトで」
そう言うと、ヴェレーノは血のついた針に舌を這わせながら不気味に笑う。
「後にしろ。それより、ちゃんととどめは刺したか?」
「ええ。確実に打ち込んだよぉ。最も、しばらくは苦しみ悶えるけどねぇ」
ヴェレーノは不気味な笑みを浮かべながらベリルの様子を見つめる。
ベリルは口から泡を吐き、顔は青ざめ、体が小刻みに痙攣している。
ギフトを発動するために手のひらを動かしているが1センチたりとも鎖は出てこない。
体の自由がもはや効かないのだ。
「そうか……。ならいい。お前たち、ここの処理を任せる。他の騎士たちの回収も行い、丁重に埋葬しろ。ヴェレーノ、君は俺と来い」
アーサーは周りの騎士に素早く指示を出す。周りの騎士たちもその命令を聞き、迅速に仕事をこなしていく。
一方ヴェレーノは突出した針を手のひらにしまい、鼻歌を歌いながらアーサーの後をついていく。
「これからどうするのぉ? せーんぱい。」
「当然、罪人の行方を追う。奴らはこの国にとっての害悪だ。我々で正義を執行しなくてはならない。」
鉄壁の守護者と、血を好む快楽殺人鬼。
この正反対の二人の勇者がマーガレットと楓を討伐する追手となる。