第44話 貪欲の勇者
(なんだ……こいつ……?)
突然現れた乱入者に楓は怪訝な顔をして見つめる。
服の下からも分かるほど発達した筋肉は見て取れるが、背格好は一般的な男性と比べて小柄で威圧感も迫力も常人と比べ特別突出しているというわけではない。
しかし、何故だか分からないが楓はこの男から目を離すことができなかった。
何か嫌な予感がする。
全身の筋肉が強張るような感覚。
少し前に味わったことがあるような感覚。
「ちょ……ちょっとあんた誰よ!? いきなり現れてどういうつもり!?」
一方メイデは、景晴の現れ楓の注意が逸れた隙に距離を取っていた。
楓の恐怖は解けきれておらず立ち上がった足はまだ震えている。
「あーっと? 確か聖騎士の隊長さんだったか?
悪いがお前にゃ興味がねぇんだ。
何処へでもいきな」
そう言って景晴はどうでもよさそうにメイデから視線を逸らす。
相手は自分のことを毛ほども気にしていない。その振る舞いがメイデのプライドを逆撫でした。
「どいつもこいつも……、
ちょうしにのるんじゃないわよぉおおおおおっ!!!!」
怒りに任せメイデはレイピアを振るう。
放たれた魔力弾はまっすぐ景晴元に飛んでいき被弾する。
「う……ぐ……ぐぁあああ!!! いってぇええええ!!!!」
まともに喰らった景晴は被弾した箇所を押さえ、絶叫しながらその場にのたうち回る。
その様子にメイデは笑みを浮かべる。
「はは……ざ、ザマァ見なさいよ! 私をコケにしたんだらこんなもんじゃないわよ!」
メイデは続け様に三発の魔力弾を浴びせる。
崩れかけた自信を取り戻すように。
「うわぁああ!!! いってぇええええ!!!!」
情けなくのたうち回る景晴と、一方的に攻撃を浴びせ続けるメイデ。
どちらが優位かなど誰が見ても明らかだった。
しかし、
「……あぁ……良い……痛みだなぁ……!」
その光景は景晴の不気味な一言から覆る。
先程まで悲鳴をあげていた景晴が突然、笑みを浮かべ始める。
その表情はとても恍惚としていて勝ちの確信を得ているようだった。
その変わりようはメイデを大きく困惑させる。
「は……はぁ? 何よ急に……」
そこから先は一瞬だった。
先程まで仰向けに倒れていたはずの景晴は、気づけばメイデの懐に移動。
「死ね……脆弱が」
そしてそのまま景晴は鋭く重い拳をメイデの腹に叩き込む。
メイデは叫び声を上げることもできず、後方の燃え盛る瓦礫の中に吹っ飛んでいく。
「んー。いい痛みだが、それだけだな。
何もかもが脆弱だ。
……まっ! いい運動にはなったけどな」
体をほぐすように伸びをしたあと、クルッと、再び楓の方へ向き直る。
相手はただものでは無い。
一連の光景を見て楓の予感は確信に変わり、構を取り直す。
「……「暴乱の勇者 東雲楓」」
「おっ! いいねぇ。ちゃんと名乗るんだな。
ではこちらも。
「悪辣の十将」の1人、「貪欲の勇者 本多景晴」」
「おい逃げんなクソガキ! 大人しく殺されろ!」
ジルコアとミルルの攻防は続いていた。
飛んでくる岩石や、巨大な拳をミルルは華麗な身のこなして避け、正確に弾丸を当てる。
当てる箇所は両足や腕など、機動力とバランス感覚を狂わせる末端の部分ばかり。
これにより岩石の操作や、拳の軌道ががうまく行えなくなる。
「くそっ! 卑怯な戦いしやがって! もっと正々堂々と戦わねぇか!」
「いやに決まってんでしょ筋肉だるま!」
この戦いは敵を倒す戦いじゃない。
あくまで足止め、時間さえ稼げればいい。
そして……。
パァン!
少し離れた空に突然爆炎が上がる。
あれはミルルが作った特製の爆弾。
「……どうやら……逃げ切れたみたいね」
その合図を好奇と見たミルルはニヤッと笑い、懐から閃光玉を取り出す。
「それじゃおっさん! 遊んでくれてありがと!」
地面に叩きつけたそれは眩い光と爆音を発する。
ジルコアは光に目が眩み、なんとか目を開けた時にはもうすでにミルルの姿はどこにもおらず、残ったのはマーガレットの投げた爆弾になす術なく倒された聖騎士たちのみだった。
「くそ……! あのクソガキ共調子に乗りやがってぇ……!」
ジルコアは怒りで喚き散らしつつ、地面に手をつける。
「舐めるなよ? この程度で蒔いたつもりか?
1人2人ならいざ知らず、あれだけの人数が一度に動けば……その足音は相当だ」
ジルコアはしばらく目を閉じ硬直する。
そして勝ち誇ったように口角を上げる。
「……見つけたぞ」
「古竜拳法 爪竜刃!」
相手は得体が知れない。時間をかけず速攻で倒す。
瞬きのうちに景晴の間合いまで飛び込む。
目にも止まらない高速の、無数の斬撃を景晴の体に浴びせる。
「ぐわぁあああ!!!!」
景晴は断末魔を上げる。
楓が懐に入った瞬間、何とか両腕を顔の前で構え防御の体制を取ることができていたが、楓の爪は巨岩すら切り裂く。その程度では防御できない。
出血死が先か、四肢の切断が先か。
どちらにせよ最早助からない。
はずだった……。
突然不可解なことが起きる。
先程まで肉を引き裂いていた楓の斬撃。
それが、止まった。
正確に言えば、切りつけた景晴の筋肉に止められた。
筋肉に突き立てた楓の指は1センチも引き切ることができない。
それだけではない、景晴の体に刻まれたはずの無数の傷跡が無くなっている。
「お? もう終わったか? 何だよ大したことねぇなあ」
楓は一度景晴から手を離し距離を取る。
(効かなかった……? いや、確実に傷は負わせた……。
なら、再生した? ただ何だ……この違和感は……)
距離を取った楓は改めて景晴の体を見る。
(いや……気のせいじゃない! これは……まさか……!)
その瞬間、楓の疑念は確信に変わる。
景晴の肉体の変化。
最初は違和感程度の変化だった。
初めて見た時の景晴の体格は160センチ程度しかなかった。
しかし、今は明らかに先ほどより大きくなっている。
小柄だった景晴の肉体は楓が見上げるほど大きい。
それは単純に身長が伸びたというより、筋肉が肥大化しているように見える。
その迫力も威圧感も最初と段違い。
その威圧感はまるで……。
「「悪口の勇者」……」
「「悪辣の十将」?」
魔王領に行く道中。楓は以前遭遇したものの詳細をマーガレットから聞いていた。
「そう。かつて帝国が召喚した強力な10人の勇者たち。
その実力は聖騎士団の隊長を越えるとされ、ひとりひとりが国ひとつ壊滅できるほど。
そいつらを束ねる「邪見の勇者 蔦野太陽」は、聖騎士団長に匹敵するって言われてる」
「へぇ……。で、この間あったやつもその十将の1人なの?」
「……うん。
まさかあんなところまで出るとは思わなかったけど。
「悪口の勇者」。本名は名前は鈴振初音。
その歌は相手の精神を破壊して、高周波の咆哮は全ての物体を破壊できる」
それは体感して味わった。
「じゃあ私たちはそんなヤバいやつとらと戦うのね……。わくわくするじゃない……!」
「あのねぇ……。
いい? あいつらの誰かに会っても、絶対に、絶対に戦わないで!
あいつらは強いこともそうだけど、その前にギフトの全容が掴めてないやつもいる。
そんな奴らと戦闘したら最悪……死ぬわよ」
「お? そうか、お前初音と戦ったんだよなぁ。
ま! 俺はあいつの100倍強いがな」
得意げに話す景晴の体はなおも巨大化が進んでいる。
「……お前……わざと喰らったのか……。
あの女の攻撃も……俺の攻撃も……その力を使うために……」
「お? やっと気づいたのか?
お察しの通り、俺のギフトは受けたダメージ分、肉体を強化する能力。
だから発動するためにお前らのくだらねぇ技を喰らってやったんだよ」
攻撃を繰り出せは繰り出すほど相手は強くなる。
長引けば長引くほどこちらが不利。
だったら一撃で決着をつける必要がある。
楓は再び構えを取り直す。
その構えは、ジルコアの首を落とした神速の技。
「……お? 何だその構え?」
「……爪竜刃 迅雷残光」
楓は前方に跳躍。
目にも止まらないその速度は、そのまま斬撃の切れ味に変化する。
一呼吸おくころにはすでに楓は景晴の後方まで飛び、
景晴の頭が宙を待っていた。
「かっ……!」
「……ダメージがそのまま力に変化するなら、一撃で仕留めればいい。
無防備なその首を一撃で落とすのはそんなに難しくない」
首を落とされた景晴の肉体は少しずつ力が抜けていき、前方に倒れ込むようにバランスを崩す。
戦いはそこで終わる……。
しかし、
「まだ……だ……」
突然、首の無い景晴の体が意識を取り戻したように右足を前に出し、転倒を踏みとどまる。
拳を握り締め全身の筋肉に力を入れて、前のめりになった上半身を起こそうとする。
そして……、
「まだだぁあああッ!!!」
何と頭が再生した。
叫び声を上げながら出現した頭は、切り落とす前と変わらない状態だ。
信じられない光景に楓は唖然とする。
「はぁー、あっぶねぇ。一瞬花畑が見えたぜ。
たく、指の力だけで人間の頭切り落とすやつがあるかよ。江戸時代じゃそれが普通なのか?」
景晴は自分の首筋を指でなぞりながら軽口を叩く。
「まあでもこんなもんか。
大体お前の力もわかったし、それそろ俺も戦おうかな……」
そう言ったのも束の間、景晴は一足で楓の懐に飛び込み、拳を叩き込む。
何とか楓は繰り出した拳を両腕を十字に固めて防御することができたが、その衝撃は内臓まで響き胃酸が逆流する感覚を味わう。
(くっ……防御してこの威力……! しかも速度もさっきより格段に上がってる……!)
「精々生き残れ? 脆弱」




