第43話 痛みとは
「取り囲め! こいつらを逃すな!」
ジルコアが周囲の兵士に指示を飛ばす。
集落に来た奴隷たちは丸腰、しかも故郷を燃やされた影響で動揺が広がり統率が取れない。
今動けるのはたった2人。
「出力調整! レベル5に上昇!」
魔銃を駆使して攻撃を放つミルル。
「火球炸裂!」
数少ない攻撃魔術で牽制するマーガレット。
彼女たちのみで怯えた人々たちを守りながら応戦しなくてはならない。
(だめ! 戦力が足りない! 楓はメイデの相手につきっきり、こっちにも勇者1人相手にしなきゃいけない……。
鏡はまだあるけど……それ以外の聖騎士は……!)
マーガレットの切り札の鏡は、勇者に対しては有効ではあるが一般の兵士には何の意味もない。
この状況で他の聖騎士の相手をしつつ、ジルコアのギフトを奪うのは厳しい。
(せめて私にもっと戦う力があれば……)
召喚魔術師は高い魔力量を持つが、1人で戦う魔術には長けていない。
マーガレットもまた対勇者の対策は持っているが、一般の戦闘技術は優れない。
その弱点が現状色濃く出てしまっている。
(どうすれば……)
「マーガレット! これ使って!」
そこにミルルから大きな麻袋を投げ渡される。
マーガレットは咄嗟に受け取り中身を確認する。
「こ……これって! 火薬石!?」
「そう! 前にあなたから貰った火薬石を魔道具に加工した! 魔力を流して敵に投げつけて!」
そう言ってマーガレットは火薬石に魔力を流し敵にぶつける。
すると、周囲の聖騎士を一撃で吹き飛ばす爆発が起きる。
「すっ……ご……!」
「ウチ特製爆弾! 威力は折り紙つきよ!」
火薬石は一定の熱を加えると凄まじい爆発を引き起こす。
ミルルはその性質に目をつけ、火薬石の周囲をコーティングし、火属性の術式の効果を持つ特別な装飾をあしらった。
これにより、魔力を流すだけで熱が加わり、手軽に火薬石を爆発させることができる。
「くそ! てめぇら! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」
予想外の反撃に聖騎士たちの中にも動揺が広がるが、ジルコアは恐れずこちらに突っ込んでくる。
「ミルル! これ使って何とか退路を作る! そこからみんなを連れて集落の外に出るわ!
外に出たら何かしら合図を送るからミルルは、そのでかいのの足止めお願い!」
「了解!」
ミルルはジルコアの足に向かって弾丸を放つ。
被弾した箇所はバラバラに弾け飛ぶが、すぐに再生していく。
忌々しそうにジルコアはミルルを睨みつける。
「クソが! そこを退きやがれ!」
「退くわけないでしょ! しばらくウチと遊んでもらうわよ!」
ミルルの挑発が効き、ジルコアのヘイトは完全にミルルに向いた。
(ミルルがあいつを足止めしてくれてる。それ以外の聖騎士は何とか私が相手しないと……!)
聖騎士が多く集まる箇所に爆弾を投げ込み、何とか退路を作る。
(後は……楓が無事なら……)
「くたばりなさい!」
口汚い罵倒共にメイデの攻撃は放たれる。
一歩踏み出すごとに放たれる十数発の刺突。
メイデからの素早い連撃を楓は何とか掻い潜る。
(……早いな……。細長く、軽い武器だが正確に相手の急所を狙うことで、刀には出せない繊細さと素早さがある)
楓は避けながら相手の戦い方を冷静に分析していた。
メイデが使うのはレイピア。
重い一太刀を追い求めた刀とは異なり、軽い連撃の刺突を追い求めた西洋の剣。
その刀身は細く、鎧に突き立てれば簡単に刀身が折れてしまう。
故に鎧を砕くのではなくその隙間を掻い潜りながら相手の急所を突き刺す繊細な剣。
メイデはこれを達人の域にまで昇華させることで回避困難の高速の剣技とにまで高めていた。
さらに加えて、
「っ!」
メイデの斬撃が楓の腕を掠める。
それはダメージとも呼べないほどの小さな切り傷。
しかし、その傷からは想像もできない激痛に楓は思わず顔を顰める。
「はっ! 当たったわね!
どお? 私の"人の身をつねって人の痛さを知れ"の威力! 腕がちぎれ飛びそうでしょ?」
"人の身をつねって人の痛さを知れ"。
メイデが与えられたギフト。メイデの魔力は少量でも触れれば激痛が走る効果が付与される力。
これをメイデの高い練度の高速の剣撃に乗せ放つことで、最小限の動きからは想像もできないような大ダメージを与えることができる。
「常人ならかすっただけでのたうち回るのだけど……あなたは強いのね。ムカつくわ」
「激痛? これが? この程度なら戦いに支障はないな」
軽口を叩く楓にメイデは眉を顰めるが、すぐに冷静なる。
「……強がっちゃって。我慢しなくていいのよ? 私は知ってる。それがどれだけの痛みなのか。
だって、人が死ぬほどなんだもの!」
メイデは戦いの最中でありながら、笑いながら自分のギフトについての説明を始める。
その表情と言葉の節々から自尊心と傲慢さが滲み出ていた。
「知ってる? 人が何で痛みを感じるか。痛覚を感じることでそれの危険性を感知し回避する。
要は生きるために体が警告を出してるってわけ。
でも……ふふふ。皮肉なものよね! 生きるために感じる感覚のせいで命を落とすなんて!
生き物は許容量以上の痛みを感じるとショック死する。まあ、耐えられる許容量は人によるけど、痛みに耐性のない子供なんかは一発で死ぬわ」
子供、その言葉に楓は反応する。
「子供……?」
「あ? 聞こえなかった? 子供、ガキよ。
この集落にいた子供には手当たり次第にギフトを打ち込んでやったわ!
どいつもこいつも情けなく喚き散らしてお父さーん、お母さーんって! ほんっと惨めで笑っちゃっ……」
瞬間、体の奥底まで響き渡るような衝撃音がメイデの話を遮る。
楓が思いっきり地面を踏み締めたのだ。
「……もういい……たくさんだ。
お前の戯言は……もう聞きたくない……」
楓は無造作に歩き近づく。
まるで散歩するかのように、ただ前に歩く。
しかし、その全身から溢れ出る殺気と気迫にメイデは気圧される。
「な……なによ! 急に怒り出して! あんたも、激痛に悶え苦しめばいいのよ!
喰らいなさい! "人の身をつねって人の痛さを知れ"!」
メイデは黒い魔力を纏ったレイピアを大きく振りかざす。
メイデのギフトはただ剣に纏わせて打ち込むだけではない。
過剰な魔力を纏わせ、剣を振るうことでまるで水滴を飛ばすように、魔力の塊を相手にぶつけることができる。
飛ばされる一発の黒い魔力弾。
飛んでいくそれを、楓は特に避けることも、防御することもせず正面から喰らう。
腹部の中央あたりに被弾したその魔力は、先程かすった時とは比べ物にならない激痛を楓の体に流し込んだ。
「はっ! あんた馬鹿ね! もう諦めたのかしら!?」
勝ち誇った笑みを浮かべるメイデ。
一撃で大の男がのたうち回る痛み。それをまともに喰らえば立つことすらできない。
はずだった。
しかし、楓の歩みは止まらなかった。
しばらく静止した後再び歩き始める。
その表情は以前として無表情だ。
「はぁ? 何で倒れないのよ……」
あまりに予想外の展開にメイデは後退りする。
「……っ! くそ! もう一発!」
怯む気持ちを振り切るかのように、再びレイピアを振り翳し魔力を放つ。
またも、魔力は楓の体に命中。
しかし、楓の動きは止まらない。
のたうち回ることも、苦悶の表情を浮かべることもなく、ただただ無言のまま歩みを進める。
その反応にメイデは恐怖の表情を浮かべる。
「な……なんなのよ……。 なんなのよぉおおお!!!!」
冷静さを失ったメイデはレイピアを振り回し、手当たり次第に魔力弾を飛ばす。
もはや楓に狙って撃っていないため数発楓の体を掠めていく。
しかし、それでも数発被弾している。
それでも楓の歩みの速度は緩むことはなかった。
(あ……ありえない! 勇者だって四発も喰らえば死ぬのよ!? それを……何で……何で耐えられるの……!?)
気がつけば2人の距離はあと1メートルというところまで迫っていた。
どれだけの痛みを与えても倒れない、得体の知れない敵があと半歩で腕が届く距離まで来ている。
その事実にメイデは脚がもつれ、その場に転倒する。
尻もちをつきながら楓顔を見上げる。
何の感情も読み取れない冷たい目つき。
まるで道端に落ちている吐瀉物を見つめるかのような視線でメイデを見下す。
その表情に恐怖しながらも、絞り出した自尊心から何とか虚勢を張る。
「な……何で……何で死なないのよ……! 痛くないの!?」
「……痛み? 笑わせるな。戦いとは常に痛みを伴うもの。
肉がちぎれ、骨が折れ、内臓が吹き飛ぶ。
その痛みを耐え抜き相手に同じ痛みを与える。それが戦闘だ。
……こんな子供騙しの攻撃しかできないお前に教えてやろう。痛みの何たるかを……」
そう言って楓は拳を振り上げる。
ありったけの怒りと殺意を込めた一撃。
メイデは恐怖に顔を引き攣らせながらそれを見つめることしかできない。
想像を絶する一撃が放たれようとしていた。
しかしその前に……。
ズドン!
何かが彼女たちの後方に落下する。
突然の衝撃音に2人はそちらに目を奪われる。
「お? やってんねぇー。俺もまぜてくんねぇか?」
飄々とした口調で現れたのは、
「悪辣の十将」の1人、「貪欲の勇者」本多景晴。




